ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:日本国憲法

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 今日は、昭和時代中期の1946年(昭和21)に、衆議院で「大日本帝国憲法改正案」の貴族院回付案が可決され、憲法改正手続が完了し、「日本国憲法」が成立した日です。
 「日本国憲法」は、現在の日本国最高法規(前文および11章103条からなる)で、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義を三大原則として、象徴天皇制、戦争放棄、三権分立、地方自治の保障などを規定しています。
 1945年(昭和20)の太平洋戦争敗戦によるポツダム宣言受諾によって、日本国が連合国側に無条件降伏したことにより、その後どのように進むべきかは、大きな議論となりました。その第6項「6.There must be eliminated for all time the authority and influence of those who have deceived and misled the people of Japan into embarking on world conquest, for we insist that a new order of peace, security and justice will be impossible until irresponsible militarism is driven from the world.」(現代語訳:6.日本の人々を惑わさせて、世界征服に乗り出させた影響勢力や権威・権力は、永遠に除去されなければならない。われわれは、無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和・安全・正義の新秩序は実現不可能であると主張する。)を実現することは、ポツダム宣言受諾の要件でした。
 その中で、大日本帝国憲法を改正する必要があるとの意見が多く出され、当時の各政党や民間団体・個人による憲法草案や連合国最高司令部(GHQ)から、憲法改正を考慮すべき旨の指示もあって、当時の幣原喜重郎首相は、GHQのマッカーサーと1946年(昭和21)1月24日に会談しました。この日のマッカーサーとの会談で平和主義を提案し、天皇制の護持と戦争放棄の考えを幣原の側からマッカーサーに述べたとされています。それを考慮して、同年2月13日に、マッカーサー草案が示されました。その後、紆余曲折を経て、日本政府の憲法草案が出来たのです。
 1946年(昭和21)に、大日本帝国憲法73条の憲法改正手続に従い、第90回帝国議会での4ヶ月弱の審議を経て、10月7日に修正可決(衆議院では、賛成421票、反対8票)後、同年11月3日に日本国憲法として公布され、その6ヶ月後の翌年5月3日に施行されました。
 以下に、「日本国憲法」制定の趣旨を記した、その前文を掲載しておきますので、ご参照下さい。。

〇「日本国憲法」前文

前 文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

715年(霊亀元)元正天皇が「陸田での麦・粟を奨励する詔」を出す(新暦11月7日)詳細
1859年(安政6)安政の大獄で、橋下佐内、頼三樹三郎、飯泉喜内が斬首される(新暦11月1日)詳細
1890年(明治23)「第二次小学校令」(明治23年勅令第215号)が公布される詳細
1899年(明治32)箒川鉄橋列車転落事故が起き、死者19人、負傷者38人が出る詳細
1914年(大正3)物理学者(流体力学)今井功の誕生日詳細
1945年(昭和20)関西汽船「室戸丸」が西宮沖で機雷に接触し沈没(室戸丸沈没事故)し、死者・行方不明475名を出す詳細
1948年(昭和23)芦田均内閣が「昭和電工事件」によって、総辞職に追い込まれる詳細
1949年(昭和24)弁護士・政治家斎藤隆夫の命日詳細
1986年(昭和61)小説家石坂洋二郎の命日詳細
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 今日は、昭和時代中期の1947年(昭和22)に、「日本国憲法」が施行(公布は前年11月3日)された日です。それを記念して、1948年(昭和23)公布・制定の「祝日法」によって、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」国民の祝日として、「憲法記念日」に定められました。
 「日本国憲法」は、現在の日本国最高法規(前文および11章103条からなる)で、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義を三大原則として、象徴天皇制、戦争放棄、三権分立、地方自治の保障などを規定しています。
 1945年(昭和20)の太平洋戦争敗戦によるポツダム宣言受諾によって、日本国が連合国側に無条件降伏したことにより、その後どのように進むべきかは、大きな議論となりました。その第6項「6.There must be eliminated for all time the authority and influence of those who have deceived and misled the people of Japan into embarking on world conquest, for we insist that a new order of peace, security and justice will be impossible until irresponsible militarism is driven from the world.」(現代語訳:6.日本の人々を惑わさせて、世界征服に乗り出させた影響勢力や権威・権力は、永遠に除去されなければならない。われわれは、無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和・安全・正義の新秩序は実現不可能であると主張する。)を実現することは、ポツダム宣言受諾の要件でした。
 その中で、大日本帝国憲法を改正する必要があるとの意見が多く出され、当時の各政党や民間団体・個人による憲法草案や連合国最高司令部(GHQ)から、憲法改正を考慮すべき旨の指示もあって、当時の幣原喜重郎首相は、GHQのマッカーサーと1946年(昭和21)1月24日に会談しました。この日のマッカーサーとの会談で平和主義を提案し、天皇制の護持と戦争放棄の考えを幣原の側からマッカーサーに述べたとされています。それを考慮して、同年2月13日に、マッカーサー草案が示されました。その後、紆余曲折を経て、日本政府の憲法草案が出来たのです。
 1946年(昭和21)に、大日本帝国憲法73条の憲法改正手続に従い、第90回帝国議会での4ヶ月弱の審議を経て修正可決(衆議院では、賛成421票、反対8票)後、同年11月3日に日本国憲法として公布され、その6ヶ月後の翌年5月3日に施行されました。
 以下に、「日本国憲法」制定の趣旨を記した、その前文を掲載しておきますので、ご参照下さい。。

