ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:国鉄

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 今日は、昭和時代後期の1975年(昭和50)に、国鉄室蘭本線の岩見沢~室蘭間で、国鉄最後のSL牽引による旅客列車が走った日です。
 蒸気機関車(SL)(じょうききかんしゃ)は、日本においては、明治5年9月12日(1872年10月14日)に、新橋駅(後の汐留貨物駅)~横浜駅(現在の桜木町駅)間を結ぶ日本初の鉄道が開業して以来、鉄道輸送を担ってきましたが、当初の官営鉄道(国鉄)の車両は1号機関車などすべてイギリス製の車両(北海道の官営幌内鉄道ではアメリカ様式、九州鉄道ではドイツ様式が採用された )でした。
 1893年(明治26)にイギリス人技術者の指揮の下、日本初の国産機関車である860形(A9形)が鉄道庁神戸工場で製造され、その後量産されるようになっていきます。
 大正時代から昭和時代前期にかけて、蒸気機関車(SL)の全盛期を迎えましたが、電気モーターやディーゼルエンジン等の動力方式が採用されるようになり、1948年(昭和23)のE10形5両が製造されたのを最後に国鉄における蒸気機関車製造は終了しました。
 そして、1959年(昭和34)に「動力近代化計画」が答申され、電化、ディーゼル化が推進されるようになります。その後、国鉄では次々と蒸気機関車は置き換えられていって、1974年(昭和49)11月に本州から、1975年(昭和50)3月に九州から相次いで姿を消しました。
 最後に残った北海道でも、同年12月14日、C57 135による室蘭本線室蘭~岩見沢間の225列車の運転を最後として、蒸気機関車(SL)牽引の定期旅客列車は姿を消し、貨物輸送も12月24日の夕張線(現・石勝線)でのD51 241による石炭列車が最後となり、国鉄の本線上からはなくなります。ただし、入換え仕業としては1976年(昭和51)3月2日まで追分機関区の9600形が使用されていました。
 民営鉄道でも同時期に蒸気機関車(SL)は姿を消していき、専用鉄道でも1982年(昭和57)の室蘭市における鉄原コークスを最後に、蒸気機関車(SL)の使用は終了しています。
 一方で蒸気機関車(SL)を残していく動きもあり、1972年(昭和47)の鉄道100年を契機に、国鉄蒸気機関車(SL)の恒久的な動態保存が始められ、同年10月に梅小路蒸気機関車館(於:京都市)が開館しました。このSLを用いて、開館直後から1974年(昭和49)までC62形やC61形を用いた「SL白鷺号」が京都~姫路間に行楽シーズンに運行されています。
 また、1976年(昭和51)7月9日に、大井川鐵道が、蒸気機関車(SL)の動態保存運転を開始し、輸送用の蒸気機関車(SL)としての命脈が保たれることとなりました。国鉄でも、1979年(昭和54)8月1日から、国鉄復活蒸機第1号となるC57 1による「SLやまぐち号」が運転を開始します。
 これらが、人気となりその後各地のJRグループや私鉄でも蒸気機関車(SL)が復活運転されるようになっていきました。

〇蒸気機関車(SL)の動態保存運転(構内運転を含む)一覧

<JRグループ>
・北海道旅客鉄道(JR北海道)
 C11形(C11 171)---「SL冬の湿原号」として使用
・東日本旅客鉄道(JR東日本)
 D51形(D51 498)---「SLぐんま」などで使用
 C57形(C57 180)---「SLばんえつ物語」などで使用
 C61形(C61 20)---「SLぐんま」などで使用
・西日本旅客鉄道(JR西日本)
 C57形(C57 1)---「SLやまぐち号」などで使用
 D51形(D51 200)---「SLやまぐち号」などで使用

<私鉄>
・大井川鐵道
 C10形(C10 8)--- SL急行「かわね路号」として使用
 C11形(C11 190)---SL急行「かわね路号」として使用
 C11形(C11 227)---SL急行「かわね路号」として使用
 C56形(C56 44)---SL急行「かわね路号」として使用
・秩父鉄道
 C58形(C58 363)---「パレオエクスプレス」として使用
・真岡鐵道
 C12形(C12 66)---「SLもおか」として使用
・東武鉄道
 C11形(C11 207)---「SL大樹」として使用
 C11形(C11 325)---「SL大樹」として使用
 C11形(C11 123)---「SL大樹」として使用

