ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

カテゴリ: 自然災害

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 今日は、平成時代の1991年(平成3)に、雲仙普賢岳1990年噴火に関係して大規模火砕流が発生し、島原市で死者36人、行方不明4人を出した日です。
 雲仙普賢岳1990年噴火(うんぜんふげんだけ1990ねんふんか)は、平成時代の1990年(平成2)に、長崎県の雲仙普賢岳で、198年ぶりに起きた噴火で、1996年(平成8)まで続きました。雲仙普賢岳は、長崎県島原半島にある活火山で、雲仙火山群およびその中央部を占める雲仙岳の主峰(標高1,359m)とされ、妙見岳(1,333m)、国見岳(1,347m)、九千部岳(標高1,062m)、絹笠山など多くの山体を総称して雲仙岳と呼ばれています。
 198年ぶりで、平成時代の1990年(平成2)11月17日から水蒸気爆発が始まり、翌年5月20日に溶岩の噴出が始まりました。溶岩は流動性の悪いデイサイト質で、火口付近に溶岩ドームを形成し、それが崩壊して火砕流が頻発するようになり、同年6月3日には火口から東側に4km流下し、報道関係者、外国人火山学者など43人の命を奪う惨事となり、数千世帯が避難を余儀なくされます。
 火砕流は普賢岳の北東側、北側にも発生し、1993年(平成5)6月にも死者1人を出しましたが、溶岩は1995年(平成7)2月半ばに噴出を停止、翌年6月3日に噴火終息宣言が出されました。この噴火により、山頂付近に溶岩円頂丘(標高1,488m)が形成され、島原市と小浜町が 1996年平成新山と名づけ、雲仙岳の新たな最高峰となります。

〇雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)とは?

 長崎県島原半島にある活火山で、雲仙火山群およびその中央部を占める雲仙岳の主峰(標高1,359m)とされてきました。妙見岳(1,333m)、国見岳(1,347m)、九千部岳(標高1,062m)、絹笠山など多くの山体を総称して雲仙岳と呼ばれています。
 雲仙岳は、デイサイトと安山岩からなる複合火山で、約50万年前に活動を開始し、前期には火砕流やマグマ水蒸気爆発を中心とする噴火がおき、その後、溶岩流や溶岩円頂丘(溶岩ドーム)を中心とする噴火活動に移行しました。近世になって、江戸時代前期の1663年(寛文3)に噴火し、再び起きた1792年(寛政4)の噴火では、山崩れ・大津波により死者約1万5000名を数える、有史以来日本最大といわれる火山災害も起きています。
 その後小康状態を保っていたものの、198年ぶりで、1990年(平成2)11月17日から水蒸気爆発が始まり、翌年5月20日に溶岩の噴出が始まりました。溶岩は流動性の悪いデイサイト質で、火口付近に溶岩ドームを形成し、それが崩壊して火砕流が頻発するようになり、同年6月3日には火口から東側に4km流下し、報道関係者、外国人火山学者など43人の命を奪う惨事となり、数千世帯が避難を余儀なくされます。
 火砕流は普賢岳の北東側、北側にも発生し、1993年(平成5)6月にも死者1人を出しましたが、溶岩は1995年(平成7)2月半ばに噴出を停止、翌年6月3日に噴火終息宣言が出されました。この噴火により、山頂付近に溶岩円頂丘(標高1,488m)が形成され、島原市と小浜町が 1996年平成新山と名づけ、雲仙岳の新たな最高峰となります。
 雲仙岳は、「温泉(うんぜん)岳」とも書き、また「肥前風土記」には「高来峰(たかぎみね)」とも記されていました。温泉の存在は古くから知られていましたが、江戸時代に雲仙温泉古湯が開湯され、明治時代には、外国人向け保養地として新湯が開発されます。
 風光明媚で、春のツツジ(ミヤマキリシマ)、冬の霧氷などで知られ、1934年(昭和9)3月には、日本最初の国立公園の一つに指定されました。国見岳から九千部岳の山腹を経て田代原にいたる観光道路が建設され、妙見岳には仁田峠からロープウェーが架設され、キャンプ場、ゴルフ場なども出来、「温泉岳」として国の特別名勝にも指定されて、多くの観光客を迎え入れています。
 尚、2009年(平成21)には、普賢岳を含む島原半島全体が「島原半島ジオパーク」として世界ジオパークに認定されました。

〇「活火山」とは?

