
戦後の1946年(昭和21)に東京に戻り聖心女子学院に復学、1948年(昭和23)の夏には、箱根宮ノ下の富士屋ホテルに滞在してアルバイトまがいの手伝いをし、洗礼をうけました。1951年(昭和26)に、中河与一主宰の同人誌『ラマンチャ』(1951年5月号)に載った「裾野」が臼井吉見の目にとまり、第15次『新思潮』に加わり、在学中の1953年(昭和28)には、三浦朱門と結婚しています。
1954年(昭和29)に、聖心女子大学英文学科を卒業、『遠来の客たち』が芥川賞候補にあげられ出世作となり、『バビロンの処女市』、『海の御墓』などで注目を集めました。以後、次々に作品を発表し、1969年(昭和44)に『生贄の島』、1970年(昭和45)には、『誰のために愛するか』を刊行し、ベストセラーとなり、有吉佐和子と共に脚光を浴びます。
1972年(昭和47)に、NGO活動「海外邦人宣教者活動援助後援会」を開始し、1973年(昭和48)に、『太郎物語 高校編』、『太郎物語 大学編』を刊行、1979年(昭和54)には、ローマ教皇庁よりヴァチカン有功十字勲章を受章しました。1990年(平成2)に『天上の青』を刊行、1993年(平成5)に、日本芸術院恩賜賞を受賞、日本芸術院会員となり、1995年(平成7)には、日本財団の会長に就任(~2005年)します。
1997年(平成9)にNGO海外邦人宣教者活動援助後援会(JOMAS)代表として読売国際協力賞を受賞、2003年(平成15)には、文化功労者となりました。2009年(平成21)に、日本郵政社外取締役に就任、2010年(平成22)に『老いの才覚』を刊行、2012年(平成24)には、菊池寛賞を受賞しています。多彩な活動を展開してきましたが、2025年(令和7)2月28日に、東京都内の病院において、老衰のため、93歳で亡くなりました。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1062年(康平4) | 源頼義が安倍貞任を厨川の柵で破り、前九年の役が終結する(新暦10月22日) | 詳細 |
| 1867年(慶応3) | 俳人・歌人正岡子規の誕生日(新暦10月14日) | 詳細 |
| 1868年(明治元) | 日本初の洋式燈台である観音崎灯台が起工する(新暦11月1日) | 詳細 |
| 1894年(明治27) | 日清戦争で、日本軍連合艦隊と清国軍北洋艦隊が黄海海戦を戦い、日本軍が勝って制海権を獲得する | 詳細 |
| 1938年(昭和13) | 俳人村上鬼城の命日(鬼城忌) | 詳細 |
| 1945年(昭和20) | 枕崎台風が枕崎に上陸、日本を縦断し、死者・行方不明者3,758人が出る | 詳細 |
| 満蒙開拓団の中で、瑞穂村開拓団集団自決が起き、495人が亡くなる | 詳細 | |
| 1964年(昭和39) | 日本初の旅客用モノレールとなる東京モノレール(羽田空港~浜松町)が開業する | 詳細 |

