
1911年(明治44)に鉄道車両航送を開始、貨物便については九州側の発着地を小森江に変更しました。1919年(大正8)に前後左右対称の自力で航行する鉄道車両渡船(第一関門丸、第二関門丸)が就航、1922年(大正11)に第三関門丸、第四関門丸、1926年(大正15)には、第五関門丸が就航します。
1941年(昭和16)度には年間880万人(1日あたり約24,000人)の利用がありましたが、1942年(昭和17)7月1日に関門トンネルが開通(貨物輸送のみ)したことにより貨物輸送が廃止され、同年11月15日には、関門トンネルの旅客輸送が開始されたことにより郵便輸送を廃止し減便しました。1958年(昭和33)に関門国道トンネルが開通し、同時期に民間の関門汽船・関門海峡汽船の利便性が向上されたこともあり、輸送人員の急減が始まります。
終に、1964年(昭和39)10月25日に航路廃止が告示され、10月31日に最後の便が就航し、この日限りで廃止されました。
しかし、この航路は、1989年(明治22)に、東海道線と長浜~米原間の鉄道の開通によって、陸路で結ばれたために役割を終えます。その後、1901年(明治34)に本州と九州を結ぶ関門連絡船(下関駅~門司駅)、1908年(明治39)に本州と北海道を結ぶ青函連絡船(青森駅~函館桟橋駅・函館駅)、1910年(明治41)に本州と四国を結ぶ宇高連絡船(宇野駅~高松桟橋駅・高松駅)などが開設されましたが、いずれも海底トンネルや海峡橋の建設により鉄道路線として結ばれるなどにより、廃止されました。
尚、本州と宮島を結ぶ宮島航路は、JR西日本宮島フェリーの航路(鉄道連絡船)として現存していますが、当初から鉄道線を挟んだ輸送を担うものではありません。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1884年(明治17) | 秩父事件が起きる | 詳細 |
| 1903年(明治36) | 土佐藩士・自由民権家・政治家片岡健吉の命日 | 詳細 |
| 1934年(昭和9) | 小説家・児童文学作家灰谷健次郎の誕生日 | 詳細 |
| 1943年(昭和18) | 「軍需会社法」が公布される | 詳細 |
| 1967年(昭和42) | 医学者佐々木隆興の命日 | 詳細 |

