ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

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 今日は、明治時代後期の1900年(明治33)に、義和団事件において、日本・ドイツ・イギリス・フランス・ロシア・アメリカ・イタリア・オーストリアの8カ国連合軍が北京を総攻撃し、義和団が包囲していた公使館区を解放して、鎮圧された日です。
 義和団事件(ぎわだんじけん)は、明治時代後期の1899年~1901年(明治32~34)にかけて、中国清朝末期におきた反キリスト教的排外運動で、北清事変、拳匪(けんぴ)事件とも言います。「扶清滅洋」、「除教安民」を叫び、生活に苦しむ農民を集めた、白蓮教 (びやくれんきよう) 系の秘密結社である義和拳教の徒が、清朝の守旧派とも結びついて勢力を拡大しました。
 各地でキリスト教会や外国人を襲うようになり、ついに、1900年に清国の西太后がこの叛乱を支持して、6月21日に欧米列国に宣戦布告したため国家間戦争となります。そして、北京の列国大公使館区域を包囲攻撃するようになり、ドイツ公使を殺害しました。
 これに対し、日本・イギリス・アメリカ・ロシア・フランス・イタリア・ドイツ・オーストリアの8ヶ国は共同出兵して鎮圧にあたり、大沽(タークー)砲台、天津で官軍と義和団を破り、8月に北京に入城、華北の要所を占領します。西太后と光緒帝(こうしょてい)は西安に逃れ、失脚した守旧派にかわって実権を握った洋務派は、連合軍に協力しました。
 李鴻章 (りこうしよう) が講和にあたり、1901年には、「北京議定書」(辛丑和約)に調印し、列国の華北駐兵権、賠償金4億5000万両 (テール) の支払いなどを承認します。この動乱で清政府の中枢部は潰滅状態となり、ロシアは事件の波及防止の口実で満州を占領するなど、中国は半植民地といわれる状況となりました。
 この結果、清朝はいっそう激しい外国の圧迫を受け、半植民地化が促進され、これによるロシアの満州駐兵は日露戦争の原因ともなります。

〇北京議定書(ぺきんぎていしょ)とは?

 義和団事件(北清事変)鎮圧後、1901年(明治34)9月7日に、列国と清国との間で結ばれた最終議定書で、正式には「北清事変に関する最終議定書」といい、辛丑(しんちゅう)条約とも呼ばれています。ドイツ・オーストリア・ベルギー・スペイン・アメリカ・フランス・イタリア・日本・オランダ・ロシア・イギリスの11ヶ国代表と清国との間で調印されたもので、全12条と付属書19件から成っていました。
 主要な内容は、①ドイツ、日本への謝罪使の派遣、②事件指導者の処罰、③外国人が殺害された地方での科挙の停止、④関税、塩税を担保とした総額4億5000万両(テール)の賠償、⑤総理各国事務衙門(がもん)を外務部に改め、六部(りくぶ)の上位に置くこと、などです。この結果、清朝はいっそう激しい外国の圧迫を受け、半植民地化が促進され、これによるロシアの満州駐兵は日露戦争の原因ともなりました。

☆「北清事変に関する最終議定書」(北京議定書)1901年(明治34)9月7日調印

  九月七日最終議定書ノ調印

九月七日調印最終議定書

 附屬書一 明治卅三年十二月廿七日(光緒廿六年十一月廿七日)連名公書受諾ニ関スル上諭
    二 明治卅四年六月九日(光緒廿七年四月廿三日)専使醇親王派遣ニ関スル上諭
    三 七月廿二日(光緒廿七年六月七日)遭難碑建立ニ関スル清国全権ヨリ独国公使宛書翰
    四 二月十三日(光緒廿六年十二月廿五日)元兇懲罰ニ関スル上諭
    五 同右元兇革職上諭
    六 二月廿一日(光緒廿七年正月三日)載漪載瀾宥免ニ関スル上諭
    七 二月十三日(光緒廿六年十二月廿五日)徐用儀外四名復官上諭
    八 八月十九日(光緒廿七年七月六日)文武考試停止上諭
    九 六月十九日(光緒廿七年五月四日)専使那桐派遣ニ付清国全権ヨリ帝國公使ヘ來翰
    一〇 北京附近被害基地表
    一一 八月廿五日(光緒廿七年七月十二日)兵器禁輸ノ上諭
    一二 五月廿九日(光緒廿七年四月十二日)賠償支払ニ関スル清国全権ヨリ筆頭公使ヘ來翰
    一三 償金還済表
    一四 北京公使館地域区劃ノ説明
    一五 二月一日(光緒廿六年十二月十三日)匪徒鎮撫ニ関スル上諭
    一六 明治卅三年十二月廿四日(光緒廿六年十一月三日)修好睦隣ノ上諭
    一七 明治卅四年九月七日(光緒廿七年七月廿五日)黄浦江水路局設置規則
    一八 七月二十四日(光緒廿七年六月九日)外務部創設ノ上諭
    一九 謁見儀式覚書