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1840年(天保11)江戸時代の文人画家谷文晁の命日(新暦1841年1月6日)詳細
1907年(明治40)法制史学者石井良助の誕生日詳細
1949年(昭和24)小説家・翻訳家森田草平の命日詳細
1955年(昭和30)洋画家安井曾太郎の命日詳細
1960年(昭和35)国連教育科学文化機関(ユネスコ)第11回総会で、「教育差別禁止条約」が採択される詳細
第15回国連総会で、アジア・アフリカ43ヶ国の提案による「植民地独立付与宣言」が採択される詳細
1972年(昭和47)元東京帝国大学総長・建築家で、日本の建築構造学の父と言われる内田祥三の命日詳細
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 今日は、昭和時代前期の1934年(昭和9)に、岐阜県の飛騨小坂駅~坂上駅間が開業し、国鉄高山本線が全通した日です。
 高山本線(たかやまほんせん)は、東海道本線岐阜駅から高山を経由して北陸本線富山駅に至る鉄道幹線で、国鉄の分割民営化後は東海旅客鉄道が岐阜駅~猪谷駅間を西日本旅客鉄道が猪谷駅~富山駅間を継承しています。
 当初から国鉄線として岐阜側(高山線)および富山側(飛越線)からそれぞれ建設を開始し、まず岐阜側(高山線)は、1920年(大正9)11月1日に高山線の岐阜駅~各務ケ原駅間(13.2 km)が開業、富山側(飛越線)は、1927年(昭和2)9月1日に飛越線の富山駅~田苅屋信号場から越中八尾駅間(17.06 km)が開業しました。その後、順次延伸開業していき、1934年(昭和9)10月25日の飛騨小坂駅~坂上駅間 (57.8 km) が開業して全通し、飛越線が高山線に編入され、岐阜駅~富山間が高山本線となります。
 全線単線、非電化で、営業キロは225.8km、中央日本の横断線として険しい山地を走るため、急勾配、急曲線区間が連続し、トンネル、橋梁も多いのが特徴とされてきました。飛騨地方を経て中京圏と北陸地方を短絡する本州横断線で、沿線には、高山をはじめ、下呂温泉、飛騨木曽川国定公園など観光地も多くあります。名古屋駅~岐阜駅~高山駅間の直通特急「ひだ」も運転されてきました。

