ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:上野公園

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 今日は、大正時代の1924年(大正13)に、上野公園・上野動物園が宮内省から東京市に下賜された日です。
 上野公園(うえのこうえん)は、東京都台東区にあるある都立公園で、正式名称は上野恩賜公園とされました。上野動物園、東京国立博物館、国立科学博物館、国立西洋美術館、東京都美術館、東京文化会館、東京芸術大学など多くの文化施設があり、都内随一のサクラの名所としても知られ、面積53.2万㎡あります。
 江戸時代は寛永寺の境内でしたが、1868年(慶応4)の彰義隊の戦いで寛永寺の建物が焼失し、その跡地が1873年(明治6)1月15日の公園開設の「明治6年太政官布達第16号」により、同年3月25日には、芝、飛鳥山、深川、浅草と共に最初の5公園の一つとして正式指定されて東京府公園となりました。1875年(明治8)に不忍池(しのばずのいけ)周辺も編入され、翌年1月には、東京府から内務省博物局に移管、博物館所属の公園地となります。
 その後、造営が進められ完成に伴って、同年5月9日に明治天皇行幸で開園式が行われました。1877年(明治10)に第1回内国勧業博覧会がこの公園で開催され、以後第3回まで続きます。1882年(明治15)に上野動物園、寛永寺本堂跡に現在の東京国立博物館、1887年(明治20)に美術学校・音楽学校(現在の東京芸術大学)などが開設、移築されました。1924年(大正13)1月28日には、昭和天皇御成婚記念として不忍池とともに東京市に下賜され、一般に開放されて上野恩賜公園と命名されています。
 上野動物園(うえのどうぶつえん)は、明治時代前期の1882年(明治15)3月20日に、その前身が農商務省博物局付属の動物園として、東京府下谷区(現在の東京都台東区)に開園した日本最初の動物園です。その後宮内省の管轄を経て、1924年(大正13)1月28日には、東京市に下賜され、現在は、東京都立の動物園となりました。
 総面積は14万2898平方mで、東園と西園に分かれ、こども動物園、動物園ホールなどもあり、約500種、3000点余の動物が飼育展示されています。現在、日本一の入園者数を記録する動物園となっていて、愛らしいパンダの姿が人気となっています。
 以下に、公園開設時の「明治6年太政官布達第16号」を掲載しておきますから、ご参照下さい。

〇「明治6年太政官布達第16号」1873年(明治6)1月15日

三府ヲ始、人民輻輳ノ地ニシテ、古来ノ勝区名人ノ旧跡地等是迄群集遊観ノ場所 {東京ニ於テハ金龍山浅草寺、東叡山寛永寺境内ノ類、京都ニ於テハ八坂社、清水ノ境内、嵐山ノ類、総テ社寺境内除地或ハ公有地ノ類} 従前高外除地ニ属セル分ハ永ク万人偕楽ノ地トシ、公園ト可被相定ニ付、府県ニ於テ右地所ヲ択ヒ、其景況巨細取調、図面相添ヘ大蔵省ヘ伺出ヘシ

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

712年(和銅5)太安万侶が編纂した『古事記』が完成し、元明天皇に献上される(新暦3月9日)詳細
1582年(天正10)天正遣欧使節がローマに向かって長崎港を出港する(新暦2月20日)詳細
1886年(明治19)日本とハワイ王国との間で、「布哇国渡航条約」(明治19年勅令無号)が締結される詳細
1912年(明治45)放射線医学者高橋信次の誕生日詳細
1946年(昭和21)GHQが「映画検閲に関する覚書」(SCAPIN-658)を出す詳細
1948年(昭和23)関西汽船「女王丸」が瀬戸内海で触雷して沈没、死者・行方不明者188名を出す(女王丸沈没事故)詳細

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 今日は、大正時代の1914年(大正3)に、東京の上野公園等で「東京大正博覧会」が開幕した日です。
 東京大正博覧会(とうきょうたいしょうはくらんかい)は、東京府が大正天皇即位の奉祝と産業振興を図るため、上野公園等を会場として、7月31日まで開催した博覧会でした。会場は、上野公園を第1会場、不忍池畔を第2会場とし、それに青山練兵場(現在の神宮外苑)、芝浦を分会場としています。
 上野公園(第1会場)には、工業館、美術館、水産館、農業館、林業館、鉱山館、染織館など、不忍池畔(第2会場)には、朝鮮、台湾、満州、樺太などの殖民地の特設館が建てられ、分会場の青山では陸軍の飛行機、芝浦では海軍の飛行機がそれぞれ2機づつ展示されました。上野公園と不忍池を結ぶ日本初のエスカレーターや不忍池を渡るロープウェイ、青山会場の巨大な造りものの軍艦三笠や、点滅照明とハーフミラーの応用装置によって変幻自在に踊る美人島探検館、インド聖僧のミイラの展示などに人気が集まります。
 入場者数は、初日だけでも1万5千人集まり、会期期間全体(133日間)では、7.463.400人を集め大成功で閉幕しました。