 附記 明治卅五年七月天津還附ニ関スル日清交換書(一)(二)(三)(四)

九月七日調印最終議定書並附屬書

 議定書

独逸国全権委員 ア、ムンム、フォン、シユワルツェンスタイン閣下
墺地利洪牙利国全権委員 男爵エム、チカン、フオン、ワールボルン閣下
白耳義国全権委員 ジュースタンス閣下
西班牙国全権委員 ベ、ジード、コロガン閣下
亜米利加合衆国全権委員 ダブリュー、ダブリュー、ロックヒル閣下
仏蘭西国全権委員 ポール、ボウ閣下
大不列顚国全権委員 サー、アーネスト、サトウ閣下
伊太利国全権委員 侯爵サルヴァゴ、ラッジー閣下
日本国全権委員 小村寿太郎閣下
和蘭国全権委員 エム、エム、クノーベル閣下
露西亜国全権委員 エム、ド、ギールス閣下
清国全権委員
  総理外務部事務 和碩慶親王奕劻殿下

 太子大傳文華殿大学士商務大臣北洋大臣直隷総督部堂一等肅毅伯 李鴻章閣下
ハ清国カ列国ノ満足スル如ク千九百年十二月二十二日ノ連名公書ニ列挙セラレ且清国皇帝陛下ニ於テ千九百年十二月二十七日ノ勅諭(附屬書第一号)ヲ以テ其ノ全部ヲ納レラレタル所ノ各條件ニ遵応シタルコトヲ確認スルタメ茲ニ会合スルモノナリ

  第一條 甲

去ル六月九日ノ上諭(附屬書第二号)ヲ以テ醇親王載澧清国皇帝陛下ノ大使ニ任セラレ此ノ資格ヲ以テ故独逸国公使男爵「フォンケッテレル」閣下虐殺ノ件ニ関シ清国皇帝陛下及清国政府惋惜ノ意ヲ独逸国皇帝陛下ニ致スヘキコトヲ命セラレタリ
醇親王ハ此ノ使命ヲ果サムカ為ニ去ル七月十二日北京ヲ発程セラレタリ

  第一條 乙

清国政府ハ故男爵「フォン、ケッテレル」閣下虐殺ノ地点ニ於テ死者ノ官位ニ適合シ且羅甸語、独国語、清国語ヲ以テ右殺害ニ関シ清国皇帝陛下ノ惋惜ヲ表スルノ銘誌ヲ有スル紀念碑ヲ建設スヘキコトヲ声明シタリ
清国全権委員閣下ハ去ル七月二十二日ノ書簡(附屬書第三号)ヲ以テ道路全幅ノ牌坊ヲ該地点ニ建設スルコト及去ル六月二十五日ヨリ其ノ工事ニ著手シタルコトヲ独逸国全権委員閣下ニ通知シタリ

  第二條 甲

千九百一年二月十三日及二十一日ノ各上諭(附屬書第四号、第五号及第六号)ヲ以テ外国政府及外国臣民ニ対スル非企及罪悪ノ首犯者ニ左ノ刑罰ヲ科シタリ
瑞郡王載漪及輔国公載瀾ハ斬監候ニ処セラレタリ而シテ若皇帝ニ於テ之ニ恩典ヲ加ヘ死ヲ免カレシムヘシトノ叡慮アルトキハ之ヲ新疆ニ遠謫シテ永久禁錮ニ処シ何等減刑ノ恩典ヲ加フルコト無カルヘキ旨約定セラレタリ
荘親王載勛、都察院左都御史英年及刑部尙書趙舒翹ハ自尽ノ刑ニ処セラレタリ
山西巡撫毓賢、礼部尙書啓秀及前刑部左侍郎徐承煜ハ死刑ニ処セラレタリ
吏部尙書協辦大学士剛毅、大学士徐桐及前四川総督李秉衡ハ官位追奪ヲ宣告セラリタリ
千九百一年二月十三日ノ上諭(附屬書第七号)ヲ以テ昨年ニ於ケル最モ憎ムヘキ国際公法違犯ノ行為ニ反対シ之カ為ニ生命ヲ奪ハレタル兵部尙書徐用儀、戸部尙書立山、吏部左侍郎許景澄内閣学士聯元及太常寺卿袁昶ノ官位ヲ復セラレタリ
荘親王ハ千九百一年二月二十一日英年及趙舒翹ハ二十四日ニ自裁シ毓賢ハ二十二日啓秀及徐承煜ハ二十六日ニ死刑ヲ執行セラレタリ
甘粛提督董福祥ハ後日ヲ待テ其ノ刑罰ヲ確定スヘキモノトシテ先ツ二月十三日ノ上諭ヲ以テ官職ヲ奪ハレタリ
千九百一年四月二十九日及八月十九日ノ各上諭ヲ以テ昨年夏季ニ於ケル非企及罪悪ノ有罪者ト認メタル地方官吏ニ各自相当ノ刑罰ヲ科セラレタリ