〇高山本線関係略年表

・1918年(大正7) 国会において、高山線を美濃太田回りのルートで正式に決定する
・1920年(大正9)11月1日 高山線の岐阜駅~各務ケ原駅間(13.2 km)が開業する
・1921年(大正10)11月12日 高山線の各務ケ原駅~美濃太田駅間(14.16 km)が延伸開業する
・1922年(大正11)11月25日 高山線の美濃太田駅~下麻生駅間(10.46 km)が延伸開業する
・1924年(大正13)3月20日 高山線の下麻生駅~上麻生駅間(5.47 km)が延伸開業する
・1926年(大正15)3月15日 高山線の上麻生駅~白川口駅間(9.82 km)が延伸開業する
・1927年(昭和2)9月1日 飛越線の富山駅~田苅屋信号場から越中八尾駅間(17.06 km)が開業する
・1928年(昭和3)3月21日 高山線の白川口駅~飛騨金山駅間(13.51 km)が延伸開業する
・1929年(昭和4)4月14日 高山線の飛騨金山駅~焼石駅間(9.01 km)が延伸開業する
・1929年(昭和4)10月1日 高山線の飛越線の越中八尾駅~笹津駅間(8.21 km)が延伸開業する
・1930年(昭和5)11月2日 高山線の焼石駅~下呂駅間が延伸開業する
・1930年(昭和5)11月27日 飛越線の笹津駅~猪谷駅間 (11.3 km) が延伸開業する
・1931年(昭和6)5月9日 高山線の下呂駅~飛騨萩原駅間 (8.4 km) が延伸開業する
・1932年(昭和7)8月20日 飛越線の猪谷駅~杉原駅間 (8.7 km) が延伸開業する
・1933年(昭和8)8月25日 高山線の飛騨萩原駅~飛騨小坂駅間 (12.1 km) が延伸開業する
・1933年(昭和8)11月12日 飛越線の杉原駅~坂上駅間 (13.9 km) が延伸開業する
・1934年(昭和9)10月25日 飛越線の飛騨小坂駅~坂上駅間 (57.8 km) が開業し、飛越線が高山線に編入され、岐阜駅~富山間が高山本線となる
・1945年(昭和20)1月10日 焼石駅~下呂駅間の橋梁で下り旅客列車の客車2両が脱線し益田川(現在の飛騨川)に転落、43人が死亡する列車脱線事故(高山線列車脱線事故)が発生する
・1956年(昭和31)3月26日 岐阜駅~下呂駅間で初めてディーゼル列車が運行される
・1958年(昭和33)3月1日 全線にディーゼル列車(準急「ひだ」)が運行される
・1958年(昭和33)7月24日~8月12日 台風11号及びその後の大雨で飛騨金山駅~渚駅間が被害を受け、不通になる
・1965年(昭和40)2月1日 全線にATS-Sを導入する
・1965年(昭和40)8月5日 名鉄から乗り入れる準急「たかやま」運転開始(1966年急行格上げ)する
・1968年(昭和43)8月18日~9月12日 集中豪雨により上麻生駅~白川口駅間が被害を受け、不通になる
・1968年(昭和43)9月3日 岐阜駅~美濃太田駅間にCTCが導入される
・1968年(昭和43)9月12日 蒸気機関車の運用が終了し、ディーゼルカーやディーゼル機関車に置き換えられる
・1968年(昭和43)10月1日 美濃太田駅~高山駅間に CTC が導入され、特急「ひだ」が運転開始する
・1969年(昭和44)10月1日 高山駅~富山駅間に CTC が導入される
・1984年(昭和59)2月1日 全国ダイヤ改正により夜行列車(急行「のりくら」)が廃止、全線に運行されていた貨物列車のうち、上枝駅(実際は高山駅の側線扱い)~猪谷駅間を廃止する
・1987年(昭和62)4月1日 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が岐阜駅~猪谷駅間を西日本旅客鉄道が猪谷駅~富山駅間を継承、日本貨物鉄道が岐阜駅~高山駅間と猪谷駅~富山駅間の第二種鉄道事業者となる
・1989年(平成元)2月18日 特急「ひだ」にキハ85系運用開始する
・1990年(平成2)3月10日 岐阜駅~美濃太田駅間でワンマン運転を開始、岐阜駅~多治見駅間で太多線との直通運転本格開始、急行「のりくら」が廃止される
・1992年(平成4)3月14日 猪谷駅~富山駅間でワンマン運転が開始される
・1994年(平成6)10月25日 高山本線60周年記念式典が行われ、キハ82系による「メモリアルひだ号」と飛越線60周年記念の客車列車が運転される
・1995年(平成7)9月30日 この日限りで飛騨一ノ宮駅・上枝駅発着の貨物列車の運行を終了、坂祝駅~猪谷駅間で貨物列車が運転されないことになる
・1996年(平成8)3月16日 猪谷駅~富山駅間でキハ120形が運用開始する
・1999年(平成11)12月4日 美濃太田駅~高山駅間でワンマン運転開始、急行「たかやま」が廃止され、大阪駅発着の特急「ひだ」が運転開始する
・2001年(平成13)10月1日 名鉄から乗り入れる特急「北アルプス」が廃止される
・2003年(平成15)10月1日 高山駅~猪谷駅間でワンマン運転開始する
・2005年(平成17)3月31日 この日限りで神岡鉄道神岡線に直通の貨物列車廃止される(実際は同年1月より休止)
・2007年(平成19)3月18日 岐阜駅~坂祝駅間の貨物列車が廃止され、岐阜口での貨物列車が消滅する
・2010年(平成22)3月13日 岐阜駅~美濃太田駅間にTOICAが導入される
・2014年(平成26)12月1日 岐阜駅~猪谷駅間でキハ25形が運用開始される
・2022年(令和4)7月1日 特急「ひだ」にHC85系運用開始する