〇日本での主要な博覧会一覧(太平洋戦争以前)

・1871年(明治4)「大学南校物産会」(東京府)
・1871年(明治4)「京都博覧会」(京都府)
・1872年(明治5)「湯島聖堂博覧会」(東京府)
・1874年(明治7)「名古屋博覧会」(愛知県名古屋)
・1875年(明治8)「奈良博覧会」(奈良県奈良)
・1876年(明治9)「宮城博覧会」(宮城県仙台)
・1877年(明治10)「勧業博覧会」(長崎県長崎)
・1877年(明治10)「第1回内国勧業博覧会」(東京府)
・1881年(明治14)「第2回内国勧業博覧会」(東京府)
・1885年(明治18)「第3回内国勧業博覧会」(京都府)
・1890年(明治23)「第4回内国勧業博覧会」(東京府)
・1897年(明治30)「水産博覧会」(兵庫県神戸市和田岬「和楽園水族館」)
・1903年(明治36)「第5回内国勧業博覧会」(東京府)
・1907年(明治40)「東京勧業博覧会」(東京府)
・1883年(明治15)~1910年(明治43)「関西府県連合共進会」(各地)
・1913年(大正2)「一府八県連合共進会」(富山県)
・1914年(大正3)3月20日~7月31日「東京大正博覧会」(東京府)
・1915年(大正4)「大典記念京都博覧会」(京都府)
・1918年(大正7)「開道五十年記念北海道博覧会」(北海道札幌区・小樽区)
・1918年(大正7)「電気博覧会」(東京府)
・1922年(大正11)「平和記念東京博覧会」(東京府)
・1924年(大正13)「東宮殿下御成婚奉祝万国博覧会参加50年記念博覧会」(京都府)
・1925年(大正14)「大大阪記念博覧会」(大阪府)
・1926年(大正15)「皇孫御誕生記念・こども博覧会」(東京都、京都府)
・1926年(大正15)「電気大博覧会」(大阪府)
・1926年(大正15)「新潟築港記念博覧会」(新潟県新潟市)
・1927年(昭和2)「東亜勧業博覧会」(福岡県)
・1928年(昭和3)4月15日~6月3日「東北産業博覧会」(宮城県仙台市)
・1928年(昭和3)「大日本勧業博覧会」(岡山県)
・1928年(昭和3)「全国産業博覧会」(香川県)
・1928年(昭和3)「大礼記念国産振興東京博覧会」(東京都)
・1928年(昭和3)「山梨電気博覧会」(山梨県)
・1928年(昭和3)「御大典奉祝名古屋博覧会」(愛知県名古屋市)
・1928年(昭和3)「大礼記念京都大博覧会」(京都府)
・1928年(昭和3)「大礼奉祝交通電気博覧会」(大阪府)
・1931年(昭和6)「国産振興北海道拓殖博覧会」(北海道札幌市)
・1931年(昭和6)「国産振興博覧会」(鹿児島県)
・1931年(昭和6)「上越線全通記念博覧会」(新潟県長岡市寺泊港水族館)
・1931年(昭和6)「小樽海港博覧会」(北海道)
・1933年(昭和8)「記念観光と産業博覧会」(奈良県)
・1934年(昭和9)「国際産業観光博覧会」(長崎県)
・1935年(昭和10)3月26日~5月24日「復興記念横浜大博覧会」(神奈川県横浜市)
・1935年(昭和10)「振興熊本大博覧会」(熊本県)
・1936年(昭和11)「国産振興四日市大博覧会」(三重県四日市市)
・1936年(昭和11)「全国産業博覧会」(静岡県浜松市)
・1936年(昭和11)「博多築港記念大博覧会」(福岡県福岡市)
・1936年(昭和11)「躍進日本大博覧会」(岐阜県)
・1936年(昭和11)「日満産業大博覧会」(富山県)
・1936年(昭和11)「輝く日本大博覧会」(兵庫県)
・1937年(昭和12)「名古屋汎太平洋平和博覧会」(愛知県名古屋市)
・1937年(昭和12)「別府国際温泉観光大博覧会」(大分県)
・1938年(昭和13)「東北振興大博覧会」(宮城県)
・1939年(昭和14)「興亜大博覧会」(愛知県名古屋市)
・1939年(昭和14)「興亜博覧会」(山形県)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1882年(明治15)上野公園に博物館(現在の東京国立博物館)が開館する詳細
上野公園に博物館附属動物園(上野動物園)が開館する詳細
1883年(明治16)自由民権運動への弾圧となる高田事件(新潟県)が起こる詳細
1935年(昭和10)日本画家速水御舟の命日詳細
1956年(昭和31)秋田県で第二次能代大火が起き、市街の三分の一となる1,475棟を焼失する詳細
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 今日は、大正時代の1920年(大正9)に、日本での第1回のメーデー(主催:大日本労働総同盟友愛会)が上野公園(現在の東京都台東区)で行われ、約1万人の労働者が集まった日です。
 メーデー(May Day)は、世界各地で毎年5月1日に行われてきた労働者の祭典で、労働者が団結して権利を要求する日とされてきました。その起源は、1884年(明治17)に、アメリカ全土の労働組合、各種団体が8時間労働制の要求を掲げ、毎年5月1日にゼネストを決行することを決定、その第1回行動を起したことに始るとされます。
 1889年(明治22)の第二インターナショナル創立大会で、これを記念して5月1日を労働運動の日に設定、翌年には第1回国際メーデーがヨーロッパ、アメリカの各工業都市で開催されました。日本では、1905年(明治38)に平民社主催で開催された茶話会がメーデーの先駆けとされますが、1920年(大正9)5月2日に、大日本労働総同盟友愛会主催で、東京の上野公園(現在の東京都台東区)で約1万人の労働者が集まって「八時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金法の制定」などを訴えたのが、第1回メーデーとされています。
 翌年からは5月1日開催となり、開催地や参加人数も増えていったものの、1935年(昭和10)の第16回メーデーが、戦前最後のメーデーとなりました。その後、1936年(昭和11)の2.26事件の影響で、3月19日付「集会及多種運動の取締方に関する件」により、メーデー開催が禁止され、第17回メーデー以降は中止されます。
 太平洋戦争後の1946年(昭和21)5月1日に、11年ぶりのメーデーが通算で17回大会として盛大に開かれ全国で100万人、東京の宮城前広場に50万人が集りました。しかし、1951年(昭和26)の第22回大会では、政府とGHQは中央メーデーの皇居前広場の使用を禁止、総評は中央メーデーを中止し、一方で統一メーデー促進会が芝公園で実質的な中央メーデーを開催、翌年の第23回大会では、皇居前広場へ向かおうとしたデモ隊の一部が警官隊と衝突し、流血の惨事となる「血のメーデー事件」も起きています。
 1989年(平成元)の第59回では、労働組合の全国中央組織の再編の影響もあって、統一メーデーの開催ができなくなり、日本労働組合総連合会(連合)と非連合系の全国労働組合総連合(全労連)や全国労働組合連絡協議会(全労協)による分裂開催となりました。