  第二條 乙

千九百一年八月十九日ノ上諭(附屬書第八号)ヲ以テ外国人カ虐殺セラレ若ハ虐待セラレタル各市府ニ於テ五箇年間科挙ノ停止ヲ命セラレタリ

  第三條

故日本国公使館書記生杉山氏ノ虐殺ニ対シ名誉アル補償ヲ為スカ為ニ清国皇帝陛下ハ千九百一年六月十八日ノ上諭(附屬書第九号)ヲ以テ戸部侍郎那桐ヲ特使ニ任シ杉山氏虐殺ノ件ニ対スル清国皇帝陛下及其ノ政府ノ惋惜ノ意ヲ日本国皇帝陛下ニ致スヘキコトヲ特ニ命セラレタリ

  第四條

清国政府ハ外国若ハ各国共同墓地ニシテ汚瀆セラレ又ハ其ノ所在墳墓ノ破壊セラレタルモノニハ各贖罪ノ紀念碑ヲ建設スルコトヲ約シタリ依テ関係公使館ハ右建設ニ関シ指示ヲ与フヘク清国ハ其ノ一切ノ費用ヲ支払フヘキコトニ列国代表者トノ協議商定ヲ経タリ而シテ此ノ費用ハ北京及其ノ近傍ノ墓地ニ対シテハ各一萬両地方ノ墓地ニ対シテハ各五千両ト豫算シ該金額ハ支出ヲ了セラレタリ茲ニ其ノ墓地表ヲ添付ス(附屬書第十号)

  第五條

清国ハ兵器弾薬及専ラ兵器弾薬ノ製造ニ使用セラルヘキ材料ヲ清国版図内ニ輸入スルノ禁止ヲ承諾シタリ而シテ二箇年間該輸入ヲ禁止スル為メ八月二十五日ノ上諭(附屬書第十一号)ヲ発布セラレタリ嗣後尙ホ列国ニ於テ之ヲ必要ト認ムル場合ニハ更ニ上諭ヲ以テ前記ノ期限ヲ引続キ二箇年宛延長スルコトヲ得

  第六條

清国皇帝陛下ハ千九百一年五月二十九日ノ上諭(附屬書第十二号)ヲ以テ列国ニ四億五千万海関両ノ償金ヲ支仏フコトヲ約諾セラレタリ此ノ金額ハ即千九百年十二月二十二日ノ連名公書第六條ニ指定シタル国家、団体、個人及清国人ニ対スル償金ノ総額ヲ表示スルモノトス

