
899年(昌泰2年10月)に、宇多法皇が別当を真言宗の観賢に交替させ、904年(延喜4)には、伽藍の南西に「御室」(おむろ)と呼ばれる僧坊を建てて、宇多法皇が住みます。952年(天暦6)に朱雀法皇が移り住み、当寺で亡くなり、1010年(寛弘7)には、藤原道長の妻である源倫子の御願によって、観音院潅頂堂が建立されました。
1119年(元永2)に、金堂、東西回廊、鐘楼、経蔵、三面僧房、観音院、潅項院等が焼亡したものの、1122年(保安2)には、観音院、潅項院が再建されています。1144年(天養元)に、鳥羽法皇の発願によって、孔雀明王堂が建立されましたが、1467~77年(応仁元~文明9)の応仁の乱で堂宇が全焼し、荒廃しました。
1591年(天正19)に、関白豊臣秀吉によって860石の朱印地を得、1617年(元和3)には、江戸幕府第2代将軍徳川秀忠によって1,500石の朱印地を得ています。1634年(寛永11)に、仁和寺第21世覚深法親王は上洛していた第3代将軍徳川家光に仁和寺の再興を申し入れ、承諾され、1624年~45年(寛永年間)に、御所(現在の京都御所)建て替えに伴い、御所の紫宸殿(現在の金堂)、清涼殿(現在の御影堂)、常御殿などが当寺に下賜されて境内に移築、五重塔、二王門や諸堂舎も完成して、1646年(正保3年)には、落慶法要が行われました。
現在、金堂(国宝)、御影堂、仁王門、五重塔、観音堂、中門、鐘楼、茶室の飛濤亭、遼廓亭(以上、国指定重要文化財)などの建造物があり、阿弥陀・観音・勢至の三尊像(国宝)、増長天・多聞天立像、吉祥天立像、愛染明王坐像(以上、国指定重要文化財)などの仏像があり、絹本着色孔雀明王像(国宝)、同聖徳太子像(国指定重要文化財)などの絵画、『三十帖冊子』、『医心方』、『御室相承記』(いずれも国宝)などの文書典籍ほか、多くの文化財を蔵しています。尚、1994年(平成6)には、「古都京都の文化財」の一つとして、世界遺産(文化遺産)に登録されました。
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