
江戸幕府は、浦賀奉行の戸田氏栄と井戸弘道がペリーと会見し、大統領フィルモアの国書、提督の信任状、覚書などが手渡されます。しかし、当時幕府側には英語に堪能な通訳がいなかったため、オランダ語を介して、苦労して翻訳された上、返答には時間がかかるとし、1年の猶予を求めたため、ペリー艦隊は一端帰国することとなりました。
翌1854年(嘉永7年1月16日)に、ペリーは琉球を経由して再び浦賀に来航し、幕府側と協議の末、同年3月3日に「日米和親条約」(神奈川条約)が締結されて、開国が実現することとなります。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1670年(寛文10) | 江戸幕府の命で林羅山・林春斎ら編纂の『本朝通鑑』が完成、将軍家に献じられる(新暦7月28日) | 詳細 |
| 1761年(宝暦11) | 江戸幕府第9代将軍徳川家重の命日(新暦7月13日) | 詳細 |
| 1867年(慶応3) | 坂本龍馬が長崎から兵庫へ向かう藩船の中で「船中八策」を著す(新暦7月13日) | 詳細 |
| 1910年(明治41) | 本州の宇野と四国の高松の間の鉄道連絡船(宇高連絡船)が運航開始する | 詳細 |
| 1937年(昭和12) | 川端康成著の小説『雪國』(創元社)が刊行される | 詳細 |
| 1940年(昭和15) | 「友好関係の存続及相互の領土尊重に関する日本国タイ国間条約(日本・タイ友好条約)」が締結される | 詳細 |
| 1961年(昭和36) | 「農業基本法」(昭和36年法律第127号)が公布・施行される | 詳細 |
| 1967年(昭和42) | 新潟水俣病患者13人が、原因企業の昭和電工を相手に、損害賠償を求めて提訴(第1次訴訟)する | 詳細 |
| 1965年(昭和40) | 家永教科書裁判の第一次訴訟が提訴される | 詳細 |