(甲)此ノ四億五千萬両ハ左ニ示スカ如キ海関両ノ列国金貨ニ対スル相場ニ基キ計算シタル金貨債ヲ組成スルモノトス

一海関両ハ 三、〇五五 「マルク」
      三、五九五 墺洪国「クウロンヌ」
      〇、七四二 金弗
      三、七五〇 「フランク」
      〇、三志〇 片
      一、四〇七 円
      一、七九六 蘭国「フロレン」
      一、四一二 金「ルーブル」(品位17,424「ドリア」)
ニ相当ス
清国ハ右金貨債額ニ年四分ノ利子ヲ附シ別紙償還表(附屬書第十三号)ニ示セル條件ニ従ヒ三十九箇年ヲ以テ其ノ元金ヲ支仏フモノトス
元金及利子ノ支払ハ金貨ヲ以テスルカ若ハ各支払期日ニ於ケル為換相場ヲ以テスヘシ
元金償還ハ千九百二年一月一日ニ始マリ千九百四十年ノ末ニ終ル償還金ハ毎年之ヲ支払フモノトシ其ノ第一回ノ払込期限ヲ千九百三年一月一日ト定ム
利子ハ千九百一年七月一日ヨリ起算ス然レトモ清国政府ハ千九百一年十二月三十一日ニ終ル第一期六箇月分ノ利子ヲ千九百二年一月一日以後三箇年ノ期限内ニ支払フコトヲ得但シ右延滞額ニ対シテハ年四分ノ重利ヲ附スヘキモノトス
利子ハ六箇月毎ニ支払フヘキモノトシ其ノ第一回ノ払込期限ヲ千九百二年七月一日ト定ム
(乙)公債支払ハ左記ノ方法ニ依リ上海ニ於テ之ヲ行フヘシ
列国ハ各一名ノ委員ニ依リテ銀行者委員会ニ代表セラルヘシ該委員会ハ特ニ之カ為ニ指定セラレタル清国官吏ヨリ利子及元金ノ支払ヲ受ケ之ヲ各関係者ニ配分シ且之ニ対シテ領収證ヲ交付スヘキ任務ヲ有スルモノトス
(丙)清国政府ハ北京駐劄筆頭公使ニ償金総額ニ対スル一ノ債券ヲ交付スヘシ而シテ右債券ハ追テ特ニ之カ為ニ指定セラレタル清国政府委員ノ記名セル小額債券ニ変換セラルヘキモノトス右ノ事務及債券ノ発行ニ関スル一切ノ事務ハ列国カ其ノ代表員ニ下スヘキ訓令ニ準シ前記委員会ニ於テ之ヲ処理スヘシ
(丁)債券ノ支払ニ充テタル財源ヨリ生スル収入ハ毎月之ヲ委員会ニ交付スヘシ
(戊)債券ノ担保ニ供セル財源ヲ列挙スルコト左ノ如シ
 第一 新税関ノ収入ヲ抵当トシタル旧外国債ノ利子及元金ヲ払ヒタル上存スル該収入ノ剰余金ニ海路輸入品ニ対シ現行税率ヲ現実五分税ニ引上クルヨリ生スヘキ収入ヲ加ヘタルモノ但シ外国ヨリ輸入ノ米、穀類、穀粉、金銀貨及金銀地金ヲ除クノ外従来無税ニテ輸入セラルル各物品ハ総テ五分税ヲ払フヘシ
 第二 開港場ニ於テハ新税関ノ管理ニ屬スル旧税関ノ収入
 第三 塩税ノ収入総額但シ従来外国債ノ担保ニ充テラレタル分ヲ除ク
現行輸入税率ヲ現実五分税ニ引上ルコトハ下記ノ條件ヲ以テ承諾セラレタリ
此ノ税率引上ハ本議定書調印ノ日附ヨリ二箇月後ニ之ヲ実施シ而シテ右日附ヨリ遅クモ十日以内ニ運搬ノ途ニ上リタル商品ノ外其ノ適用ヲ免カルルコトヲ得サルモノトス
 第一 従価ニテ徴収シ来レル輸入税ハ為シ得ル限リ且成ルヘク速ニ従量税ニ改定スヘキモノトス此ノ改定ハ左ノ如クスヘシ即千八百九十七年、千八百九十八年及千八百九十九年ノ三箇年間ニ於ケル各商品陸上当時ノ平均価格換言スレハ輸入税及雑費ヲ控除シタル市価ヲ以テ評価ノ基礎トス但シ右改定ノ結了ヲ見ルニ至ル迄ノ間ハ従価ニテ徴税スルコト
 第二 白河及黄浦江ノ水路ハ清国ノ経費分担ヲ以テ之ヲ改良スルコト

  第七條

清国政府ハ各国公使館所在ノ区域ヲ以テ特ニ各国公使館ノ使用ニ充テ且全然公使館警察権ノ下ニ屬セシメタルモノト認メ該区域内ニ於テハ清国人ニ住居ノ権ヲ与ヘス且之ヲ防禦ノ状態ニ置クヲ得ルコトヲ承諾シタリ此ノ区域ノ境界ハ別紙図面(附屬書第十四号)ニ示ス如ク定メラレタリ即
 西方ハ 一、二、三、四、五線
 北方ハ 五、六、七、八、九、十線
 東方ハ 「ケツテレル」街ノ十、十一、十二線
 南方ハ 韃靼城壁ノ南址ニ循ヒ城垜ニ沿フテ画シタル十二、一線
清国ハ千九百一年一月十六日ノ書簡ニ添附シタル議定書ヲ以テ各国カ其ノ公使館防禦ノ為ニ公使館所在区域内ニ常置護衛兵ヲ置クノ権利ヲ認メタリ

  第八條

清国政府ハ大沽砲台竝ニ北京ト海浜間ノ自由交通ヲ阻碍シ得ヘキ諸砲台ヲ削乎セシムルコトヲ承諾シタリ而シテ右ニ関スル処置ハ実施セラレタリ

  第九條

清国政府ハ千九百一年一月十六日ノ書簡ニ添附シタル議定書ヲ以テ各国カ首都海浜間ノ自由交通ヲ維持セムカ為ニ相互ノ協議ヲ以テ決定スヘキ各地点ヲ占領スルノ権利ヲ認メタリ即此ノ各国ノ占領スル地点ハ黄村、郎房、楊村、天津、軍糧城、塘沽、蘆台、唐山、灤州、昌黎、秦王島及山海関トス

