ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

カテゴリ: 交通

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 今日は、昭和時代後期の1971年(昭和46)に、青函トンネルで北海道側の本坑の起工式が行われ、本格的な掘鑿を開始した日です。
 青函トンネル(せいかんとんねる)は、昭和時代後期の1988年(昭和63)3月13日に、JR北海道の海峡線の津軽今別駅~木古内駅間(青森県東津軽郡今別町~北海道上磯郡木古内町)に開通した鉄道トンネルです。総延長は53,850mあり、当時は、鉄道トンネルとして世界第1位の長さを持っていましたが、2016年(平成28)6月1日にスイスのゴッタルドベーストンネルが開通しして、第2位となりました。
 しかし、海底トンネルとしては、世界一の長さと深さを保っています。1954年(昭和29)9月26日に、青函連絡船洞爺丸事故が発生し、青函トンネル建設計画が本格的に浮上、1961年(昭和36)に調査線に昇格、ボーリング、物理探査、深海観測などの調査が重ねられました。
 掘削は1964年(昭和39)に北海道側で始まり、2年後には本州側も掘削を開始、1971年(昭和46年)に本工事に着手し、1985年(昭和60)に本坑が全貫通、1987年(昭和62)11月には、トンネルとして完成、翌年3月13日に海峡線として開通します。そして、2016年(平成28)3月26日に、北海道新幹線の新青森駅~新函館北斗駅間開業に伴い、北海道新幹線との共用が開始されました。
 また、「道の駅みんまや」(青森県東津軽郡外ヶ浜町)に、「青函トンネル記念館」(冬季休業)があり、青函トンネル竜飛斜坑線のケーブルカーで、海面下140mの「体験坑道駅」まで下りることができ、青函トンネルを体験できる貴重な施設となっています。尚、北海道側には、「福島町青函トンネル記念館」があって、青函トンネルに関する資料が展示され、トンネルミュージアムなどもあって見学できます。

〇青函トンネル関係略年表

・1953年(昭和28) 第16回特別国会にて「青森県三厩附近より渡島国福島に至る鉄道」が予定線として鉄道敷設法に追加される
・1954年(昭和29) 青函航路(青函連絡船)洞爺丸事故が発生。青函トンネル建設計画が本格的に浮上する
・1955年(昭和30) 津軽海峡連絡隧道技術委員会発足する
・1960年(昭和35) 秋田県八峰町にて実験隧道建設工事開始。以後注入試験などが実施される
・1961年(昭和36) 調査線に昇格、ボーリング、物理探査、深海観測などの調査が重ねられ
・1963年(昭和38) 北海道側の期成会により、北海道松前郡福島町吉岡で着工式を実施する
・1964年(昭和39) 日本鉄道建設公団が発足する
・1964年(昭和39) 北海道側で調査工事起工式を実施する
・1966年(昭和41) 本州側の竜飛斜坑(全長:51m)掘削開始(直轄)する
・1971年(昭和46)11月14日 北海道側・本州側で本工事の起工式を実施する
・1983年(昭和58) レール敷設に着手する
・1985年(昭和60) 本坑が全貫通する
・1987年(昭和62)11月 青函トンネルとして完成する
・1988年(昭和63)3月13日 海峡線として開通する
・2016年(平成28)3月26日 北海道新幹線の新青森駅~新函館北斗駅間開業に伴い、北海道新幹線との共用が開始される

☆日本の鉄道トンネルの長さベスト20(地下鉄線・未成線・実験線は除く)

