ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:イエズス会

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 今日は、安土桃山時代の1584年(天正12)に、天正遣欧少年使節がポルトガルの首都リスボンに到着した日ですが、新暦では8月10日となります。
 天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしせつ)は、宣教師バリニャーノの勧めによって、九州のキリシタン大名大村純忠、有馬晴信、大友宗麟の名代としてローマ教皇のもとに派遣された少年使節団です。織田信長の晩年に来日したイエズス会日本巡察師アレッサンドロ・バリニャーノは、インド、ローマへの帰還に当たり、日本人少年をキリシタン大名の使節としてヨーロッパに派遣することを勧めました。
 島原半島の有馬のセミナリヨに学んでいた少年4名(14~15歳)が選ばれ、正使には大友宗麟の名代として伊東マンショ、有馬晴信と大村純忠の名代として千々石(ちぢわ)ミゲルとし、中浦ジュリアン、原マルチノ両人を副使に任じます。1582年(天正10年1月28日)に、長崎港を出帆し、中国のマカオ、インドのゴアを経由し、1584年(天正12年7月5日)にポルトガルの首都リスボンに到着、サン・ロッケ教会が宿舎となりました。
 その後、スペインのマドリード、イタリアのフィレンツェを経て、1585年(天正13年2月)にローマ入りしました。同年3月23日に、使節らはローマ教皇グレゴリウス13世に謁見し、ローマ市民権を与えられるなど大歓迎を受け、援助を得ることに成功します。それからは、北イタリアの旅を続け、スペイン、ポルトガルを経て、翌年2月25日にリスボンを出港し、帰途に着きました。
 1590年(天正18年6月20日)に使節団が帰国し、長崎港に到着します。前年には、大友宗麟、大村純忠が亡くなり、豊臣秀吉が「バテレン追放令」を発布するなどキリスト教に関する風向きが変わってきていました。
 しかし、翌年閏1月に一行はゴアから再来したバリニャーノとともに聚楽第で豊臣秀吉に謁見し、西洋音楽(ジョスカン・デ・プレの曲)を演奏しています。正副4使節はイエズス会に入りましたが、キリスト教に対する圧力が強まる中で、千々石ミゲルは棄教し、他の3名は司祭になったものの、伊東マンショは病死、中浦ジュリアンは殉教死、原マルティノは追放先のマカオで死去しました。
 この使節によって、ヨーロッパ・キリスト教世界に日本と日本人を知らしめた功績は大きく、彼らの持ち帰ったグーテンベルク印刷機によって、日本語書物の活版印刷が初めて行われ、キリシタン版と呼ばれています。

〇天正遣欧使節関係略年表

<1579年(天正7)>
・7月25日(新暦8月17日) アレッサンドロ・バリニャーノが口之津港へ来日する

<1581年(天正9)>
・2月23日(新暦3月27日) アレッサンドロ・バリニャーノとルイス・フロイスが織田信長に謁見する

<1582年(天正10)>
・1月28日(新暦2月20日) 天正遣欧使節が長崎港を出港する
・2月15日(新暦3月9日) マカオに到着し、風を待つ

<1583年(天正11)>
・11月7日(12月20日) マラッカ・コチンをへてインドのゴアに到着する

<1584年(天正12)>
・7月5日 (新暦8月10日) ポルトガルの首都リスボンに到着し、サン・ロッケ教会が宿舎となる
・10月23日(新暦11月25日) スペインの首都マドリードでスペイン国王フェリペ2世の歓待を受ける

<1585年(天正13)>
・1月30日(新暦3月1日) スペインのマヨルカ島を経由しイタリアのリヴォルノに到着、トスカーナ大公国に入る
・2月1日(新暦3月2日) ピサに到着し、ピサ宮殿にてトスカーナ大公フランチェスコ1世・デ・メディチに謁見する
・2月5日(新暦3月6日) カヴァリエーリ広場にあるサント・ステファノ・デイ・カヴァリエーリ教会にて聖ステファノ騎士団を見学する
・2月6日(新暦3月7日) フィレンツェに到着し、シニョーリア広場にあるヴェッキオ宮殿に宿泊する
・2月10日(新暦3月11日) フィレンツェ近郊にあるプラトリーノの別荘ヴィッラ・デミドフで過ごす
・2月22日(新暦3月23日) ローマでローマ教皇グレゴリウス13世に謁見し、ローマ市民権を与えられる
・4月2日(新暦5月1日) グレゴリウス13世の後を継いだシクストゥス5世の戴冠式に出席する
・5月6日(新暦6月3日) ローマを出発し、以後ヴェネツィア、ヴェローナ、ミラノなどの諸都市を訪問する

<1586年(天正14)>
・2月25日(新暦4月13日) ポルトガルのリスボンを出港し、帰途につく

<1587年(天正15)>
・4月23日(新暦5月29日) インドのゴアに到着し、ヴァリニャーノに再会、コレジオにおいて原マルティノの演説が行われる
・5月6日(新暦6月11日) 豊後において大友宗麟が死去する
・5月18日(新暦6月23日) 長崎で大村純忠が死去する
・6月19日(新暦7月24日) 豊臣秀吉が「バテレン追放令」を発布する

