ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:国鉄ミステリー事件

matsukawajikengenba01
 今日は、昭和時代中期の1961年(昭和36)に、松川事件の差し戻し審で、仙台高裁が全員無罪の判決(1963年9月12日に無罪確定)を出した日です。
 松川事件(まつかわじけん)は、第二次世界大戦後続いた、一連の不可解な事件(下山事件、三鷹事件など)の一つで、昭和時代中期の1949年(昭和24)8月17日未明、何者かによって当時の国鉄東北本線の旅客列車が福島県信夫郡金谷川村(現在の福島県福島市松川町)で転覆させられ、機関車の乗務員3名が死亡した事件です。
 それに関連して、東芝松川工場労働組合と国鉄労働組合構成員の労働組合員等合計20名が、不当逮捕・起訴されました。一審、二審判決では、有罪(死刑含む)とされましたが、裁判が進むにつれ被告らの無実が明らかになり、全国的な支援活動もあって、1963年(昭和38)9月12日に、最高裁は検察側による再上告を棄却、被告全員の無罪が確定しています。
 作家の松本清張は「日本の黒い霧」の中で、アメリカ軍防諜部隊の関与を唱えました。事件現場には殉職の碑が、近くには、松川記念塔が立てられています。

〇松川事件関係略年表

<1949年(昭和24)>
・8月17日 何者かによって当時の国鉄東北本線の旅客列車が福島県信夫郡金谷川村(現在の福島県福島市松川町)で転覆させられ、機関車の乗務員3名が死亡する
・9月10日 元国鉄線路工の少年が傷害罪で別件逮捕され、松川事件についての取り調べを受ける
・9月22日 国労員5名および東芝労組員2名が逮捕される
・10月4日 東芝労組員5名が逮捕される
・10月8日 東芝労組員1名が逮捕される
・10月17日 東芝労組員2名が逮捕される
・10月21日 国労員4名が逮捕される

<1950年(昭和25)>
・3月15日 弁護士の岡林辰雄が、新聞『赤旗』13月15日号に「主戦場は法廷の外」という論文を発表する
・12月6日 福島地方裁判所による一審判決では、被告人20名全員が有罪(うち死刑5名)となる

<1951年(昭和26)>
・12月 一審で有罪判決を受けた被告が、『真実は壁を透かして』という文集を出版する

<1952年(昭和26)>
・4月6日 広津和郎が、『朝日新聞』に発表した「回れ右―政治への不信ということ―」で、裁判を批判する

<1953年(昭和28)>
・10月 宇野浩二は、『文藝春秋』に、「世にも不思議な物語」を発表して松川事件裁判を批判する
・12月22日 仙台高等裁判所による二審判決では、17名が有罪(うち死刑4名)、3名が無罪となる

<1954年(昭和28)>
・4月 広津和郎は、『中央公論』4月号から、第二審判決を批判する連載を始める

<1959年(昭和34)>
・8月10日 最高裁は二審判決を破棄し、仙台高裁に差し戻す

<1961年(昭和36)>
・8月8日 仙台高裁での差し戻し審で被告人全員に無罪判決が出る

<1963年(昭和38)>
・9月12日 最高裁は検察側による再上告を棄却、被告人全員の無罪が確定する

<1964年(昭和39)>
・8月16日 事故現場から約150メートルほど離れた線路脇で合同慰霊祭が開催される
・8月17日 汽車転覆等および同致死罪の公訴時効を迎える