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1637年(寛永14)島原の乱(島原・天草一揆)が起きる(新暦12月11日)詳細
1907年(明治40)第1回文部省美術展覧会(通称:文展)が東京上野で開催される詳細
1909年(明治42)写真家土門拳の誕生日詳細
1924年(大正13)明治神宮外苑に明治神宮競技場が竣功する詳細
1946年(昭和21)GHQが「石油製品の配給に関する覚書」(SCAPIN-1294)を出す詳細
1951年(昭和26)戦後初の国内民間航空会社日本航空が、東京~大阪~福岡間で運航開始する(民間航空記念日)詳細
1991年(平成4)「再生資源の利用の促進に関する法律」(リサイクル法)が施行(公布は前年4月26日)される詳細
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 今日は、昭和時代中期の1962年(昭和37)に、鉄道開業90周年記念事業の一環として、国鉄によって、青梅鉄道公園が開園した日です。
 青梅鉄道公園(おうめてつどうこうえん)は、東京都青梅市勝沼の永山公園の一角にあり、公益財団法人東日本鉄道文化財団が運営する鉄道公園です。昭和時代中期の1962年(昭和37)10月19日に、鉄道開業90周年記念事業の一環として、国鉄によって、永山公園の一角に開園されました。
 明治、大正期に活躍したSL(C11・D51・9608等)や電気機関車「ED16」(準鉄道記念物・国指定重要文化財)、0系新幹線など計10両の実物の鉄道車両を中心に保存展示されています。敷地内の記念館には、通勤電車から最新クルーズトレインまで様々な車両が行き交うジオラマ「鉄道模型パノラマ」が設置され、鉄道の解説資料も展示されてきました。
 鉄道を楽しく理解できる施設となっていて、コロナ禍前には年間7万~8万人が訪れる人気スポットでしたが、開園から60年を迎えて、施設の老朽化が問題とされます。そこで、JR東日本は「リニューアルを実施することとし、2023年(令和5)9月1日から休園となりました。新たに、「中央線・青梅線の鉄道の歴史を伝える学びの場」をコンセプトに、2026年(令和8)春の再オープンをめざしています。

〇青梅鉄道公園の展示車両

・2221(国鉄2120形蒸気機関車)- 1962年11月10日搬入
・5540(国鉄5500形蒸気機関車)- 1962年11月13日搬入
・8620(国鉄8620形蒸気機関車)- 1962年11月13日搬入
・9608(国鉄9600形蒸気機関車)- 1963年1月8日搬入
・C11 1(国鉄C11形蒸気機関車)- 1963年1月8日搬入
・D51 452(国鉄D51形蒸気機関車)- 1972年12月20日搬入
・E10 2(国鉄E10形蒸気機関車)- 1963年1月8日搬入
・ED16 1(国鉄ED16形電気機関車)- 1980年10月14日搬入(準鉄道記念物、重要文化財)
・0系22-75(新幹線0系電車・22形制御電動車)- 1985年3月搬入
・クモハ40054(クモハ40形電車)- 2007年5月搬入

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1873年(明治6)「公園設置ニ付地所選択ノ件」で、国内初の5公園が指定され、芝公園、深川公園、飛鳥山公園が開園する詳細
1899年(明治32)彫刻家山本豊市の誕生日詳細
1929年(昭和4)東京の日比谷公園に日比谷公会堂(当時東洋一の規模)が開場する詳細
1948年(昭和23)東宝争議(第3次)が終結し、解雇通告の撤回と引き換えに、山本薩夫ら組合幹部20人が退社する詳細
1956年(昭和31)日本とソビエト連邦が、「日ソ共同宣言」に調印する詳細
1960年(昭和35)生活保護処分に関する朝日訴訟の第一審判決が出される詳細
2018年(平成30)ノーベル化学賞受賞者・有機化学者・海洋生物学者下村脩の命日詳細
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 今日は、明治時代後期の1898年(明治31)に、日本鉄道の小高~久ノ浜が延伸開業し、現在の常磐線が全通した日です。
 常磐線(じょうばんせん)は、東北本線日暮里駅から土浦・水戸・日立・いわきを経由して、東北本線岩沼駅(宮城県)に至るJRの鉄道線です。2支線(7.3km)を含み、営業キロは350.4kmで、現在は、JR東日本の営業線となりました。
 日本鉄道が、田端~岩沼間を1895~98年(明治28~31)に開業(友部~水戸間は1889年に水戸鉄道により開業、1892年に日本鉄道に合併)して全通し、1905年(明治38)に旅客列車専用の日暮里~三河島間を建設したものの、1906年(明治39)11月1日に国有化と共に現在の名称となっています。電化は東京近郊国電区間として、1949年(昭和24)から上野~取手間で電車運転が行われ、1961~1972年(昭和36~47)に取手以北が交流電化されました。
 1987年(昭和62)の日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に伴い、JR東日本に所属するようになります。2011年(平成23)3月11日の東日本大震災のにより大きな被害を受けて、不通となりましたが、2020年(令和2)3月14日に、富岡~浪江間が復旧したことで、全線で運転が再開されました。
 水戸、日立、いわきなどの諸都市を連ね、東北本線と共に、関東・東北地方の表日本縦貫線の一つで、東北地方と首都圏をつなぐ重要な役割を担っています。