〇「日本国憲法」前文

前 文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

819年(弘仁10)空海(弘法大師)が高野山で真言宗総本山金剛峯寺の開創に着手する(新暦5月30日)詳細
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 今日は、昭和時代中期の1947年(昭和22)に、「学校教育法」が公布(施行は同年4月1日)された日です。
 「学校教育法」(がっこうきょういくほう)は、太平洋戦争後の日本の新しい学校制度について、「日本国憲法」や「教育基本法」の理念に基づいて、1947年(昭和22)に制定された法律(昭和22年法律第26号)です。アメリカ教育使節団報告書の勧告や内閣に設置された教育刷新委員会の建議に基づき、初等教育から高等教育にいたる六・三・三・四制の学校制度を確立しました。
 内容としては、学校を定義し、監督庁と学校の設置者との関係、学校の設置者と学校との関係、学校の教員の種類とその資格、懲戒、授業料など各学校種別に共通な事項について規定しています。教育の機会均等による開放的・統一的な学校制度、9年間の無償義務教育、男女差別撤廃を実現し、新制の小・中学校は1947年度、高等学校は1948年度、大学は1949年度から発足しました。
 その後、現在までに、短期大学(1949年)、高等専門学校(1961年)、専修学校(1975年)の新設による学制の修正、文部大臣の教科書検定権の明記(1953年)、教頭職の設置(1974年)、放送大学の設置(1981年)、定時制・通信制高校の修業年限短縮(1988年)など重要な法改正も行われています。
 以下に、制定当初の「学校教育法」(昭和22年法律第26号)を掲載紙ておきますので、ご参照下さい。

〇「学校教育法」(昭和22年法律第26号) 1947年(昭和22)3月31日公布。同年4月1日施行

第一章 総則

第一条 この法律で、学校とは、小学校、中学校、高等学校、大学、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園とする。

第二条 学校は、国、地方公共団体及び別に法律で定める法人のみが、これを設置することができる。
 この法律で、国立学校とは、国の設置する学校を、公立学校とは、地方公共団体の設置する学校を、私立学校とは、別に法律で定める法人の設置する学校をいう。

第三条 学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、監督庁の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。

第四条 国立学校及びこの法律によって設置義務を負う者の設置する学校の外、学校(大学の学部又は大学院についても同様とする。)の設置廃止、設置者の変更その他監督庁の定める事項は、監督庁の認可を受けなければならない。

第五条 学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する。

第六条 学校においては、授業料を徴収することができる。但し、国立又は公立の小学校及び中学校又はこれらに準ずる盲学校、聾学校及び養護学校における義務教育については、これを徴収することができない。
 国立又は公立の学校における授業料その他の費用に関する事項は、監督庁が、これを定める。

第七条 学校には、校長及び相当数の教員を置かなければならない。

第八条 校長及び教員の免許状その他資格に関する事項は、監督庁がこれを定める。

第九条 左の各号の一に該当する者は、校長又は教員となることができない。
 一 禁治産者及び準禁治産者
 二 長期六年の禁錮以上の刑に処せられた者
 三 長期六年未満の懲役又は禁錮の刑に処せられ、刑の執行を終り、又は刑の執行を受けることのないことに至らない者
 四 前条の免許状取上げの処分を受け、二年を経過しない者
 五 昭和二十一年勅令第二百六十三号による教職不適格者
 六 性行不良と認められる者

第十条 私立学校は、校長を定め、監督庁に届け出なければならない。

第十一条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない。

第十二条 学校においては、学生、生徒、児童及び幼児並びに職員の健康増進を図るため、身体検査を行い、及び適当な衛生養護の施設を設けなければならない。
 身体検査及び衛生養護の施設に関する事項は、監督庁が、これを定める。

第十三条 左の各号の一に該当する場合においては、監督庁は、学校の閉鎖を命ずることができる。
 一 法令の規定に故意に違反したとき
 二 法令の規定により、監督庁のなした命令に違反したとき
 三 六箇月以上授業を行わなかったとき

第十四条 学校が、設備、授業その他の事項について、法令の規定又は監督庁の定める規程に違反したときは、監督庁は、その変更を命ずることができる。

第十五条 私立学校は、毎会計年度の開始前に収支予算を、毎会計年度の終了後二箇月以内に収支決算を監督庁に届け出なければならない。
 収支予算に重大な変更を加えようとするときも、また同様とする。