1.青函トンネル(青森県・北海道)JR北海道新幹線[奥津軽いまべつ駅~湯の里知内(信)] 延長53,850m 1988年開通
2.八甲田トンネル(青森県)JR東北新幹線[七戸十和田駅~新青森駅] 延長26,455m 2010年開通
3.岩手一戸トンネル(岩手県)JR東北新幹線[いわて沼宮内駅~ 二戸駅] 延長25,808m 2002年開通
4.飯山トンネル(長野県・新潟県)JR北陸新幹線[飯山駅~上越妙高駅] 延長22,225m 2014年開通
5.大清水トンネル(群馬県・新潟県)JR上越新幹線[上毛高原駅~越後湯沢駅] 延長22,221m 1982年開通
6.新関門トンネル(山口県・福岡県)JR山陽新幹線[新下関駅~小倉駅] 延長18,7135m 1975年開通
7.六甲トンネル(兵庫県)JR山陽新幹線[新大阪駅~新神戸駅] 延長16,250m 1972年開通
8.榛名トンネル(群馬県)JR上越新幹線[高崎駅~上毛高原駅] 延長15,350m 1982年開通
9.五里ヶ峯トンネル(長野県)JR北陸新幹線[上田駅~長野駅] 延長15,175m 1997年開通
10.中山トンネル(群馬県)JR上越新幹線[高崎駅~上毛高原駅] 延長14,857m 1982年開通
11.北陸トンネル(福井県)JR北陸本線[敦賀駅~南今庄駅] 延長13,870m 1962年開通
12.新清水トンネル(新潟県)JR上越線(下り線)[水上駅~土樽駅] 延長13,490m 1967年開通
13.安芸トンネル(広島県)JR山陽新幹線[東広島駅~広島駅] 延長13,030m 1975年開通
14.筑紫トンネル(福岡県・佐賀県)JR九州新幹線[博多駅~新鳥栖駅] 延長11,935m 2011年開通
15.北九州トンネル(福岡県)JR山陽新幹線[小倉駅~博多駅] 延長11,717m 1975年開通
16.福島トンネル(福島県)JR東北新幹線[郡山駅~福島駅] 延長11,705m 1982年開通
17.頸城トンネル(新潟県)えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン[能生駅~名立駅] 延長11,353m 1969年開通
18.塩沢トンネル(新潟県)JR上越新幹線[越後湯沢駅~浦佐駅] 延長11,2175m 1982年開通
19.蔵王トンネル(福島県・宮城県)JR東北新幹線[福島駅~白石蔵王駅] 延長11,215m 1982年開通
20.赤倉トンネル(新潟県)北越急行ほくほく線[しんざ駅~魚沼丘陵駅] 延長10,472m 1997年開通

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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1918年(大正7)武者小路実篤が宮崎県児湯郡木城村(現在の木城町)に「新しき村」を建設する詳細
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 今日は、幕末明治維新期の1869年(明治2)に、明治新政府の廟議で、東京~京都の幹線、東京~横浜・京都~神戸・琵琶湖畔~敦賀の3支線の鉄道建設計画「東京横浜ノ間鉄道製作ノ儀申立」が決定された日ですが、新暦では12月12日となります。
 「東京横浜ノ間鉄道製作ノ儀申立」(とうきょうよこはまのあいだてつどうせいさくのぎもうしたて)は、幕末明治維新期の11869年(明治2年11月10日)の明治新政府の廟議で、東京~京都の幹線、東京~横浜・京都~神戸・琵琶湖畔~敦賀の3支線の鉄道建設計画を示したもので、同年10月11日付の「上申」と、「布告案」で構成されています。この決定は、近世以来全国的な輸送の主役であった海運の存在を前提として、東西両京を結ぶ幹線鉄道から海港へ枝線を敷設することによって主要な海港と海港を鉄道で繋ぎ、全国的な輸送網の形成を図ろうとしたものでした。
 ルートとして、本州の中央を通る中山道案,海側を通る東海道案がありましたがこの時点ではどちらを採択するか未定となっています。文書の終わりには、明治政府が同年11月9日付で、伊達宗城(民部卿兼大蔵卿)・大隈重信(大蔵大輔)・伊藤博文(大蔵大丞・大蔵少輔)に対し、イギリスと鉄道敷設の借款契約を締結する全権を委任したことが見えます。

〇日本の鉄道創設関係略年表(日付は旧暦です)

<明治2年(1869年)>

・3月 横浜在留英国人「アレキサンドル・カンフル」は鉄道敷設の請願書(西暦1869年4月21日付け)を寺島神奈川県知事に提出する
・10月11日 この日付けで、外務省は鉄道建設を政府に上申する
・11月5日 日本政府の岩倉、澤、三条が相談し、大隈と伊藤も列席、鉄道と電信の起業の意あることを告げる
・11月10日 東京~京都の幹線、東京~横浜・京都~神戸・琵琶湖畔~敦賀の3支線の鉄道建設計画「東京横浜ノ間鉄道製作ノ儀申立」が決定される
・11月12日 英国人ホレシオ・ネルソン・レーに1割2分利付100万ポンド借款の起債契約書を公布する

