ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

カテゴリ: 交通

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 今日は、大正時代の1920年(大正8)に、東京市街自動車の乗合自動車[バス]に女性車掌(バスガール)が登場した日です。
 乗合自動車[バス](のりあいじどうしゃ)は、一定の運賃で不特定の旅客を乗せ、定まった路線を運行する大型の自動車のことで、乗合バスとも呼ばれます。日本では、明治時代後期の1903年(明治36)9月20日に、京都府京都市の堀川中立売~七条~祇園で、運行されたのが最初とされてきました。
 この日、京都府京都市の二井商会(福井九兵衛と坪井清兵衛によって創業)が、蒸気自動車を改造した幌なしの6人乗り車両(運転手、助手、乗客4名)によって、運行開始されます。同年11月21日には、京都府自動車取締規則により正式な許可業とされのしたが、翌年1月には、経営破綻によって営業を終えました。
 また、1905年(明治38)2月5日に広島県の横川町~可部町間(約15km)でも、12人乗りで運行開始されましたが、こちらも車両そのものの不備、乗合馬車屋からの反対等により、同年9月に事業を終了しています。明治時代には、ライバルの乗合馬車屋からの妨害や車両の故障が相次ぎ、本格的な営業の継続が難しかったと言われていました。
 大正時代に入ると、車両の信頼性も高まり、全国的にバス事業を取り扱う事業者が増えていきます。特に東京市では、1923年(大正12)9月1日に起こった関東大震災の影響で路面電車が大きな被害を受け、この代替輸送として、乗合バスが活用されて、普及していきました。
 現在日本での乗合バスは、原則として「道路運送法」に基づく一般乗合旅客自動車運送事業の免許を必要とし、運賃改定にあたっては運輸大臣 (陸運局長) の認可を必要としています。また、同法第3条により一般自動車運送事業に分類され、その中の一般乗合旅客自動車運送事業(乗合旅客を運送する一般旅客自動車運送事業)とされてきました。
 尚、1987年(昭和62)に、日本バス協会が9月20日を「バスの日」と定めました。そして、2009年(平成21)からは、それを記念して、日本バス協会が毎年9月ごろに「バスフェスタ」を開催し始めます。また、この日の前後に全国のバス事業者によって、さまざまな催し(試乗会、一日乗車券の販売など)が行われるようになりました。

〇乗合自動車[バス]関係略年表

・1903年(明治36)3月 大阪で開かれた内国勧業博覧会への旅客輸送のために、梅田と天王寺を結ぶ臨時バス路線が開設される
・1903年(明治36)9月20日 京都府京都市の堀川中立売~七条~祇園で、日本初の乗合バスが運行され、「バスの日」とされる
・1905年(明治38)2月5日 広島県の横川町~可部町間(約15km)でも、12人乗りで運行開始される
・1913年(大正2)4月15日 東京府では京王電気軌道(のち京王帝都電鉄を経て京王電鉄バス)が、京王線の開業時に未成区間を補完するため車両5台で乗合バスを開業する
・1920年(大正8)2月2日 東京市街自動車の乗合自動車[バス]に女性車掌(バスガール)が登場する
・1923年(大正12) 関東大震災(大正関東地震)で被災した東京市電の代わりに、応急的な処置として東京市電気局がT型フォードを約800台輸入し、11人乗りに改造してバス事業を開始する(都営バスの起こり)
・1927年(昭和2)2月26日 大阪市電気局が大阪市電の補完として大阪市営バスを営業開始する
・1928年(昭和3)5月10日 京都市電気局(現在の京都市交通局)が京都市電の補完として、京都市バスを営業開始する
・1928年(昭和3)11月10日 横浜市営バスが7路線で営業開始する
・1930年(昭和5)2月1日 名古屋市電気局が名古屋市電の補完として、名古屋市営バスを営業開始する
・1930年(昭和5)9月16日 神戸市電気局が神戸市電の補完として、神戸市バスを営業開始する
・1930年(昭和5)12月20日 岡崎駅~多治見駅間・瀬戸記念橋駅~高蔵寺駅間にて省営自動車(現在のJRバス)岡多線の運行を開始する
・1933年(昭和8) 「自動車交通事業法」が整備され「一路線一事業者」の原則が示される
・1938年(昭和13) 「陸上交通事業調整法」が施行され、バス事業のほぼ強制的な統合が行われる
・1940年(昭和15) 「陸運統制令」が施行され、バス事業のほぼ強制的な統合が行われる
・1940年(昭和15)9月11日 商工省では営業バスの7割を代替燃料にするよう禁令を発す
・1941年(昭和16)9月1日 代用燃料を利用するバスのみに営業許可を出すこととなる
・1948年(昭和23)3月8日 尼崎市交通局が発足する
・1949年(昭和24)1月5日 伊丹市交通局が発足する
・1950年(昭和25)12月15日 川崎市営バスの運行が開始される
・1964年(昭和39)10月5日 日本初の高速バスである名神ハイウェイバス(名古屋~大阪・神戸間)が運行を開始する
・1984年(昭和59) 「東京都区内バス共通回数乗車券」が発売され、首都圏での運賃支払い共通化の端緒となる
・1992年(平成4) 「バス共通カード」が横浜・川崎地区で運用開始される
・2002年(平成14)2月 「改正道路運送法」施行で乗合バス事業の公的な規制が取り払われ、事業参入が路線ごとの免許制から事業者ごとの許可制へ移行する
・2007年(平成19) 交通系ICカード「PASMOが誕生する
・2009年(平成21) 「バスの日」を記念して、日本バス協会が毎年9月ごろに「バスフェスタ」を開催し始める

