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 今日は、江戸時代中期の1708年(宝永5)に、イタリア人宣教師ジョバンニ・シドッチが屋久島に上陸したのを発見された日ですが、新暦では10月13日となります。
 ジョバンニ・シドッチ(じょぱんに・しどっち)は、イタリアのイエズス会宣教師で、キリシタン禁制下の日本に潜入した最後の宣教師です。江戸時代前期の1668年(寛文8)8月22日に、イタリアのシチリア島に生れました。
 特定の修道会に所属しない教区司祭で、ローマ教皇庁の法律顧問を務めていましたが、東アジアに派遣された宣教師らの報告によって日本における宣教師や現地の信徒(切支丹)の殉教を知り、日本への渡航を決意します。ローマ教皇クレメンス11世(在位1700~1721年)の命を受け、東洋にキリスト教伝道を企てて、1704年(宝永元)に、マニラに渡り日本語を習得しました。
 1708年(宝永5)8月にマニラから、シドッティのためだけに建造された船に乗り、鎖国下の日本へ出発、10月13日(旧暦8月29日)に、大隅国屋久島(現在の鹿児島県屋久島町)に上陸したのを発見され、ただちに捕らえられて長崎に送られます。長崎で1年ほど入牢の後、1709年(宝永6)秋に、江戸に送られて小石川のキリシタン屋敷に監禁されました。
 その後、新井白石はシドッチを尋問し、彼から得た世界情勢、天文、地理などの情報をもとに『西洋紀聞』、『采覧異言(さいらんいげん)』などを執筆し、鎖国下の世界知識の源となり、洋学の基となります。しかし、1715年(正徳4年10月21日)11月27日に、江戸小石川の切支丹屋敷において、46歳で牢死しました。

〇ジョバンニ・シドッチ関係略年表

・1668年(寛文8)8月22日 イタリアのシチリア島に生れる
・1704年(宝永元) マニラに渡り日本語を習得する
・1708年(宝永5)8月 マニラから、シドッティのためだけに建造された船に乗り、鎖国下の日本へ出発する
・1708年(宝永5)10月13日 大隅国屋久島(現在の鹿児島県)に上陸したのを発見される
・1709年(宝永6)秋 江戸に送られて小石川のキリシタン屋敷に監禁される
・1715年(正徳4年10月21日)11月27日 江戸小石川の切支丹屋敷において、46歳で牢死する

〇『西洋紀聞』(せいようきぶん)とは?

 江戸時代中期の1715年(正徳5)に成立した、新井白石著の西洋の研究書です。1708年(宝永5年8月29日)に、イタリア人宣教師ジョバンニ・シドッチが屋久島に上陸しましたが、すぐに捕えられて江戸に送られ、新井白石が訊問に当たって、この書を著述しました。
 全3巻で、上巻はシドッティ渡来の事情と訊問から獄死に至る経緯、中巻はシドッティが語った五大州の地理・歴史・風俗・物産および国内事情、下巻はキリスト教の教義と布教についてのシドッティの解説とそれへの白石の批判から成っています。秘本とされ、公刊されたのは1882年(明治15)ですが、1793年(寛政5)に、幕命により献上した後は、知識人の間に広まっていました。

☆新井白石(あらい はくせき)とは?

 江戸時代中期に活躍した儒学者・政治家です。江戸時代前期の1657年(明暦3年2月10日)に、上総久留里藩士新井正済と妻千代の子として江戸神田柳原に生まれましたが名は君美(きんみ)といいました。
 初め父正済と共に久留里藩主土屋利直に仕え、寵愛されましたが、1677年(延宝5)に土屋家の内争に連座して追放禁錮の処分を受けます。しかし、1679年(延宝7)土屋家の改易により禁錮が解け、1682年(天和2)に至り大老堀田正俊へ出仕しました。
 ところが、1684年(貞享元)堀田正俊が刺殺されたため、6年後の1691年(元禄4)には堀田家を辞去し、江戸城東に塾を開いて子弟の教育にあたります。1693年(元禄6)に、師木下順庵の推挙で、甲斐府中藩主徳川綱豊の侍講となりました。
 1709年(宝永6)に5代将軍綱吉の死によって、綱豊が6代将軍家宣となると、間部詮房とともに将軍を補佐し幕政に参画、7代家継も補佐します。その中で、朝鮮使節の待遇改革、金銀貨改良、長崎貿易制限、司法改革などをすすめて幕政の改善につとめ、「正徳の治」と言われました。
 8代将軍吉宗の就任にともない失脚して引退、その後は、著述活動に勤しみ、自伝『折たく柴の記』をはじめ、『読史余論』や『西洋紀聞』など多数の著書を著わしています。朱子学を基本として、歴史学、地理学、国語学、兵学など多方面に才能を発揮、漢詩人としても高く評価されましたが、1725年(享保10年5月19日)に、68歳で亡くなりました。

<新井白石の主要な著書>

・『藩翰譜 (はんかんぷ) 』 (1701年)
・『采覧異言』 (1708年)
・『読史余論』 (1712年)
・『采覧 (さいらん) 異言』 (1713年)
・『西洋紀聞』 (1715年)
・『古史通』 (1716年)
・『古史通或問』(1716年)
・『折たく柴の記』 (1716年起筆)
・『東雅』 (1719年)
・『南島志』 (1719年)
・『蝦夷志』(1720年)
・『東音譜』
・『同文通考』
・『白石詩草』
・『本朝軍器考』
・『白石手簡』
・『新井白石日記』
・『先哲像伝』

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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