
中尊寺(ちゅうそんじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある、天台宗東北大本山で、号は関山、本尊は釈迦如来です。寺伝によると、平安時代前期の850年(嘉祥3)に、円仁(慈覚大師)が関山し、弘台寿院を開創したのが始まりとされ、859年(貞観元)に清和天皇から「中尊寺」の額を賜ったと伝えられてきました。
しかし、実質的には、平安時代後期の1105年(長治2)に、奥州藤原氏の初代・藤原清衡が、後三年の役の戦没者を弔うため、釈迦如来と多宝如来を安置する「多宝寺」を建立したのが中尊寺の創建と考えられています。その後、1124年(天治元)には、金色堂が建立され、奥州藤原氏三代の栄華を象徴し、そのミイラを収め、平安時代を代表する国宝建造物として知られてきました。
鞘堂内の金色の堂宇と仏像はまばゆいばかりで、古代人の阿弥陀信仰が目に浮かぶようです。境内は、1979年(昭和54)に国の特別史跡に指定されました。
尚、2011年(平成23)には、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」として世界遺産(文化遺産)に登録されています。
しかし、実質的には、平安時代後期の1105年(長治2)に、奥州藤原氏の初代・藤原清衡が、後三年の役の戦没者を弔うため、釈迦如来と多宝如来を安置する「多宝寺」を建立したのが中尊寺の創建と考えられています。その後、1124年(天治元)には、金色堂が建立され、奥州藤原氏三代の栄華を象徴し、そのミイラを収め、平安時代を代表する国宝建造物として知られてきました。
鞘堂内の金色の堂宇と仏像はまばゆいばかりで、古代人の阿弥陀信仰が目に浮かぶようです。境内は、1979年(昭和54)に国の特別史跡に指定されました。
尚、2011年(平成23)には、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」として世界遺産(文化遺産)に登録されています。
〇中尊寺関係略年表
・850年(嘉祥3) 比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁によって、弘台寿院が開創される
・859年(貞観元) 清和天皇から「中尊寺」の額を賜わる
・1105年(長治2) 奥州藤原氏の初代・藤原清衡が、後三年の役の戦没者を弔うため、釈迦如来と多宝如来を安置する「多宝寺」の建立に着手する
・1124年(天治元) 金色堂が建立される
・1126年(大治元) 中尊寺金堂・三重塔の落慶法会が行われる
・1189年(文治5) 源頼朝に攻められて、奥州藤原氏が滅亡する
・1337年(建武4) 火災で多くの堂塔、宝物を焼失する
・1654年(承応3) 仙台・仙岳院が別当寺となる
・1665年(寛文5) 江戸・寛永寺の末寺となる
・1897年(明治30) 金色堂が「古社寺保存法」によって、特別保護建造物に指定される
・1909年(明治42) 本堂が再建される
・1908年(明治41) 経蔵が「古社寺保存法」によって、特別保護建造物に指定される
・1950年(昭和25) 金色堂須弥壇に800年もの間、安置されていた藤原四代の遺体に対する学術調査が実施される
・1951年(昭和26) 金色堂が「文化財保護法」による国宝に指定される
・1958年(昭和33) 天台宗東北大本山の称号を許され天台宗総本山延暦寺より不滅の法灯を分火護持される
・1962年(昭和37) 金色堂の解体修理が開始される
・1968年(昭和43) 解体修理が完成し、金色堂が創建当時の輝きを取り戻すことになる
・1979年(昭和54) 境内が、国の特別史跡に指定される
・2003年(平成15) 白山神社能舞台が重要文化財に指定される
・2011年(平成23) 中尊寺を含む「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」が、世界遺産(文化遺産)に登録される
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
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