第十六条 子女を使用する者は、その使用によって、子女が、義務教育を受けることを妨げてはならない。

第二章 小学校

第十七条 小学校は、心身の発達に応じて、初等普通教育を施すことを目的とする。

第十八条 小学校における教育については、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
 一 学校内外の社会生活の経験に基き、人間相互の関係について、正しい理解と協同、自主及び自律の精神を養うこと。
 二 郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと。
 三 日常生活に必要な衣、食、住、産業等について、基礎的な理解と技能を養うこと。
 四 日常生活に必要な国語を、正しく理解し、使用する能力を養うこと。
 五 日常生活に必要な数量的な関係を、正しく理解し、処理する能力を養うこと。
 六 日常生活における自然現象を科学的に観察し、処理する能力を養うこと。
 七 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養い、心身の調和的発達を図ること。
 八 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸等について、基礎的な理解と技能を養うこと。

第十九条 小学校の修業年限は、六年とする。

第二十条 小学校の教科に関する事項は、第十七条及び第十八条の規定に従い、監督庁が、これを定める。

第二十一条 小学校においては、監督庁の検定若しくは認可を経た教科用図書又は監督庁において著作権を有する教科用図書を使用しなければならない。
 前項の教科用図書以外の図書その他の教材で、有益適切なものは、これを使用することができる。

第二十二条 保護者(子女に対して親権を行う者、親権を行う者のないときは、後見人又は後見人の職務を行う者をいう。以下同じ。)は、子女の満六才に達した日の翌日以後における最初の学年の初から、満十二才に達した日の属する学年の終りまで、これを小学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校に就学させる義務を負う。
 前項の義務履行の督促その他義務に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第二十三条 前条の規定によって、保護者が就学させなければならない子女(以下学齢児童と称する。)で、病弱、発育不完全その他やむを得ない事由のため、就学困難と認められる者の保護者に対しては、市町村立小学校の管理機関は、監督庁の定める規程により、教育に関し都道府県の区域を管轄する監督庁(以下都道府県監督庁と称する。)の認可を受けて、前条第一項に規定する義務を猶予又は免除することができる。

第二十四条 第三十三条の規定により、小学校設置の義務を免除された区域内の学齢児童の保護者は、第二十二条第一項に規定する義務を免除されたものとする。

第二十五条 経済的理由によって、就学困難と認められる学齢児童の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない。

第二十六条 市町村立小学校の管理機関は、伝染病にかかり、若しくはその虞のある児童又は性行不良であって他の児童の教育に妨げがあると認める児童があるときは、その保護者に対して、児童の出席停止を命ずることができる。

第二十七条 学齢に達しない子女は、これを小学校に入学させることができない。

第二十八条 小学校には、校長、教諭、養護教諭及び事務職員を置かなければならない。但し、特別の事情のあるときは、事務職員を置かないことができる。
 小学校には、前項の外、助教諭その他必要な職員を置くことができる。
 校長は、校務を掌り、所属職員を監督する。
 教諭は、児童の教育を掌る。
 養護教諭は、児童の養護を掌る。
 事務職員は、事務に従事する。
 助教諭は、教諭の職務を助ける。

第二十九条 市町村は、その議会の議決を経て、その区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない。

第三十条 町村が、前条の規定によることを不可能又は不適当と認めるときは、市町村学校組合又は町村学校組合を設けることができる。

第三十一条 町村が、前二条の規定によることを不可能又は不適当と認めるときは、その議会の議決を経て、小学校の設置に代え、学齢児童の全部又は一部の教育事務を、他の市町村、市町村学校組合又は町村学校組合に委託することができる。

第三十二条 町村が、前二条の規定による負担に堪えないと都道府県監督庁が認めるときは、都道府県は、その議会の議決を経て、その町村に対して、必要な補助を与えなければならない。

第三十三条 都道府県監督庁は、町村、市町村学校組合又は町村学校組合の一部について、第三十一条の不可能又は不適当と認める事情はあるが、同条及び前条の規定によることができないと認めるときは、その町村、市町村学校組合又は町村学校組合に、その一部に関し、小学校設置の義務を免除することができる。

第三十四条 公立又は私立の小学校は、都道府県監督庁の所管に属する。

第三章 中学校

第三十五条 中学校は、小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、中等普通教育を施すことを目的とする。

第三十六条 中学校における教育については、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
 一 小学校における教育の目標をなお充分に達成して、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと。
 二 社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。
 三 学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導き、公正な判断力を養うこと。

第三十七条 中学校の修業年限は、三年とする。

第三十八条 中学校の教科に関する事項は、第三十五条及び第三十六条の規定に従い、監督庁が、これを定める。

第三十九条 保護者は、子女が小学校の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初から、満十五才に達した日の属する学年の終りまで、これを、中学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校に就学させる義務を負う。
 前項の規定によって保護者が就学させなければならない子女は、これを学齢生徒と称する。