〇常磐線関係略年表

・1889年(明治22)1月16日 水戸鉄道の水戸~小山間が開業、現在の常磐線にあたる区間に水戸駅、内原駅が開業する
・1890年(明治23)11月26日 水戸鉄道の貨物支線 水戸~那珂川間開業。那珂川貨物取扱所(後の那珂川駅)が開業する
・1892年(明治25)3月1日 水戸鉄道全線を日本鉄道に譲渡し、水戸線となる
・1894年(明治27)1月4日 水戸線の赤塚駅が開業する
・1895年(明治28)7月1日 水戸線の友部駅が開業する
・1895年(明治28)11月4日 日本鉄道土浦線の土浦~友部間開業。土浦駅、神立駅、高浜駅、石岡駅、岩間駅が開業する
・1895年(明治28)12月1日 土浦線の羽鳥駅が開業する
・1896年(明治29)12月25日 土浦線の田端~土浦間、隅田川線 田端~隅田川間が開業、南千住駅、北千住駅、松戸駅、柏駅、我孫子駅、取手駅、藤代駅、牛久駅、荒川沖駅、隅田川駅が開業する
・1897年(明治30)2月25日 磐城線の水戸~平間が開業、佐和駅、大甕駅、下孫駅(現在の常陸多賀駅)、助川駅(現在の日立駅)、川尻駅(現在の十王駅)、高萩駅、磯原駅、関本駅(現在の大津港駅)、勿来駅、植田駅、泉駅、湯本駅、綴駅(現在の内郷駅)、平駅(現在のいわき駅)が開業する
・1897年(明治30)5月17日 土浦線の亀有駅が開業する
・1897年(明治30)8月29日 磐城線の平~久ノ浜間が開業、草野駅、四ツ倉駅、久ノ浜駅が開業する
・1897年(明治30)11月10日 磐城線の中村~岩沼間が開業、中村駅(現在の相馬駅)、新地駅、坂元駅、吉田駅(現在の浜吉田駅)、亘理駅が開業する
・1897年(明治30)12月27日 土浦線の金町駅が開業する
・1898年(明治31)1月 北千住~隅田川間が開業する
・1898年(明治31)4月1日 石神駅(現在の東海駅)が開業する
・1898年(明治31)4月3日 磐城線の原ノ町~中村間が開業、原ノ町駅、鹿島駅が開業する
・1898年(明治31)5月11日 磐城線の小高~原ノ町間開業。小高駅、高駅(現在の磐城太田駅)が開業する
・1898年(明治31)8月6日 土浦線の馬橋駅が開業する
・1898年(明治31)8月23日 磐城線の久ノ浜~小高間が開業、田端~岩沼間が全通し、広野駅、木戸駅、富岡駅、長塚駅(現在の双葉駅)、浪江駅が開業する
・1898年(明治31)12月1日 高駅を磐城太田駅に改称する
・1900年(明治33)8月14日 佐貫駅(現在の龍ケ崎市駅)が開業する
・1901年(明治34)8月8日 土浦線・水戸線友部~水戸間および貨物支線・磐城線・隅田川線を統合し海岸線と改称する
・1904年(明治37)11月22日 大野駅が開業する
・1905年(明治38)4月1日 三河島~日暮里間が開通し、現在のルートが完成、日暮里駅、三河島駅開業、上野発着列車の田端駅でのスイッチバック運転解消する
・1906年(明治39)11月1日 日本鉄道が国有化され、那珂川貨物取扱所を那珂川駅に変更する

