ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:三重塔

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 今日は、平安時代後期の1126年(大治元)に、中尊寺金堂・三重塔の落慶法会が行われた日ですが、新暦では4月18日となります。
 中尊寺(ちゅうそんじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある、天台宗東北大本山で、号は関山、本尊は釈迦如来です。寺伝によると、平安時代前期の850年(嘉祥3)に、円仁(慈覚大師)が関山し、弘台寿院を開創したのが始まりとされ、859年(貞観元)に清和天皇から「中尊寺」の額を賜ったと伝えられてきました。
 しかし、実質的には、平安時代後期の1105年(長治2)に、奥州藤原氏の初代・藤原清衡が、後三年の役の戦没者を弔うため、釈迦如来と多宝如来を安置する「多宝寺」を建立したのが中尊寺の創建と考えられています。その後、1124年(天治元)には、金色堂が建立され、奥州藤原氏三代の栄華を象徴し、そのミイラを収め、平安時代を代表する国宝建造物として知られてきました。
 鞘堂内の金色の堂宇と仏像はまばゆいばかりで、古代人の阿弥陀信仰が目に浮かぶようです。境内は、1979年(昭和54)に国の特別史跡に指定されました。
 尚、2011年(平成23)には、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」として世界遺産(文化遺産)に登録されています。

〇中尊寺関係略年表

・850年(嘉祥3) 比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁によって、弘台寿院が開創される
・859年(貞観元) 清和天皇から「中尊寺」の額を賜わる
・1105年(長治2) 奥州藤原氏の初代・藤原清衡が、後三年の役の戦没者を弔うため、釈迦如来と多宝如来を安置する「多宝寺」の建立に着手する
・1124年(天治元) 金色堂が建立される
・1126年(大治元) 中尊寺金堂・三重塔の落慶法会が行われる
・1189年(文治5) 源頼朝に攻められて、奥州藤原氏が滅亡する
・1337年(建武4) 火災で多くの堂塔、宝物を焼失する
・1654年(承応3) 仙台・仙岳院が別当寺となる
・1665年(寛文5) 江戸・寛永寺の末寺となる
・1897年(明治30) 金色堂が「古社寺保存法」によって、特別保護建造物に指定される
・1909年(明治42) 本堂が再建される
・1908年(明治41) 経蔵が「古社寺保存法」によって、特別保護建造物に指定される
・1950年(昭和25) 金色堂須弥壇に800年もの間、安置されていた藤原四代の遺体に対する学術調査が実施される
・1951年(昭和26) 金色堂が「文化財保護法」による国宝に指定される
・1958年(昭和33) 天台宗東北大本山の称号を許され天台宗総本山延暦寺より不滅の法灯を分火護持される
・1962年(昭和37) 金色堂の解体修理が開始される
・1968年(昭和43) 解体修理が完成し、金色堂が創建当時の輝きを取り戻すことになる
・1979年(昭和54) 境内が、国の特別史跡に指定される
・2003年(平成15) 白山神社能舞台が重要文化財に指定される
・2011年(平成23) 中尊寺を含む「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」が、世界遺産(文化遺産)に登録される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1185年(寿永4)壇ノ浦の戦いが行われ、平家一門が滅亡する(新暦4月25日)詳細
1847年(弘化4)信濃国で善光寺地震(推定マグニチュード7.4)が起き、甚大な被害をもたらす(新暦5月8日)詳細
1887年(明治20)砂防工学者・政治家赤木正雄の誕生日詳細
1891年(明治24)「度量衡法」(明治24年3月24日法律第3号)が公布される詳細
1928年(昭和3)東京の上野恩賜公園で、御大礼記念国産振興博覧会が開幕する詳細
1932年(昭和7)小説家梶井基次郎の命日詳細
1974年(昭和49)建築家吉田五十八の命日詳細
1983年(昭和58)千代田IC~鹿野ICの開通によって、中国自動車道(吹田~下関)が全通する詳細
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yakushiji001
 今日は、奈良時代の730年(天平2)に、奈良・薬師寺の三重塔(東塔)が建立されたとされる日ですが、新暦では4月20日となります。
 薬師寺(やくしじ)は、飛鳥時代の680年(天武天皇9)に天武天皇が、皇后の病気平癒を祈念して発願し、698年(文武天皇2)に藤原京に創建されたものです。しかし、710年(和銅3)の平城京遷都に伴い、718年(養老2)に現在地(奈良県奈良市西ノ京町)に移転されました。
 南都七大寺の一つであり、興福寺と共に法相宗の大本山でもあります。たびたびの火災などで諸堂を失いましたが、東塔は創建当時の遺構、東院堂は鎌倉時代の再建で、いずれも国宝に指定されています。境内にある薬師三尊像、聖観音菩薩立像、吉祥天画像、仏足石および仏足石歌碑も国宝になっていて、白鳳・天平文化を代表するものです。
 1976年(昭和51)に金堂、1980年(昭和55)に西塔、1984年(昭和59)に中門、2003年(平成15)に大講堂が再建され、薬師寺式伽藍配置がよみがえりました。また、1998年(平成10)に、「古都奈良の文化財」の一つとして、世界遺産(文化遺産)にも登録されています。

〇薬師寺関係略年表

・680年(天武天皇9) 天武天皇の発願により、飛鳥の藤原京の地に造営が開始される
・688年(持統天皇2) 無遮大会(かぎりなきおがみ)という行事が行われる
・698年(文武天皇2) 寺の造営がほぼ完成し、僧を住まわせる
・718年(養老2) 平城京の六条大路に面した右京六条二坊(現在地)に移転する
・730年(天平2) 東塔(国宝)が完成する
・973年(天禄4) 火災によって金堂、東塔、西塔を残し、講堂、僧坊、南大門など多くの建物が焼失する
・1285年(弘安8) 東院堂(国宝)が再建される
・1528年(享禄元) 興福寺の衆徒・筒井順興による兵火で、東塔や東院堂を残し全山焼失する
・1600年(慶長5) 金堂が郡山城主の増田長盛によって再建される
・1852年(嘉永5) 大講堂が再建される
・1968年(昭和43) 百万巻お写経勧進による白鳳伽藍復興事業が開始される
・1976年(昭和51) それまでの建物が移転され、金堂が再建される
・1981年(昭和56) 西塔が再建される
・1984年(昭和59) 中門が再建される
・1995年(平成7) 東西回廊の一部が再建される
・1998年(平成10) 「古都奈良の文化財」の一つとして、世界遺産(文化遺産)に登録される
・2003年(平成15) それまでの建物が解体され、大講堂が再建される
・2017年(平成29) 食堂(じきどう)が再建される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1401年(応永8)第101代の天皇とされる称光天皇の誕生日(新暦5月12日)詳細
1897年(明治30)金本位制の「貨幣法」が公布される詳細
1909年〈明治42〉文芸評論家・小説家・劇作家花田清輝の誕生日詳細
1911年(明治44)「工場法」が公布される詳細
1933年(昭和8)「米穀統制法」が公布される詳細
1939年(昭和14)詩人・建築家立原道造の命日詳細
1952年(昭和27)「文化財保護法」で、タンチョウ、トキ、オオサンショウウオ等が初の特別天然記念物に指定される詳細
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