  第十條

清国政府ハ二箇年間地方ノ各市府ニ左記ノ上諭ヲ揭示公布スルコトヲ約諾シタリ
(甲) 排外的団体ニ加入スルコトヲ永久ニ禁止シ犯ス者ヲ死刑ニ処スル旨ヲ記載シタル千九百一年二月一日ノ上諭(附屬書第十五号)
(乙)有罪者ニ科シタル刑名ヲ列挙シタル千九百一年二月十三日、二月二十一日、四月二十九日及八月十九日ノ上諭
(丙)外国人カ虐殺セラレ若ハ虐待セラレタル各市府ニ於テ科挙ヲ停止スル千九百一年八月十九日ノ上諭
(丁)総督巡撫及各省各地方ノ官吏ハ各其ノ管轄内ニ於ケル秩序ニ対シテ職責ヲ有スヘク且排外的紛擾ノ再発竝ニ其ノ他條約違反ノ事アルニ当リ直ニ之ヲ鎮定セス又ハ其ノ犯罪者ヲ処罰セサル場合ニハ該官吏ハ直ニ罷免セラルヘク且新官職ニ任命セラレ若ハ新名誉ヲ享受スルコト能ハサルヘキ旨ヲ宣言シタル千九百一年二月一日ノ上諭(附屬書第十六号)
以上ノ上諭ハ全帝国内ニ漸次掲示セラレツツアリ

  第十一條

清国政府ハ外国政府カ有用ト認ムル通商及航海條約ノ修正竝ニ通商上ノ関係ヲ便利ナラシムル為メ其ノ他ノ通商事項ニ関シ商議スヘキコトヲ約諾シタリ
清国政府ハ償金ニ関スル第六條中ノ規定ニ基キ今ヨリ左記ノ如ク白河及黄浦江水路ノ改良ニ協力スルコトヲ約諾シタリ
(甲)千八百九十八年清国政府ノ協同ヲ以テ創始セラレタル白河航路ノ改良工事ハ各国委員ノ管理ノ下ニ再興セラレタリ天津ニ於ケル行政ノ清国政府ニ返還セラレタル上ハ清国政府ハ直ニ自己ノ代表者ヲ該委員ニ加フルコトヲ得ヘク且工事ノ維持費トシテ毎年六萬両ヲ支出スヘシ
(乙)黄浦江更正及其水路改良工事ノ指揮監督ヲ掌ルヘキ水路局ヲ設置ス
 該局ハ上海ノ海路貿易ニ於ケル清国政府ノ利益ト外国人ノ利益トヲ代表スル委員ヲ以テ組織ス経営ノ事業及一般ノ事務ニ必要ナル費用ハ最初二十箇年間ハ毎年四十六萬両ト見積リ清国政府ト関係者タル外国人トニ於テ各其ノ半額ヲ支出スヘシ水路局ノ組織、職権及収入等ニ関スル細則ハ附屬書中ニ之ヲ規載ス(附屬書第十七号)

  第十二條

千九百一年七月二十四日ノ上諭(附屬書第十八号)ヲ以テ列国ノ指定シタル旨趣ニ因リ外交事務衙門タル総理衙門ヲ改革セラレタリ即総理衙門ヲ外務部ト改メテ他ノ六部ノ上位ニ置クコトト為シ而シテ又前記ノ上諭ヲ以テ外務部ノ主要ナル官吏ヲ任命セラレタリ
外国代表者ノ謁見ニ関スル宮廷ノ礼式ニ関シテモ亦既ニ商定ヲ経タリ此ノ件ニ関スル清国全権委員ノ書簡数通アリ別紙覚書ニ其ノ要点ヲ摘載ス(附屬書第十九号)
終リニ前記ノ各宣言及列国全権委員ヨリ発シタル附屬文書ニ関シテハ仏文ヲ以テ憑ト為スコトヲ特ニ約定ス
斯ノ如ク清国政府ハ列国ノ満足スル如ク千九百年十二月二十二日ノ連名公書ニ列挙セラレタル各條件ニ遵応シタルヲ以テ列国ハ千九百年夏季ノ騒擾ヨリ発生シタル状態ノ終止ニ至ラムコトノ清国ノ希望ヲ承允シタリ之ニ因テ列国全権委員ハ第七條ニ記載シタル公使館護衛兵ヲ除キ千九百一年九月十七日ヲ以テ北京ヨリ全然列国軍隊ヲ撤退シ又第九條ニ記載シタル地点ヲ除キ同年九月二十二日ヲ以テ直隷省ヨリ撤兵スヘキコトヲ其ノ各自ノ政府ノ名ヲ以テ茲ニ宣言ス
本最終議定書ハ同文十二通ヲ作リ各締約国全権委員之ニ署名シ列国全権委員ニ一通宛ヲ交付シ清国全権委員ニ一通ヲ交付ス

千九百一年九月七日北京ニ於テ
 ア、ムンム (署名)
 エム、チカン (署名)
 ジュースタンス (署名)
 ベーゼー、ド、コロガン (署名)
 ダブリュー、ダブリュー、ロックヒル (署名)
 ボウ (署名)
 アーネスト、サトウ (署名)
 サルヴァゴ、ラッジー (署名)
 小村寿太郎 (署名)
 エフ、エム、クノーベル (署名)
 エム、ド、ギールス (署名)
 奕劻 (署名)
 李鴻章 (署名)

