
1878年(明治11)、14歳のときに故郷を出奔して上京し、給仕、巡査などの職を転々として、反政府の自由党の壮士となります。その後、郷里で玄洋社の結成に参加して、政治運動に投じ、1883年(明治16)頃から「自由童子」と名のって、大坂中心に演説や新聞発行等で過激な言動に走り、しばしば投獄されました。
自由民権運動への弾圧が続く中、落語家桂文之助に入門し、浮世亭○○の芸名で寄席に出勤、自由民権論を鼓吹する時局風刺の「オッペケペー節」が評判となります。1891年(明治24)に、堺で書生芝居を旗揚げし、上京して中村座で「板垣君遭難実記」などを上演、幕間に演じた「オッペケペー節」が大人気となりました。
1893年(明治26)に渡仏後の翌年に戦況報告劇「日清戦争」で大当たりをとって、新演劇の基盤を築き、人気芸者の貞奴(本名:小山 貞)とも結婚します。1896年(明治29)に東京神田に川上座を創設したものの、資金繰りに行き詰って、翌々年には人手に渡りました。
1899年(明治32)には妻の貞奴と共に、一座を率いて欧米に公演して話題を集め、2年後に再度渡欧し、ほぼヨーロッパ全土を巡業します。1903年(明治36)に正劇と称し「オセロ」、「ハムレット」、「ヴェニスの商人」など西欧戯曲の翻案物を上演しましたが、1907年(明治40)には俳優を引退、以後、興行師に専念しました。
1908年(明治41)には、大阪に洋風劇場「帝国座」を開場、また、帝国女優養成所も開設します。演劇近代化の先駆者として活躍し、「新派劇の父」とも称されましたが、1911年(明治44)11月11日に、大阪において48歳で亡くなりました。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1869年(明治2) | 太政官に造幣局が設置される(新暦3月17日) | 詳細 |
| 1898年(明治31) | 小説家尾崎士郎の誕生日 | 詳細 |
| 1901年(明治34) | 官営八幡製鉄所の第一鎔鉱炉で火入れ式が行われ、操業開始する | 詳細 |
| 1913年(大正2) | 第30帝国議会衆議院本会議において、尾崎行雄の桂首相弾劾演説が行われる | 詳細 |
| 1920年(大正8) | 八幡製鉄所で職工2万4千人がストライキに入る(八幡製鉄所争議) | 詳細 |
| 1936年(昭和11) | 日本職業野球聯盟が設立される(プロ野球の日) | 詳細 |
| 1943年(昭和18) | 東条英機内閣によって、「大東亜要員錬成要綱」が閣議決定される | 詳細 |
| 1981年(昭和56) | 恒久的輸送機関として初めての新交通システムとなる神戸新交通ポートアイランド線が開業する | 詳細 |

