今日は、1312年(正和元)に、北條宗宣の出家に伴い、北條煕時が鎌倉幕府第12代執権に就任した日ですが、新暦では7月6日となります。
北条煕時(ほうじょう ひろとき)は、鎌倉幕府第12代執権です。鎌倉時代の1279年(弘安2)に北条為時(政村流)の子として生まれましたが、初名は貞泰(さだやす)と言いました。
1293年(永仁元)に従五位下左近衛将監に叙任され、1295年(永仁3)には、幕府の引付衆となります。1301年(正安3)に評定衆に異動、1305年(嘉元3)に長門探題となりましたが、同年4月に嘉元の乱が起こり、祖父の時村が討たれ、続いて北条宗方らが貞時らに滅ぼされ、自身も命を狙われたものの生き残りました。
1309年(延慶2)に寄合衆を兼帯し、1311年(応長元)には連署となります。1312年(正和元年6月2日)に第11代執権北条宗宣の出家に伴い、第12代執権に就任しましたが、実権は内管領の長崎円喜・高資父子らによって掌握されていました。
在職3年余りの1315年(正和4年7月11日)に執権を辞して出家し、道常を号しましたが、同月18日に、病のため鎌倉にて、数え年37歳で亡くなっています。また、歌人でもあり、『玉葉和歌集』、『新後撰和歌集』に4首入集しました。
1293年(永仁元)に従五位下左近衛将監に叙任され、1295年(永仁3)には、幕府の引付衆となります。1301年(正安3)に評定衆に異動、1305年(嘉元3)に長門探題となりましたが、同年4月に嘉元の乱が起こり、祖父の時村が討たれ、続いて北条宗方らが貞時らに滅ぼされ、自身も命を狙われたものの生き残りました。
1309年(延慶2)に寄合衆を兼帯し、1311年(応長元)には連署となります。1312年(正和元年6月2日)に第11代執権北条宗宣の出家に伴い、第12代執権に就任しましたが、実権は内管領の長崎円喜・高資父子らによって掌握されていました。
在職3年余りの1315年(正和4年7月11日)に執権を辞して出家し、道常を号しましたが、同月18日に、病のため鎌倉にて、数え年37歳で亡くなっています。また、歌人でもあり、『玉葉和歌集』、『新後撰和歌集』に4首入集しました。
〇執権(しっけん)とは?
元々は、権力を握ることで、政務を執行する者という意味でしたが、鎌倉時代には、鎌倉幕府で将軍を補佐し、幕政を統轄した職名となります。幕府成立期には政所の別当大江広元のことを執権といっていましたが、3代将軍源実朝の時代には、北条時政も政所別当の地位について2人となり、時政の権力が勝ると共に、執権と称して幕府の実権を掌握するようになります。
時政の後、北条義時がその地位を継承しますが、1213年(建保元)に侍所別当であった和田義盛を滅亡させ、政所と侍所の両別当を兼ねて幕政を統轄するようになり、事実上幕政の最高権力者となりました。これによって、将軍はまったく名目的な存在となり、以後北条氏が独占的に執権の地位を世襲し、権力を掌握します。
連署、評定衆、引付衆らを率いて幕政を統轄し、1333年(元弘3/正慶2)の鎌倉幕府滅亡まで続きました。
時政の後、北条義時がその地位を継承しますが、1213年(建保元)に侍所別当であった和田義盛を滅亡させ、政所と侍所の両別当を兼ねて幕政を統轄するようになり、事実上幕政の最高権力者となりました。これによって、将軍はまったく名目的な存在となり、以後北条氏が独占的に執権の地位を世襲し、権力を掌握します。
連署、評定衆、引付衆らを率いて幕政を統轄し、1333年(元弘3/正慶2)の鎌倉幕府滅亡まで続きました。
☆鎌倉幕府の歴代執権(北条家)一覧
・初代 時政(ときまさ)1203年(建仁3)~1205年(元久2)
・2代 義時(よしとき)1205年(元久2)~1224年(貞応3)
・3代 泰時(やすとき)1224年(貞応3)~1242年(仁治3)
・4代 経時(つねとき)1242年(仁治3)~1246年(寛元4)
・5代 時頼(ときより)1246年(寛元4)~1256年(康元元)
・6代 長時(ながとき)1256年(康元元)~1264年(文永元)
・7代 政村(まさむら)1264年(文永元)~1268年(文永5)
・8代 時宗(ときむね)1268年(文永5)~1284年(弘安7)
・9代 貞時(さだとき)1284年(弘安7)~1301年(正安3)
・10代 師時(もろとき)1301年(正安3)~1311年(応長元)
・11代 宗宣(むねのぶ)1311年(応長元)~1312年(応長2)
・12代 煕時(ひろとき)1312年(応長2)~1315年(正和4)
・13代 基時(もととき)1315年(正和4)~1316年(正和5)
・14代 高時(たかとき)1316年(正和5)~1326年(正中3)
・15代 貞顕(さだあき)1326年(正中3)
・16代 守時(もりとき)1326年(正中3)~1333年(元弘3)
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
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| 1450年(宝徳2) | 細川勝元が京都に龍安寺を創建する(新暦7月10日) | 詳細 |
| 1582年(天正10) | 京都の本能寺の変で、織田信長が明智光秀に攻められ、自刃する | 詳細 |
| 1615年(慶長20) | 画家・海北派の祖海北友松の命日(新暦6月27日) | 詳細 |
| 1716年(享保元) | 画家・工芸家尾形光琳の命日(新暦7月20日) | 詳細 |
| 1743年(寛保3) | 陶工・絵師尾形乾山の命日(新暦7月22日) | 詳細 |
| 1859年(安政6) | 前年締結の「日米修好通商条約」により、横浜・長崎が開港される(新暦7月1日) | 詳細 |
| 1907年(明治40) | 愛媛県の別子銅山で運搬夫の指導者山田豊次郎が解雇され、別子銅山争議(別子暴動)が始まる | 詳細 |
| 1943年(昭和18) | 大平洋戦争下において、産業報国運動の一環として、大日本労務報国会が設立される | 詳細 |