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1180年(治承4)石橋山の戦いで、300騎の源頼朝が3,000余騎の大庭景親に敗れる(新暦9月14日)詳細
1854年(嘉永7)長崎において、「日英和親条約」が調印される(新暦10月14日)詳細
1914年(大正3)第一次世界大戦で、「日英同盟」を理由に日本がドイツに宣戦布告する詳細
1942年(昭和17)日本画家竹内栖鳳の命日詳細
1944年(昭和19)「学徒勤労令」が公布・施行される詳細
「女子挺身勤労令」が公布・施行される詳細
1975年(昭和50)中央自動車道の恵那山トンネル(当時日本最長の道路トンネル)が開通する詳細
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 今日は、昭和時代中期の1959年(昭和34)に、三木里駅~新鹿駅間 (12.3km) が開業し、国鉄の紀勢本線が全通した日です。
 紀勢本線(きせいほんせん)は、三重県亀山市の亀山駅から和歌山県新宮市の新宮駅を経由し、同県和歌山市の和歌山市駅に至るJR幹線(全長384.2km)です。1920年(大正9)相可口駅 (現在の多気駅) ~和歌山駅間の路線として両端から着工し、1934年(昭和9)までに相可口駅~尾鷲駅間の紀勢東線が開通、1940年(昭和15)までに和歌山駅~紀伊木本駅 (現在の熊野市駅) 間の紀勢西線が開通しました。
 1959年(昭和34)7月15日に、三木里駅~新鹿駅間 (12.3km) が開業し、両線を結んで全線が完成し、参宮線の多気駅~亀山駅間をも合せて国鉄の紀勢本線となり、1972年(昭和47)に、和歌山線紀和駅~和歌山市駅間を編入して現在の区間となります。1987年(昭和62)の日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化で、亀山駅~新宮駅までがJR東海、新宮駅~和歌山市駅は JR西日本と両旅客鉄道に分けられて所属し、新宮駅~和歌山駅間は、「きのくに線」の愛称とされました。
 熊野、奥吉野から産する木材、勝浦、太地周辺の鮮魚、和歌山県内のミカン輸送などの産業面でも重要な路線でしたが、近年では、伊勢志摩、吉野熊野の両国立公園に属する熊野、那智勝浦、潮岬、白浜などの温泉地や景勝地を巡る観光路線的性格を強くしています。

〇紀勢本線関係略年表(紀勢本線全通まで)

<1891年(明治24)>
・8月21日 関西鉄道津支線 亀山駅~一身田駅間(12.11km)が開業し、下庄駅・一身田駅が開業する
・11月4日 一身田駅~津駅間(3.58km)が延伸開業し、津駅が開業する

<1893年(明治26)>
・12月31日 参宮鉄道の津駅~相可駅~宮川駅間が開業し、現在の紀勢本線にあたる区間に阿漕駅・高茶屋駅・六軒駅・松阪駅・徳和駅・相可駅(初代、現在の多気駅)が開業する

<1903年(明治36)>
・3月21日 紀和鉄道の和歌山駅(初代、現在の紀和駅)~南海連絡点、南海鉄道の紀和連絡点~和歌山市間(両者計1.77km)が延伸開業し、和歌山市駅が開業する

<1904年(明治37)>
・8月27日 関西鉄道が紀和鉄道の路線を買収する

<1907年(明治40)>
・10月1日 関西鉄道・参宮鉄道が国有化される
・11月1日 和歌山駅~和歌山市駅間が 0.1M(≒0.16km)短縮される

<1909年(明治42)>
・5月14日 新宮鉄道に対し仮免許状下付(東牟婁郡新宮町-同郡勝浦村間 動力蒸気及自働車併用)される
・9月29日 阿漕駅~高茶屋駅間が複線化される
・10月12日 国有鉄道線路名称の制定により、亀山駅~山田駅(現在の伊勢市駅)間が参宮線、王寺駅~和歌山駅(初代)~和歌山市駅間が和歌山線となる

