
郡元大火(こおりもとたいか)は、昭和時代中期の1956年(昭和31)10月2日に、鹿児島県鹿児島市郡元町で起きた大火です。この日の午前1時半頃、鹿児島市郡元町新川港付近の空き家から出火、台風第23号の強風下において、一帯は木造家屋が密集、道路は狭く消火のための水の便も悪かったため、火勢は一気に拡大しました。
約80分後に海岸に達し、燃えるものがなくなり鎮火したものの、約15.7ha、751棟を全焼、住民18人が負傷し、774世帯3,661人が焼け出されています。折しも、桜島が噴火、早朝から着の身着のままで焼け跡に集まる被災者に降り注ぎました。
約80分後に海岸に達し、燃えるものがなくなり鎮火したものの、約15.7ha、751棟を全焼、住民18人が負傷し、774世帯3,661人が焼け出されています。折しも、桜島が噴火、早朝から着の身着のままで焼け跡に集まる被災者に降り注ぎました。
☆太平洋戦争後の日本の大火(500棟以上の焼失で、地震によるものを除く)
・1947年(昭和22)4月20日 - 飯田大火(長野県飯田市)
死者・行方不明者3名、焼失棟数3,742棟、焼損面積約48ha、罹災戸数4,010戸、罹災人員17,778名
・1949年(昭和24)2月20日 - 第一次能代大火(秋田県能代市)
死者3名、負傷者132名、焼失家屋2,237棟、焼失面積83.6ha、罹災世帯1,755世帯、罹災人員8,790名
・1952年(昭和27)4月17日 - 鳥取大火(鳥取県鳥取市)
死者3名、罹災家屋5,228戸、罹災面積約160ha、罹災者2万451人
・1954年(昭和29)9月26日 - 岩内大火(北海道岩内郡岩内町)
死者35名、負傷者551名、行方不明3名、焼失戸数3,298戸、焼失面積約106ha、罹災者16,622名
・1955年(昭和30)10月1日 - 新潟大火(新潟県新潟市)
行方不明者1名、負傷者175名、焼失棟数892棟、焼失面積約26ha、罹災世帯1,193世帯、罹災人員5,901名
・1956年(昭和31)3月20日 - 第二次能代大火(秋田県能代市)
死者なし、負傷者194名、焼失家屋1,475棟、焼失面積約31.5ha、罹災世帯1,248世帯、罹災人員6,087名
・1956年(昭和31)9月10日 - 魚津大火(富山県魚津市)
死者5名、負傷者170名(うち重傷者5名)、焼失戸数1,583戸、罹災者7,219名
・1961年(昭和36)10月2日 - 郡元大火(鹿児島県鹿児島市郡元町)
死者なし、負傷者18名、全焼751棟、焼失面積約15.7ha、罹災世帯774世帯3,661名
・1965年(昭和40)1月11日 - 伊豆大島大火(東京都大島町)
死者なし、全焼戸数584棟418戸、焼失面積約16.5ha、罹災世帯408世帯1,273名、被害総額20億7千万円
・1976年(昭和51)10月29日 - 酒田大火(山形県酒田市)
死者1名、焼失棟数1,774棟、焼失面積約22.5ha、被災者約3,300名、被害総額約405億円
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1554年(天文23) | 禅僧・連歌師・俳人山崎宗鑑の命日(新暦10月28日) | 詳細 |
| 1855年(安政2) | 安政江戸地震が起き、江戸を中心に甚大な被害が出る(新暦11月11日) | 詳細 |
| 1872年(明治5) | 「芸娼妓解放令」を発布し、遊女の人身売買を禁止、芸娼妓等の年季奉公人を解放する(新暦11月2日) | 詳細 |
| 1900年(明治33) | 「娼妓取締規則」(明治33年内務省令第44号)が公布される | 詳細 |
| 1930年(昭和5) | 日本が「ロンドン海軍軍縮条約」を批准する | 詳細 |
| 1932年(昭和7) | 国際連盟現地調査団が満州事変や満州国について「リットン報告書」を発表する | 詳細 |
| 1943年(昭和18) | 勅令「在学徴集延期臨時特例」公布で、理工科系以外の学生の徴兵猶予を撤廃する | 詳細 |
| 1985年(昭和60) | 関越トンネルの開通により、関越自動車道(練馬~長岡)がつながる | 詳細 |