{附属書は省略}

  外務省編纂「日本外交文書第三十三卷別册三 北淸事變下」日本國際連合協會発行より

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

869年(貞観11)藤原良房らが『続日本後紀』20巻を撰上する(新暦9月23日)詳細
949年(天暦3)公卿藤原忠平の命日(新暦9月9日)詳細
1511年(永生8)室町幕府第11代将軍足利義澄の命日(新暦9月6日)詳細
1656年(明暦2)彦根藩士・俳人で蕉門十哲の一人森川許六の誕生日(新暦10月1日)詳細
1748年(寛延元)大坂・竹本座で、並木宗輔・三好松洛ら合作の人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』が初演される(新暦9月6日)詳細
1885年(明治18)「専売特許条例」に基づいて、日本初の専売特許7件がが交付される(専売特許の日)詳細
1945年(昭和20)昭和天皇臨席の第15回御前会議において、無条件でのポツダム宣言受諾を決定し、太平洋戦争に敗れる詳細
1950年(昭和25)文部省が9月新学期より8大都市小学校で、ガリオア資金によるパン完全給食を実施と発表する詳細
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nittchyuuchyoukibouekitorik
 今日は、昭和時代後期の1978年(昭和43)に、中国の北京で、「日中長期貿易取り決め」に調印した日です。
 「日中長期貿易取り決め」(にっちゅうちょうきぼうえきとりきめ)は、日中長期貿易協議委員会委員長稲山嘉寛と劉希文中日長期貿易協議委員会主任との間で調印された、日中間の長期間の貿易に関する取り決めです。1972年(昭和47)9月29日の「日中共同声明」が出されて以後、周恩来総理、稲山嘉寛経団連副会長、財団法人日中経済協会会長をはじめとする関係者の間で「中国から石油と石炭を日本へ輸出し、日本から設備、資材を中国へ輸出する」という長期協定構想を打診・検討され、1977年(昭和42)10月に日本側・中国側でそれぞれ日中長期貿易取決め推進委員会、中日長期貿易協議委員会が設立され、翌年1月には、日中長期貿易取決め推進委員会の総会が開催され、取決め文案が承認されると共に、推進委員会を改組し、日中長期貿易協議委員会(当時委員長:稲山嘉寛)が発足しました。
 それに基づいて、同年2月16日に中国の北京で調印されたのが、この取り決めで、1985年までの8年間有効とされます。内容は、日本から中国に技術及びプラント並びに建設用資材・機材を輸出し、中国から日本に原油と石炭(原料炭、一般炭)を輸出することとなっていました。
 この取決めに基づき、日本は中国の石油・石炭の資源開発に協力し、長期安定的なエネルギー資源の供給を受け、中国は石油・石炭の輸出拡大を通じて外貨を獲得し、経済発展に必要な技術、プラント及び建設用資材の輸入に充当することとなります。その後、1990年(平成2)12月18日に、「日中長期貿易延長取り決め(五年延長)」(第2次取決め)が調印され、それ以降現在に至るまで5年毎に更新延長がなされてきました。
 以下に、「日中長期貿易取り決め」(第1次取決め)と「日中長期貿易延長取り決め(五年延長)」(第2次取決め)の日本語版を掲載しておきましたから、ご参照下さい。

〇「日中長期貿易取り決め」関係略年表

・1972年(昭和47)9月29日 「日中共同声明」が出される
・1972年(昭和47) 周恩来総理、稲山嘉寛経団連副会長、財団法人日中経済協会会長をはじめとする関係者の間で「中国から石油と石炭を日本へ輸出し、日本から設備、資材を中国へ輸出する」という長期協定構想を打診・検討する
・1977年(昭和42)10月 日本側・中国側でそれぞれ日中長期貿易取決め推進委員会、中日長期貿易協議委員会が設立される
・1978年(昭和43)1月 日中長期貿易取決め推進委員会の総会が開催され、取決め文案が承認されると共に、推進委員会を改組し、日中長期貿易協議委員会(当時委員長:稲山嘉寛)が発足する
・1978年(昭和43)2月16日 「日中長期貿易取り決め」(第1次取決め)が調印される
・1978年(昭和43)8月12日 「日中平和友好条約」が調印される
・1986年(昭和61) 実質的な更新延長の取決めが調印される(第2次取決め)
・1990年(平成2)12月18日 第3次取決めに調印(有効期間:1991~1995年)する
・1995年(平成7)9月 第4次取決めに調印(有効期間:1996~2000年)する
・2000年(平成12)12月 第5次取決めに調印(有効期間:2001年~2005年)する
・2005年(平成17)12月 第6次取決めに調印(有効期間:2006~2010年)する
・2011年(平成23)1月 第7次取決めに調印(有効期間:2011~2015年)する
・2016年(平成28)11月 第8次覚書に調印(有効期間:2016~2020年)する
 ※文書名が今次より「日中長期貿易取決め」から「日中長期貿易協議に関する協力覚書」に改名
・2021年(令和3)3月 第9次覚書に調印(有効期間:2021~2025年)する