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

749年(天平21)社会事業に尽力した法相宗の僧行基の命日詳細
1074年(延久6)公卿・歌人藤原頼通の命日(新暦3月2日)詳細
1929年(昭和4)日本プロレタリア映画同盟(プロキノ)が結成される詳細
1940年(昭和15)第75帝国議会の衆議院本会議において、斎藤孝夫の反軍演説が行われる詳細
1942年(昭和17)大日本国防婦人会・愛国婦人会・大日本聯合婦人会を統合し、大日本婦人会が発足詳細
1946年(昭和21)「宗教法人令」が改正され、神道を宗教として扱かい、神社が国家管理から宗教法人に移行される詳細
1954年(昭和29)日本航空が戦後初の国際航空路(東京~ホノルル~サンフランシスコ線)を開設する詳細
1971年(昭和46)湿地の保存に関する「ラムサール条約」が調印される(世界湿地デー)詳細
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 今日は、昭和時代前期の1940年(昭和15)に、西成線列車脱線火災事故が起き、死者189人・負傷者89人を出した日です。
 西成線列車脱線火災事故(にしなりせんれっしゃだっせんかさいじこ)は、昭和時代前期の1940年(昭和15)1月29日午前6時56分に、大阪府大阪市此花区の鉄道省西成線(現在のJR西日本桜島線)安治川口駅構内において発生した列車脱線転覆火災事故です。駅員の誤操作により列車通過中にポイントが転換したため、通勤客で満員のガソリン動車(ガソリンカー)3両編成のうち最後尾の1両(キハ42000形42056号車)が2対のレールにまたがったまま走行し、踏切付近の構築物に衝突して脱線・転覆しました。
 これにより、燃料のガソリンへの引火で、火災が発生して満員のまま横転し、車両から乗客らの脱出が困難になり、死者189人、重軽傷者69人を出す大惨事となります。通常は、ポイントを列車が通過中は切り替えが出来ないように鎖錠装置が付いていますが、当時の西成線(現桜島線)には取り付けられていませんでした。
 この事故が契機となって、気動車の動力がガソリンエンジンからディーゼルエンジンへと切り替えが進められることとなります。尚、1963年(昭和38)4月15日に、安治川口駅前の道路際に、「南無阿弥陀仏慰霊碑」が建立されました。

〇昭和・平成時代の列車大事故(死者100人以上)