<1970年(昭和45)>
・8月 被告人たちは一連の刑事裁判について国家賠償請求を行い、裁判所は判決で国に賠償責任を認める判断を下す

☆当時の国鉄ミステリー事件の一覧

・庭坂事件(1948年4月27日) 奥羽線赤岩~庭坂間で発生
 脱線地点付近の線路継目板2枚、犬釘6本、ボルト4本が抜き取られていて、列車が転覆し、死者3人を出しましたが、真相は不明です。
・予讃線事件(1949年5月9日) 予讃線浅海 - 伊予北条駅間で発生
 脱線地点で、継ぎ目板2カ所4枚、ボルト8本、犬釘7本が故意に抜き取られており、列車が転覆し、死者3人を出しましたが、真相は不明です。
・下山事件(1949年7月6日) 常磐線北千住~綾瀬駅間で発生
 当時の国鉄総裁下山定則が失踪し、翌日に国鉄常磐線北千住駅~ 綾瀬駅間(東京都足立区綾瀬)で汽車に轢断された遺体となって発見された事件です。しかし半年後、警視庁は他殺説・自殺説ともに決め手のないままで捜査本部を閉じ、真相不明のまま1964年(昭和39)の時効成立で迷宮入りとなりました。
・三鷹事件(1949年7月15日) 中央本線三鷹駅で発生
 中央本線三鷹駅構内で、無人列車が暴走して車止めに激突し、脱線転覆、突っ込んだ線路脇の商店街などで、6名が車両の下敷となって即死し、負傷者も20名出る大惨事となりました。国鉄労働組合員11人が共同謀議による犯行として逮捕・起訴されましたが、結局は元運転士の単独犯として死刑判決が言い渡され、獄死しました。しかし、冤罪ではなかったかとも言われ、その後長男による再審請求がなされています。
・松川事件(1949年8月17日) 東北本線松川~金谷川駅間で発生
・まりも号脱線事件(1951年5月17日) 根室本線新得~落合駅間で発生
 脱線地点では、レールの継ぎ目板を外し、レールを4 cmずらされていて、蒸気機関車が線路外に逸脱して宙吊りとなり、軽傷者1人を出しましたが、真相は不明です。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1443年(嘉吉3)能役者・能作者世阿弥の亡くなったとされている日(新暦9月1日)詳細
1549年(天文18)伊勢内宮の神官・連歌師・俳諧師荒木田守武の命日(新暦8月30日)詳細
1858年(安政5)「日米修好通商条約」の調印に関して、「戊午の密勅」が下賜される(新暦9月14日)詳細
1862年(文久2)教育者・思想家・農政学者新渡戸稲造の誕生日(新暦9月1日)詳細
1925年(大正14)写真家丹野章の誕生日詳細
1945年(昭和20)福山大空襲において、福山城(旧国宝)等が焼失し、焼失家屋数10,179戸、死者354人を出す詳細
1952年(昭和27)「義務教育費国庫負担法」(昭和27年法律第303号)が公布(施行は翌年4月1日)される詳細
1955年(昭和30)長崎市の平和公園で、平和祈念像(北村西望作)の除幕式が行われる詳細
1974年(昭和49)児童画家・絵本作家いわさきちひろの命日詳細
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matsukawajikengenba01
 今日は、昭和時代中期の1964年(昭和39)に、「松川事件」が、この日限りで、真犯人不明のまま時効になった日です。
 松川事件(まつかわじけん)は、第二次世界大戦後続いた、一連の不可解な事件(下山事件、三鷹事件など)の一つです。昭和時代中期の1949年(昭和24)8月17日未明、何者かによって当時の国鉄東北本線の旅客列車が福島県信夫郡金谷川村(現在の福島県福島市松川町)で転覆させられ、機関車の乗務員3名が死亡した事件でした。
 それに関連して、東芝松川工場労働組合と国鉄労働組合構成員の労働組合員等合計20名が、不当逮捕・起訴されます。一審、二審判決では、有罪(死刑含む)とされましたが、裁判が進むにつれ被告らの無実が明らかになり、全国的な支援活動もあって、1963年(昭和38)9月12日に、最高裁は検察側による再上告を棄却、被告全員の無罪が確定しました。
 その後、1964年(昭和39)8月16日に、事故現場から約150メートルほど離れた線路脇で合同慰霊祭が開催され、その日限りで、真犯人不明のまま時効になります。作家の松本清張は「日本の黒い霧」の中で、アメリカ軍防諜部隊の関与を唱えました。事件現場には殉職の碑が、近くには、松川記念塔が立てられました。

〇松川事件関係略年表

<1949年(昭和24)>
・8月17日 何者かによって当時の国鉄東北本線の旅客列車が福島県信夫郡金谷川村(現在の福島県福島市松川町)で転覆させられ、機関車の乗務員3名が死亡する
・9月10日 元国鉄線路工の少年が傷害罪で別件逮捕され、松川事件についての取り調べを受ける
・9月22日 国労員5名および東芝労組員2名が逮捕される
・10月4日 東芝労組員5名が逮捕される
・10月8日 東芝労組員1名が逮捕される
・10月17日 東芝労組員2名が逮捕される
・10月21日 国労員4名が逮捕される

<1950年(昭和25)>
・3月15日 弁護士の岡林辰雄が、新聞『赤旗』13月15日号に「主戦場は法廷の外」という論文を発表する
・12月6日 福島地方裁判所による一審判決では、被告人20名全員が有罪(うち死刑5名)となる