 活動的で近い将来噴火を起こす可能性のある火山のことですが、日本では、おおむね過去1万年以内に噴火した記録があるか、現在活発な噴気活動のある火山とされています。
 火山噴火予知連絡会によって、(1)過去1万年間の噴火の頻度、規模、爆発性などを定量化した1万年活動度指数、(2)過去100年間の観測データに基づく100年活動度指数。の2つの尺度が決められ、これによって、活火山はA・B・Cの3段階に分類されました。(ただし、海底火山と北方領土の火山は、データ不足のため評価の対象外)2017年(平成29)7月現在、Aランク(最も活動度が高い)の火山は13、Bランク(活動度は中程度)は36、Cランク(活動度は最も低い)の火山は38、対象外の火山は23で、合計110となっています。

☆日本の活火山一覧(火山噴火予知連絡会、活動度による分類)

<北海道>
・十勝岳(北海道)ランクA
・樽前山(北海道)ランクA
・有珠山(北海道)ランクA
・北海道駒ケ岳(北海道)ランクA
・浅間山(長野県・群馬県)ランクA
・知床硫黄山(北海道)ランクB
・羅臼岳(北海道)ランクB
・摩周(北海道)ランクB
・雌阿寒岳(北海道)ランクB
・恵山(北海道)ランクB
・渡島大島(北海道)ランクB
・アトサヌプリ(北海道)ランクC
・丸山(北海道)ランクC
・大雪山(北海道)ランクC
・利尻山(北海道)ランクC
・恵庭岳(北海道)ランクC
・倶多楽(北海道)ランクC
・羊蹄山(北海道)ランクC
・ニセコ(北海道)ランクC

<東北>
・岩木山(青森県)ランクB
・十和田(青森県・秋田県)ランクB
・恐山(青森県)ランクC
・八甲田山(青森県)ランクC
・秋田焼山(秋田県)ランクB
・岩手山(岩手県)ランクB
・八幡平(岩手県・秋田県)ランクC
・秋田駒ヶ岳(秋田県)ランクB
・鳥海山(秋田県・山形県)ランクB
・栗駒山(宮城県)ランクB
・蔵王山(宮城県・山形県)ランクB
・鳴子(宮城県)ランクC
・肘折(山形県)ランクC
・吾妻山(福島県)ランクB
・安達太良山(福島県)ランクB
・磐梯山(福島県)ランクB
・沼沢(福島県)ランクC
・燧ヶ岳(福島県)ランクC

<関東>
・那須岳(栃木県)ランクB
・高原山(栃木県)ランクC
・男体山(栃木県)ランクC
・日光白根山(栃木県・群馬県)ランクC
・榛名山(群馬県)ランクB
・草津白根山(群馬県)ランクB
・赤城山(群馬県)ランクC
・伊豆大島(東京都)ランクA
・三宅島(東京都)ランクA
・伊豆鳥島(東京都)ランクA
・神津島(東京都)ランクB
・西之島(東京都)ランクB
・硫黄島(東京都)ランクB
・新島(東京都)ランクB
・利島(東京都)ランクC
・御蔵島(東京都)ランクC
・八丈島(東京都)ランクC
・青ヶ島(東京都)ランクC
・箱根山(神奈川県)ランクB

<中部>
・新潟焼山(新潟県)ランクB
・妙高山(新潟県)ランクC
・横岳(長野県)ランクC
・焼岳(長野県・岐阜県)ランクB
・御嶽山(長野県・岐阜県)ランクB
・乗鞍岳(長野県・岐阜県)ランクC
・アカンダナ山(岐阜県)ランクC
・白山(福井県・岐阜県)ランクC
・弥陀ヶ原(富山県)ランクC
・富士山(静岡県・山梨県)ランクB
・伊豆東部火山群(静岡県)ランクB