☆「日中長期貿易取り決め」(第1次取決め) 1978年(昭和43)2月16日調印

 日本日中長期貿易協議委員会と中国中日長期貿易協議委員会は、日中両国政府の共同声明及び貿易協定の精神に基づき、平等互恵、有無相通及び輸出入均衡の基礎の上に、両国の経済・貿易関係を長期的かつ安定的に発展させるため、友好的に協議を行い、それぞれの政府の支持を受けて、日本から中国に技術及びプラント並びに建設用資材・機材を輸出し、中国から日本に原油と石炭を輸出する長期貿易の取り決めを日中両国間の貿易の一部として、以下のとおり締結する。

第一条 本取り決めの有効期間は、一九七八年から一九八五年までの八年間とする。
 本取り決めの有効期間内における双方の輸出総金額は、それぞれ百億米ドル前後とする。

第二条 本取り決めの第一年度(一九七八年)から第五年度(一九八二年)までの日本側から中国側に輸出する技術及びプラントは約七十億乃至八十億米ドル、建設用資材・機材は約二十億乃至三十億米ドルとする。
 双方は、毎年締結する契約金額をもって確定金額とすることに同意する。
 本取り決めの第一年度(一九七八年)から第五年度(一九八二年)までの中国側から日本側に輸出する商品及び数量は下記のとおりである。

年度 数量単位  原油 原料炭   一般炭
一九七八 万トン 七〇〇 一五〜三〇 一五〜二〇
一九七九 万トン 七六〇 五〇 一五〜二〇
一九八〇 万トン 八〇〇 一〇〇 五〇〜六〇
一九八一 万トン 九五〇 一五〇 一〇〇〜一二〇
一九八二 万トン 一、五〇〇 二〇〇 一五〇〜一七〇

 双方は、本取り決めの第六年度(一九八三年)から第八年度(一九八五年)までの中国側から日本側に輸出する商品及び数量について、一九八一年内に協議し、確定することに同意する。取り決めの最後の三年間における、中国側から日本側に輸出する原油及び石炭の数量は、本取り決めの第五年度の数量を基礎にして、逐年増加するものとする。

第三条 双方は、原則として延払い方式で日本側から中国側に技術及びプラント並びに建設用資材・機材を輸出することに同意する。

第四条 本取り決めに基づく取引は、日本側当事者と中国側関係輸出入総公司との個別契約を締結することによって行うものとする。
 双方は、合理的な国際価格と国際貿易の慣例に基づいて取引を行うことに同意する。

第五条 双方は、本取り決めを実行し、日中両国の経済交流を拡大するため、必要な科学技術分野において技術協力を行うことに同意する。

第六条 双方は、本取り決めに基づく取引上の決済の進捗状況を把握するため、それぞれ外国為替銀行一行を選定し、所要の統計作業を担当させることに同意する。
 日本側は東京銀行とし、中国側は中国銀行とする。
 両行は必要な統計をとり、相互に連絡を行うものとする。

第七条 本取り決めに基づく取引契約書、信用状、為替手形及び保証状にはすべて下記の符号を付することとする。第一年度分に対してはLT−1、第二年度分に対してはLT−2(以下同様)とする。

第八条 双方は、本取り決めを実行するため、それぞれ事務局を設置し、連絡及び関係事務の処理を行うものとする。
 日本側は、日本日中長期貿易協議委員会事務局を東京に設け、中国側は、中国中日長期貿易協議委員会弁事処を北京に設けるものとする。

第九条 双方は、本取り決めの実行及び本取り決めに関する問題を協議するため、双方の代表が毎年交互に東京と北京で会談を行うことに同意する。

第十条 本取り決めは、双方の同意なしに破棄することができないものとする。
 本取り決めに基づき締結した契約は、双方の契約当事者の同意なしに破棄することができないものとする。

第十一条 本取り決めの有効期間は、調印した日から一九八五年十二月三十一日までとする。
 本取り決めは、双方協議し、同意の上、これを修正することができるものとする。

第十二条 本取り決め書は、一九七八年二月十六日北京において調印し、日中両国語により各二通を作成し、双方それぞれ一通を保有する。
 両国語の取り決め書は同等の効力をもつ。