<明治3年(1870年)>
・3月 英尺「フィート」を日本の1尺4厘と定める
・3月8日 エドモンド・モレルが鉄道技師長としてイギリスから招かれ、横浜港へ着く
・3月17日 東京府及び神奈川、品川の二県へ線路測量として雇外国人を率いて官員出張の旨を達する
・3月19日 鉄道掛を東京築地元尾張藩邸に創置する
・3月22日 横浜野毛町に於ける寒川県所轄の官舎(元修文館)に横浜出張所を置き。六鄕川を以て境界とし東西両端より起工することを定める
・3月25日 東京芝口汐留の近傍を量地すする
・3月27日 監督正上野景範に鉄道掛を命じる
・4月3日 横浜野毛浦海岸より亦測量を始める
・4月12日 元龍野、仙台、会津の三邸を敷地として、蒸気車会所建築の為に地均工事を開始する
・4月14日 土木権正平井義十郎を副とする
・5月26日 兵部省は蒸気車解除を他に建築するか、または線路を西方に移すことを上申する
・5月26日 横浜野毛町海岸地は前年2月以来埋め立てられ、当地を横浜停車場敷地とする
・6月 橋梁工事を起こし、神奈川第19橋から始める
・6月8日 大蔵省は高縄町兵部省用地の内を鉄道用地として引き渡し方を上申するが、兵部省が抵抗する
・7月10日 太政官は高輪富士鑑宿陣所を民部省に引き渡すべき事を命じるものの、兵部省引き渡しに応ぜず
・8月15日 鉄道掛は東京府庁を経て之を受領する
・10月 六鄕川本憍を起工、神奈川台の掘割に着手、八ッ山及び御殿山の掘割工事を起工する
・10月20日 工部省を設置し、鉄道は該省の所管に属せる
・10月22日 兵部省は元尾張、安藝その他の邸地を海軍所用地として受け取り、浜殿は宮内庁に返す
・11月 この月以降諸所の盛り土を始める
・12月 工部省は掲旗を定め、その章白布紅書工字とする
・12月14日 鉄道掛の事務局を省内に移す
・12月14日、28日 公書をもって、ホレシオ・ネルソン・レーの不正が発覚し、解雇される

<明治4年(1871年)>
・1月 品川七番砲台場の一部を取り壊しその石材を鉄道工事に使用船とを海軍所と協定する
・8月14日 鉄道寮は品川県と神奈川県に対して、線路立入禁止の通達を依頼する
・9月 横浜停車場本屋が落成する
・11月 汐留停車場本屋が落成する

<明治5年(1872年)>
・1月 品川停車場本屋が落成する
・2月26日 鉄道寮を汐留停車場本屋に移す
・2月28日 鉄道略則を決める
・5月3日 太政官布告「7日をもって品川横浜間を仮に開業する」が出される
・5月4日 鉄道犯罪罰例・改正鉄道略則を制定する
・5月7日 品川駅~横浜駅間で鉄道が仮開業し、一日2往復の列車が運行される
・5月8日 一日6往復に増便される
・5月27日 汐留停車場を新橋と改称する
・6月5日 川崎駅と神奈川駅(現在は廃駅)が営業を開始する
・8月 葵坂に新築したる工部省庁舎内に、鉄道寮を移す
・8月14日 工部省下に鉄道寮を設置する
・9月12日 新橋駅で、鉄道開業式典が催され、明治天皇と建設関係者を乗せたお召し列車が横浜まで往復運転する
・9月13日 新橋駅~横浜駅全区間で、営業運行が開始され、鶴見駅が開業する
・9月23日 技師長エドモンド・モレルが亡くなる
・9月29日 新橋~横浜間の工事全てが落成する