・1940年(昭和15)1月29日 西成線列車脱線火災事故(死者189人・負傷者89人)
・1943年(昭和18)10月26日 常磐線土浦駅列車衝突事故(死者110人・負傷者107人)
・1944年(昭和19)12月11日 沖縄県営鉄道輸送弾薬爆発事故(死者約220人)
・1945年(昭和20)8月24日 八高線列車正面衝突事故(死者105人・負傷者約150人)
・1947年(昭和22)2月25日 八高線列車脱線転覆事故(死者184人・負傷者495人)
・1951年(昭和26)4月24日 桜木町電車火災事故(死者106人・負傷者92人)
・1962年(昭和37)5月3日 三河島三重衝突事故(死者160人・負傷者296人)
・1963年(昭和38)11月9日 鶴見三重衝突事故(死者161人・負傷者120人)
・2005年(平成17)4月25日 宝塚線(福知山線)脱線転覆事故(死者107人・負傷者562人)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1293年(正応6)南北朝時代の公卿・武将・学者北畠親房の誕生日(新暦3月8日)詳細
1634年(寛永11)江戸幕府が、各藩邸から出動して江戸市内の消火にあたる大名火消設置する(新暦2月26日)詳細
1879年(明治12)日本が国際電信連合(現在の国際電気通信連合)に加盟する詳細
1905年(明治38)週刊「平民新聞」第64号が赤字で発行され、「終刊の辞」が掲載されて廃刊となる詳細
1944年(昭和19)「中央公論」、「改造」の編集者が検挙され、横浜事件の一つ「中央公論・改造事件」の発端となる詳細
1946年(昭和21)GHQが「日本の行政権の行使に関する範囲の指令」(SCAPIN-677)を出す詳細
1991年(平成3)小説家井上靖の命日詳細
2019年(平成31)小説家・評論家・随筆家橋本治の命日詳細
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 今日は、平成時代の2000年(平成12)に、多摩都市モノレール線の立川北駅~多摩センター駅間が開業し、全通した日です。
 多摩都市モノレール(たまとしものれーる)は、東京都を中心に、西武鉄道、みずほ銀行、京王電鉄等が出資する第3セクターの株式会社で、東京都の上北台駅(東大和市)と多摩センター駅(多摩市)とを結ぶ、跨座式モノレール路線(16.0km)を運営してきました。多摩地域の公共交通を一層充実させるために構想され、1986年(昭和61)4月8日に株式会社として設立されます。
 1987年(昭和62)に上北台~多摩センター間の「軌道法」に基づく特許を取得、1989年(平成元)に都市計画決定されました。1990年(平成2)には、工事認可され、上北台駅建設予定地で、起工式を実施し、建設工事に着手します。
 1991年(平成3)には、立川北~多摩センター間の工事も認可され、建設工事に着手しました。そして、1998年(平成10)11月27日に、初めて、上北台駅~立川北駅間が開業し、続いて、2000年(平成12)1月10日には、立川北駅~多摩センター駅間が開業します。
 2002年(平成14)11月15日に利用者数が延べ1億人を超え、2012年(平成24)6月27日に開業から13年7ヶ月目で利用者数が延べ5億人を超え、2016年(平成28)8月28日には、開業から17年9ヶ月で利用者数が延べ7億人を超えました。2018年(平成30)に延伸開業20周年記念特別期間とし、20周年ロゴマーク制定、ラッピング列車の運行などを実施(~2020年1月10日)、2019年(平成31)3月23日には、開業以来初となる全面的なダイヤ改正を実施しています。

〇多摩都市モノレール関係略年表

・1979年(昭和54) 東京都が「多摩都市モノレール等基本計画調査」を実施する
・1981年(昭和56) 「多摩都市モノレール等基本計画」の調査報告で約93kmの構想路線が発表される
・1982年(昭和57)9月 日本モノレール協会がモノレール計画試案を発表する
・1986年(昭和61)4月8日 東京都を中心に、西武鉄道、みずほ銀行、京王電鉄等が出資する第3セクターの多摩都市モノレール株式会社が設立される 
・1987年(昭和62)12月26日 多摩都市モノレールが上北台~多摩センター間の「軌道法」に基づく特許を取得する
・1989年(平成元)9月 都市計画決定される
・1990年(平成2) 上北台~立川北間の工事が認可され、上北台駅建設予定地で、多摩都市モノレールの起工式を実施し、建設工事に着手する
・1991年(平成3) 立川北~多摩センター間の工事が認可され、建設工事に着手する
・1997年(平成9)12月19日 先行して完成した立川北~砂川七番間で、初めて本線試運転を開始する
・1998年(平成10)11月27日 初めて、上北台駅~立川北駅間が開業する
・2000年(平成12)1月10日 立川北駅~多摩センター駅間が開業し、全通する
・2002年(平成14)11月15日 利用者数が延べ1億人を超える
・2012年(平成24)6月27日 開業から13年7ヶ月目で利用者数が延べ5億人を超え、モノレールとして日本国内で最速の達成となる
・2016年(平成28)8月28日 開業から17年9ヶ月で利用者数が延べ7億人を超える
・2018年(平成30) 延伸開業20周年記念特別期間とし、20周年ロゴマーク制定、ラッピング列車の運行などを実施(~2020年1月10日)する
・2019年(平成31)3月23日 開業以来初となる全面的なダイヤ改正を実施する

〇モノレールとは?

