ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:美術館

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 今日は、平成時代の2006年(平成18)に、青森県立美術館が開館した日です。
 青森県立美術館(あおもりけんりつびじゅつかん)は、青森県青森市の三内丸山遺跡の隣の静かな環境にある、県立美術館です。三内丸山遺跡から発想を得た青木淳設計による斬新な建物(鉄骨鉄筋コンクリート造り)で、敷地面積129,536.37㎡、建築面積7,129.82㎡、延床面積15,837.41㎡あり、平成時代の2006年(平成18)7月13日に開館しました。
 郷土出身の芸術家、世界的な版画家棟方志功や、若い世代の圧倒的な指示を集める奈良美智(よしとも)、文学・演劇・映画など多方面で活躍した寺山修司、ウルトラマンや怪獣のデザインを手がけた成田亨など県ゆかりの作家の作品を展示しています。その一方で、ピカソ、マティス、クレー、シャガールなどの西洋美術の作品を収蔵していることでも知られてきました。
 郷土出身の芸術家のいろいろな仕事が垣間見られ、それらのアーティストたちの心を未来につなぎ、既成の価値観を超えた多様性豊かな芸術を発見・保全・創造するための活動を展開しています。

〇美術館(びじゅつかん)とは?

 広辞苑によると、「絵画・彫刻などの美術品を陳列して一般の展覧・研究に資する建物。」となっています。また、博物館法では、「博物館は、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管し(育成を含む)、展示して教育的配慮のもとに一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせて、これらの資料に関する調査研究をする機関である」とされていて、美術館は、博物館の一種とされてきました。
 日本では、明治時代前期の1872年(明治5)に東京・湯島聖堂で文部省博物館主催の美術工芸品の展示が行われましたが、1877年(明治10)に第1回内国勧業博覧会が上野公園で開催されたとき、美術品を陳列した部門を美術館と称したのが、名称の始まりです。これが後の帝室博物館(現在の東京国立博物館の前身)となりました。
 1930年(昭和5)には、倉敷の「大原美術館」が西洋絵画のコレクションを常設展示する民間最初の西洋美術館として発足します。太平洋戦争後は、1951年(昭和26)に神奈川県立近代美術館、1959年(昭和34)、東京に国立西洋美術館が開かれ、その後、数を増していきました。
 1970年以降は、地方公共団体による公立美術館の設立が続き、増大していきます。日本では、現在でも美術館の数は増加傾向にあり、文部科学省の調査では、2015年(平成27)10月現在で、1,064館(美術博物館441、類似美術博物館623)となりました。

☆日本の都道府県立美術館一覧

<北海道>
・北海道立近代美術館(北海道札幌市中央区)
・北海道立三岸好太郎美術館(北海道札幌市中央区)
・北海道立函館美術館(北海道函館市)
・北海道立旭川美術館(北海道旭川市)
・北海道立帯広美術館(北海道帯広市)
・北海道立釧路芸術館(北海道釧路市)

<東北>
・青森県立美術館(青森県青森市)
・岩手県立美術館(岩手県盛岡市)
・宮城県美術館(宮城県仙台市青葉区)
・秋田県立近代美術館(秋田県横手市)
・秋田県立美術館 平野政吉コレクション(秋田県秋田市)
・福島県立美術館(福島県福島市)

<関東>
・栃木県立美術館(栃木県宇都宮市)
・群馬県立近代美術館(群馬県高崎市)
・群馬県立館林美術館(群馬県館林市)
・茨城県近代美術館(茨城県水戸市)
・茨城県つくば美術館(茨城県つくば市)
・茨城県天心記念五浦美術館(茨城県北茨城市)
・茨城県陶芸美術館(茨城県笠間市)
・埼玉県立近代美術館(埼玉県さいたま市浦和区)
・千葉県立美術館(千葉県千葉市中央区)
・東京都美術館(東京都台東区)
・東京都井の頭自然文化園彫刻園(東京都武蔵野市)
・東京都庭園美術館(東京都港区)
・東京都現代美術館(東京都江東区)
・東京都写真美術館(東京都目黒区)
・神奈川県立近代美術館(神奈川県三浦郡葉山町・鎌倉市)

<中部>
・新潟県立近代美術館(新潟県長岡市)
・新潟県立万代島美術館(新潟県新潟市中央区)
・富山県美術館(富山県富山市)
・富山県水墨美術館(富山県富山市)
・石川県九谷焼美術館(石川県加賀市)
・石川県七尾美術館(石川県七尾市)
・石川県立美術館(石川県金沢市)
・福井県立美術館(福井県福井市)
・山梨県立美術館(山梨県甲府市)
・長野県信濃美術館・東山魁夷館(長野県長野市)
・静岡県立美術館(静岡県静岡市駿河区)
・岐阜県美術館(岐阜県岐阜市)
・岐阜県現代陶芸美術館(岐阜県多治見市)
・愛知県美術館(愛知県名古屋市東区)