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1696年(元禄9)第109代とされる明正天皇(女帝)の命日(新暦12月4日)詳細
1883年(明治16)日本画家橋本関雪の誕生日詳細
1920年(大正9)日本画家福王寺法林の誕生日詳細
1940年(昭和15)神武天皇即位2600年とされる「紀元二千六百年記念行事」が始まる詳細
1945年(昭和20)角川源義が角川書店を設立する詳細
1951年(昭和26)日教組が第1回全国教育研究大会を開催する詳細
1982年(昭和57)中央自動車道の勝沼IC~ 甲府昭和IC間が開通し、東京都杉並区と愛知県小牧市が繋がる詳細
2008年〈平成20〉数学者伊藤清の命日詳細
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 今日は、昭和時代後期の1972年(昭和47)に、北陸自動車道の最初の開通区間である、金沢西IC~小松IC間(23.2km)が開通した日です。
 北陸自動車道(ほくりくじどうしゃどう)は、新潟県新潟市江南区の新潟中央ジャンクション (JCT) から滋賀県米原市の米原JCTへ至る、全長476.5km(国内3位の長さ)の高速道路(高速自動車国道)で、全線を日本道路公団が建設しています。2005年(平成17)10月1日の道路関係四公団民営化後は、朝日インターチェンジ (IC) を境に東側を東日本高速道路(NEXCO東日本)が、西側を中日本高速道路(NEXCO中日本)が管理してきました。
 1961年(昭和36)に新潟市~大津市が路線の基準として定められ、1966年(昭和41)には新潟市~滋賀県坂田郡米原町(現在の米原市)が、国土開発幹線自動車道の予定路線とされ、富山~武生間より着工されます。そして、1972年(昭和47)10月18日に、金沢西IC~小松ICの23.2kmが初めて開通し、順次開通区間が延ばされていきました。
 1988年(昭和63)に朝日~名立谷浜間の開通により、米原~新潟間が繋がり、第1回目の全線開通となりました。しかし、その後部分的に路線を改編し、1997年(平成9)11月13日の新潟亀田~新潟空港間の開通を以って、北陸自動車道の全通とされています。それから、2002年(平成14)の新潟空港以北の路線の開業に伴い、新潟中央JCT以北を日本海東北自動車道の区間と改められました。
 現在、新潟中央JCTで日本海東北自動車道と磐越自動車道、長岡JCTで関越自動車道、上越JCTで上信越自動車道、小矢部砺波JCTで東海北陸自動車道と能越自動車道、福井北JCTで中部縦貫自動車道、敦賀JCTで舞鶴若狭自動車道、米原JCTで名神高速道路に接続しています。この完成によって、北陸地方の主要都市相互および阪神・中京圏との時間距離を短縮して諸産業の振興に大きな役割を果たし、観光面でもアッピールして、北陸経済圏の拡大に寄与してきました。

〇北陸自動車道関係略年表

・1961年(昭和36)11月15日 新潟市~大津市が路線の基準として定められる
・1966年(昭和41)7月1日 新潟市~滋賀県坂田郡米原町(現:米原市)が国土開発幹線自動車道の予定路線とされる
・1972年(昭和47)10月18日 金沢西IC~小松IC開通
・1973年(昭和48)10月16日 小杉IC~砺波IC開通
・1973年(昭和48)10月17日 小松IC~丸岡IC開通
・1974年(昭和49)10月29日 砺波IC~金沢東IC開通
・1975年(昭和50)9月9日 丸岡IC~福井IC開通
・1975年(昭和50)10月4日 富山IC~小杉IC開通
・1976年(昭和51)11月2日 福井IC~武生IC開通
・1977年(昭和52)12月8日 武生IC~敦賀IC開通(ただし今庄IC - 敦賀IC間は暫定2車線)
・1978年(昭和53)9月21日 新潟黒埼IC(当時)~長岡ICが開通
・1978年(昭和53)10月12日 金沢東IC~金沢西IC開通
・1980年(昭和55)4月7日 敦賀IC~米原JCT開通
・1980年(昭和55)6月13日 今庄IC~敦賀ICの4車線化工事完了
・1980年(昭和55)9月27日 長岡JCT~西山IC開通、同時に長岡JCT - 長岡ICを関越自動車道に改称
・1980年(昭和55)12月19日 滑川IC~富山IC開通
・1980年(昭和55)10月29日 西山IC~柏崎IC開通
・1982年(昭和57)11月17日 柏崎IC~米山IC開通、黒埼PA開設
・1983年(昭和58)11月9日 米山IC~上越IC開通
・1983年(昭和58)12月13日 朝日IC~滑川IC開通
・1987年(昭和62)7月21日 名立谷浜IC~上越IC開通(暫定2車線)
・1988年(昭和63)7月20日 朝日IC~名立谷浜IC開通(暫定2車線)
・1994年(平成6)7月28日 新潟西IC~新潟亀田IC開通と同時に磐越自動車道と接続
・1996年(平成8)3月28日 小矢部砺波JCTで能越自動車道と接続
・1997年(平成9)11月13日 新潟亀田IC~新潟空港IC開通により、全線開通
・1999年(平成11)10月30日 上越JCT開通により上信越道と接続、同時に名立谷浜IC~上越IC4車線化
・2000年(平成12)4月25日 能生IC~名立谷浜IC4車線化
・2000年(平成12)9月5日 越中境PA~親不知IC4車線化
・2000年(平成12)9月19日 糸魚川IC~能生IC4車線化
・2000年(平成12)10月3日 親不知IC~糸魚川IC4車線化により、全線が4車線で完成
・2002年(平成14)5月26日 日本海東北自動車道新潟空港IC~聖籠新発田IC開通と同時に新潟中央JCT - 新潟空港IC間を北陸自動車道から日本海東北自動車道に改称