第四十条 第二十一条、第二十二条第二項、第二十三条から第二十六条まで及び第二十八条から第三十四条までの規定は、中学校に、これを準用する。

第四章 高等学校

第四十一条 高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とする。

第四十二条 高等学校における教育については、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならないい。
 一 中学校における教育の成果をさらに発展拡充させて、国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を養うこと。
 二 社会において果さなければならない使命の自覚に基き、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な技能に習熟させること。
 三 社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、個性の確立に努めること。

第四十三条 高等学校の学科及び教科に関する事項は、前二条の規定に従い、監督庁が、これを定める。

第四十四条 高等学校には、通常の課程の外、夜間において授業を行う課程又は特別の時期及び時間において授業を行う課程を置くことができる。
 高等学校には、通常の課程を置かず、又は前項の課程の一のみを置くことができる。

第四十五条 高等学校は、通信による教育を行うことができる。
 通信による教育に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第四十六条 高等学校の修業年限は、三年とする。但し、特別の技能教育を施す場合及び第四十四条第一項の課程を置く場合は、その修業年限は、三年を超えるものとすることができる。

第四十七条 高等学校に入学することのできる者は、中学校若しくはこれに準ずる学校を卒業した者又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者とする。

第四十八条 高等学校には、専攻科及び別科を置くことができる。
 高等学校の専攻科は、高等学校若しくはこれに準ずる学校を卒業した者又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的とし、その修業年限は、一年以上とする。
 高等学校の別科は、前条に規定する入学資格を有する者に対して、簡易な程度において、特別の技能教育を施すことを目的とし、その修業年限は、一年以上とする。

第四十九条 高等学校に関する教科用図書、入学、退学、転学その他必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第五十条 高等学校には、校長、教諭及び事務職員を置かなければならない。

第五十一条 第二十八条第二項から第四項まで、第六項及び第七項並びに第三十四条の規定は、高等学校に、これを準用する。

第五章 大学

第五十二条 大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。

第五十三条 大学には、数個の学部を置くことを常例とする。但し、特別の必要がある場合においては、単に一個の学部を置くものを大学とすることができる。

第五十四条 大学には、夜間において授業を行う学部を置くことができる。

第五十五条 大学の修業年限は、四年とする。但し、特別の専門事項を教授研究する学部及び前条の学部については、その修業年限は、四年を超えるものとすることができる。

第五十六条 大学に入学することのできる者は、高等学校を卒業した者若しくは通常の課程による十二年の学校教育を修了した者(通常の課程以外の課程によりこれに相当する学校教育を修了した者を含む。)又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者とする。

第五十七条 大学には、専攻科及び別科を置くことができる。
 大学の専攻科は、大学を卒業した者又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的とし、その修業年限は、一年以上とする。
 大学の別科は、前条に規定する入学資格を有する者に対して、簡易な程度において、特別の技能教育を施すことを目的とし、その修業年限は、一年以上とする。

第五十八条 大学には学長、教授、助教授、助手及び事務職員を置かなければならない。大学には、前項の外、必要な職員を置くことができる。
 学長は、校務を掌り、所属職員を統督する。
 教授は、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。
 助教授は、教授の職務を助ける。
 助手は、教授及び助教授の職務を助ける。

第五十九条 大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。
 教授会の組織には、助教授その地の職員を加えることができる。

第六十条 大学の設置の認可に関しては、監督庁は、大学設置委員会に諮問しなければならない。
 大学設置委員会に関する事項は、命令でこれを定める。

第六十一条大学には、研究所その他の研究施設を附置することができる。

第六十二条 大学には、大学院を置くことができる。

第六十三条 大学に四年以上在学し、一定の試験を受け、これに合格した者は、学士と称することができる。
 学士に関する事項は、監督庁が、これを定める。

第六十四条 公立又は私立の大学は、文部大臣の所轄とする。

第六十五条 大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥を究めて、文化の進展に寄与することを目的とする。

第六十六条 大学院には、数個の研究科を置くことを常例とする。但し、特別の必要がある場合においては、単に一個の研究科を置くものを大学院とすることができる。

第六十七条 大学院に入学することのできる者は、第五十七条第二項に規定する者とする。

第六十八条 大学院を置く大学は、監督庁の定めるところにより、博士その他の学位を授与することができる。
 博士その他の学位に関する事項を定めるについては、監督庁は、大学設置委員会に諮問しなければならない。

第六十九条 大学においては、公開講座の施設を設けることができる。
 公開講座に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第七十条 第二十八条第六項及び第四十五条の規定は、大学に、これを準用する。

第六章 特殊教育

第七十一条 盲学校、聾学校又は養護学校は、夫々盲者、聾者又は精神薄弱、身体不自由その他心身に故障のある者に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施し、併せてその欠陥を補うために、必要な知識技能を授けることを目的とする。