<近畿>
・三重県立美術館(三重県津市)
・滋賀県立近代美術館(滋賀県大津市)
・滋賀県立陶芸の森(滋賀県甲賀市)
・京都府立堂本印象美術館(京都府京都市北区)
・京都府立陶板名画の庭(京都府京都市左京区)
・奈良県立美術館(奈良県奈良市)
・大阪府立江之子島文化芸術創造センター(大阪府大阪市西区)
・兵庫県公館(兵庫県神戸市中央区)
・兵庫県立美術館「芸術の館」(兵庫県神戸市中央区)
・兵庫陶芸美術館(兵庫県篠山市)
・和歌山県立近代美術館(和歌山県和歌山市)

<中国>
・島根県立美術館(島根県松江市)
・島根県立石見美術館(島根県益田市)
・岡山県立美術館(岡山県岡山市北区)
・広島県立美術館(広島県広島市中区)
・山口県立美術館(山口県山口市)
・山口県立萩美術館浦上記念館(山口県萩市)

<四国>
・徳島県立近代美術館(徳島県徳島市)
・香川県立東山魁夷せとうち美術館(香川県坂出市)
・愛媛県美術館(愛媛県松山市)
・高知県立美術館(高知県高知市)

<九州・沖縄>
・福岡県立美術館(福岡県福岡市中央区)
・佐賀県立美術館(佐賀県佐賀市)
・長崎県美術館(長崎県長崎市)
・大分県立美術館(大分県大分市)
・熊本県立美術館(熊本県熊本市)
・宮崎県立美術館(宮崎県宮崎市)
・沖縄県立博物館・美術館(沖縄県那覇市)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1221年(承久3)承久の乱で鎌倉幕府に敗れた後鳥羽上皇が隠岐に流される(新暦8月2日)詳細
1596年(文禄5)慶長伏見地震が起き、伏見城天守が倒壊するなど死者1,000人以上を出す詳細
1882年(明治15)洋画家青木繁の誕生日詳細
1886年(明治19)東経135度の時刻を日本標準時と定める勅令を公布(日本標準時制定記念日)詳細
1887年(明治20)洋画家・版画家小絲源太郞の誕生日詳細
1911年(明治44)「日英同盟」の改定(第三回日英同盟協約)が調印され、継続更新される詳細
1948年(昭和23)優生手術、人工妊娠中絶等について定めた旧「優生保護法」が公布(施行は同年9月11日)される詳細
1967年(昭和42)歌人・書家・文学研究者吉野秀雄の命日詳細
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 今日は、昭和時代前期の1936年(昭和11)に、東京に「日本民藝館」が開設(初代館長:柳宗悦)された日です。
 日本民藝館(にほんみんげいかん)は、東京都目黒区駒場にある美術館で、民芸品の収集展示を行ってきました。民芸運動の創始者である柳宗悦が、1926年(大正15)に、濱田庄司、河井寬次郎、富本憲吉の賛同を得て、四人の連名で「日本民藝美術館設立趣意書」を発表、地方民芸の指導開発を目的として収集が開始されます。
 1927年(昭和2)に銀座鳩居堂で初めての民藝品展「第一回日本民藝品展覧会」を開催、翌年には、東京・上野公園で開催された御大礼記念国産振興博覧会に「民藝館」を出品しました。その後、1931年(昭和6)に静岡県浜松市に「日本民藝美術館」が開設され、1934年(昭和9)には、日本民藝協会が発足し、柳宗悦が初代会長となります。
 そして、実業家で社会事業家の大原孫三郎をはじめとする多くの賛同者の援助を得て、1936年(昭和11)10月24日に東京での「日本民藝館」の開設に至り、柳宗悦が初代館長となりました。日本・朝鮮・中国などの陶磁器や木漆器、染織品等の民芸品を収集・展覧を続け、現在では、世界各地の「民衆的工芸品」約 1万7,000点を収蔵するようになり、国指定重要文化財の絵唐津芦文壺なども含まれています。
 その中には、民芸運動の同志として活躍した、浜田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチ、富本憲吉(以上陶芸)、芹沢銈介(染色)、棟方志功(版画)らの作品も多数収蔵されてきました。尚、2021年(令和3)に、本館(附属塀を含む)、西館旧柳宗悦邸主屋、西館長屋門(附属塀を含む)が東京都指定有形文化財(建造物)に指定されています。

〇柳 宗悦(やなぎ むねよし)とは?

