ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:霞が関ビル

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 今日は、昭和時代後期の1968年(昭和43)に、日本初の超高層ビルで、当時日本一の高さ(36階建・147m)となった霞が関ビルが完成した日です。
 霞が関ビルディング(かすみがせきびるでぃんぐ)は、東京都千代田区霞が関三丁目にある超高層ビル(地上36階・地下3階)です。三井不動産株式会社の所有で、日本初の超高層ビルとして、1965年(昭和40)3月18日に着工し、33ヵ月という短期間で、1968年(昭和43)4月12日に完成しました。
 複合高層ビルの先駆けとして、36階に展望台、下層階にビル内郵便局と診療所、地上階周囲に公開緑地それぞれを設け、「街」機能を取り込んで再興しています。構造形式は、鉄骨造(一部SRC造、RC造)で、敷地面積は16,326.40m²、延床面積は165,692.33m²、軒高は147mで、1970年(昭和46)3月、東京都港区浜松町に、世界貿易センタービルディング(40階建・162.59m)が完成するまで日本一の高いビルでした。
 1989年(平成元)、2000年(平成12)、2009年(平成21)に、総額約470億円をかけて、空調、給水、情報通信などインフラストラクチャーの更新に周辺再開発を伴う大規模改修を実施し、東日本大震災後の2014年(平成26)には、防災対応能力も強化しています。尚、1968年(昭和43)に日本建築学会賞業績部門賞、1969年(昭和44)に第10回BCS賞を受賞しました。

〇日本の超高層ビル高さ第1位の変遷

・ホテルニューオータニ本館(東京都千代田区)17階・73m[1964~1968年日本一の高いビル]
・霞が関ビルディング(東京都千代田区霞が関)36階・147m[1968~1970年日本一の高いビル]
・世界貿易センタービルディング(東京都港区浜松町)40階・162.59m[1970~1971年日本一の高いビル]
・京王プラザホテル(東京都新宿区西新宿)47階・169m[1971~1974年日本一の高いビル]
・新宿住友ビルディング(東京都新宿区西新宿)52階・210.3m[1974年日本一の高いビル]
・新宿三井ビルディング(東京都新宿区西新宿)55階・223.6m[1974~1978年日本一の高いビル]
・サンシャイン60(東京都豊島区)60階・239.7m[1978~1991年日本一の高いビル]
・東京都庁第一本庁舎(東京都新宿区)48階・243.4m[1991~1993年日本一の高いビル]
・横浜ランドマークタワー(神奈川県横浜市西区)70階・296.33m[1993~2014年日本一高いビル]
・あべのハルカス(大阪市阿倍野区)60階・300m[2014~2023年日本一高いビル]
・麻布台ヒルズ森JPタワー(東京都港区)64階・325.40m[2023年~高さ日本一のビル]

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1424年(応永31)第99代(南朝第4代)の天皇とされる後亀山天皇の命日(新暦5月10日)詳細
1573年(元亀4)戦国大名武田信玄の命日(新暦5月13日)詳細
1905年(明治38)日本初の都市間電気鉄道である阪神電気鉄道が大阪(出入橋駅)~神戸(三宮駅)間で開業する詳細
1921年(大正10)「郡制廃止ニ関スル法律」が公布(1923年4月1日施行)され、郡制が廃止される詳細
1939年(昭和14)「米穀配給統制法」が公布され、米穀商を許可制にして、米穀取引所を廃止する詳細
1957年(昭和32)瀬戸内海の定期客船「第五北川丸」が座礁・沈没し、死者・行方不明113名を出す(第五北川丸沈没事故)詳細
1967年(昭和42)歌人・国文学者窪田空穂の命日詳細
1973年(昭和48)「国民の祝日に関する法律」(祝日法)が改正され、振替休日が誕生する詳細
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mutoukiyoshi01
 今日は、平成時代の1989年(平成元)に、建築家・建築構造学者武藤清の亡くなった日です。
 武藤清(むとう きよし)は、明治時代後期の1903年(明治36)1月29日に、茨城県北相馬郡井野村大字青柳(現在の取手市青柳)において生まれました。龍ヶ崎中学校(現在の茨城県立竜ヶ崎第一高等学校)、旧制第二高等学校を経て、東京帝国大学工学部建築学科に入学します。
 在学中の1923年(大正12)に、関東大震災を経験し、耐震建築の研究を志すようになり、1925年(大正14)に卒業後、大学に残って、佐野利器の元で建築構造の研究を行いました。1927年(昭和2)に東京帝国大学工学部助教授となり、1931年(昭和6)には、臨時帝室博物館造営課の嘱託を勤め、1933年(昭和8)には、世界的な耐震計算法である「横力分布係数法」を完成します。
 1935年(昭和10)に東京帝国大学工学部教授に昇任し、1938年(昭和13)には、「材端に剛域を有するラーメンの地震力に依る応力の略算法」で、日本建築学会賞(学術賞)を受賞し、太平洋戦争末期には松代大本営の造営に関与しました。1960年(昭和35)に東京大学工学部長となり、1961年(昭和36)には、「わが国地震工学の国際的高揚」で、日本建築学会賞(学術高揚)を受賞します。
 1962年(昭和37)に千葉工業大学建築学科創設に携わり、講師を務め、1963年(昭和38)に東京大学を退官後、鹿島建設副社長に就任、国際地震工学会初代会長ともなりました。1964年(昭和39)に「耐震構造に関する研究」で、日本学士院恩賜賞を受賞、1966年(昭和41)には、『超高層建築へのアプローチ』を刊行します。
 コンピューターによるシミュレーション法を開発し、その成果は「柔構造」理論として、1968年(昭和43)には、霞が関ビルを36階建てに自ら構造設計し、日本最初の超高層建築を実現させ、科学技術庁長官賞科学技術功労者表彰を受けました。1969年(昭和44)に武藤構造力学研究所所長となり、1970年(昭和45)に「耐震工学に関する研究」で、日本建築学会大賞を受賞、1975年(昭和50)には、日本学士院会員となっています。
 1979年(昭和54)に文化功労者となり、1980年(昭和55)に「複合隙間壁体構造を用いた柔構造物の発明」で、全国発明表彰(恩賜発明賞)を受賞、1983年(昭和58)には、文化勲章を受章しました。1984年(昭和59)に米国地震工学会特別賞を受賞しましたが、1989年(平成元)3月12日に、東京都新宿区の自宅において、急性心不全のため、86歳で亡くなっています。