<中国>
・三瓶山(島根県)ランクC
・阿武火山群(山口県)ランクC

<九州>
・雲仙岳(長崎県)ランクA
・福江火山群(長崎県)ランクC
・阿蘇山(熊本県)ランクA
・九重山(大分県)ランクB
・鶴見岳・伽藍岳(大分県)ランクB
・由布岳(大分県)ランクC
・霧島山(鹿児島県・宮崎県)ランクB
・桜島(鹿児島県)ランクA
・薩摩硫黄島(鹿児島県)ランクA
・諏訪之瀬島(鹿児島県)ランクA 
・米丸・住吉池(鹿児島県)ランクC
・池田・山川(鹿児島県)ランクC
・開聞岳(鹿児島県)ランクC
・中之島(鹿児島県)ランクB
・硫黄鳥島(鹿児島県)ランクB
・口之島(鹿児島県)ランクC
・口永良部島(鹿児島県)ランクB

A:100年活動度または1万年活動度が特に高い活火山
B:100年活動度または1万年活動度が高い活火山
C:100年活動度および1万年活動度がともに低い活火山
注:上記以外にデータ不足で対象外となっている北方領土や海底の火山があります 

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1853年(嘉永6)ペリー提督率いるアメリカの東インド艦隊艦船4隻が浦賀沖に来航(黒船来航)する(新暦7月8日)詳細
1872年(明治5)歌人・国文学者佐佐木信綱の誕生日(新暦7月8日)詳細
1900年(明治33)詩人・映画評論家北川冬彦の誕生日詳細
1910年(明治43)桂太郎内閣で「韓国ニ対スル施政方針」を閣議決定し、韓国併合後の朝鮮に対する施政方針を示す詳細
1932年(昭和7)小津安二郎監督の映画「大人の見る絵本 生れてはみたけれど」が封切られる詳細
1949年(昭和24) 「測量法」が制定・公布される(測量の日)詳細
劇作家・小説家・俳人佐藤紅緑の命日詳細
1950年(昭和25)「人民広場事件」において、占領軍の軍事裁判で、逮捕者に重労働10年などの有罪判決が下される詳細
1954年(昭和29)「学校給食法」(昭和29年法律第160号)が公布・施行される詳細
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 今日は、昭和時代後期の1967年(昭和42)に、新潟県、山形県を襲った羽越豪雨が始まった日です。
 羽越豪雨(うえつごうう)は、1967年(昭和42年)8月26日から8月29日にかけて、新潟県、山形県中心に発生した集中豪雨で、羽越水害とも呼ばれ、被災地域では8・28水害などその大きな被害の出た日付を冠して呼ばれました。
 当時、日本付近に前線があり、この前線上を進む低気圧が8月27日と29日に東北地方を通過、この地方の日本海側や新潟県の北部で強い雨が断続的に降ります。これにより、26日から29日にかけての期間降水量は、新潟県の下越地方や山形県の南西部では200mmを越え、新潟県黒川村の胎内川第一ダムでは、748mmを観測しました。
 この地域を水源とする最上川、三面川(みおもてがわ)、荒川、胎内川、加治川に過去最悪の水害をもたらし、各地で河川の氾濫、土砂災害が発生します。この結果、「消防白書」発表では、死者83名、行方不明者55名、住宅全壊449棟、住宅半壊408棟が出たとしていますが、NHK資料では、死者146名、全半壊2,594戸、床上・床下浸水69,424戸の被害が出たとバラツキがあるものの、未曾有の災害となり、被害総額は現在の貨幣価値で約4,000億円となりました。
 この後、治水対策の根本が見直され、荒川が一級河川に指定された他、多くの河川で多目的ダム、治水ダムが建設されています。

〇日本の昭和時代以降の顕著な集中豪雨被害(死者・行方不明者100名以上)

