ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:国宝

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 今日は、奈良時代の730年(天平2)に、奈良・薬師寺の三重塔(東塔)が建立されたとされる日ですが、新暦では4月20日となります。
 薬師寺(やくしじ)は、飛鳥時代の680年(天武天皇9)に天武天皇が、皇后の病気平癒を祈念して発願し、698年(文武天皇2)に藤原京に創建されたものです。しかし、710年(和銅3)の平城京遷都に伴い、718年(養老2)に現在地(奈良県奈良市西ノ京町)に移転されました。
 南都七大寺の一つであり、興福寺と共に法相宗の大本山でもあります。たびたびの火災などで諸堂を失いましたが、東塔は創建当時の遺構、東院堂は鎌倉時代の再建で、いずれも国宝に指定されています。境内にある薬師三尊像、聖観音菩薩立像、吉祥天画像、仏足石および仏足石歌碑も国宝になっていて、白鳳・天平文化を代表するものです。
 1976年(昭和51)に金堂、1980年(昭和55)に西塔、1984年(昭和59)に中門、2003年(平成15)に大講堂が再建され、薬師寺式伽藍配置がよみがえりました。また、1998年(平成10)に、「古都奈良の文化財」の一つとして、世界遺産(文化遺産)にも登録されています。

〇薬師寺関係略年表

・680年(天武天皇9) 天武天皇の発願により、飛鳥の藤原京の地に造営が開始される
・688年(持統天皇2) 無遮大会(かぎりなきおがみ)という行事が行われる
・698年(文武天皇2) 寺の造営がほぼ完成し、僧を住まわせる
・718年(養老2) 平城京の六条大路に面した右京六条二坊(現在地)に移転する
・730年(天平2) 東塔(国宝)が完成する
・973年(天禄4) 火災によって金堂、東塔、西塔を残し、講堂、僧坊、南大門など多くの建物が焼失する
・1285年(弘安8) 東院堂(国宝)が再建される
・1528年(享禄元) 興福寺の衆徒・筒井順興による兵火で、東塔や東院堂を残し全山焼失する
・1600年(慶長5) 金堂が郡山城主の増田長盛によって再建される
・1852年(嘉永5) 大講堂が再建される
・1968年(昭和43) 百万巻お写経勧進による白鳳伽藍復興事業が開始される
・1976年(昭和51) それまでの建物が移転され、金堂が再建される
・1981年(昭和56) 西塔が再建される
・1984年(昭和59) 中門が再建される
・1995年(平成7) 東西回廊の一部が再建される
・1998年(平成10) 「古都奈良の文化財」の一つとして、世界遺産(文化遺産)に登録される
・2003年(平成15) それまでの建物が解体され、大講堂が再建される
・2017年(平成29) 食堂(じきどう)が再建される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1401年(応永8)第101代の天皇とされる称光天皇の誕生日(新暦5月12日)詳細
1897年(明治30)金本位制の「貨幣法」が公布される詳細
1909年〈明治42〉文芸評論家・小説家・劇作家花田清輝の誕生日詳細
1911年(明治44)「工場法」が公布される詳細
1933年(昭和8)「米穀統制法」が公布される詳細
1939年(昭和14)詩人・建築家立原道造の命日詳細
1952年(昭和27)「文化財保護法」で、タンチョウ、トキ、オオサンショウウオ等が初の特別天然記念物に指定される詳細
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 今日は、昭和時代後期の1988年(昭和63)に、奈良県の藤ノ木古墳第3次調査で石棺が約1,400年ぶりに開かれた日です。
 藤ノ木古墳(ふじのきこふん)は、奈良県生駒郡斑鳩町にある大型円墳(直径約50m、高さ約8m)で、古墳時代後期の6世紀後半に造られたと考えられています。1985年(昭和60)の第1次調査によって、盗掘を免れてきた横穴式石室内から、60個体余の土師器・須恵器と金銅製の豪華な馬具などが出土したことで注目されました。
 1987年(昭和62)に橿原考古学研究所が第2次調査を行ない、国内の発掘調査史上初めてファイバースコープによる石棺内の確認調査がされます。そして、1988年(昭和63)の第3次調査において開棺調査され、金銅製の冠、沓、筒型製品、帯、6振の大刀、5面の鏡、金の耳飾りなどで装飾された成人男性2体の骨が発見されました。これらの調度品の高度な技術と華麗な意匠は、古墳時代後期の工芸技術の粋を集めたものとして高く評価されます。
 1988年(昭和63)に石棺外出土品が国の重要文化財に指定され、1991年(平成3)に石棺内出土品が追加指定を受け、古墳自体も国の史跡に指定されました。さらに、2004年(平成16)に副葬品が一括して国宝に指定されます。
 また、2010年(平成22)に、古墳から南へ200mのところにガイダンス施設(斑鳩文化財センター)がオープンし、主な出土品のレプリカが展示されていますし、「奈良県立橿原考古学研究所」(奈良県橿原市)では出土品が常設展示されるようになりました。