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
 
1568年(永禄11)織田信長に支援された足利義昭が室町幕府第15代将軍に就任する(新暦11月7日)詳細
1881年(明治14)日本初の全国政党「自由党」の結成大会が行われる詳細
1898年(明治31)安部磯雄・片山潜・幸徳秋水らが社会主義研究会(後の社会主義協会)を結成する詳細
1939年(昭和14)「価格等統制令」が公布され、物価などの価格が統制される詳細
1943年(昭和18)財団法人大日本育英会(後の日本育英会)が創立される詳細
1945年(昭和20)小説家葉山嘉樹の命日詳細
1955年(昭和30)長崎県大村湾口に当時日本一長さ(支間長:216m)の西海橋が開通する詳細
1980年(昭和55)遺伝学者・植物細胞学者・生理学者・教育者坂村徹の命日詳細
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 今日は、明治時代前期の1872年(明治5)に、新橋駅~横浜駅を結んだ日本初の鉄道開業式典の新暦換算日(鉄道の日)です。
 鉄道の日(てつどうのひ)は、日本の鉄道の開通を記念するために制定された日(毎年10月14日)です。日本の鉄道は、明治時代前期の1870年(明治3)東京~京都~神戸間その他の鉄道を政府自ら建設することを正式に決定、同年3月に新橋~横浜間が着工し、1872年(明治5年5月7日)に品川~横浜間が仮開業しました。
 そして、新橋~横浜間29kmの開通をみた1872年10月14日(明治5年9月12日)明治天皇臨席のもと、新橋(後の汐留貨物駅、現在は廃止)、横浜(現在の根岸線桜木町駅)両駅で盛大な鉄道開業式典が挙行され、お召し列車も運行され、翌日から正式営業に入ります。1921年(大正10)10月14日に鉄道開業50周年を記念して東京駅の丸の内北口に鉄道博物館(初代)が開館しました。
 その翌年から新暦換算日の10月14日が、鉄道省により「鉄道記念日」として制定されることになります。1958年(昭和33)から原則として、この日に鉄道記念物が数件ずつが指定され、2018年(平成30)までに、44件の鉄道記念物と51件の準鉄道記念物が指定されました。
 しかし、1987年(昭和62)の国鉄分割民営化後、1994年(平成6)から「鉄道の日」と改名され、現在も各種イベントが開催されています。

〇鉄道開業式典(てつどうかいぎょうしきてん)とは?

