
しかし、薩摩藩では大久保利通らの討幕派が藩論を動かし,薩長両藩の指導層は急速に接近することとなり、幕府の薩長討伐計画が漏れるに及んで、両藩は土佐藩出身の坂本龍馬らの仲介のもとにこれまでの対立反目を解消するため、1866年(慶応2年1月21日)に、京都の薩摩藩邸において、会談しました。その結果、「薩長六ケ条盟約」が成り、これによって同年6月より戦いが始まった第2次長州征伐では、薩摩藩が幕府の征長を背後から妨げ、一方長州藩は高杉晋作や桂らの奮戦により、幕府軍は諸所で敗退、形勢悪化の内に第14代将軍徳川家茂が大坂城中で没したため、長州と和して、同年9月に撤兵します。
これにより、討幕運動は大きく前進し、翌年10月14日の大政奉還から12月9日の王政復古の大号令、そして明治維新へと至りました。
以下に、「薩長六ケ条盟約」を現代語訳付で掲載しておきましたので、ご参照下さい。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 763年(天平宝字7) | 唐代の高僧・日本律宗の開祖鑑真の命日(新暦6月25日) | 詳細 |
| 1408年(応永15) | 室町幕府3代将軍足利義満の命日(新暦5月31日) | 詳細 |
| 1607年(慶長12) | 朝鮮使節(朝鮮通信使)が初めて江戸を訪問し、江戸幕府第2代将軍秀忠と会見(新暦6月29日) | 詳細 |
| 1909年(明治42) | 「新聞紙法」が公布される | 詳細 |
| 1950年(昭和25) | 住宅金融公庫設立のため、「住宅金融公庫法」(昭和25年法律第156号)が公布・施行される | 詳細 |
| 1975年(昭和50) | 法医学者・血清学者・人類遺伝学者古畑種基の命日 | 詳細 |
| 1983年(昭和58) | 農業経済学者・農政家東畑精一の命日 | 詳細 |