〇藤ノ木古墳関係略年表

・1985年(昭和60)7月22日 第1次発掘調査(~12月31日)が開始される
・1988年(昭和63)5月9日 第2次発掘調査(~7月8日)が開始され、墳丘の形態、規模の確認、ファイバースコープによる石棺内の確認調査が行われる
・1988年(昭和63)6月6日 石棺外出土品が国の重要文化財に指定される
・1988年(昭和63)9月30日 第3次発掘調査(~12月28日)が開始され、家形石棺を開口して内部の調査がなされる
・1991年(平成3)11月16日 石棺内出土品が国の重要文化財の追加指定を受け、古墳自体も国の史跡に指定される
・1994年(平成6) 斑鳩町で学識経験者を中心に「史跡藤ノ木古墳整備検討委員会」を組織される
・1995年(平成7)11月28日 「史跡藤ノ木古墳石棺き損事件」が起きる
・1997年(平成9)3月 斑鳩町が『史跡藤ノ木古墳整備基本計画書』を策定する
・2000年(平成12) 第4次発掘調査が開始される
・2003年(平成15) 第5次発掘調査が開始され、斑鳩町が5ヶ年計画で、史跡藤ノ木古墳整備事業を開始する
・2004年(平成16)6月8日 副葬品が一括して国宝に指定される
・2010年(平成22)3月20日 藤ノ木古墳の案内を行う施設、文化財の調査・研究及び情報発信の拠点として、「斑鳩町文化財活用センター(愛称:斑鳩文化財センター)」がオープンする

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1857年(安政4)昆虫学者・名和昆虫研究所の創設者名和靖の誕生日(新暦11月24日)詳細
1884年(明治19)歌人・小説家吉井勇の誕生日詳細
1932年(昭和7)日本で初めて国立公園12ヶ所の候補地が選定される(国立公園選定記念日)詳細
1943年(昭和18)「軍需省設置要綱」が閣議決定される詳細
1946年(昭和21)洋画家・版画家・美術教育家山本鼎の命日詳細
1966年(昭和41)岩手県岩手郡松尾村(現在の八幡平市)に松川地熱発電所が完成し送電を開始する(地熱発電の日)詳細
2005年(平成17)小説家・児童文学作家早船ちよの命日詳細
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 今日は、平成時代の1998年(平成10)に、奈良県のキトラ古墳で上下左右に向きを変えるCCDカメラの探査で、青龍、白虎、天文図が発見された日です。
 キトラ古墳(きとらこふん)は、奈良県高市郡明日香村阿部山にある二段築成の円墳で、直径約14m、高さ約3.3mあり、7世紀後半から8世紀にかけて築造された終末期古墳とされてきました。1978年(昭和53)頃から存在が知られるようになり、1983年(昭和58)のファイバースコープによる石室内探査によって、11月7日に北壁から、四神の一つ玄武の壁画が発見されて注目されます。
 15年後の1998年(平成10)3月6日の上下左右に向きを変えるCCDカメラの探査で、青龍、白虎、天文図が発見され、2000年(平成12)7月31日に古墳が国の史跡に指定され、同年11月24日には特別史跡に格上げされました。翌年のデジタルカメラを用いた調査で、南壁の朱雀が確認され、獣頭人身十二支像の存在も確認され、同年12月には国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区として新たに都市計画決定されます。
 2003年(平成15)から、文化庁による石室内調査が開始されましたが、壁画の描かれたしっくいが崩落寸前であることが判明しました。そこで、翌年6月から壁画修復のための調査が始まり、同年8月には、日本で初めての本格的な壁画の取り外しが開始されることとなります。
 2010年(平成22)に壁画の取り外し作業が終わり、2013年(平成25)には石室の考古学的調査が終了したので、古墳そのものは石室と同じ石材でふさぎ、埋め戻されました。2016年(平成28)9月24日に国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区が開園、「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」が開館して、この古墳について学べるようになっています。古墳の彩色壁画としては、高松塚古墳と並んで大変貴重なので、2018年(平成30)10月31日に壁画と出土品が国の重要文化財に指定され、翌年7月23日には壁画が国宝に格上げ指定されました。