 明治時代前期の1872年(明治5年9月12日)に、新橋駅~ 横浜駅間で日本最初の鉄道が完成して、挙行された式典です。日本の鉄道は、1870年(明治3)東京~京都~神戸間その他の鉄道を政府自ら建設することを正式に決定、同年3月に新橋~横浜間が着工し、1872年(明治5年5月7日)に品川~横浜間が仮開業しました。
 そして、新橋~横浜間29kmの開通をみた1872年10月14日(明治5年9月12日)に明治天皇臨席のもと、新橋(後の汐留貨物駅、現在は廃止)、横浜(現在の根岸線桜木町駅)両駅で盛大な開業式典を挙行、お召し列車も運行され、翌日から正式営業に入ります。1921年(大正10)10月14日に鉄道開業50周年を記念して東京駅の丸の内北口に鉄道博物館(初代)が開館しました。
 その翌年から新暦換算日の10月14日が、鉄道省により「鉄道記念日」として制定されることになります。しかし、1987年(昭和62)の国鉄分割民営化後、1994年(平成6)から「鉄道の日」と改名され、現在まで各種イベントが開催されてきました。
 尚、この時に鉄道の開業式典が催された新橋駅舎は、1923年(大正12)の関東大震災で被災・焼失し、後に汐留貨物駅となり埋もれていましたが、1965年(昭和40)5月12日に国の史跡に指定され、1986年(昭和61)に汐留貨物駅廃止後に発掘調査が行われています。その後、風化を防ぐために埋め戻され、2003年(平成15)にその上に開業当時の駅舎を再現した「旧新橋停車場」が建てられ、内部は鉄道の歴史に関する「鉄道歴史展示室」となって、見学できるようになりました。
 ここには0哩ポストがありますが、1870年4月25日(明治3年3月26日)に測量の起点となる第一杭がこの場所に打ち込まれたことを記念し、1936年(昭和11)に日本の鉄道発祥の地として0哩標識と約3mの軌道が復元されたものです。これは、1958年(昭和33)10月14日に、旧国鉄によって鉄道記念物に指定されました。

☆鉄道記念物(てつどうきねんぶつ)とは?

 鉄道記念物は、1958年(昭和33)に当時の日本国有鉄道(国鉄)制定し、日本の鉄道に関する歴史的文化的に重要な事物等を指定して保存、継承するためのものです。また、1963年(昭和38)に制定された、地方的に重要な事物等を指定する準鉄道記念物というのもありました。
 国鉄分割民営化後は、既存の記念物がJR各社の管理に移されましたが、長らく指定が行われなかったものの、2004年(平成16)以後、にJR各社によって、準鉄道記念物から鉄道記念物への格上げという形で、指定行われています。1958年(昭和33)から原則として10月14日の鉄道記念日(現在の鉄道の日)に数件ずつが指定され、2018年(平成30)までに、44件の鉄道記念物と51件の準鉄道記念物が指定されました。
 これ以外にも、経済産業省が認定している近代化産業遺産の中に鉄道関係のものがありますし、国の重要文化財や史跡に指定されているものもあります。

<鉄道記念物一覧>(44件)

