
2日前に発生の安政南海地震と被害地域が重複するため、記録された被害はいずれの地震によるものか区別困難であるものの、『震動記』では、豊後国鶴崎で100棟の家屋が倒壊、別府では200軒、府内では400軒余潰家となり死者数は不明としています。伊予の吉田の『赤松家文書』、宇和島の『地震海溢記』、豊後の佐伯の『御用日記』、延岡の『日記』、豊前小倉の『鈴木大雑集』では、11月5日の地震(安政南海地震)よりも一層烈しいものであったと記録されました。
安政東海地震と安政南海地震の2つの地震を機に元号が「安政」に改められたので、安政大地震とも総称され、11月7日の豊予海峡地震(マグニチュード7.4)、翌安政2年2月1日の飛騨地震(マグニチュード6.8)、10月2日の安政江戸地震(マグニチュード6.9~7.4)、安政3年7月23日の安政八戸沖地震(マグニチュード7.8~8.0)、安政4年8月25日の伊予大震(マグニチュード7.3)、安政5年2月26日の飛越地震(マグニチュード7.0~7.1)などの大きな地震が続き、これらを含めて「安政の大地震」とも呼ばれています。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
1336年(建武3) | 足利尊氏が室町幕府の基本的な政治方針「建武式目」を制定(新暦12月10日) | 詳細 |
1849年(嘉永2) | 大坂に緒方洪庵が種痘を行う為の除痘館(種痘所)を開設する(新暦12月21日) | 詳細 |
1889年(明治22) | 劇作家・演出家・小説家・俳人久保田万太郎の誕生日 | 詳細 |
1909年(明治42) | 映画監督・脚本家山中貞雄の誕生日 | 詳細 |
1922年(大正11) | 学生連合会(社会科学研究会の連合組織)が結成される | 詳細 |
1944年(昭和19) | 小磯国昭内閣により、「老幼者妊婦等ノ疎開実施要綱」が閣議決定される | 詳細 |
1983年(昭和58) | 奈良県高市郡明日香村のキトラ古墳で玄武の壁画が発見される | 詳細 |