〇武藤清の主要な著作

・共著『構造力学』高等建築学第5巻(1934年)
・『耐震設計シリーズ』全5巻(1963~67年)
・『超高層建築へのアプローチ』(1966年)

☆武藤清関係略年表

・1903年(明治36)1月29日 茨城県北相馬郡井野村大字青柳(現在の取手市青柳)において、生まれる
・1925年(大正14) 東京帝国大学工学部建築学科を卒業後、大学に残って、佐野利器の元で建築構造の研究を行う
・1927年(昭和2) 東京帝国大学工学部助教授となる
・1931年(昭和6) 臨時帝室博物館造営課の嘱託を勤める
・1933年(昭和8) 世界的な耐震計算法である「横力分布係数法」を完成する
・1935年(昭和10) 東京帝国大学工学部教授となる
・1938年(昭和13) 「材端に剛域を有するラーメンの地震力に依る応力の略算法」で、日本建築学会賞(学術賞)を受賞する
・1960年(昭和35) 東京大学工学部長となる
・1961年(昭和36) 「わが国地震工学の国際的高揚」で、日本建築学会賞(学術高揚)を受賞する
・1962年(昭和37) 千葉工業大学建築学科創設に携わり、講師を務める
・1963年(昭和38) 東京大学を退官後、鹿島(かじま)建設副社長に就任、国際地震工学会初代会長となる
・1964年(昭和39) 「耐震構造に関する研究」で、日本学士院恩賜賞を受賞する
・1966年(昭和41) 『超高層建築へのアプローチ』を刊行する
・1968年(昭和43) 霞が関ビルを36階建てに自ら構造設計し、日本最初の超高層建築を実現させ、科学技術庁長官賞科学技術功労者表彰を受ける
・1969年(昭和44) 武藤構造力学研究所所長となる
・1970年(昭和45) 「耐震工学に関する研究」で、日本建築学会大賞を受賞する
・1975年(昭和50) 日本学士院会員となる
・1979年(昭和54) 文化功労者となる
・1980年(昭和55) 「複合隙間壁体構造を用いた柔構造物の発明」で、全国発明表彰(恩賜発明賞)を受賞する
・1983年(昭和58) 文化勲章を受章する
・1984年(昭和59) 米国地震工学会特別賞を受賞する
・1989年(平成元)3月12日 東京都新宿区の自宅において、急性心不全のため、86歳で亡くなる

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1633年(寛永10)第110代の天皇とされる後光明天皇の誕生日(新暦4月20日)詳細
1705年(宝永2)思想家・儒学者・古義学派の創始者伊藤仁斎の命日(新暦4月5日)詳細
1945年(昭和20)名古屋大空襲で中心街が消失し、105,093人が罹災、死者519人人、負傷者734人を出す詳細
1946年(昭和21)日本労働運動の先駆的指導者・政治家鈴木文治の命日詳細
将棋棋士・十三世名人関根金次郎の命日詳細
2011年(平成23)九州新幹線の新八代~博多が延伸開業し、鹿児島ルートの全線開通となる詳細
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