
全日本無産青年同盟(ぜんにほんむさんせいねんどうめい)は、大正時代末期から昭和時代初期に活動した合法的左翼青年運動組織で、略称は「無青」と言います。大正時代の1926年(大正15)8月1日、大阪・中之島公会堂で、日本労働組合評議会の青年活動家を中心に、全国水平社、日本農民組合、大学の社会科学研究会の青年を結集して結成されました。
創立大会では、18歳選挙権や青年の言論・出版・集会・結社の自由、自由結婚権の確立など41項目の要求をかかげた「綱領」を採択し、青年の全国的組織を完成させること、政治教育をすすめることなどを決定します。労働農民党を支持し、「兵役短縮」「満期後の就職要求」「満18歳以上の選挙権被選挙権獲得」などの活動を行ない、最高時で同盟員数は1万人余とされてきました。
1927年(昭和2)10月15日に、中央機関紙「青年新聞」を創刊、同年11月20日、第2回大会開催したりしましたが、翌年4月10日、三・一五事件による弾圧の一環として、労働農民党、日本労働組合評議会と共に、「治安警察法」により、結社禁止処分を受けています。
創立大会では、18歳選挙権や青年の言論・出版・集会・結社の自由、自由結婚権の確立など41項目の要求をかかげた「綱領」を採択し、青年の全国的組織を完成させること、政治教育をすすめることなどを決定します。労働農民党を支持し、「兵役短縮」「満期後の就職要求」「満18歳以上の選挙権被選挙権獲得」などの活動を行ない、最高時で同盟員数は1万人余とされてきました。
1927年(昭和2)10月15日に、中央機関紙「青年新聞」を創刊、同年11月20日、第2回大会開催したりしましたが、翌年4月10日、三・一五事件による弾圧の一環として、労働農民党、日本労働組合評議会と共に、「治安警察法」により、結社禁止処分を受けています。
〇全日本無産青年同関係略年表
・1925年(大正14)9月18日、全国水平社青年同盟2周年大会で組織解体・全国水平社無産者同盟創立・全国無産青年同盟参加を決定する
・1925年(大正14)10月8日 全日本無産青年同盟全国準備委員会が発足する
・1925年(大正14)11月1日 東京無産青年同盟創立大会が開催される
・1926年(大正15)8月1日 大阪市中央公会堂において創立大会が開かれ、日本労働組合評議会の青年活動家を中心に、全国水平社、日本農民組合、大学の社会科学研究会の青年を結集して結成される
・1927年(昭和2)10月15日 中央機関紙「青年新聞」を創刊する
・1927年(昭和2)11月20日 第2回大会が開催される
・1928年(昭和3)4月10日 三・一五事件による弾圧の一環として労働農民党、日本労働組合評議会とともに「治安警察法」に基づく結社禁止処分を受け、解散させられる
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1810年(文化7) | 江戸幕府の老中・下総佐倉藩主堀田正睦の誕生日(新暦8月30日) | 詳細 |
| 1872年(明治5) | 東京・湯島の昌平黌講堂跡に日本初の公共図書館である書籍館が開設される(新暦9月3日) | 詳細 |
| 1881年(明治14) | 日本初の私設鉄道として、岩倉具視らの主唱で、旧大名、公卿華族等が出資して日本鉄道会社が創立される | 詳細 |
| 1885年(明治18) | 医師・詩人木下杢太郎の誕生日 | 詳細 |
| 1894年(明治27) | 「日清戦争宣戦の詔書」が発せられて、日清戦争に対して正式に宣戦が布告される(日清戦争開戦) | 詳細 |
| 1907年(明治40) | 民俗学者・農村指導者・社会教育家宮本常一の誕生日 | 詳細 |
| 1912年(大正元) | 日本初の労働組合である友愛会が結成される | 詳細 |
| 1913年(大正2) | 天竜川橋粱の複線化により、東海道本線の全線複線化が完成する | 詳細 |
| 1940年(昭和15) | 東京市内に「ぜいたくは敵だ」の戦時標語の立看板1,500本が配置される | 詳細 |