 1本の走行軌条(走行桁)を用いて車両を走行させる鉄道(単軌鉄道ともいう)のことで、日本の法令上では、鉄道事業法に基づく「鉄道(懸垂式鉄道/跨座式鉄道)」と軌道法に基づく「軌道(懸垂式モノレール/跨座式モノレール)」が存在しています。形式によって分類すると、地上数mの高さに架設された1本の桁に吊下がって走る懸垂(けんすい)式と、桁の上にまたがって走る跨座 (こざ) 式に大別され、さらに下記のように区分されました。
<懸垂式>
(1)ランゲン式:鉄骨で空中に支えられた鉄のレールに鉄の車輪がのり、車輪の車軸は逆L字型に曲がって車両を懸垂するもので、日本には現在ありません。
(2)日本車両式:レールは鋼板製箱型でゴムタイヤ車輪がレールに乗り、タイヤが外れないように補助車輪が左右からレールを挟んでいて、車両は片側補助車輪の車軸に懸垂されるもので、東京都交通局の上野懸垂線に採用されています。
(3)サフェージュ式:レールは鋼板製箱型の筒状で、車両を懸垂するために箱の下面中央部は開いていて、その開口部両側を、車両の屋根上の支柱につけられたゴムタイヤ車輪が走行するもので、千葉都市モノレールや湘南モノレールで採用されています。
<跨座式>
(1)アルウェグ式:レールは太いI字型の鉄筋コンクリートで、走行用ゴムタイヤがレールの上にのり、補助車輪が左右からレールを挟んで安定を保つもので、東京モノレールで採用されています。
(2)日本跨座式:アルウェグ式の改良型で、軌道桁を太くし、ゴムタイヤを使用するが、現在日本の跨座式モノレールの主流になっています。
(3)ロッキード式:コンクリート製の桁の上に鉄のレールを乗せ、その上を鉄の車輪が走るもので、姫路市営モノレールと向ヶ丘遊園モノレール線に採用されましたが、現在は廃止されて存在しません。
 日本で最初のモノレールは、大阪市で行われていた交通電気博覧会で、1928年(昭和3)に運用された懸垂式のものでした。太平洋戦争後は、1951年(昭和26)に、豊島園で遊戯施設として運行され、1957年(昭和32)には、上野動物園内に懸垂式モノレールが開業し、これが現存する最古のものとなっています。その後も、1961年(昭和36)に奈良ドリームランド、1962年(昭和37)に犬山のラインパークに、遊覧用のものが開業しましたが、いずれも廃止されました。1964年(昭和39)には、東京モノレールが浜松町~羽田(現、天空橋)間13.1kmを15分で結ぶ本格的都市交通機関として営業運転を開始し、その後は、都市交通機関として建設されるようにもなります。そして、1996年3月末時点で、モノレールは6事業者(総延長31.4km)でしたが、消長を経て、現在では、10事業者(総延長111.9km)によって運行されています。

☆日本で営業中のモノレール一覧

・東京モノレール(東京都) 跨座式:アルヴェーグ式 羽田空港線[17.8km] 1964年開業
・多摩都市モノレール(東京都) 跨座式:日本跨座式 多摩都市モノレール線[16.0km] 1998年開業
・千葉都市モノレール(千葉県) 懸垂式:サフェージュ式 1号線[3.2km] 1995年開業
・千葉都市モノレール(千葉県) 懸垂式:サフェージュ式 2号線[12.0km] 1988年開業
・舞浜リゾートライン(千葉県) 跨座式:日本跨座式 ディズニーリゾートライン[5.0km] 2001年開業
・湘南モノレール(神奈川県) 懸垂式:サフェージュ式 江の島線[6.6km] 1970年開業
・大阪高速鉄道(大阪府) 跨座式:日本跨座式 大阪モノレール線[21.2km] 1990年開業 、
・大阪高速鉄道(大阪府) 跨座式:日本跨座式 国際文化公園都市モノレール線(彩都線)[6.8km] 1998年開業
・スカイレールサービス(広島県) 懸垂式:ロープ駆動懸垂式 広島短距離交通瀬野線[1.3km] 1998年開業
・北九州高速鉄道(福岡県) 跨座式:日本跨座式 小倉線[8.8km] 1985年開業
・沖縄都市モノレール(沖縄県) 跨座式:日本跨座式 沖縄都市モノレール線[17.0km] 2003年開業