・1号機関車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1958年指定]
・1号御料車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1958年指定]
・弁慶号機関車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1958年指定]
・旧長浜駅(長浜鉄道スクエア)滋賀県長浜市[1958年指定]
・0哩ポスト(旧新橋停車場)東京都港区[1958年指定]
・善光号機関車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1959年指定]
・5号御料車(博物館明治村)愛知県犬山市[1959年指定]
・6号御料車(博物館明治村)愛知県犬山市[1959年指定]
・鉄道古文書(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1959年指定]
・佐賀藩製造の機関車模型(佐賀県立博物館)佐賀県佐賀市[1959年指定]
・大阪駅時鐘(京都鉄道博物館)京都府京都市[1960年指定]
・旧逢坂山ずい道東口 滋賀県大津市[1960年指定]
・旧手宮機関庫(小樽市総合博物館)北海道小樽市[1960年指定]
・野辺地防雪原林(東北本線野辺地駅)青森県野辺地町[1960年指定]
・開拓使号客車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1961年指定]
・110号機関車(青梅鉄道公園)東京都青梅市[1961年指定]
・旧長浜駅29号分岐器ポイント部(長浜鉄道スクエア)滋賀県長浜市[1961年指定]
・エドモンド・モレルの墓(横浜市外人墓地)神奈川県横浜市[1962年指定]
・秋田第1号鉄道飛砂防止林(羽越本線桂根駅)秋田県秋田市[1962年指定]
・蒸気動車(キハ6401号蒸気動車)(リニア・鉄道館)愛知県名古屋市[1962年指定]
・西園寺公望自筆の鉄道国有法案説明草稿(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1962年指定]
・2号御料車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1963年指定]
・鉄道助佐藤政養文書(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1963年指定]
・アプト式鉄道(10000号電気機関車)(旧軽井沢駅舎記念館)長野県軽井沢町[1964年指定]
・井上勝の墓(東海寺大山墓地)東京都品川区[1964年指定]
・ウエブ・エンド・トムソン式電気通票器(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1964年指定]
・旧六郷川鉄橋(旧三島社員研修センター)静岡県三島市[1965年指定]
・壱岐丸の号鐘(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1967年指定]
・7号御料車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1967年指定]
・伊予鉄道1号機関車(伊予鉄道梅津寺公園)愛媛県松山市[1967年指定]
・9号御料車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1969年指定]
・10号御料車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1969年指定]
・12号御料車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1969年指定]
・国鉄バス第1号車(リニア・鉄道館)愛知県名古屋市[1969年指定]
・ナデ6141号電動車(鉄道博物館)埼玉県さいたま市[1972年指定]
・義経号機関車(京都鉄道博物館)京都府京都市[2004年指定]
・1801号蒸気機関車(京都鉄道博物館)京都府京都市[2004年指定]
・233号蒸気機関車 (京都鉄道博物館)京都府京都市[2004年指定]
・EF52 1号電気機関車(京都鉄道博物館)京都府京都市[2004年指定]
・0系新幹線車両(21-1, 16-1, 35-1, 22-1) (京都鉄道博物館)京都府京都市[2008年指定]
・しづか号機関車(小樽市総合博物館)北海道小樽市[2010年指定]
・い1号客車(小樽市総合博物館)北海道小樽市[2010年指定]
・大勝号蒸気機関車(小樽市総合博物館)北海道小樽市[2010年指定]
・旧津山扇形機関車庫と転車台(津山まなびの鉄道館)岡山県津山市[2018年指定]

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1712年(正徳2)江戸幕府第6代将軍徳川家宣の命日(新暦11月12日)詳細
1720年(享保5)紙屋治兵衛と紀伊国屋小春とが心中した日(新暦11月13日)で、近松門左衞門作『心中天網島』となる詳細
1867年(慶応3)第15代将軍徳川慶喜が朝廷に政権返上し、大政奉還される(新暦11月9日)詳細
1873年(明治6)祝祭日を定める太政官布告「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」が発布される詳細
1951年(昭和26)ルース台風(昭和26年台風第15号)が九州に上陸し、大きな被害をもたらす詳細
1970年(昭和45)国鉄が「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンを開始する詳細
1986年(昭和61)洋画家荻須高徳の命日詳細
2007年(平成19)埼玉県さいたま市大宮区に鉄道博物館が開館する詳細
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 今日は、明治時代後期の1894年(明治27)に、庚寅新誌社が、日本初の冊子式月刊時刻表『汽車汽船旅行案内』を出版した日です。
 時刻表(じこくひょう)は、鉄道、バス、航空機、船舶などの発着時刻を書いた表、または、それを本にまとめたものです。1872年(明治5)に、鉄道創業とともに一枚刷り時刻表の発行が開始されましたが、1883年(明治16)に『官報』が創刊されると、ここへ列車時刻が掲載されるようになりました。
 1889年(明治22)8月に、大阪の忠雅堂が刊行した『日本全国汽車時間表』が、冊子式全国鉄道時刻表の最初となります。1894年(明治27)10月5日には、日本初の冊子式の月刊時刻表である『汽車汽船旅行案内』が庚寅新誌社より出版されますが、その後、交益社、博文館からも旅行案内形式の時刻表がそれぞれ発刊されました。
 1915年(大正4)には、鉄道院の指導により、3社(庚寅新誌社・交益社・博文館)が合同して旅行案内社を設立し、『公認汽車汽船旅行案内』の発行を開始します。1925年(大正14)に、日本旅行文化協会(のちの日本交通公社)から『汽車時間表』として翻刻市販するようになり、1939年(昭和14)には、『時間表』と改題されたものの、1942年(昭和17)に鉄道で午前・午後の12時間制にかわって24時間制が採用されたのにあわせて『時刻表』と改められました。
 大平洋戦争中に出版や用紙の統制が強まる中、1943年(昭和18)に『汽車汽船旅行案内』が廃刊となります。戦後になって、交通案内社が、1948年(昭和23)に『ポケット全国時間表』、1950年(昭和25)に『日本時間表』を創刊しました。
 1963年(昭和38)に弘済出版社が『全国観光時間表』を創刊し、翌年には、『大時刻表』と改題しています。1987年(昭和62)に国鉄は分割民営化に先だち自ら時刻表を編集する方針をもって弘済出版社の『大時刻表』を継承し、翌年には、誌名を『JR時刻表』と改称し、日本交通公社の『時刻表』は『JTB時刻表』と改題されました。
 2003年(平成15)に、交通案内社は『ポケット全国時刻表』、『日本時刻表』を廃刊し、会社も解散しています。

