ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:震度7

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 今日は、平成時代の2011年(平成23)に、東北地方太平洋沖地震(Mj8.4・Mw9.0)が発生し、激しい揺れ(最大震度7)と大津波によって、東日本大震災と称される未曽有の被害を出した日です。
 東北地方太平洋沖地震(とうほくちほうたいへいようおきじしん)は、この日の14時46分18.1秒に、日本の三陸沖の太平洋を震源として発生(震央は北緯38°06.2′、東経142°51.6′、震源の深さは約24km)した、国内での観測史上最大の超巨大地震(Mj8.4・Mw9.0)でした。最大震度7の強い揺れと国内観測史上最大の津波(最高潮位9.3m、遡上高40.5m)を伴い、東北・関東地方を中心とする広い範囲に甚大な被害をもたらし、東京電力福島第一原子力発電所が被災し、放射性物質が漏れ出す深刻な事態となります。
この結果、死者・行方不明者22,010名。負傷者6,157名、建築物の全壊・流失・半壊の合計40万4,893戸、津波による浸水面積561k㎡、津波被害農地 2万1,476ha、漁船被害2万8,612隻、漁港被害319港、また、停電、ガス供給停止、断水、電話不通などライフラインへの被害も多大で、交通関係では、東北新幹線をはじめとする鉄道や道路、空港が広域で損壊し、東京湾埋立地などでは液状化が起こりました。さらに、東京電力福島第一原子力発電所では炉心溶融(メルトダウン)が起こり、周辺地域には放射性物質が飛散,水道水や農水産物を汚染、帰還困難区域が広範囲に生じます。政府は、直接的被害の総額を16兆~25兆円とする試算を発表、復興関連予算として2019年度(令和1)までに35兆円超を投じ、財源として復興債発行、政府資産売却のほか、復興特別税(法人税2年間、所得税25年間、個人住民税10年間の上乗せ課税)で国民に広く負担を求めることとしました。

〇日本周辺で起きた大規模地震(1885年以降・Mj8.1以上)

①東北地方太平洋沖地震―2011年3月11日発生<Mj8.4 (Mw9.0)>
②オホーツク海深発地震―2013年5月24日発生<Mj8.3>
③千島列島沖地震(2007年)―2007年1月13日発生<Mj8.2>
③北海道東方沖地震―1994年10月4日発生<Mj8.2>
③十勝沖地震 (1952年)―1952年3月4日発生<Mj8.2>
③明治三陸地震―1896年6月15日発生<Mj8.2>
⑦小笠原諸島西方沖地震 (2015年) ―2015年5月30日発生<Mj8.1>
⑦択捉島沖地震 (1963年) ―1963年10月13日発生<Mj8.1>
⑦択捉島沖地震 (1958年) ―1958年11月7日発生<Mj8.1>
⑦昭和三陸地震―1933年3月3日発生<Mj8.1>

〇明治時代以降に日本周辺で起きた被害の大きかった地震ワースト12

1. 関東地震[関東大震災](1923年9月1日)死者・行方不明者105,385人<マグニチュード7.9>
2. 東北地方太平洋沖地震[東日本大震災](2011年3月11日)死者・行方不明者22,010人<マグニチュード9.0>
3. 明治三陸地震(1896年6月15日)死者・行方不明者21,959人<マグニチュード8.2>
4. 濃尾地震(1891年10月28日)死者・行方不明者7,273人<マグニチュード8.0>
5. 兵庫県南部地震[阪神・淡路大震災](1995年1月17日)死者・行方不明者6,437人<マグニチュード7.3>
6. 福井地震(1948年6月28日)死者・行方不明者3,769人<マグニチュード7.1>
7. 昭和三陸地震(1933年3月3日)死者・行方不明者3,064人<マグニチュード8.1>
8. 北丹後地震(1927年3月7日)死者2,912人<マグニチュード7.3>
9. 三河地震(1945年1月13日)死者・行方不明者1,961人<マグニチュード6.8>
10,昭和南海地震(1946年12月21日)死者・行方不明者1,443人<マグニチュード8.0>
11.昭和東南海地震(1944年12月7日)死者・行方不明者1,223人<マグニチュード7.9>
12.鳥取地震(1943年9月10日)死者1,083人<マグニチュード7.2>