<1951年(昭和26)>
・12月 一審で有罪判決を受けた被告が、『真実は壁を透かして』という文集を出版する

<1952年(昭和26)>
・4月6日 広津和郎が、『朝日新聞』に発表した「回れ右―政治への不信ということ―」で、裁判を批判する

<1953年(昭和28)>
・10月 宇野浩二は、『文藝春秋』に、「世にも不思議な物語」を発表して松川事件裁判を批判する
・12月22日 仙台高等裁判所による二審判決では、17名が有罪(うち死刑4名)、3名が無罪となる

<1954年(昭和28)>
・4月 広津和郎は、『中央公論』4月号から、第二審判決を批判する連載を始める

<1959年(昭和34)>
・8月10日 最高裁は二審判決を破棄し、仙台高裁に差し戻す

<1961年(昭和36)>
・8月8日 仙台高裁での差し戻し審で被告人全員に無罪判決が出る

<1963年(昭和38)>
・9月12日 最高裁は検察側による再上告を棄却、被告人全員の無罪が確定する

<1964年(昭和39)>
・8月16日 事故現場から約150メートルほど離れた線路脇で合同慰霊祭が開催される
・8月17日 汽車転覆等および同致死罪の公訴時効を迎える

<1970年(昭和45)>
・8月 被告人たちは一連の刑事裁判について国家賠償請求を行い、裁判所は判決で国に賠償責任を認める判断を下す

☆当時の国鉄ミステリー事件の一覧

・庭坂事件(1948年4月27日) 奥羽線赤岩~庭坂間で発生
 脱線地点付近の線路継目板2枚、犬釘6本、ボルト4本が抜き取られていて、列車が転覆し、死者3人を出しましたが、真相は不明です。
・予讃線事件(1949年5月9日) 予讃線浅海 - 伊予北条駅間で発生
 脱線地点で、継ぎ目板2カ所4枚、ボルト8本、犬釘7本が故意に抜き取られており、列車が転覆し、死者3人を出しましたが、真相は不明です。
・下山事件(1949年7月6日) 常磐線北千住~綾瀬駅間で発生
 当時の国鉄総裁下山定則が失踪し、翌日に国鉄常磐線北千住駅~ 綾瀬駅間(東京都足立区綾瀬)で汽車に轢断された遺体となって発見された事件です。しかし半年後、警視庁は他殺説・自殺説ともに決め手のないままで捜査本部を閉じ、真相不明のまま1964年(昭和39)の時効成立で迷宮入りとなりました。
・三鷹事件(1949年7月15日) 中央本線三鷹駅で発生
 中央本線三鷹駅構内で、無人列車が暴走して車止めに激突し、脱線転覆、突っ込んだ線路脇の商店街などで、6名が車両の下敷となって即死し、負傷者も20名出る大惨事となりました。国鉄労働組合員11人が共同謀議による犯行として逮捕・起訴されましたが、結局は元運転士の単独犯として死刑判決が言い渡され、獄死しました。しかし、冤罪ではなかったかとも言われ、その後長男による再審請求がなされています。
・松川事件(1949年8月17日) 東北本線松川~金谷川駅間で発生
・まりも号脱線事件(1951年5月17日) 根室本線新得~落合駅間で発生
 脱線地点では、レールの継ぎ目板を外し、レールを4 cmずらされていて、蒸気機関車が線路外に逸脱して宙吊りとなり、軽傷者1人を出しましたが、真相は不明です。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1552年(天文21)萱津の戦いが行われる(新暦9月4日)詳細
1622年(元和8)儒学者・軍学者・山鹿流兵法及び古学派の祖山鹿素行の誕生日(新暦9月21日)詳細
1868年(慶応4)長岡藩家老河井継之助の命日(新暦10月1日)詳細
1874年(明治7)酒田県(現在の山形県庄内地方)で、農民1万人が過納租税の返還を求めるワッパ騒動が起きる詳細
1938年(昭和13)ナチの青年団であるヒトラー・ユーゲント訪日団が横浜港に到着する詳細
1940年(昭和15)東京市下で隣組を通じた回覧板による文書の回覧が始まる詳細
1943年(昭和18)東京都が上野動物園に猛獣の処分を指令する詳細
2017年(平成29)「水銀に関する水俣条約」が発効する詳細
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