ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:藤原定家

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 今日は、昭和時代後期の1980年(昭和55)に、冷泉家秘蔵の古文書等(冷泉家時雨亭文庫)が初めて公開された日です。
 冷泉家時雨亭文庫(れいぜいけしぐれていぶんこ)は、昭和時代後期の1981年(昭和56)に、京都府京都市上京区にある冷泉家に伝来する典籍、古文書類と住宅、冷泉家歌道とそれに関する行事を保存するために設立された公益財団法人です。藤原定家の子孫で、歌道の家として知られる冷泉家(上冷泉家)に伝わる古写本、建築、年中行事などの文化遺産を保存活用し、冷泉流歌道を継承することを目的としてきました。
 国宝に指定されている、藤原俊成自筆『古来風体抄』、定家自筆『古今和歌集』、『後撰和歌集』、『明月記』などをはじめ、平安・鎌倉期の和家集の写本には流布本の祖本となったものも多く、和歌関係を中心に、所領関係文書、宮中儀式資料など、研究上きわめて貴重なものです。また、同家の邸宅は、母屋、御文庫などからなり、江戸時代中期の建築であって、京都に残る代表的な、ほとんど唯一の公家屋敷として知られ、1982年(昭和57)に、国指定重要文化財となりました。
 同財団では、「冷泉家時雨亭叢書」(全84巻・完結)を刊行し、会報『しぐれてい』を発行し(年4回)、典籍の調査・研究の動向や歌会の情況などを会員に知らせています。

〇冷泉家時雨亭文庫関係の文化財一覧

<国宝>
・古今和歌集(藤原定家筆)1帖 附:後土御門天皇宸翰消息・後柏原天皇宸翰詠草・後奈良天皇宸翰消息1巻、嘉禄2年(1226年)書写。
・後撰和歌集(藤原定家筆)1帖 天福2年(1234年)書写。
・拾遺愚草(藤原定家自筆本)3帖 附:草稿断簡1幅 定家の自撰歌集
・古来風躰抄(藤原俊成自筆本)2帖
・明月記(藤原定家自筆本)58巻1幅 附:補写本1巻、旧表紙(10枚)1巻

<国指定重要文化財(典籍)>
(和歌集)
・時明集(ときあきらしゅう)1帖
・後拾遺和歌抄 1帖
・続後撰和歌集 上下(藤原為家筆)建長七年書写奥書(1255年)1帖
・周防内侍集(藤原俊成筆)1帖
・貫之集(巻五残巻、巻第八)村雲切本 1巻
・仲文集(藤原定家筆)1帖
・恵慶集 上(えぎょうしゅう)(藤原定家筆)1帖
・散木奇歌集(巻頭と奥書のみ藤原定家筆)安貞二年書写奥書(1228年)1帖
・残集 1帖-西行の歌集の鎌倉時代の写本。
・新古今和歌集(自巻第一至巻第十五)3冊
・素性集(色紙)1帖
・素性集(唐紙)1帖
・新古今和歌集(隠岐本)上 1帖
・万葉集 巻第十八(金沢文庫本)1帖
(歌書類)
・正中二年七夕御会和歌懐紙(12通)1帖
・元徳二年七夕御会和歌懐紙(24通)1
・和歌初学抄(藤原為家筆)1帖
・集目録(藤原定家筆)1巻
・寛平御時后宮歌合(かんぴょうのおおんとき きさいのみやのうたあわせ)(藤原定家・為家筆)1巻
・五代簡要(万葉集等詞抜書)承元三年藤原定家撰述奥書(1209年)1帖
・嘉元百首 2巻
・文保百首 21巻
・永徳百首 12巻
・袖中抄 12巻 内2巻正安二年(1300年)僧祐尊書写奥書(附 袖中抄4冊) 
・俊頼髄脳 1帖
(その他の典籍)
・豊後国風土記
・公卿補任(くぎょうぶにん)2帖(藤原俊成・定家筆)
・伊勢物語 下 1巻
・文選 巻第二(首欠)1巻
・源家長記 1帖
・大鏡 巻第二、五、七 3帖
・簾中抄(れんちゅうしょう)1帖
(一括指定物件)
・私家集(資経本)39帖
・私家集(唐紙)6帖
・私家集(承空本)43冊
・朝儀次第書 3巻、107帖、3幅、4紙、1点
・勅撰和歌集 12帖、9冊、12紙(附:代々勅撰次第書 1帖)
・私家集 4巻83冊196帖
・冷泉家歌書類 38巻147冊53帖11幅
・物語ならびに注釈書 物語類8冊2帖、伊勢物語ならびに注釈書13冊3帖、源氏物語ならびに注釈書1巻38冊2帖
・宴曲 24帖(宴曲撰要目録1帖、宴曲22帖、早歌抜書1帖)

