ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:円墳

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 今日は、昭和時代後期の1988年(昭和63)に、奈良県の藤ノ木古墳第3次調査で石棺が約1,400年ぶりに開かれた日です。
 藤ノ木古墳(ふじのきこふん)は、奈良県生駒郡斑鳩町にある大型円墳(直径約50m、高さ約8m)で、古墳時代後期の6世紀後半に造られたと考えられています。1985年(昭和60)の第1次調査によって、盗掘を免れてきた横穴式石室内から、60個体余の土師器・須恵器と金銅製の豪華な馬具などが出土したことで注目されました。
 1987年(昭和62)に橿原考古学研究所が第2次調査を行ない、国内の発掘調査史上初めてファイバースコープによる石棺内の確認調査がされます。そして、1988年(昭和63)の第3次調査において開棺調査され、金銅製の冠、沓、筒型製品、帯、6振の大刀、5面の鏡、金の耳飾りなどで装飾された成人男性2体の骨が発見されました。これらの調度品の高度な技術と華麗な意匠は、古墳時代後期の工芸技術の粋を集めたものとして高く評価されます。
 1988年(昭和63)に石棺外出土品が国の重要文化財に指定され、1991年(平成3)に石棺内出土品が追加指定を受け、古墳自体も国の史跡に指定されました。さらに、2004年(平成16)に副葬品が一括して国宝に指定されます。
 また、2010年(平成22)に、古墳から南へ200mのところにガイダンス施設(斑鳩文化財センター)がオープンし、主な出土品のレプリカが展示されていますし、「奈良県立橿原考古学研究所」(奈良県橿原市)では出土品が常設展示されるようになりました。

〇藤ノ木古墳関係略年表

・1985年(昭和60)7月22日 第1次発掘調査(~12月31日)が開始される
・1988年(昭和63)5月9日 第2次発掘調査(~7月8日)が開始され、墳丘の形態、規模の確認、ファイバースコープによる石棺内の確認調査が行われる
・1988年(昭和63)6月6日 石棺外出土品が国の重要文化財に指定される
・1988年(昭和63)9月30日 第3次発掘調査(~12月28日)が開始され、家形石棺を開口して内部の調査がなされる
・1991年(平成3)11月16日 石棺内出土品が国の重要文化財の追加指定を受け、古墳自体も国の史跡に指定される
・1994年(平成6) 斑鳩町で学識経験者を中心に「史跡藤ノ木古墳整備検討委員会」を組織される
・1995年(平成7)11月28日 「史跡藤ノ木古墳石棺き損事件」が起きる
・1997年(平成9)3月 斑鳩町が『史跡藤ノ木古墳整備基本計画書』を策定する
・2000年(平成12) 第4次発掘調査が開始される
・2003年(平成15) 第5次発掘調査が開始され、斑鳩町が5ヶ年計画で、史跡藤ノ木古墳整備事業を開始する
・2004年(平成16)6月8日 副葬品が一括して国宝に指定される
・2010年(平成22)3月20日 藤ノ木古墳の案内を行う施設、文化財の調査・研究及び情報発信の拠点として、「斑鳩町文化財活用センター(愛称:斑鳩文化財センター)」がオープンする

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1857年(安政4)昆虫学者・名和昆虫研究所の創設者名和靖の誕生日(新暦11月24日)詳細
1884年(明治19)歌人・小説家吉井勇の誕生日詳細
1932年(昭和7)日本で初めて国立公園12ヶ所の候補地が選定される(国立公園選定記念日)詳細
1943年(昭和18)「軍需省設置要綱」が閣議決定される詳細
1946年(昭和21)洋画家・版画家・美術教育家山本鼎の命日詳細
1966年(昭和41)岩手県岩手郡松尾村(現在の八幡平市)に松川地熱発電所が完成し送電を開始する(地熱発電の日)詳細
2005年(平成17)小説家・児童文学作家早船ちよの命日詳細
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 今日は、昭和時代後期の1983年(昭和58)に、奈良県のキトラ古墳で玄武の壁画が発見された日です。
 キトラ古墳(きとらこふん)は、奈良県高市郡明日香村阿部山にある二段築成の円墳で、直径約14m、高さ約3.3mあり、7世紀後半から8世紀にかけて築造された終末期古墳とされてきました。1978年(昭和53)頃から存在が知られるようになり、1983年(昭和58)のファイバースコープによる石室内探査によって、11月7日に北壁から、四神の一つ玄武の壁画が発見されて注目されます。
 15年後の1998年(平成10)3月の上下左右に向きを変えるCCDカメラの探査で、青龍、白虎、天文図が発見され、2000年(平成12)7月31日に古墳が国の史跡に指定され、同年11月24日には特別史跡に格上げされました。翌年のデジタルカメラを用いた調査で、南壁の朱雀が確認され、獣頭人身十二支像の存在も確認され、同年12月には国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区として新たに都市計画決定されます。
 2003年(平成15)から、文化庁による石室内調査が開始されましたが、壁画の描かれたしっくいが崩落寸前であることが判明しました。そこで、翌年6月から壁画修復のための調査が始まり、同年8月には、日本で初めての本格的な壁画の取り外しが開始されることとなります。
 2010年(平成22)に壁画の取り外し作業が終わり、2013年(平成25)には石室の考古学的調査が終了したので、古墳そのものは石室と同じ石材でふさぎ、埋め戻されました。2016年(平成28)9月24日に国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区が開園、「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」が開館して、この古墳について学べるようになっています。
 古墳の彩色壁画としては、高松塚古墳と並んで大変貴重なので、2018年(平成30)10月31日に壁画と出土品が国の重要文化財に指定され、翌年7月23日には壁画が国宝に格上げ指定されました。

〇キトラ古墳の発掘保存関係略年表

・1983年(昭和58)11月7日 ファイバースコープによる探査により、石槨の奥壁に玄武と思われる壁画が発見される
・1998年(平成10)3月 上下左右に向きを変えるCCDカメラの探査で、青龍、白虎、天文図が発見される
・2000年(平成12)7月31日 古墳が国の史跡に指定される
・2000年(平成12)11月24日 古墳が特別史跡に指定される
・2001年(平成13) デジタルカメラを用いた調査で、南壁の朱雀が確認され、獣頭人身十二支像の存在も確認される
・2001年(平成13)12月 国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区が新たに都市計画決定される
・2003年(平成15) 文化庁が石室内調査を開始する
・2004年(平成16)6月 壁画修復のための調査が始まる
・2004年(平成16)8月 日本で初めての本格的な壁画の取り外しを開始する
・2010年(平成22) 壁画の取り外し作業が終了する
・2013年(平成25) 石室の考古学的調査が終了したので、石室が埋め戻されて墳丘の復元整備が開始される
・2016年(平成28)9月24日 国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区が開園、「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」が開館する、
・2018年(平成30)10月31日 壁画と出土品が国の重要文化財に指定される
・2019年(令和元)7月23日 壁画が国宝に指定される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1336年(建武3)足利尊氏が室町幕府の基本的な政治方針「建武式目」を制定(新暦12月10日)詳細
1922年(大正11)学生連合会(社会科学研究会の連合組織)が結成される詳細
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