第七十二条 盲学校、聾学校及び養護学校には、小学部及び中学部を置かなければならない。但し、特別の必要のある場合においては、その一のみを置くことができる。
 盲学校、聾学校及び養護学校には、幼稚部及び高等部を置くことができる。

第七十三条 盲学校、聾学校及び養護学校の小学部及び中学部の教科及び教科用図書、高等部の学科、教科及び教科用図書又は幼稚部の保育内容は、小学校、中学校、高等学校又は幼稚園に準じて、監督庁が、これを定める。

第七十四条 都道府県は、その議会の議決を経て、その区域内にある学齢児童及び学齢生徒の中、盲者、聾者又は精神薄弱、身体不自由その他心身に故障のある者を就学させるに必要な盲学校、聾学校又は養護学校を設置しなければならない。

第七十五条 小学校、中学校及び高等学校には、左の各号の一に該当する児童及び生徒のために、特殊学級を置くことができる。
 一性格異常者
 二精神薄弱者
 三聾者及び難聴者
 四盲者及び弱視者
 五言語不自由者
 六その他の不具者
 七身体虚弱者
 前項に掲げる学校は、疾病により療養中の児童及び生徒に対して、特殊学級を設け、又は教員を派遣して、教育を行うことができる。

第七十六条 第十九条、第二十七条、第二十八条(第四十条及び第五十一条において準用する場合を含む。)、第三十四条、第三十七条、第四十五条から第四十八条まで、第五十条、第八十条及び第八十一条の規定は、盲学校、聾学校及び養護学校に、これを準用する。

第七章 幼稚園

第七十七条 幼稚園は、幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする。

第七十八条 幼稚園は、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
 一健康、安全で幸福な生活のために必要な日常の習慣を養い、身体諸機能の調和的発達を図ること。
 二 園内において、集団生活を経験させ、喜んでこれに参加する態度と協同、自主及び自律の精神の芽生えを養うこと。
 三 身辺の社会生活及び事象に対する正しい理解と態度の芽生えを養うこと。
 四 言語の使い方を正しく導き、童話、絵本等に対する興味を養うこと。
 五 音楽、遊戯、絵画その他の方法により、創作的表現に対する興味を養うこと。

第七十九条 幼稚園の保育内容に関する事項は、前二条の規定に従い、監督庁が、これを定める。

第八十条 幼稚園に入園することのできる者は、満三才から、小学校就学の始期に達するまでの幼児とする。

第八十一条 幼稚園には、園長及び教諭を置かなければならない。
 幼稚園には、前項の外、必要な職員を置くことができる。 園長は、園務を掌り、所属職員を監督する。
 教諭は、幼児の保育を掌る。

第八十二条 第三十四条の規定は、幼稚園に、これを準用する。

第八章 雑則

第八十三条 第一条に掲げるもの以外のもので、学校教育に類する教育を行うものは、これを各種学校とする。
 各種学校は、第一条に掲げる学校の名称を用いてはならない。
 第四条から第七条まで、第九条から第十一条まで、第十三条、第十四条及び第三十四条の規定は、各種学校に、これを準用する。、前項の外、各種学校に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第八十四条 都道府県監督庁において、学校又は各種学校以外のものが各種学校の教育を行うものと認めるときは、その旨を関係者に通告して、前条の規定によらせることができる。

第八十五条 学校教育上支障のない限り、学校には、社会教育に関する施設を附置し、又は学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる。

第八十六条 町村制を施行していない地域においては、この法律における町村及び町村学校組合に関する規定は、その地域におけるこれに準ずべきものに、これを適用する。
 前項の地域において、この法律により難い事項のあるときは、都道府県監督庁は、特別の処分をすることができる。

第八十七条 この法律における市には、東京都の区を含むものとする。

第八十八条 この法律に規定するものの外、この法律施行のため必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第九章 罰則

第八十九条 第十三条の規定(第八十三条第三項において準用する場合を含む。)による閉鎖命令に違反した者は、これを六箇月以下の懲役若しくは禁錮又は一万円以下の罰金に処する、

第九十条 第十六条の規定に違反した者は、これを三千円以下の罰金に処する。

第九十一条 第二十二条第一項又は第三十九条第一項の規定による義務履行の督促を受け、なお履行しない者は、これを一千円以下の罰金に処する。

第九十二条 第八十三条第二項の規定に違反した者は、これを五千円以下の罰金に処する。

附則

第九十三条 この法律は、昭和二十二年四月一日から、これを施行する。但し、第二十二条第一項及び第三十九条第一項に規定する盲学校、聾学校及び養護学校における就学義務並びに第七十四条に規定するこれらの学校の設置義務に関する部分の施行期日は、勅令で、これを定める。

第九十四条 左に掲げる法律及び勅令は、これを廃止する。
 公立学校職員年功加俸国庫補助法
 現役国民学校職員俸給費国庫補助法
 現役青年学校職員俸給費国庫補助法
 青年学校教育費国庫補助法
 国民学校令
 青年学校令
 中等学校令
 師範教育令
 専門学校令
 高等学校令
 大学令
 盲学校及聾唖学校令
 幼稚園令
 私立学校令
 教育免許令
 学位令

