
同年4月に、三島県令は福島県会を召集したが出席せず、県会からの再三の出席要請を拒否しつつ、自由党の演説会等に対する弾圧を強化し、5月11日には、福島県会は23対22で全議案を総否決することを決議するに至ります。8月に、河野ら幹部は福島自由党の本拠地「無名館」(福島市)に集まり、そこで密かに「無名館血誓書」をつくり、9月末には、同盟者(訴訟委任状提出者)4,083人の代表70余人が会合「権利恢復規約書」と正副総理、訴訟委員を決定しました。
10月に、同盟費提出者は7,000余人に達するに及んで、県当局は攻撃を本格化して、不服者を郡役所へ呼び出し、命令に従わない場合は土地を公売処分に付すると威嚇します。11月に、公売処分に抗議した原平蔵、三浦文治、訴訟委員宇田成一が逮捕されると、同月28日には、山刀・棍棒・熊手を手に千数百人の農民が弾正ヶ原に集まり、隊列を整え喜多方警察署におしかけ、警察官は抜刀し農民たちに切りかかり無理やり解散させられる喜多方事件が勃発しました。
翌日から、東京都、福島県で自由党員と農民の一斉検挙が開始(2,000余人)され、12月1日には、無名館が巡査隊と福島監獄看守らにより包囲突入され、自由党幹部河野広中ら同志連25人が府転覆容疑で逮捕されます。翌年1月中旬に、「血誓書」が当局に発見され、「国家転覆」という目的が当局の機嫌を損ね、河野らは「国事犯」として裁かれることとなり、2月に指導者と目された57名が内乱陰謀の国事犯とされ、9月には、東京の高等法院の裁判に付され、河野に軽禁獄7年、他の5人に同6年の判決が出されました。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
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| 1941年(昭和16) | 昭和天皇臨席の第8回御前会議で「対英米蘭開戦の件」を決定する | 詳細 |
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