<国指定重要文化財(古文書))>
・後光厳天皇宸翰書状 文和三年十二月十四日(1354年)1巻 附:二条良基自筆書状1通
・藤原定家自筆申文草案 1巻
・藤原為家自筆譲状(4通)1巻
・文永五年十一月十九日譲状(阿仏尼宛)
・文永九年八月二十四日譲状(藤原為相宛)
・文永十年七月二十四日譲状(阿仏尼宛)
・文永十一年六月二十四日譲状(阿仏尼宛)
・冷泉家文書 278通
・台記(保延五年二月二十三日列見記)1巻
・長秋記(藤原定家書写)4巻(大治四年八・九月、天承元年正・二・三月)
・冷泉為広下向記 自筆本 5冊

<国指定重要文化財(建造物)>
・冷泉家住宅

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

604年(推古天皇12)聖徳太子(厩戸皇子)が「十七条憲法」を制定する(新暦5月6日)詳細
1673年(寛文13)日本黄檗宗の開祖隠元隆琦の命日(新暦5月19日)詳細
1881年(明治14)洋画家児島虎次郎の誕生日詳細
1897年(明治30)柏崎明治30年大火(日野屋火事)で、1,230戸が焼失する詳細
1919年(大正8)総合雑誌「改造」が創刊される詳細
1951年(昭和26)「宗教法人法」(昭和26年法律第126号)が公布・施行される詳細
1961年(昭和36)NHKの連続テレビ小説が放送開始(第1作目は『娘と私』)される詳細
1982年(昭和57)石川県七尾市石崎町と同市能登島半浦町を結ぶ能登島大橋が、一般有料道路てしと供用開始される詳細
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 今日は、鎌倉時代の1205年(元久2)に、『新古今和歌集』が一応成立し竟宴が開かれた日ですが、新暦では4月16日となります。
 『新古今和歌集』(しんこきんわかしゅう)は、鎌倉時代初期に編纂された、第八の勅撰和歌集(八代集の最後)で、『万葉集』(万葉調)、『古今和歌集』(古今調)と並んで、古典和歌様式の一つの頂点「新古今調」を形成しました。制作については、1201年(建仁元)に、後鳥羽上皇の院宣により和歌所を設置、その寄人のうち源通具、藤原有家、藤原定家、藤原家隆、藤原 (飛鳥井) 雅経、寂蓮の6人が撰者とされます。
 しかし、寂蓮は途中で亡くなったので、他の5人により撰歌、部類が進められ、1205年(元久2年3月26日)に一応成立し竟宴が開かれたものの、上皇の意志で、1210年(承元4年9月)頃まで改訂 が行われました。全二十巻で、巻頭に仮名序(藤原良経)、巻尾に真名序(藤原親経)を付し、春・夏・秋・冬・賀・哀傷・離別・羇旅・恋・雑・神祇・釈教に12分類されています。
 『万葉集』以来の歴代歌人による1,979首(流布本)が収められ、優雅で華美な情趣、技巧的・象徴的手法が特色とされ、とりわけ、御子左家を中心とする新風和歌を中核におき、「本歌取り」の技法が多用され、「幽玄体」と称された感覚的な象徴美が追求されました。出典としては、1201年(建仁元)の「千五百番歌合」、1248年(宝治2)の「後嵯峨院百首」、1216年(建保4)の「後鳥羽院百首」、1261年(弘長元)以後の「弘長百首」などで、作者別収載歌数は、多い方から西行(94首)、慈円(92首)、藤原良経(79首)、藤原俊成( 72首)、式子内親王(49首)、藤原定家(46首)となっています。

<収載されている代表的な歌>
「空はなほ 霞みもやらず 風さえて 雪げに曇る 春の夜の月」(藤原良経)
「志賀の浦や 遠ざかりゆく 浪間より 氷りて出づる 有明の月」(藤原家隆)
「帰るさの 物とや人の ながむらん 待つ夜ながらの 有明の月」(藤原定家)
「見わたせば 花ももみぢも なかりけり 浦のとまやの 秋の夕暮」(藤原定家)

〇勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)とは? 