・1938年(昭和13)7月3日~5日 阪神大水害(兵庫県)死者715名
・1953年(昭和28)6月25日~29日 昭和28年西日本水害(福岡県・佐賀県・熊本県・大分県)死者759名、行方不明者242名、浸水家屋45万棟以上
・1953年(昭和28)7月17日・18日 紀州大水害(和歌山県)死者・行方不明者1,046名
・1957年(昭和32)7月25日~28日 諫早豪雨(長崎県)死者856名、不明136名、負傷3,860名、浸水72,565m。
・1962年(昭和37)7月1日~8日 昭和37年・梅雨前線による大雨(佐賀県)死者110名、行方不明者17名
・1964年(昭和39)7月17日~20日 昭和39年7月山陰北陸豪雨(島根県)死者114名、行方不明者18名
・1967年(昭和42)8月26日~29日 羽越豪雨(新潟県・山形県)死者83名、行方不明者55名、被害総額は現在の貨幣価値で約4,000億円
・1968年(昭和43)8月17日 飛騨川豪雨(岐阜県)土砂崩れにより飛騨川に観光バス2台が転落し、死者104名
・1972年(昭和47)7月3日~15日 昭和47年7月豪雨(高知県・熊本県・愛知県・岐阜県・神奈川県)死者421名、行方不明者26名、負傷者1,056名
・1982年(昭和57)7月23日 昭和57年7月豪雨(長崎県)死者300名以上
・1983年(昭和58)7月23日 昭和58年7月豪雨(山口県・島根県)死者100名以上
・2018年(平成30)6月28日~7月8日 平成30年7月豪雨(中国地方・四国地方・九州地方北部・近畿地方・東海地方)死者200名以上(平成時代以降最悪)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

887年(仁和3)第58代天皇とされる光孝天皇の命日(新暦9月17日)詳細
1617年(元和3)第107代の天皇とされる後陽成天皇の命日(新暦9月25日)詳細
1896年(明治29)北海道函館区の明治29年箱館大火「テコ婆火事」で、2,280戸が焼失する詳細
1931年(昭和6)官僚・政治家・総理大臣濱口雄幸の命日詳細
1945年(昭和20)占領軍用の慰安施設のために、特殊慰安施設協会(RAA)が設立される詳細
1950年(昭和25)黒澤明監督の映画『羅生門』が封切りされる詳細
1988年(昭和63)奈良そごう建設予定地で大量の木簡が発見され、長屋王邸跡であることが判明する詳細
1993年(平成5)東京港連絡橋(レインボーブリッジ)が開通する詳細
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 今日は、昭和時代中期の1963年(昭和38)に、強い寒気の南下により北陸を中心に日本海側で猛烈な降雪があり、三八豪雪が本格化した日です。
 三八豪雪[昭和38年1月豪雪](さんぱちごうせつ)は、昭和時代中期の1963年(昭和38)1月~2月初めごろに日本各地で被害が出た豪雪です。この年は、前年の暮れ頃から大雪の傾向にありましたが、1月5日頃より秋田沖で猛烈に発達した低気圧によって、強い冬型の気圧配置が続く中で、2月初めごろまで、北陸地方を中心に東北地方から九州にかけての広い範囲で降雪が続き、記録的な豪雪となりました。
 特に、日本海側平野部の広い範囲で未曾有の大雪に見舞われ、福井市で213㎝(1位)、金沢市で181㎝(1位)、富山市で186㎝(2位)、高岡市で225㎝(1位)、長岡市で318㎝(2位)、三条市で245㎝(1位)に達します。これに対する除雪が追い付かず、鉄道や道路も寸断され、孤立する集落が多数出て、雪の重みによる住家や施設の倒壊も相次ぎ、学校の休校も長期に及びました。
 その中で、北陸管内の鉄道は麻痺状態となり、長距離列車は半月余り運休が続き、一番遅延したのは、23日に新潟を出た急行「越後号」で、東三条、押切、長岡で5日4晩、100余時間かかって27日にようやく上野駅に到着よるという状況となります。また、雪崩や融雪による洪水も発生し、「消防白書」によると、死者228名、行方不明者3名、負傷者356名、住家全壊753棟、半壊982棟、床上浸水640棟、床下浸水6,338棟などの被害が出たとされています。
 この豪雪について、1963年(昭和38)2月12日に気象庁は「昭和38年1月豪雪」と命名しましたが、一般には、「三八豪雪」と呼ばれるようになりました。