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1582年(天正10)織田信長・徳川家康連合軍に敗れた武田勝頼が自害し甲斐武田家が滅亡(新暦4月3日)詳細
1643年(寛永20)江戸幕府が「田畑永代売買禁止令」を発布する(新暦4月29日)詳細
1834年(天保5)福井藩士・幕末の志士・思想家橋下佐内の誕生日(新暦4月19日)詳細
2010年(平成22)農林水産省により「ため池百選」が選定される詳細
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 今日は、江戸時代中期の1703年(元禄16)に、房総半島沖を震源とする元禄地震がおきた日ですが、新暦では12月31日となります。
 元禄地震(げんろくじしん)は、江戸時代中期の1703年(元禄16年11月23日)午前2時頃に起きた、相模トラフの房総半島南方沖を震源とする巨大地震(マグニチュード7.9~8.2と推定)でした。相模湾に沿う小田原から鎌倉、江戸、房総半島南部で震度が大きく(最大震度7と推定)、津波も発生して、房総半島から伊豆半島にいたる沿岸に大きな津波(最大波高10m)が押し寄せ、被害は関東地方から中部地方東部にまで及んでいます。
 その結果、2万余戸の家屋が倒壊・焼失・流失し、死者も1万人を超えたと言われ、農畜産物、道路・橋梁などへも甚大な被害が出ました。特に、地震による火災で小田原城の天守閣が焼失、江戸城でも門や櫓、土蔵などに被害が出、江戸の大名屋敷や寺社仏閣にも及んでいます。
 これによって、房総半島南部から三浦半島にかけて顕著な隆起がみられ、野島崎では 5m隆起しました。この地震は、相模トラフから関東地方下に沈み込むフィリピン海プレートが引き起こした海溝型地震で、規模は1923年(大正12)の関東地震(関東大震災)より大きかったと推定されています。

〇当時の文献による元禄地震の記載例

 ……とかくせしほどに、火も打ち消しぬ。日すでに午の半ばにもなりぬべきころ、また出でさせ給ひて、某を召す。参りしかば、「妻子どもの事、そののちの事、聞こえしにや」と仰せあり。「よべ参りし後は、ここにのみさぶらへば、それらの事も承らず」と申す。「我谷中の別業に行く時に、人の教へたりしを思ふに、居所は高き岸の下にありしとこそ覚ゆれ」と仰せらる。「さん候ふ」と申す。「いといとおぼつかなき事なり。かくては、地ふるふ事、数日も経め。ふるひし初めの事のごとくならざらむには、あひかまへて来るべからず。とくとく家に帰るべし」と仰せ下されしかば、まかり出でて、召供の者にたづねあひて、「よべのままにさぶらひしにや」と問ふに、「今朝とく家に残せし者どもの、来たり代はりぬれば、未の初めにはすぎぬ。明けの日、藩邸に参りしに、殿屋ことごとく傾きたれば、東の馬場に、仮家うたせ給ひておはします。

    『折たく柴の記』新井白石著より

〇江戸時代に起きた巨大地震(マグニチュード8以上)

・1611年(慶長15年10月28日) 慶長三陸地震[マグニチュード8.1]
・1703年(元禄16年11月23日) 元禄地震[マグニチュード7.9~8.2]
・1707年(宝永4年10月4日) 宝永地震[マグニチュード8.4~8.6]
・1854年(嘉永7年11月4日) 安政東海地震[マグニチュード8.4]
・1854年(嘉永7年11月5日) 安政南海地震[マグニチュード8.4]

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事) 

1707年(宝永4) 富士山宝永噴火が始まる(新暦12月16日)詳細
1896年(明治29)小説家樋口一葉の命日(一葉忌)詳細
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