第九十五条 義務教育費国庫負担法の一部を次のように改正する。
 第一条 公立ノ小学校及中学校ノ義務教育ニ従事スル職員(勅令ヲ以テ定ムルモノヲ除ク)ノ俸給、特別加俸死亡賜金及勅令ヲ以テ定ムル旅費ノ為都道府県ニ於テ要スル経費ノ半額ハ国庫ニ於テ之ヲ負担ス
 第二条中「北海道地方費及府県」を「都道府県」に改める。
 第九十六条 第三十九条第一項に規定する保護者の義務は、昭和二十二年度においては、子女の満十三才に達した日の属する学年の終りまでとする。
 当分の間昭和二十三年度以降における、第三十九条第一項に規定する保護者の義務に関しては、勅令で、これを定める。
 第九十七条 この法律施行の際、現に存する従前の規定による国民学校、国民学校に類する各種学校及び国民学校に準ずる各種学校並びに幼稚園は、夫々これらをこの法律によって設置された小学校及び幼稚園とみなす。
 第九十八条 この法律施行の際、現に存する従前の規定(国民学校令を除く。)による学校は、従前の規定による学校として存続することができる。
 前項に規定する学校は、文部大臣の定めるところにより、従前の規定による他の学校となることができる。
 前二項の規定による学校に関し、必要な事項は、文部大臣が、これを定める。
 第九十九条 前条に規定する学校に係る教員免許状の効力、授与その他に関しては、第九十四条の規定にかかわらず、文部大臣の定めるもののみ、なお従前の例による。
 第百条 従前の規定による学校が、第一条に掲げる学校になった場合における在学者に関し必要な專項は、文部大臣の定めるところによる。
 第百一条 従前の規定による学校の卒業者の資格に関し必要な事項は、文部大臣の定めるところによる。
 第百二条 第二条の別に法律で定める法人とは、当分の問、農業会その他これに準ずる公共団体又は民法による財団法人とする。但し、盲学校、聾学校、養護学校若しくは幼稚園又はこの法律施行の際、現に存する従前の規定による学校で、民法による財団法人でないもの又はその設置者が民法による財団法人でないものの設置者は、当分の間、民法による財団法人であることを要しない。
 第百三条 小学校及び中学校には、第二十八条の規定(第四十条において準用する場合を含む。)にかかわらず、当分の間、養護教諭は、これを置かないことができる。
 第百四条 市町村は、第三十一条の規定(第四十条において準用する場合を含む。)にかかわらず、当分の間、学齢児童及び学齢生徒の全部又は一部の教育事務を、国、都道府県又は私立学校を経営する法人若しくは私人に委託することができる、
 私立学校においては、前項の規定により委託を受けた義務教育については、授業料を徴収することができない。
 第百五条 中学校は、当分の間、尋常小学校卒業者及び国民学校初等科修了者に対して、通信による教育を行うことができる。
 前項の教育に関し必要な事項、文部大臣の定めるところによるは。
 第百六条 第三条、第六条第二項、第八条、第十一条、十二条第二項、第二十条、第二十一条第一項、第二十二条第二項、第三十八条、第四十三条、第四十五条第二項、第四十七条、第四十八条第二項、第四十九条、第七十三条、第七十九条、第八十三条第四項及び第八十八条の監督庁並びに第四条及び第二十三条に規定する定をなす権限を有する監督庁は、当分の間、これを文部大臣とする。但し、文部大臣は、その権限を他の監督庁に委任することができる。
 第百七条 この法律において、市町村立小学校の管理機関とは、当分の間、市町村長とし、都道府県監督庁とは、当分の間、東京都長官、北海道庁長官又は府県知事とする。
 第百八条 従前の学位令による学位は、第九十四条の規定にかかわらず、第九十八条の規定による大学において、文部大臣の定めるものの外、なお従前の例により、これを授与することができる。