<1590年(天正18)>
・6月20日(新暦7月21日) 天正遣欧使節が帰国し、長崎港に到着する

<1591年(天正19)>
・閏1月8日(新暦3月3日) 聚楽第において豊臣秀吉を前に、西洋音楽(ジョスカン・デ・プレの曲)を演奏する

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1141年(建保3) 僧侶・臨済宗の開祖栄西の命日(新暦8月1日) 詳細
1590年(天正18) 北條氏直が小田原城を開城して豊臣秀吉に降伏し、秀吉の天下統一が完成する 詳細
1639年(寛永16) 江戸幕府が「寛永十六年七月令」(第五次鎖国令)を布告、ポルトガル船の入港を禁止(新暦8月5日) 詳細
1654年(承応3) 明の禅僧・隠元隆琦一行が長崎に到着する(新暦8月17日) 詳細
1881年(明治14) 岩倉具視の「岩倉具視の意見書ー憲法構想」が明治天皇へ上奏される 詳細
1947年(昭和22) 経済安定本部が「新価格体系の確立について」を発表する 詳細
1949年(昭和24) 下山事件が起こる 詳細
2008年(平成20) 東海北陸自動車道の飛驒清見IC~白川郷IC間開通(2車線)により、全線開通する 詳細
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 今日は、戦国時代の1549年(天文18)に、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸した日(キリスト教伝来)ですが、新暦では8月15日となります。
 フランシスコ・ザビエルは、以後2年間、九州・中国・近畿の各地で伝道しました。その後キリスト教は、大内義隆や大内義鎮などの保護もあって、機内や九州北部を中心に広がりました。
 各地に南蛮寺(教会堂)やコレジオ(宣教師学校)、セミナリオ(神学校)なども建てられ、高山右近などのキリシタン大名(洗礼を受けた大名)も登場して、天正遣欧使節も送られたりします。
 しかし、豊臣秀吉により、1587年(天正15)にバテレン追放令が出されるなどして、次第にキリシタン弾圧が始まりました。
 江戸時代になると、1612年(慶長17)に幕府直轄領に禁教令が出され、翌年には全国に及ぶようになり、この後は、宣教師や信者の処刑や海外追放などの激しい迫害が始まります。
 九州の天草・島原地方を旅すると、キリシタン関係の遺跡に巡り会いますが、島原の乱(1637-1638年)で幕府軍と戦い、全滅した原城跡をはじめ、過酷なキリシタン弾圧の数々がありました。
 しかし、その一方で密かに裏に隠れ、江戸時代を通じ、脈々と伝えられてきた隠れキリシタンの事実も存在します。
 そこに、民衆の抵抗力の強さと継続がありました。この地方では、現在集落の中心にキリスト教会堂がそびえ、何百年も受け継がれてきた信仰のシンボルとして、今でも多くの村人の尊崇を集めているのです。
 尚、これらの一部が、2018年(平成30)6月13日に、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として、世界文化遺産に登録されました。長崎県長崎市、佐世保市、平戸市、南島原市、北松浦郡小値賀町、南松浦郡新上五島町、五島市、熊本県天草市に点在する、城跡・集落・教会建築などの江戸期潜伏キリシタン(切支丹)関連の12の歴史資産によって構成されています。

〇フランシスコ・ザビエルとは?

 戦国時代に日本へ初めてキリスト教を伝えたスペインの宣教師です。1506年に、ナバラ王国(1515年スペインに併合)ザビエルの名門貴族の家に生まれました。
 19歳のとき、パリ大学の聖バルバラ学院に学び、1534年に、イグナチウス・デ・ロヨラらとともにイエズス会をおこすのです。1537年には司祭となり、1540年にポルトガル王ジョアン3世の依頼でインドのゴアに派遣されました。
 1545年から47年にかけて、マラッカからモルッカ諸島まで布教に従事し、マラッカで会った日本人アンジローの案内で、1549年(天文18)鹿児島へ来航することになります。
 これが、日本へのキリスト教伝来の最初となり、以後2年間、九州・中国・近畿の各地で伝道しました。
 その後、インドに戻り、さらに中国への伝道の途次、広東付近の上川島で、1552年に46歳で亡くなりなったのです。1622年には、カトリック教会の聖人の位に列せられました。

☆世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成要素一覧

<長崎県>
・長崎市の大浦天主堂:国宝
・長崎市外海の出津集落:重要文化財出津教会堂と旧出津救助院を含む
・長崎市外海の大野集落:重要文化財大野教会堂を含む
・南島原市の原城跡:国指定史跡
・佐世保市の黒島の集落:重要文化財黒島天主堂を含む
・平戸市平戸島の聖地と集落=安満岳と春日集落
・平戸市平戸島の聖地と集落=中江ノ島
・北松浦郡小値賀町野崎島の集落跡:野首集落跡・舟森集落跡および両集落を結ぶ信仰の道、旧野首教会堂を含む
・南松浦郡新上五島町頭ヶ島の集落:重要文化財頭ヶ島天主堂を含む
・五島市久賀島の集落:重要文化財旧五輪教会堂を含む
・五島市奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺):重要文化財江上天主堂を含む

<熊本県>
・天草市天草の﨑津集落
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