〇日本の時刻表関係略年表

・1872年(明治5) 鉄道創業とともに一枚刷り時刻表が発行が開始される
・1883年(明治16) 『官報』が創刊されると、ここへ列車時刻が掲載されるようになる
・1889年(明治22)8月 大阪の忠雅堂が刊行した『日本全国汽車時間表』が、冊子式全国鉄道時刻表の最初となる
・1894年(明治27)10月5日 日本初の冊子式の月刊時刻表である『汽車汽船旅行案内』が庚寅新誌社より出版される
・1915年(大正4) 鉄道院の指導により、3社(庚寅新誌社・交益社・博文館)が合同して旅行案内社を設立し、『公認汽車汽船旅行案内』の発行を開始する
・1925年(大正14) 日本旅行文化協会(のちの日本交通公社)から『汽車時間表』として翻刻市販するようになる
・1939年(昭和14) 『汽車時間表』が『時間表』と改題される
・1942年(昭和17) 鉄道で午前・午後の12時間制にかわって24時間制が採用されたのにあわせて『時刻表』と改められる
・1943年(昭和18) 『汽車汽船旅行案内』が廃刊となる
・1948年(昭和23) 交通案内社が『ポケット全国時間表』を創刊する
・1950年(昭和25) 交通案内社が『日本時間表』を創刊する
・1963年(昭和38) 弘済出版社が『全国観光時間表』を創刊する
・1964年(昭和39) 弘済出版社は、『全国観光時間表』を『大時刻表』と改題する
・1965年(昭和40) 交通案内社が『ポケット全国時間表』を『ポケット全国時刻表』に、『日本時間表』を『日本時刻表』に改題する
・1987年(昭和62) 国鉄は分割民営化に先だち自ら時刻表を編集する方針をもって弘済出版社の『大時刻表』を継承する
・1988年(昭和63) 弘済出版社の『大時刻表』は『JR時刻表』に、日本交通公社の『時刻表』は『JTB時刻表』と改題される
・2003年(平成15) 交通案内社は『ポケット全国時刻表』、『日本時刻表』を廃刊し会社も解散する

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1274年(文永11)モンゴル軍が対馬に初来襲し第1回元寇(文永の役)が始る(新暦11月11日)詳細
1392年(明徳3)南朝後亀山天皇が北朝後小松天皇に三種の神器を譲り南北朝合一がなされる(新暦11月19日)詳細
1773年(安永2)江戸幕府第11代将軍徳川家斉の誕生日(新暦11月18日)詳細
1930年(昭和5)ウイルス学・腫瘍学者豊島久真男の誕生日詳細
1938年(昭和13)河合栄次郎の『ファシズム批判』等の4著書が発禁となる(河合栄次郎事件詳細
1948年(昭和23)「教育委員会法」(7月15日公布・施行)に基づき、初の教育委員選挙が実施(投票率56.7%)される詳細
1950年(昭和25)アメリカのUP通信社が、アメリカの対日講和7原則を報道する詳細
1964年(昭和39)日本初の高速バスである国鉄・日本急行の名神ハイウェイバスが運行開始する詳細
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