 「文部科学省ホームページ」より

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1906年(明治39)政府が全国17の私鉄を買収することを定めた「鉄道国有法」を公布する詳細
物理学者朝永振一郎の誕生日詳細
1939年(昭和14) 「国家総動員法」第6条に基づいて、「賃金統制令」(昭和14年勅令第128号)が公布される詳細
「国家総動員法」第6条に基づいて、「従業者雇入制限令」(昭和14年勅令第126号)が公布される詳細
「国家総動員法」第6条に基づいて、「工場就業時間制限令」(昭和14年勅令第127号)が公布される詳細
1944年(昭和19)松竹少女歌劇団が解散し、松竹芸能本部女子挺身隊を結成する詳細
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kobayashinaoki01
 今日は、大正時代の1921年(大正10)に、法学者小林直樹が生まれた日です。
 小林直樹(こばやし なおき)は、大正時代の1921年(大正10)10月3日に、長野県小県郡滋野村(現在の小諸市)において生まれました。旧制上田中学校(現在の長野県上田高等学校)、旧制水戸高等学校(現在の茨城大学文理学部)を経て、11942年(昭和17)に東京帝国大学文学部哲学科へ入学しましたが、法学部政治学科に再受験の上で転籍します。
 1943年(昭和18)に、学徒動員により、帝国陸軍にて軍務に就いたものの、敗戦後の1945年(昭和20)に、東京帝国大学に復学しました。1946年(昭和21)に、東京帝国大学法学部を卒業し、同大学大学院特別研究生として、尾高朝雄の下で法哲学の研究を行い、1947年(昭和22)に高等文官試験に合格、1951年(昭和26)には、東京大学大学院特別研究生を修了し、東京大学教養学部講師となります。
 1953年(昭和28)に教養学部助教授に昇任し、1954年(昭和29)から、法哲学研究のため2年間西ドイツへ留学しました。1959年(昭和34)に東京大学法学部助教授(憲法第二講座)となり、1961年(昭和36)には、法学部教授(憲法第一講座)に昇任し、『憲法の構成原理』を東京大学出版会より刊行しています。
 1962年(昭和37)に学位論文「憲法の構成原理」で、東京大学より法学博士号を得ましたが、1982年(昭和57)には、東京大学を定年退官し、東京大学名誉教授となり、専修大学法学部教授となりました。甥の稲田年行や同僚の儀我壮一郎とともに自宅で学術サロンを開き、多様な学者たちの交流の場とします。
 1992年(平成4)に専修大学法学部教授を退職し、北海学園大学法学部教授・同大学院法学研究科教授となったものの、1996年(平成8)には、退職しました。2003年(平成15)に『法の人間学的考察』を刊行、2006年(平成18)に総合人間学会を設立し、初代会長となり、2011年(平成23)には、『暴力の人間学的考察』を刊行しています。
 「日本国憲法」を理論、解釈学、政策学の分野にわたり実証的に研究して学界を主導し、憲法の基本原理を擁護して、改憲論に一貫して反対の立場をとってきましたが、2020年(平成32)2月8日に、東京都内の病院において、くも膜下出血のため、98歳で亡くなりました。

<主要な著作>

・『法理学 上巻』(1960年)
・『憲法講義』第1-第3 東京大学出版会, 1961
・『憲法の構成原理』(1961年)
・『日本における憲法動態の分析』(1963年)
・『日本国憲法の問題状況』(1964年)
・『憲法を読む』(1966年)
・『現代基本権の展開』現代法叢書 (1976年) 
・『憲法判断の原理』 1977-78年) 
・『国家緊急権 非常事態における法と政治』 (1979年) 
・『憲法第九条』 (1982年)
・『現代教育の条件 その再生をねがって』 (1983年) 
・『立法学研究:理論と動態』(1984年)
・『憲法秩序の理論』(1986年)
・『憲法と日本人』UP選書(1987年) 
・『法・道徳・抵抗権』(1988年)
・『憲法政治の転換 民主政の再建を求めて』(1990年) 
・『憲法政策論』(1991年) 
・『憲法学の基本問題』(2002年)
・『法の人間学的考察』(2003年)
・『平和憲法と共生六十年--憲法第九条の総合的研究に向けて』(2006年)
・『暴力の人間学的考察』(2011年)
・『欲望の人間学』(2012年)

〇小林直樹関係略年表

・1921年(大正10)10月3日 長野県小県郡滋野村(現在の小諸市)において、生まれる
・1942年(昭和17) 東京帝国大学文学部哲学科へ入学するが、法学部政治学科に再受験の上で転籍する
・1943年(昭和18) 学徒動員により、帝国陸軍にて軍務につく
・1945年(昭和20) 東京帝国大学に復学する
・1946年(昭和21) 東京帝国大学法学部を卒業し、同大学大学院特別研究生として、尾高朝雄の下で法哲学の研究を行う
・1947年(昭和22) 高等文官試験に合格する
・1951年(昭和26) 東京大学大学院特別研究生を修了し、東京大学教養学部講師となる
・1953年(昭和28) 東京大学教養学部助教授となる
・1954年(昭和29) 法哲学研究のため西ドイツへ留学する
・1956年(昭和31) 西ドイツの留学から帰国する
・1959年(昭和34) 東京大学法学部助教授(憲法第二講座)となる
・1961年(昭和36) 東京大学法学部教授(憲法第一講座)となり、『憲法の構成原理』を東京大学出版会より刊行する
・1962年(昭和37) 学位論文「憲法の構成原理」で、東京大学より法学博士号を得る
・1982年(昭和57) 東京大学を定年退官し、東京大学名誉教授となり、専修大学法学部教授となる
・1992年(平成4) 専修大学法学部教授を退職し、北海学園大学法学部教授・同大学院法学研究科教授となる
・1996年(平成8) 北海学園大学法学部教授・同大学院法学研究科教授を退職する
・2003年(平成15) 『法の人間学的考察』を刊行する
・2006年(平成18) 総合人間学会を設立し、初代会長となる
・2011年(平成23) 『暴力の人間学的考察』を刊行する
・2020年(平成32)2月8日 東京都内の病院において、くも膜下出血のため、98歳で亡くなる