<1910年(明治43)>
・12月22日 新宮鉄道を軽便鉄道に指定する

<1911年(明治44)>
・11月7日 松阪駅~徳和駅間が複線化する

<1912年(大正元)>
・12月4日 新宮鉄道 勝浦駅~三輪崎駅間(6.3M≒10.14km)が開業し、勝浦駅(現在の紀伊勝浦駅)・那智口停留場(現在の紀伊天満駅)・那智駅・宇久井駅・三輪崎駅が開業する

<1913年(大正2)>
・3月1日 三輪崎駅~新宮駅間(5.31km)が延伸開業し、佐野村停留場(現在の紀伊佐野駅)・熊野地駅・新宮駅が開業する
・4月17日 佐野村停留場が駅に変更され、佐野村駅が開業する

<1917年(大正6)>
・2月1日 那智口停留場が天満停留場に改称される

<1920年(大正9)>
・8月13日 鉄道免許状下付(東牟婁郡那智村大字天満-同郡同村大字市野々間)される

<1923年(大正12)>
・3月20日 紀勢東線 相可口駅(現在の多気駅)~栃原駅間(12.55km)が開業し、相可駅(2代目)・佐奈駅・栃原駅が開業する
・9月25日 栃原駅~川添駅間(5.79km)が延伸開業し、川添駅が開業する

<1924年(大正13)>
・2月28日 紀勢西線 和歌山駅(初代、現在の紀和駅)~東和歌山駅~箕島駅間(27.04km)が開業し、東和歌山駅(現在の和歌山駅)・紀三井寺駅・日方町駅(現在の海南駅)・加茂郷駅・箕島駅が開業する
・8月20日 下津駅が開業する

<1925年(大正14)>
・3月10日:那智駅~宇久井駅間に狗子ノ川停留場が開業する
・8月15日 川添駅~三瀬谷駅間(7.08km)が延伸開業し、三瀬谷駅が開業する
・12月11日 箕島駅~紀伊宮原駅間(4.35km)が延伸開業し、紀伊宮原駅が開業する

<1926年(大正15)>
・8月8日 紀伊宮原駅~藤並駅間(3.86km)が延伸開業し、藤並駅が開業する
・8月18日 三瀬谷駅~滝原駅間(5.15km)が延伸開業し、滝原駅が開業する

<1927年(昭和2)>
・7月3日 滝原駅~伊勢柏崎駅間(9.17km)が延伸開業し、伊勢柏崎駅が開業する
・8月14日 藤並駅~紀伊湯浅駅間(3.38km)が延伸開業し、紀伊湯浅駅(現在の湯浅駅)が開業する
・11月13日 伊勢柏崎駅~大内山駅間(4.67km)が延伸開業し、大内山駅が開業する

<1928年(昭和3)>
・10月28日 紀伊湯浅駅~紀伊由良駅間(9.50km)が延伸開業し、紀伊由良駅が開業する
・11月8日 阿曽駅が開業する

<1929年(昭和4)>
・4月21日 紀伊由良駅~御坊駅間(8.21km)・貨物支線 紀伊由良駅~由良内駅間(1.93km)が開業し、紀伊内原駅・御坊駅および、貨物駅として由良内駅が開業する

<1930年(昭和5)>
・4月29日 大内山駅~紀伊長島駅間 (11.5km) が延伸開業し、紀伊長島駅が開業する
・12月14日 御坊駅~印南駅間 (17.0km) が延伸開業し、道成寺駅・和佐駅・稲原駅・印南駅が開業する

<1931年(昭和6)>
・9月21日 印南駅~南部駅間 (14.8km) が延伸開業し、切目駅・岩代駅・南部駅が開業する

<1932年(昭和7)>
・4月26日 紀伊長島駅~三野瀬駅間 (7.4km) が延伸開業し、三野瀬駅が開業する
・8月1日 三輪崎駅~熊野地駅間に御手洗停留場(のちの広角駅)が開業する
・11月8日 南部駅~紀伊田辺駅間 (9.1km) が延伸開業し、芳養駅・紀伊田辺駅が開業する

<1933年(昭和8)>
・12月20日 紀伊田辺駅~紀伊富田駅間 (12.8km) が延伸開業し、紀伊新庄駅・朝来駅・白浜口駅(現在の白浜駅)・紀伊富田駅が開業する