〇キトラ古墳の発掘保存関係略年表

・1983年(昭和58)11月7日 ファイバースコープによる探査により、石槨の奥壁に玄武と思われる壁画が発見される
・1998年(平成10)3月6日 上下左右に向きを変えるCCDカメラの探査で、青龍、白虎、天文図が発見される
・2000年(平成12)7月31日 古墳が国の史跡に指定される
・2000年(平成12)11月24日 古墳が特別史跡に指定される
・2001年(平成13) デジタルカメラを用いた調査で、南壁の朱雀が確認され、獣頭人身十二支像の存在も確認される
・2001年(平成13)12月 国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区が新たに都市計画決定される
・2003年(平成15) 文化庁が石室内調査を開始する
・2004年(平成16)6月 壁画修復のための調査が始まる
・2004年(平成16)8月 日本で初めての本格的な壁画の取り外しを開始する
・2010年(平成22) 壁画の取り外し作業が終了する
・2013年(平成25) 石室の考古学的調査が終了したので、石室が埋め戻されて墳丘の復元整備が開始される
・2016年(平成28)9月24日 国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区が開園、「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」が開館する、
・2018年(平成30)10月31日 壁画と出土品が国の重要文化財に指定される
・2019年(令和元)7月23日 壁画が国宝に指定される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