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1867年(慶応3)土佐藩後藤象二郎らが前藩主山内豊信の「大政奉還建白書」を幕府に提出する(新暦10月29日)詳細
1871年(明治4)宗門人別改帳が廃止される(新暦11月15日)詳細
1884年(明治19)小説家・社会教育家下村湖人の誕生日詳細
1899年(明治32)日本画家山口華楊の誕生日詳細
1932年(昭和7)拓務省第一次農業移民416人が、満蒙開拓団第一陣として満洲へ出発する詳細
1964年(昭和39)日本武道館の開館式・演武始めの儀が行なわれる詳細
大分県別府市~熊本県阿蘇郡一の宮町50kmの九州横断道路(愛称:やまなみハイウェイ)が開通する詳細
1983年(昭和58)三宅島の雄山が21年ぶりに大噴火し、熔岩流によって約400戸が埋没・焼失する(三宅島1983年噴火)詳細

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saikousaibanshyo01
 今日は、昭和時代中期の1947年(昭和22)に、日本の最高裁判所が発足した日です。
 最高裁判所(さいこうさいばんしょ)は、「日本国憲法」に規定され、「裁判所法」に基づいて、1947年(昭和22)に、設置された司法権の最高機関で、東京都千代田区隼町4番2号にあります。上告および違憲を理由とする特別抗告事件について裁判権を有し、法令の審査権をもつ終審裁判所とされてきました。
 最高裁判所長官と法律の定める員数 (現在14名) のその他の裁判官 (最高裁判所判事) で構成され、審理および裁判は大法廷または小法廷で行われています。長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命し、他の裁判官は内閣が任命しますが、衆議院選挙時に国民審査に付されてきました。
 15人の判事の出身は、裁判官・検察官および行政官(学識経験者を含む)・弁護士にほぼ三分されています。

〇最高裁判所関係略年表

・1947年(昭和22)8月4日 日本国憲法および裁判所法の施行により、最高裁判所が設立される
・1949年(昭和24) 最高裁判所の下に家庭裁判所を設置される
・1959年(昭和34) 砂川事件最高裁判決で、統治行為論が採用される
・1965年(昭和40) 最高裁規則制定諮問委員会規則を改正し、委員会から参議院議員・衆議院議員を排除する
・1973年(昭和48) 尊属殺人重罰規定違憲判決(初の法令違憲判決)が出される
・1974年(昭和49) 新庁舎が竣工する
・1975年(昭和50) 薬事法違憲判決が出される
・1987年(昭和62) 共有林分割制限規定違憲判決が出される
・1997年(平成9) 愛媛靖国神社玉串料違憲判決(政教分離に関する初の違憲判決)が出される
・1998年(平成10) 民事訴訟法の改正により、民事事件においては、上告制度に加え、原判決に判例違反がある民事事件や、法令の解釈に関する重要な事項を含む民事事件について、上告受理制度を導入する
・2002年(平成14) 郵便法違憲判決が出される
・2003年(平成15) 下級裁判所裁判官指名諮問委員会が設置される
・2005年(平成17) 在外邦人選挙権制限違憲判決が出される
・2008年(平成20) 国籍法違憲判決が出される
・2009年(平成21) 内閣の司法制度改革推進本部の方針に基づき、特定の刑事裁判について裁判員制度を導入する
・2013年(平成25) 非嫡出子相続分差別違憲が決定する
・2015年(平成27) 再婚禁止期間違憲判決が出される
・2016年(平成28) 行政不服審査法に基づき、最高裁判所行政不服審査委員会が設置される
・2022年(令和4) 在外邦人国民審査権制限違憲判決が出される
・2023年(令和5) 性同一性障害特例法違憲が決定する
・2024年(令和6) 旧優生保護法違憲判決が出される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

770年(神護景雲4)第46代・48代の天皇とされる孝謙天皇(称徳天皇)の命日(新暦8月28日)詳細
1830年(文政13)幕末の思想家・教育者吉田松陰の誕生日(新暦9月20日)詳細
1897年(明治30)幕末の土佐藩士・政治家後藤象二郎の命日詳細
1944年(昭和19)小磯国昭内閣が本土決戦に備えて一億総武装を唱え、最高戦争指導会議の設置を決定(翌日発足)する詳細
初の集団学童疎開列車が東京の上野駅を出発する詳細
1965年(昭和40)憲法・行政法学者・貴族院議員佐々木惣一の命日詳細
1969年(昭和44)TBSテレビドラマ「水戸黄門」の放映が開始される詳細
1992年(平成4)小説家松本清張の命日詳細
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