〇日本のメーデー関係略年表 

・1905年(明治38) 平民社の主催で開かれた茶話会がメーデーの先駆けと言われている
・1906年(明治39) 横浜曙会の吉田只次・村木源次郎・金子新太郎らがメーデーを記念し街頭演説する
・1917年(大正6)5月7日 在京社会主義者約30人がメーデー記念の集いを開催する
・1920年(大正9)5月2日 第1回のメーデー(主催:大日本労働総同盟友愛会 司会者:鈴木文治)が上野公園(現在の東京都台東区)で行われ、およそ1万人の労働者が「八時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金法の制定」などを訴える
・1921年(大正10) 第2回のメーデーからは5月1日となり、開催地や参加人数も増えていく
・1935年(昭和10) 第16回メーデーが開催され、戦前最後のメーデーとなる
・1936年(昭和11) 3月19日付「集会及多種運動の取締方に関する件」により、メーデー開催が禁止され、第17回メーデーは中止される
・1946年(昭和21)5月1日 11年ぶりのメーデーが通算で17回大会として盛大に開かれ全国で100万人、東京の宮城前広場に50万人が集まる
・1946年(昭和21)5月19日 「食糧メーデー」が25万人を集めて行われ、民主人民政府の樹立が決議される
・1951年(昭和26) 第22回大会では、政府とGHQは中央メーデーの皇居前広場の使用を禁止、総評は中央メーデーを中止し、一方で統一メーデー促進会が芝公園で実質的な中央メーデーを開催する
・1952年(昭和27) 第23回大会では、皇居前広場へ向かおうとしたデモ隊の一部が警官隊と衝突し、流血の惨事となる(血のメーデー事件)
・1984年(昭和59) 第54回大会では特別決議としてメーデーの祝日化要求が採択され
・1985年(昭和60) 第55回大会ではサブスローガンで「週40時間制」、前年の祝日化要求決議を引き継ぐ「太陽と緑の週」の法制化など、労働時間短縮(時短)の実現が掲げられる
・1989年(平成元) 第59回では統一メーデーの開催ができなくなり、日本労働組合総連合会(連合)と非連合系の全国労働組合総連合(全労連)や全国労働組合連絡協議会(全労協)による分裂開催となる
・2001年(平成13) 連合系は4月の最終土曜日や昭和の日などに「4月(April)にメーデー(May Day)」を行うようになり、一方で全労連や全労協のメーデーは5月1日開催を続ける

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

713年(和銅6)元明天皇が諸国に『風土記』の編纂を命じる(新暦5月30日)詳細
756年(天平勝宝8)聖武天皇の命日(新暦6月4日)詳細
1927年(昭和2)社会運動家・女性解放運動の先駆者福田英子の命日詳細
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