〇三八豪雪[昭和38年1月豪雪]関係略年表

<1963年(昭和38)>
・1月5日 秋田沖で猛烈に発達した低気圧により各地で豪雪の被害の端緒となる
・1月23日 強い寒気の南下により北陸を中心に日本海側で猛烈な降雪があり、豪雪が本格化する
・1月24日 信越本線 新津~長岡間全面運休が始まる
・1月28日 信越本線 新津~長岡間全面運休が解除される

<1963年(昭和38)>
・2月12日 気象庁は1963年(昭和38)の豪雪を「昭和38年1月豪雪」と命名する

〇三八豪雪[昭和38年1月豪雪]による最深積雪量

(福井県)
・福井気象台[福井市] 213cm(1月31日・都道府県庁所在地の最深積雪記録)
・今立町[現在の越前市] 315cm(1月31日)
・敦賀市 154cm(2月1日)
(石川県)
・金沢市 181cm(1月27日)
(富山県)
・富山市 186cm(1月26日)
・高岡市伏木 225cm(1月27日)
(新潟県)
・長岡市 318cm(1月30日)
・三条市 245cm(1月31日)
(鳥取県)
・米子市 80cm(2月4日)
・境港市 94cm(2月2日)
(大分県)
・日田市 39cm(1月9日)
(長崎県)
・長崎市 15cm(1月25日)
・福江市(現・五島市) 43cm
(熊本県)
・阿蘇山 123cm(2月4日)
牛深市(現・天草市) 29cm(1月26日)
人吉市 27cm(1月24日)
(鹿児島県)
・阿久根市 38cm(1月25日)
・枕崎市 26cm(1月25日)

☆豪雪とは?

 比較的短い時間に多量に降る雪のことで、「大雪(おおゆき)」よりもさらに多量のものをいう場合が多いとされます。多雪地帯では、一晩で1m以上の降雪がおおむね豪雪の目安とされていますが、雪国では、これを「ドカ雪」と呼びならわしてきました。また、積雪の多い地帯を豪雪地帯といいいますが、「豪雪地帯対策特別措置法」(1962制定)によると、積雪積算値(毎日の積雪の値をひと冬にわたって積算した値)が5,000cm/日以上の地帯ということになります。

☆昭和時代以降の記録的豪雪

・1927年(昭和2)の豪雪
・1945年(昭和20)の豪雪
・1963年(昭和38)の「昭和38年1月豪雪」(通称:三八豪雪)
・1981年(昭和56)の豪雪(通称:五六豪雪)
・2006年(平成18)の「平成18年豪雪」(通称:〇六豪雪・一八豪雪)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1570年(永禄13)織田信長が「殿中御掟」追加5か条を室町幕府第15代将軍足利義昭に示す(新暦2月27日)詳細
1657年(明暦3)江戸時代前期の朱子学派の儒学者林羅山の命日(新暦3月7日)詳細
1890年(明治23)教育者・キリスト教指導者新島襄の命日詳細
1914年(大正3)第31帝国議会で島田三郎議員がシーメンス社の日本海軍への贈賄を追及する(シーメンス事件)詳細
1928年(昭和3)「日ソ基本条約」の規定に従って、ソ連のモスクワにおいて、「日ソ漁業条約」が締結される詳細
1933年(昭和8)日本の社会主義運動の先駆者・政治家・著述家堺利彦の命日詳細
1993年(平成5)演劇評論家・小説家・随筆家戸板康二の命日詳細
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 今日は、江戸時代後期の1854年(嘉永7)に、豊予海峡地震(マグニチュード7.4)が起き、大きな被害が出た日ですが、新暦では12月26日となります。
 豊予海峡地震(ほうよかいきょうじしん)は、江戸時代後期の1854年(嘉永7年11月7日)午前9~10時頃に起きた、豊予海峡を震源として発生した地震(マグニチュード7.4)で、豊予地震、豊予大地震とも呼ばれています。この地震の直前の11月4日に、安政東海地震(マグニチュード8.4)、11月5日には、安政南海地震(マグニチュード8.4)と巨大地震が相次いで発生していました。
 2日前に発生の安政南海地震と被害地域が重複するため、記録された被害はいずれの地震によるものか区別困難であるものの、『震動記』では、豊後国鶴崎で100棟の家屋が倒壊、別府では200軒、府内では400軒余潰家となり死者数は不明としています。伊予の吉田の『赤松家文書』、宇和島の『地震海溢記』、豊後の佐伯の『御用日記』、延岡の『日記』、豊前小倉の『鈴木大雑集』では、11月5日の地震(安政南海地震)よりも一層烈しいものであったと記録されました。
 安政東海地震と安政南海地震の2つの地震を機に元号が「安政」に改められたので、安政大地震とも総称され、11月7日の豊予海峡地震(マグニチュード7.4)、翌安政2年2月1日の飛騨地震(マグニチュード6.8)、10月2日の安政江戸地震(マグニチュード6.9~7.4)、安政3年7月23日の安政八戸沖地震(マグニチュード7.8~8.0)、安政4年8月25日の伊予大震(マグニチュード7.3)、安政5年2月26日の飛越地震(マグニチュード7.0~7.1)などの大きな地震が続き、これらを含めて「安政の大地震」とも呼ばれています。