<1934年(昭和9)>
・7月1日 新宮鉄道が買収されて国有化され、新宮駅~紀伊勝浦駅間が紀勢中線になる。
・12月19日 三野瀬駅~尾鷲駅間 (17.5km) が延伸開業し、船津駅・相賀駅・尾鷲駅が開業する

<1935年(昭和10)>
・3月29日 紀伊富田駅~紀伊椿駅間 (5.3km) が延伸開業し、紀伊椿駅(現在の椿駅)が開業する
・7月18日 紀勢中線 紀伊勝浦駅~下里駅間 (6.0km) が延伸開業し、湯川駅・太地駅・下里駅が開業する

<1936年(昭和11)>
・7月1日 日方町駅が海南駅に改称される
・10月30日 紀伊椿駅~周参見駅間 (13.3km) が延伸開業し、紀伊日置駅・周参見駅が開業する
・12月11日 下里駅~串本駅間 (20.8km) が開業し、紀伊浦神駅・紀伊田原駅・古座駅・紀伊姫駅・串本駅が開業する

<1937年(昭和12)>
・7月1日 広角駅が廃止される

<1938年(昭和13)>
・5月20日 新宮駅~三輪崎駅間の新線 (4.7km)・新宮駅 - 熊野地駅間の貨物支線 (1.5km) が開業し、新宮駅が移転[109]。新宮駅(旧駅)~熊野地駅~三輪崎駅間の旧線 (5.4km) が廃止、熊野地駅が貨物駅に変更される
・9月7日 周参見駅~江住駅間 (12.0km) が延伸開業し、見老津駅・江住駅が開業する
・12月15日 手平駅・冷水浦駅・初島駅が開業する

<1940年(昭和15)>
・8月8日 江住駅~串本駅間 (20.1km)、新宮駅~紀伊木本駅間 (22.6km) が延伸開業、紀勢中線を編入し、和歌山駅(初代)~紀伊木本駅間などが紀勢西線となる。和深駅・田並駅・紀伊有田駅・鵜殿駅・阿田和駅・紀伊市木駅・神志山駅・有井駅・紀伊木本駅(現在の熊野市駅)が開業、紀伊湯浅駅~紀伊由良駅間に南広信号場が開設される

<1941年(昭和16)>
・7月19日 浦神駅~下里駅間の新線が完成、供用開始。地すべり地を迂回する岩谷山トンネルの完成を受けたもの。
・8月10日 手平駅が廃止される

<1942年(昭和17)>
・4月1日 秋津野駅が紀伊佐野駅に改称する

<1944年(昭和19)>
・8月1日 阿漕駅~高茶屋駅間、松阪駅~徳和駅間が単線化する

<1945年(昭和20)>
・2月15日 東和歌山駅~紀三井寺駅間に宮前信号場が開設される

<1946年(昭和21)>
・6月11日 大内山駅~紀伊長島駅間が票券閉塞式から通票閉塞式に変更する

<1951年(昭和26)>
・12月26日 宮前信号場が廃止される

<1954年(昭和29)>
・11月15日 田子駅が開業する

<1955年(昭和30)>
・4月1日 宮前駅が開業する

<1956年(昭和31)>
・4月1日 紀伊木本駅 - 新鹿駅間 (6.8km) が延伸開業し、大泊駅・新鹿駅が開業する
・10月15日 六軒駅構内において列車衝突事故(六軒事故)が発生する

<1957年(昭和32)>
・1月12日 尾鷲駅~九鬼駅間 (11.0km) が延伸開業し、大曽根浦駅・九鬼駅が開業する

<1958年(昭和33)>
・4月23日 九鬼駅~三木里駅間 (4.2km) が延伸開業(旅客営業のみ)し、三木里駅が開業する

<1959年(昭和34)>
・7月15日 三木里駅~新鹿駅間 (12.3km) が開業し全通、亀山駅~和歌山駅(初代)間が紀勢本線となり、紀伊木本駅が熊野市駅に、相可口駅が多気駅に改称、九鬼駅~三瀬谷駅間で貨物営業開始する

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1955年(昭和30)西ドイツのマイナウにおいて、核兵器の使用に反対する「マイナウ宣言」が発表される詳細
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