803年(延暦22)征夷大将軍・坂上田村麻呂に志波城の築城が命令される(新暦4月1日)詳細
1297年(永仁5)鎌倉幕府により「永仁の徳政令」が出される(新暦3月30日)詳細
1337年(延元2/建武4)金ヶ崎の戦いで金ヶ崎城が落城、恒良親王が捕われ尊良親王が自害、新田義貞が敗走する(新暦4月7日)詳細
1945年(昭和20)「国民徴用令」等5勅令を廃止・統合し、新たに「国民勤労動員令」が公布される詳細
1946年(昭和21)憲法改正過程において、日本政府より「憲法改正草案要綱」 が発表される詳細
2005年(平成17)新交通システムの一つで、日本初の実用磁気浮上式鉄道である、愛知高速交通東部丘陵線が開業する詳細
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 今日は、鎌倉時代の1238年(暦仁元)に、僧・浄光が鎌倉大仏(木造仏)の建立を開始した日ですが、新暦では5月8日となります。
 鎌倉大仏(かまくらだいぶつ)は、鎌倉時代に建立された、神奈川県鎌倉市長谷の高徳院にある金銅の阿弥陀如来坐像でした。高さ三丈五尺(約11.39m)、重量約121tの金銅像(銅68.0%,スズ8.64%,鉛22.0%)で、力強い鎌倉彫刻に宋風を取入れた様式を持ち、奈良大仏と並び称されます。
 最初は、1238年 (暦仁元年3月23日) に、勧進上人浄光が大仏殿造営に取り掛かり、5年後の1243年(寛元元年6月16日)に、八丈余の木造阿弥陀坐像を安置したことが、『吾妻鏡』に記されました。しかし、この像は1247年(宝治元年)に大風で倒壊、次いで1252年(建長4年8月17日)に、「深沢里」にて金銅八丈の釈迦如来像の造立が開始されたことが、『吾妻鏡』にあり、それが現在のものだとされています。
 大仏殿は、1305年(嘉元3)頃に倒壊し、1329年(元徳元)には、翌年の関東大仏造営唐船の発遣が決まり、再建が図られたものの、1334年(建武元)に大風で倒壊したと『太平記』に見え、1369年(応安2)にも大風で倒壊してからは露仏となりました。南北朝期頃~江戸前期にかけて建長寺の管理下に置かれていましたが、1703年(元禄16)の大地震で破損、1712年(正徳2)に江戸浅草の豪商、野島新左衛門から寺地屋敷等の寄進を受けた増上寺祐天上人によって復興され、別当寺は新左衛門の法名から高徳院と命名されています。
 1733年(享保18)に養国上人が高徳院初代住職となり、1737年(元文2)に大仏修理が行われました。1897年(明治30)に、「古社寺保存法」により国宝(旧国宝)に指定、1950年(昭和25)の「文化財保護法」により重要文化財に指定替えされ、1958年(昭和33)には、国宝(新国宝)に昇格しています。また、2004年(平成16)には、境内一帯が「鎌倉大仏殿跡」の名称で国の史跡に指定されました。

〇『吾妻鏡』の鎌倉大仏に関する記述

・暦仁元年(1238年)の条
 3月23日 戊戌 雨降る
 (前略)今日、相模の国深澤里の大仏堂事始めなり。僧浄光尊卑の緇素を勧進せしめ、この営作を企つと。

・寛元元年(1243年)の条
 6月16日 辛酉 未の刻小雨・雷電
 深澤村建立の一宇の精舎、八丈余の阿弥陀像を安じ、今日供養を展ぶ。導師は卿僧正良信、讃衆十人。勧進聖人浄光房、この六年の間勧進す。都鄙の卑尊奉加せざると云うこと莫し。

・建長4年(1252年)の条
 8月17日 己巳 晴
 (前略)今日彼岸の第七日に当たり、深澤里の金銅八丈の釈迦如来像を鋳始め奉る。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1883年(明治16)陶芸家・篆刻家・料理研究家・書家・画家北大路魯山人の誕生日詳細
1898年(明治31)東京市本郷区で本郷大火があり、1,478戸を焼失する詳細
1945年(昭和20)小磯国昭内閣が「国民義勇隊」結成を閣議決定する詳細
1950年(昭和25)世界気象機関(WMO)が設立される(世界気象デー)詳細
1981年(昭和56)国語審議会が当用漢字表に代わる「常用漢字表」を答申する詳細
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 今日は、江戸時代末期の1865年(元治2)に、長崎に大浦天主堂が完成(西洋建築の木造三廊)し、献堂式が挙行された日ですが、新暦では2月19日となります。
 大浦天主堂(おおうらてんしゅどう)は、長崎県長崎市に建立された日本最古の現存するキリスト教建築物でした。フランス人宣教師プティジャンらの指導により建設されたもので、正式名称は日本二十六聖殉教者堂といいました。
 教会完成後、浦上地区の村民たちが、ここのプチジャン司教を訪ね、カトリックの信者(江戸時代の間信仰を守った隠れキリシタン)であることを告白し、「信徒発見」とよばれる歴史的事件となります。1979年(明治12)には、木造からレンガ造りに改築(五廊式1塔の煉瓦壁漆喰塗)され、洋風のゴシック様式建造物となりました。
 現存する日本最古の洋風建造物として、とても貴重なので、1933年(昭和8)に、「国宝保存法」に基づき旧国宝(現行法の重要文化財に相当)となり、1953年(昭和28)には、「文化財保護法」に基づき国宝に指定されます。さらに、2018年(平成30)には、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する文化財の1つとして、世界文化遺産に登録されました。