 大正時代から昭和時代に活躍した、民芸運動の創始者・美術評論家・宗教哲学者です。
 明治時代中頃の1889年(明治22)3月21日に、東京市麻布区市兵衛町(現在の東京都港区)で、海軍少将だった父・柳楢悦、母・勝子の三男として生まれましたが、名は「そうえつ」とも読ませていました。学習院へ進み、1910年(明治43)の高等科在学中に武者小路実篤らと「白樺」の創刊に参加します。
 この頃バーナード・リーチを知り、W.ブレイクを研究するようになり、1911年(明治44)に東京帝国大学哲学科に進み、心理学を専攻、『科学と人生』を刊行しました。1913年(大正2)に大学を卒業、翌年に声楽家中島兼子と結婚、『ヰリアム・ブレーク』を洛陽堂から出版し、1919年(大正8)には、東洋大学教授として宗教学を教えるようになります。
 1921年(大正10)に日本で最初の「朝鮮民族美術展覧会」を開催、1923年(大正12)の関東大震災を機に京都へ転居し、同志社大学と同志社女学校専門学部、関西学院の講師となりました。木喰五行明満の仏像の美しさにひかれ、1924年(大正13)から全国の木喰仏調査を開始、翌年には京都同志社女学校専門部教授に就任します。
 1926年(大正15)に陶芸家の富本憲吉の賛同を得て、四人の連名で「日本民藝美術館設立趣意書」を発表、翌年には銀座鳩居堂で初めての民藝品展「第一回日本民藝品展覧会」を開催しました。1928年(昭和3)に上野公園で開催された御大礼記念国産振興博覧会に民藝館」を出品、初の本格的な工芸論『工藝の道』を刊行、1930年(昭和5)にヨーロッパを廻って帰国後、翌年には雑誌「工芸」を創刊します。
 1934年(昭和9)に日本民藝協会を発足させて会長に就任、1936年(昭和11)には、実業家の大原孫三郎の支援によって、東京駒場に「日本民藝館」を開設、初代館長となりました。1938年(昭和13)に京城に「朝鮮民族美術館」を開設、翌年に日本民藝協会機関誌「月刊民藝」が創刊され、1940年(昭和15)には、民衆的工芸の意味で“民芸”という語を創出し、浜田庄司、河井寛次郎らと民芸運動を推進、専修大学教授となります。
 太平洋戦争後の1946年(昭和21)に日米教育委員となり、1951年(昭和26)に雑誌「大法論」に「南無阿弥陀仏」を21回にわたり連載しはじめ、翌年には国際工芸家会議に列席のため毎日新聞文化使節を兼て渡欧米しました。1957年(昭和32)に文化功労者となり、1960年(昭和35)には、朝日文化賞を受賞しましたが、1961年(昭和36)5月3日に、東京において、72歳で亡くなっています。

☆日本民藝館関係略年表

・1924年(大正13) 「朝鮮民族美術館」(現ソウル)を朝鮮王朝の王宮であった景福宮内に開設する
・1925年(大正14) 「民藝」という造語が作られる
・1926年(大正15) 「日本民藝美術館設立趣意書」が発表され、地方民芸の指導開発を目的として収集が開始される
・1927年(昭和2) 銀座鳩居堂で初めての民藝品展「第一回日本民藝品展覧会」を開催する
・1928年(昭和3) 東京・上野公園で開催された御大礼記念国産振興博覧会に「民藝館」を出品する
・1931年(昭和6)10月24日 浜松に「日本民藝美術館」が開設される
・1934年(昭和9) 日本民藝協会が発足し、柳宗悦が初代会長となる
・1935年(昭和10) 東京に柳宗悦邸(現在の西館)が完成する
・1936年(昭和11) 東京に「日本民藝館」が開設され、柳宗悦が初代館長に就任する
・1939年(昭和14) 日本民藝協会機関誌「月刊民藝」が創刊される
・1961年(昭和36)5月3日 初代館長の柳宗悦が亡くなる 
・1982年(昭和57) 旧大広間のあった位置に新館が建て替えられる
・2021年(令和3) 本館(附属塀を含む)、西館旧柳宗悦邸主屋、西館長屋門(附属塀を含む)が東京都指定有形文化財(建造物)に指定される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1708年(宝永5)数学者・和算の祖関孝和の命日(新暦12月5日)詳細
1876年(明治9)神風連の乱がおこる詳細
1886年(明治19)ノルマントン号が沈没し英船員は脱出、日本人25人溺死(ノルマントン号事件詳細
1910年(明治43)小説家・詩人・評論家山田美妙の命日詳細


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