 天皇の綸旨や上皇・法皇の院宣下命に基づいて編集、奏覧された和歌集のことです。醍醐天皇の勅命によって編纂され、905年(延喜5)に奏上された『古今和歌集』に始まり、1439年(永享11)成立の『新続古今和歌集』までの534年間で21があり、総称して「二十一代集」と呼ばれました。
 初めの3集(『古今和歌集』・ 『後撰和歌集』・『拾遺和歌集』)を三代集、8集(『古今和歌集』から『新古今和歌集』)までを八代集、残り13集(『新勅撰集』から『新続古今和歌集』)を十三代集ともいいます。平安時代から鎌倉時代初期にかけて最も盛んでしたが、次第に衰え、室町時代に入って跡が絶えました。尚、14世紀末に南朝側で編纂された『新葉和歌集』は準勅撰和歌集とされています。
 勅撰集を作成するには、まず撰和歌所を設置し、勅撰の下命があり、撰者の任命がされました。その後、資料が集成され、撰歌と部類配列が行われ、加除訂正の後、目録や序が作成それて清書されます。そして、奏覧され、祝賀の竟宴という過程によって行われました。
 収載されたのは、ほとんどが短歌でしたが、わずかに長歌、旋頭歌、連歌を加えた集もあります。巻数は最初の『古今和歌集』の20巻が継承されましたが、『金葉和歌集』と『詞花和歌集』は10巻となっています。部立(歌の種類別区分の仕方)は各集ごとに小異がありますが、基本的には、最初の『古今和歌集』の部立が受け継がれました。
 勅撰集に歌が選ばれるのは、歌人にとって最高の名誉とされ、和歌を発達させた文学史的意義は大きいとされています。

☆「二十一代集」(勅撰和歌集)一覧

1.『古今和歌集』905年成立(醍醐天皇下命・紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑撰)20巻・1,100首
2.『後撰和歌集』957-959年成立(村上天皇下命・大中臣能宣、清原元輔、源順、紀時文、坂上望城撰)20巻・1,425首
3.『拾遺和歌集』1005-07年成立(花山院下命・花山院、藤原公任撰)20巻・1,351首
4.『後拾遺和歌集』1086年成立(白河天皇下命・藤原通俊撰)20巻・1,218首
5.『金葉和歌集』1126年(三奏本)成立(白河院下命・源俊頼撰)10巻・650首(三奏本)
6.『詞花和歌集』1151年頃成立(崇徳院下命・藤原顕輔撰)10巻・415首
7.『千載和歌集』1188年成立(後白河院下命・藤原俊成撰)20巻・1,288首
8.『新古今和歌集』1205年成立(後鳥羽院下命・源通具、藤原有家、藤原定家、藤原家隆、飛鳥井雅経、寂蓮撰)20巻・1,978首
9.『新勅撰和歌集』1235年成立(後堀河天皇下命・藤原定家撰)20巻・1,374首
10.『続後撰和歌集』1251年成立(後嵯峨院下命・藤原為家撰)20巻・1,371首
11.『続古今和歌集』1265年成立(後嵯峨院下命・藤原為家、藤原基家、藤原行家、藤原光俊、藤原家良撰)20巻・1,915首
12.『続拾遺和歌集』1278年成立(亀山院下命・二条為氏撰)20巻・1,459首
13.『新後撰和歌集』1303年成立(後宇多院下命・二条為世撰)20巻・1,607首
14.『玉葉和歌集』1312年成立(伏見院下命・京極為兼撰)20巻・2,800首
15.『続千載和歌集』1320年成立(後宇多院下命・二条為世撰)20巻・2,143首
16.『続後拾遺和歌集』1326年成立(後醍醐天皇下命・二条為藤、二条為定撰)20巻・1,353首
17.『風雅和歌集』1349年成立(花園院監修下命・光厳院撰)20巻・2,211首
18.『新千載和歌集』1359年成立(後光厳天皇下命・二条為定撰)20巻・2,365首
19.『新拾遺和歌集』1364年成立(後光厳天皇下命・二条為明、頓阿撰)20巻・1,920首
20.『新後拾遺和歌集』1384年成立(後円融天皇下命・二条為遠、二条為重撰)20巻・1,554首
21.『新続古今和歌集』1439年成立(後花園天皇下命・飛鳥井雅世撰)20巻・2,144首
準.『新葉和歌集』1381年成立(長慶天皇下命・宗良親撰)20巻・1,426首

