
仕方なく、義経は京都に引き返し、頼朝追討を決意するにいたったとされます。全文は、『吾妻鏡』に掲載されていますが、真偽については疑問がもたれてきました。
室町時代には、『義経記』に記載され、幸若舞の素材(腰越)となり、義経の悲劇として語られています。また、江戸時代には、『古状揃』に収録され、読本の教科書として広く読まれ、明治時代初期まで、手習いの教科書として用いられました。
以下に、『吾妻鏡』巻四に掲載されている「腰越状」を載せておきますので、ご参照下さい。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 950年(天暦4) | 第63代の天皇とされる冷泉天皇の誕生日(新暦6月12日) | 詳細 |
| 1636年(寛永13) | 武将・仙台藩の藩祖伊達政宗の命日(新暦6月27日) | 詳細 |
| 1790年(寛政2) | 老中主座・松平定信が昌平坂学問所で、朱子学以外の学問の教授を禁止する(寛政異学の禁) | 詳細 |
| 1925年(大正14) | 日本労働組合評議会が結成される | 詳細 |
| 1926年(大正15) | 北海道の十勝岳が大噴火(十勝岳1926年噴火)し、高温の岩屑なだれが発生、大被害を出す | 詳細 |
| 1950年(昭和25) | 「建築基準法」と共に、「建築士法」が公布(施行は同年7月1日)される | 詳細 |
| 1956年(昭和31) | 「売春防止法」が公布(施行は1957年4月1日)される | 詳細 |
| 1967年(昭和42) | 生活保護処分に関する朝日訴訟の最高裁大法廷判決が出されて、訴訟が終結する | 詳細 |
| 1971年(昭和46) | 評論家・婦人解放運動家平塚らいてう(平塚雷鳥)の命日 | 詳細 |