〇大浦天主堂関係略年表(明治5年以前の日付は旧暦です)

・1862年(文久2年) フランスのパリ外国宣教会宣教師で日本教区長のジラール神父の命により、横浜にいたフランス人司祭(神父)フューレが長崎に赴任、司祭館と教会堂の建築準備に着手する
・1863年(文久3年) プティジャン神父(後に司教)が長崎に着任、フューレを補助し、天主堂建設に尽力する
・1864年(元治元年12月1日) 大浦天主堂が竣工(西洋建築の木造三廊)する
・1865年(元治2年1月24日) ジラール神父を始め、フランス領事、長崎港内に停泊中のフランス、ロシア、オランダ、イギリス各国の軍艦艦長臨席のもとに荘厳に献堂式が挙行される
・1865年(元治2年2月12日) 浦上の潜伏キリシタンが大浦天主堂を訪ね、プティジャン神父に密かに信仰者であることを名乗る(信徒発見)
・1868年(慶応4年6月7日) フランス人神父ド・ロがペルーズ号で来航し、大浦天主堂に入る
・1875年(明治8年) ポアリエ神父の設計で、天主堂の大規模な増改築を開始する
・1879年(明治12年) 天主堂の大規模な増改築が完成し、九州初の煉瓦造構造(五廊式1塔の煉瓦壁漆喰塗)となる
・1891年(明治24年) カトリック長崎司教区(現・カトリック長崎大司教区)の司教座聖堂となる
・1933年(昭和8年)1月23日 当時の「国宝保存法」に基づき国宝(旧国宝:現行法の重要文化財に相当)に指定される
・1945年(昭和20年)8月9日 長崎市への原爆投下によって破損したが、爆心地から比較的離れていたため倒壊・焼失は免れる
・1952年(昭和27年)6月30日 原爆被害の修理が完了する
・1953年(昭和28年)3月31日 「文化財保護法」に基づき国宝に指定される(洋風建築としては初の国宝指定)
・1962年(昭和37年)1月1日 カトリック長崎大司教区の司教座聖堂が浦上教会に変更される
・1962年(昭和37年)6月8日 日本二十六聖人列聖記念100年祭のミサが執り行われる
・1962年(昭和37年)6月10日 西坂公園で記念式典を挙行、国内外よりカトリック信徒約1万人が参列する
・1965年(昭和40年)2月21日 大浦天主堂創建100周年記念式典が挙行される
・1965年(昭和40年)3月16日 キリスト信者発見100周年記念祭が開催。信者発見記念碑「聖母像」の除幕式が挙行される
・1965年(昭和40年)3月17日 ローマ教皇特使マレラ枢機卿が長崎を訪れ、大浦天主堂で荘厳ミサが執り行われる
・1975年(昭和50年)11月3日 天主堂に登る石段横の隣接地にカトリック大浦教会が新築される
・2007年(平成19年) 建立当初の設計図(平面図と側面図)がパリ外国宣教会本部古文書局の保管資料から発見される
・2016年(平成28年) 教皇庁典礼秘跡省長官ロベール・サラ枢機卿による4月26日付公式文書により、日本初の小バシリカとなる
・2018年(平成30年)4月1日 「キリシタン博物館」が開設される
・2018年(平成30年)6月 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する文化財の1つとして、世界文化遺産に登録される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1632年(寛永9)武将・江戸幕府第2代将軍徳川秀忠の命日(新暦3月14日)詳細
1869年(明治2)詩人・随筆家・評論家大町桂月の誕生日(新暦3月6日)詳細
1871年(明治4)「書状ヲ出ス人ノ心得」、「郵便賃銭切手高並代銭表」等の太政官布告が出される(新暦3月14日)詳細
1960年(昭和35)小説家火野葦平の命日詳細
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