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1489年(長享3)室町幕府第9代将軍足利義尚の命日(新暦4月26日)詳細
1925年(大正14)「衆議院議員選挙法」の全面改正(通称:普通選挙法)が貴族院を通過成立する詳細
1935年(昭和10)小説家与謝野寛(鉄幹)の命日詳細
1962年(昭和37)小説家・詩人室生犀星の命日詳細
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 今日は、鎌倉時代の1241年(仁治2)に、公家・歌人藤原定家の亡くなった日ですが、新暦では9月26日となります。
 藤原定家は、鎌倉時代前期の公家・歌人で、名は「さだいえ」とも呼ばれます。1162年(応保2)に、父は藤原俊成、母は美福門院加賀の子として生まれました。
 14歳のときに赤斑瘡、16歳には痘という重病にかかり、生死の境をさまよいますが回復し、早くから歌才を発揮していたものの、1178年(治承2)3月の賀茂別雷社の歌合に出詠して、歌人として出発します。
 1180年(治承4)従五位上への昇叙により、内の昇殿が認められ、この頃から和歌に専念し始め、『初学百首』を詠みました。そして、1183年(寿永2)に父藤原俊成が後白河上皇の命により『千載和歌集』の編纂を行うことになって、それを手伝います。
 しかし、1186年(文治2)和歌革命を行い(「二見浦百首」)、六条家など旧派の歌人たちから「新儀非拠達磨歌」との誹謗を受け、長く苦境にあえぎました。
 その後、1200年(正治2)に百首歌を企画してからは後鳥羽上皇に見出され、翌年に和歌所が置かれると、寄人に選ばれたのです。さらに、『新古今和歌集』の編纂を藤原有家、源通具、藤原家隆・雅経、寂蓮らと共に命じられて、歌人としての地位を確立しました。
 1211年(建暦元)に公卿、1232年(貞永元)に権中納言になり、『新勅撰和歌集』を単独で撰進するまでになったのです。
 1235年(文暦2)頃には、「小倉百人一首」を撰したとされていますが、1241年(仁治2年8月20日)に80歳で亡くなりました。
 主な著書に、家集「拾遺愚草」、歌論書「近代秀歌」「毎月抄」「詠歌大概」、日記「明月記」などがあり、歌学歌論や古典研究の面にも大きな足跡を残したのです。

〇藤原定家が関わった代表的な著作等

<勅撰和歌集>
・「新古今和歌集」第8番目の勅撰和歌集で後鳥羽院親撰
・「新勅撰和歌集」第9番目の勅撰和歌集で、藤原定家の単独撰

<家集等>
・「拾遺愚草」
・「拾遺愚草員外」
・「定家卿百番自歌合」
・「定家卿独吟詩歌」

<秀歌集>]
・「秀歌大体」
・「定家八代抄」
・「八代集秀逸」
・「百人秀歌」
・「物語二百番歌合」
・「小倉百人一首」

<歌学書・注釈書>
・「詠歌大概」
・「衣笠内府歌難詞」
・「近代秀歌」源実朝に送ったとされる
・「下官集」
・「顕註密勘」
・「五代簡要」
・「三代集之間事」
・「先達物語」
・「定家十体」
・「定家物語」
・「僻案抄」
・「毎月抄」
・「万葉集長歌短歌説」
・「和歌会次第」

<日記・物語等>
・「明月記」藤原定家の日記
・「松浦宮物語」
・「定家小本」
・「奥入」
・「釈奠次第」
・「次将装束抄」
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