〇一連の「安政の大地震」(日付は旧暦です)

・1854年(嘉永7)6月15日- 伊賀上野地震(マグニチュード7.0)
・1854年(嘉永7)11月4日- 安政東海地震(マグニチュード8.4)
・1854年(嘉永7)11月5日- 安政南海地震(マグニチュード8.4)
・1854年(嘉永7)11月7日- 豊予海峡地震(マグニチュード7.4)
・1855年(安政2)2月1日- 飛騨地震(マグニチュード6.8)
・1855年(安政2)8月3日- 陸前で地震
・1855年(安政2)9月28日- 遠州灘で地震(安政東海地震の最大余震)
・1855年(安政2)10月2日- 安政江戸地震(マグニチュード6.9~7.4)
・1856年(安政3)7月23日- 安政八戸沖地震(マグニチュード7.8~8.0)
・1856年(安政3)10月7日- 江戸で地震
・1857年(安政4)閏5月23日- 駿河で地震
・1857年(安政4)8月25日- 伊予大震(マグニチュード7.3)
・1858年(安政5)2月26日- 飛越地震(マグニチュード7.0~7.1)
・1858年(安政5)5月28日- 八戸沖で地震

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1336年(建武3)足利尊氏が室町幕府の基本的な政治方針「建武式目」を制定(新暦12月10日)詳細
1849年(嘉永2)大坂に緒方洪庵が種痘を行う為の除痘館(種痘所)を開設する(新暦12月21日)詳細
1889年(明治22)劇作家・演出家・小説家・俳人久保田万太郎の誕生日詳細
1909年(明治42)映画監督・脚本家山中貞雄の誕生日詳細
1922年(大正11)学生連合会(社会科学研究会の連合組織)が結成される詳細
1944年(昭和19)小磯国昭内閣により、「老幼者妊婦等ノ疎開実施要綱」が閣議決定される詳細
1983年(昭和58)奈良県高市郡明日香村のキトラ古墳で玄武の壁画が発見される詳細
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 今日は、昭和時代中期の1949年(昭和24)に、キティ台風(昭和24年台風第10号)が、神奈川県小田原市の西に上陸し、大きな被害をもたらした日です。
 キティ台風(きてぃたいふう)は、昭和時代中期の1949年(昭和24)8月28日に南鳥島近海で発生、昭和24年台風第10号(国際名:キティ/Kitty)と名付けられた台風です。8月31日19時過ぎに神奈川県小田原市の西に上陸、その後北進し、東京都西部・埼玉県熊谷市を通り、9月1日0時頃に新潟県柏崎市付近から日本海に進んで、温帯低気圧に変わりました。
 東海・関東・北日本の日本海側等では、台風の影響により各地で20mを超す暴風が吹き、八丈島(東京都八丈町)で最大風速33.2m/s(最大瞬間風速47.2m/s)、横浜で最大風速35.2m/s(最大瞬間風速44.3m/s)、東京でも最大瞬間風速30.2m/sを記録しています。関東北部や新潟県の山岳部で大雨となり、群馬県勢多郡東村(現在のみどり市)沢入で、大規模な土砂崩れが生じて29名が死亡、信濃川や渡良瀬川の上流部では堤防が決壊、台風の通過が満潮時と重なったことから東京湾などで高潮となり、大規模な浸水被害に遭い大災害となりました。
 この結果、死者135名、行方不明者25名、負傷者479名、住家全壊3,733棟、住宅半壊13,470棟、床下浸水92,161棟、耕地被害48,598ha、船舶被害2,907隻など大きなな被害が出ます。台風名の由来は、太平洋戦争後の占領下において、連合軍気象隊が台風の発生順にアルファベット(ABC……)の頭文字をもつ女性の名前を順次つけていったことにより、Kで始まるキティ(Kitty)と名付けられました。

