
筋の展開や人物設定にすぐれ、各段ごとに見せ場があり、上演回数最高の記録を持つ浄瑠璃、歌舞伎の代表的作品です。『菅原伝授手習鑑』、『義経千本桜』と共に、時代物の三大傑作とされてきました。
備後三原(現在の広島県三原市)の臨済宗成就寺の断継慧水という僧でしたが、30歳頃に還俗して大坂の豊竹座の浄瑠璃作者となり、並木宗助(のちに宗輔)と称します。1176年(享保11)に、西沢一風らと合作の『北条時頼記』で評判となり、以来立作者となって活躍しました。
『苅萱桑門筑紫』(1735年)、『和田合戦女舞鶴』(1736年)などを合作または単独で発表、豊竹座を隆盛に導きます。1742年(寛保2)に、歌舞伎作者に転向し,『大門口鎧襲』(1742年)では大当りをとりました。
1745年(延享2)には、浄瑠璃界へ復帰し、竹本座へ入座して千柳と改名し、『菅原伝授手習鑑』(1746年)、『義経千本桜』(1747年)、『仮名手本忠臣蔵』(1748年)などを2世竹田出雲・三好松洛らとの合作で発表、浄瑠璃全盛期の最高傑作を送り出します。1750年(寛延3)に再び豊竹座に復帰し、並木宗輔の名に復して、翌年9月7日に『一谷嫩軍記』を執筆中、病により大坂において、数え年57歳で亡くなりました。
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