  日本日中長期貿易協議委員会 委員長 稲山嘉寛

  中国中日長期貿易協議委員会 主任 劉希文

    「日中関係基本資料集」より

☆「日中長期貿易延長取り決め(五年延長)」(第2次取決め) 1990年(平成2)12月18日調印

 日本日中長期貿易協議委員会と中国中日長期貿易協議委員会は、日中両国政府の共同声明、日中平和友好条約、日中関係四原則及び日中貿易協定の精神に基づき、両国の経済・貿易関係を更に長期的かつ安定的に発展させるため、一九七八年双方が調印した日中長期貿易取決めの成果の基礎の上に、友好的に協議を行い、それぞれの政府の支持を受けて、日本から中国に技術・プラント設備及び建設資機材を輸出し、中国から日本に原油と石炭を輸出する長期貿易の取決めを、日中両国間貿易の一部として、以下のとおり締結する。

第一条 本取決めの有効期間は、一九九一年から一九九五年までの五年間とする。
2、本取決めの有効期間内における双方の輸出総金額は、それぞれ八十億米ドル前後とする。

第二条 本取決めの第一年度(一九九一年)から第五年度(一九九五年)までに、中国側から日本側に毎年、原油を八百八十万ないし九百三十万トン、原料炭を百四十万ないし百八十万トン、一般炭を二百五十万ないし三百五十万トン輸出する。
2、前項の原油、原料炭及び一般炭の対日輸出については、中国側は関係公司に対し、契約通り荷渡期日を遵守し、品質を保証するようにさせるものとする。

第三条 本取決めの第一年度(一九九一年)から第五年度(一九九五年)までに、日本側が中国側に輸出する技術・プラント設備及び建設資機材(主な品目リスト別添のとおり)の金額を八十億米ドル前後とする。
2、技術・プラント設備及び建設資機材の対中輸出については、日本側は日本政府に対し、輸出承認手続き、貿易保険の付保等が円滑に進むよう働きかけるものとする。

第四条 本取決めに基づく取引は、日本の関係輸出入企業と中国の関係輸出入公司との個別契約を締結することによって行うものとする。
2、双方は、合理的な国際価格と国際貿易の慣例に基づいて取引を行うことに同意する。
3、双方は、取決めの数量、金額を達成するよう努力するものとし、毎年締結する契約金額をもって取決めの金額とすることに同意する。

第五条 双方は、本取決めを実行し、日中両国の経済交流を拡大するため、必要な科学技術分野において技術協力を行うことに同意する。

第六条 双方は、本取決めに基づく取引上の決済の進捗状況を把握するため、それぞれ外国為替銀行一行を選定し、必要な統計作業を担当させることに同意する。
2、日本側は東京銀行とし、中国側は中国銀行とする。両行は必要な統計措置をとり、相互に連絡を行うものとする。

第七条 本取決めに基づく取引の契約、信用状、為替手形及び保証状にはすべて次項の符号を付することとする。
2、第一年度分に対してはLT−II−1、第二年度分に対してはLT−II−2(以下同様)とする。

第八条 双方は、本取決めを実行するため、日本側は日中長期貿易協議委員会事務局、中国側は中日長期貿易協議委員会弁事処を通じ、連絡及び関連業務を行うものとする。

第九条 本取決めの実行及び本取決めに関する問題を協議するため、双方の代表は、毎年一回交互に東京と北京で会談を行う。

第十条 本取決めは、双方協議し、同意の上、これを修正又は延長することができるものとする。
2、本取決めに基づき締結した契約は、双方の契約当事者の同意なしに破棄することができないものとする。

第十一条 本取決め書は、一九九〇年十二月十八日東京において調印し、日中両国語により各二通を作成し、双方それぞれ一通を保有する。両国語の取決め文書は同等の効力を持つ。

日本日中長期貿易協議委員会 委員長 河合 良一

中国中日長期貿易協議委員会 主任 沈覚人

(別添)

 日中長期貿易取決めに基づき日本側が中国側に輸出する主な技術・プラント設備及び建設資機材の商品リスト

一、エネルギー及びその関連
 1、発電設備及び同関連設備
 2、省エネルギー・公害防止設備技術
 3、油田開発、炭鉱開発設備技術機械(含輸送設備)
 4、都市ガス関係設備技術

二、農業開発関係
 1、農業基盤整備関連機械技術
 2、農業機械技術

三、輸送通信関係
 1、交通輸送システム関係設備機械
 2、通信設備技術機械
 3、輸送車両等製造設備技術

四、重要原材料等生産設備
 1、石油化学工場設備
 2、製鉄所設備
 3、セメントエ場設備
 4、化学肥料工場設備

五、電子関係
 1、機械電子設備
 2、大容量集積回路
 3、ファインケミカル

六、技術改造関係
 1、輸出企業技術改造
 2、重点企業技術改造

七、その他
 特定建設に必要な建設資機材

   「日中関係基本資料集」より

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