〇太平洋戦争後(1945年~)の記録的台風一覧

<1940年代>
・枕崎台風(昭和20年台風第16号・Ida)
・阿久根台風(昭和20年台風第20号・Louise)
・カスリーン台風(昭和22年台風第9号・Kathleen)
・アイオン台風(昭和23年台風第21号・Ione)
・デラ台風(昭和24年台風第2号・Della)
・ジュディス台風(昭和24年台風第9号・Judith)
・キティ台風(昭和24年台風第10号・Kitty)

<1950年代>
・ジェーン台風(昭和25年台風第28号・Jane)
・ルース台風(昭和26年台風第15号・Ruth)
・ダイナ台風(昭和27年台風第2号・Dinah)
・昭和28年台風第13号 (Tess)
・昭和29年台風第12号(June)
・洞爺丸台風(昭和29年台風第15号・Marie)
・狩野川台風(昭和33年台風第22号・Ida)
・昭和34年台風第7号(Georgia)
・宮古島台風(昭和34年台風第14号・Sarah)
・伊勢湾台風(昭和34年台風第15号・Vera)

<1960年代>
・第2室戸台風(昭和36年台風第18号・Nancy)
・昭和36年台風第26号
・昭和40年台風第23・24・25号
・第2宮古島台風(昭和41年台風第18号・Cora)
・昭和41年台風第24・26号
・第3宮古島台風(昭和43年台風第16号・Della)

<1970年代>
・昭和49年台風第8号
・昭和51年台風第17号 (Fran)
・沖永良部台風(昭和52年台風第9号・Babe)
・昭和54年台風第20号 (Tip)

<1980年代>
・昭和57年台風第10号 (Bess)
・昭和62年台風第12号 (Dinah)
・平成元年台風第6号
・平成元年台風第11・12・13号
・平成元年台風第17号
・平成元年台風第22号

<1990年代>
・平成2年台風第19号 (Flo)
・平成2年台風第20号
・平成3年台風第17号
・平成3年台風第18号
・平成3年台風第19号 (Mireille)
・平成4年台風第10号
・平成5年台風第13号 (Yancy)
・平成11年台風第18号 (Bart)

<2000年代>
・平成15年台風第14号 (Maemi)
・平成16年台風第18号 (Songda)
・平成16年台風第23号 (Tokage)
・平成17年台風第14号 (Nabi)

<2010年代>
・平成23年台風第12号 (Talas)
・平成25年台風第26号 (Wipha)
・平成28年台風第10号 (Lionrock)
・平成30年台風第21号 (Jebi)
・令和元年房総半島台風 (令和元年台風第15号・Faxai)
・令和元年東日本台風(令和元年台風第19号・Hagibis)

<2020年代>
・令和4年台風第14号 (Nanmadol)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1874年(明治7)日本画家、南画家小室翠雲の誕生日詳細
1878年(明治11)日本画家鏑木清方(かぶらき きよかた)の誕生日詳細
1896年(明治29)陸羽地震(マグニチュード7.2)が起こり、死者209人、負傷者779人を出す詳細
1908年(明治41)物理化学者森野米三の誕生日詳細
1913年(大正2)お雇い外国人であるドイツ人医師E・von ベルツの命日詳細
1922年(大正11)薬理学者・分子生物学者江橋節郎の誕生日詳細
1970年(昭和45)小説家・検察官・弁護士佐賀潜の命日詳細
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