これは、 江戸幕府が出した外国船追放令で、理由に関係なく外国船を打ち払えと命じたもので、「無二念打払令」または「文政の打払令」ともいいます。
江戸幕府は、1806年(文化3)に漂流船には薪水を給与すると同時に、江戸湾ならびに全国の沿岸の警備を強化することを諸大名に命じていました。
しかし、1808年(文化5)にフェートン号事件が起こり、日本近海にイギリスとアメリカの捕鯨船が頻繁に出没し始め、さらに1818年 (文政元) 、イギリス人 G.ゴルドンが直接浦賀に来航して貿易を要求したり、1824年(文政7)には常陸、薩摩などで外国船員が上陸するという事態も起こったのです。
そこで、1825年(文政8)に、これによって、日本の沿岸に近づく外国船に対し、無差別に砲撃を加えて撃退することを命じました。
そして、1837年(天保8)にアメリカ船モリソン号が浦賀に入港した際に砲撃を加えたりしたのです。しかし、1842年(天保13)にアヘン戦争で清がイギリスに敗れて開国を強制させられた情報が伝わると、急いで水野忠邦らがこれについて評議した末、老中真田幸貫の意見を容れて、同年にこれを廃止し、.元の薪水供給令に戻りました。
〇異国船打払令 (全文) 1825年(文政8年2月18日)
異国船打払令
文政八酉年二月十八日
異国船[1]渡来の節取計方[2]、前々より数度仰出されこれ有り、をろしや船[3]の儀に付いては、文化の度改めて相触れ候[4]次第も候処、いきりすの船[5]、先年長崎において狼籍[6]に及び、近年は所々[7]へ小船にて乗寄せ、薪水食糧を乞ひ、去年[8]に至り候ては猥りに上陸致し、或いは迴船の米穀島方の野牛等奪取候段、追々横行の振舞[9]、其上邪宗門[10]に勧入れ候致方も相聞え、旁捨置れ難き事に候。一体いきりすに限らず、南蛮[11]・西洋の儀は御制禁邪教の国に候間、以来何れの浦方[12]におゐても異国船乗寄候を見請候はゞ、其所に有合候人夫を以て有無に及ばず[13]一図[14]に打払い、迯延候はゞ追船等差出に及ばず、其侭に差置き、若し押して上陸致し候はば、搦捕又は打留候ても苦しからず候。本船近寄り居り候はば、打潰し候共、是又時宜次第取計らるべき旨、浦方末々の者迄申含み、追て其段相届け候様、改て仰出され候間、其意を得、浦浦手立の儀は土地相応、実用専一に心掛け、手重過ぎ申さざる様、又怠慢もこれ無く、永続致すべき便宜を考へ、銘々存分に申付けらるべく候。
尤唐[15]・朝鮮・琉球などは船形人物も相分るべく候得共、阿蘭陀船は見分けも相成かね申すべく、右等の船万一見損い、打誤り候共、御察度[16]は之有間敷候間、二念無く[17]打払いを心掛け、図を失わざる様[18]取計らい候処、専用の事に候条、油断無く申付けらるべく候。
『御触書寛保集成』より
*縦書きの原文を横書きに改め、句読点を付してあります。
【注釈】
[1]異国船:いこくせん=外国船(オランダ、中国、朝鮮、琉球のものは除く)
[2]取計方:とりはからいかた=取り扱う方法。
[3]をろしあ船:おろしあせん=ロシア船。
[4]文化の度改めて相触れ候:ぶんかのどあらためてあいふれそうろう=1806年(文化3)の文化の撫恤令のこと。
[5]いきりすの船:いぎりすのふね=イギリス船。
[6]長崎において狼藉:ながさきにおいてろうぜき=1808年(文化5)のフェートン号事件のこと。⇒詳細
[7]所々:しょしょ=イギリス船がしばしば浦賀、長崎、琉球に来航したことを指す。
[8]去年:きょねん=1824年(文政7)に、イギリス捕鯨船が常陸大津浜や薩摩国宝島に上陸したことを指す。
[9]追々横行の振舞:おいおいおうこうのふるまい=だんだん勝手な行動がひどくなり。
[10]邪宗門:じゃしゅうもん=キリスト教のこと。
[11]南蛮:なんばん=ポルトガル、イスパニアを指す。
[12]浦方:うらかた=海辺の村。
[13]有無に及ばず:うむにおよばず=迷わず。
[14]一図:いちず=ひたすらに。ただちに。軍事や飢餓対策などのために、幕府が備蓄した金のこと。
[15]唐:から=中国のことで、当時は清国。
[16]御察度:ごさっと=非難すること。違法を咎めること。
[17]二念無く:にねんなく=迷うことなく。考えることなく。
[18]図を失はざる様:ずをうしなわざるよう=時期を逃さぬよう。
<現代語訳>
異国船打払令
外国船が渡来した時の取扱う方法は、これまでに数回通達されているロシア船については、1806年(文化3)の文化の撫恤令の通りであるが、イギリス船も先年長崎で狼藉を行い(1808年(文化5)のフェートン号事件のこと)、最近では所々へ小船でやってきては薪水、食糧を要求し、昨年はみだりに上陸して、廻船の米穀や島の牛を奪う等だんだん勝手な行動がひどくなり、その上キリスト教を勧める等があり、いずれにしても放置しておくわけには行かない。
もともとイギリスに限らず、ポルトガル、イスパニアなど西洋の国々は日本で禁止されているキリスト教の国であるので、今後はどこの海辺の村でも、外国船が近付いたら、その場に居合わせた者達で迷わず打払い、逃げた場合は船を出して追う必要なくそのままで良い。もし強硬に上陸してきたならば捕縛しても打ち殺しても構わない。本船が近寄ってきたならば、打ち壊すにしても何にしても臨機応変に実行すべきであるということを末端まで相談し、おってその事を届ける様に改めて通達する。その趣旨を理解して、それぞれの海岸をその土地の状況に応じて、実際に役立つよう守り、過度にならず怠慢にならないように継続可能な体制をとる様に言い渡す事である。
もっとも中国・朝鮮・琉球などは船の形、人物などの見分けも付くが、オランダ船は見分けがつきにくく、これらの船を万一見誤ったりしても咎めはないので、迷うことなく打払いを心掛け、時機を逃さないようにする事が重要であるので、油断することがないように言い渡す事である。