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1871年(明治4)文芸評論家・演出家・劇作家・小説家・詩人島村抱月の誕生日(新暦2月28日)詳細
1873年(明治6)医師・細菌学者二木謙三の誕生日詳細
1891年(明治24)刑法学者・弁護士小野清一郎の誕生日詳細
1920年(大正9) 第一次世界大戦講和の「ヴェルサイユ条約」が発効し、国際連盟が発足する詳細
東京帝国大学経済学部助教授の森戸辰男が筆禍事件(森戸辰男事件)により休職処分を受ける詳細
1922年(大正11)政治家・教育者大隈重信の命日詳細
1947年(昭和22)小説家織田作之助の命日詳細
1951年(昭和26)「日本の現代物理学の父」とも言われる物理学者仁科芳雄の命日詳細
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 今日は、幕末明治維新期の1868年(明治2)に、日本初の西洋式灯台である観音埼灯台(神奈川県横須賀市)が完成して初点灯した日ですが、新暦では2月11日となります。
 観音埼灯台(かんのんざきとうだい)は、神奈川県三浦半島の最東端の岬に立つ、白色八角形の中型灯台です。この灯台は、幕末の1866年(慶応2年5月13日)に、アメリカ、イギリス、フランス、オランダの4ヶ国と結んだ「改税約書」(別名「江戸条約」)によって建設することを約束した8ヶ所の灯台の一つでした。
 これらを条約灯台とも呼び、日本で最初に建設された一群の洋式灯台でもあります。これらが順次建設されていったのですが、 1869年2月11日<旧暦では明治2年1月1日>に、フランス人技師F.L ヴェルニー等の設計によって建設され、日本で最初に初点灯した洋式灯台が観音埼灯台となりました。
 このように、観音崎は東京湾に出入りする船舶に とっては、昔からの要衝だったのです。建設当初は、レンガ造りの四角い洋館建てで、屋上に灯塔を設けたフランス風白色八角形のレンガ造灯台で、地上から灯火までが12.12mの高さで、フランス製の第3等フレネル式レンズを使用し、3重心灯器で1,750カンデラ、光達距離14海里(約26km)でした。
 しかし、1922年(大正11)4月26日の地震で倒壊してしまいまい、すぐに、二代目の灯台が建設され、翌年コンクリート造りのものに生まれ変わったものの、関東大震災で被災し、また建て替えられたものです。現在の三代目は、1925年(大正14)6月1日に完成した白色塔形(八角形)コンクリート造りのものでした。灯塔高19m(地上から塔頂まで)、標高56m(平均海面~灯火)で、第4等フレネル式レンズを使い、光度7万7千カンデラ(実効光度)、光達距離は19海里(約35km)とされてきました。
 一般公開(有料大人200円)されている参観灯台で、上まで登ることができますが、灯台上からは、浦賀水道や対岸の房総半島までが見渡すことが出来、灯台資料展示室が併設されていて、初代の灯台を造ったフランス人F.L ヴェルニーの胸像や灯台レンズなどの貴重な資料も展示されています。周辺は、県立の観音崎公園として、自然が保護されていて、浦賀水道を一望の下にすることも出来、すばらしい景観とされてきました。
 尚、この灯台の起工日が、新暦で11月1日だったので、それにちなんで、毎年11月1日が「灯台記念日」とされています。海上保安庁が、1949年(昭和24)に制定し、記念行事が行われ、普段は、公開されていない、灯台が、特別公開になり、内部に入れるようになったりしてきました。

〇初点灯(はつてんとう)とは?

 灯台が、その場所ではじめて正式に点灯(本点灯)した日をいいます。日本で最初に点灯した洋式灯台は、1869年2月11日(旧暦:明治2年1月1日)の観音埼灯台で、2番目は、1870年1月19日(旧暦:明治2年12月18日)の野島埼灯台です。尚、以下に初点灯の古い洋式灯台ベスト20を示しましたが、新暦で本点灯の年月日順に記しています。

☆初点灯の古い洋式灯台ベスト20

①観音埼灯台(神奈川県横須賀市)初点灯1869年2月11日(旧暦:明治2年1月1日)
②野島埼灯台(千葉県南房総市)初点灯1870年1月19日(旧暦:明治2年12月18日)
③品川灯台(旧:東京都品川区)初点灯1870年4月5日(旧暦:明治3年3月5日)
④樫野埼灯台(和歌山県串本町)初点灯1870年7月8日(旧暦:明治3年6月10日)
⑤城ヶ島灯台(神奈川県三浦市)初点灯1870年9月8日(旧暦:明治3年8月13日)
⑥神子元島灯台(静岡県下田市)初点灯1871年1月1日(旧暦:明治3年11月11日) 
⑦剱埼灯台(神奈川県三浦市)初点灯1871年3月1日(旧暦:明治4年1月11日)
⑧江埼灯台(兵庫県北淡町)初点灯1871年6月14日(旧暦:明治4年4月27日)
⑨伊王島灯台(長崎県長崎市)初点灯1871年9月14日(旧暦:明治4年7月30日)
⑩石廊埼灯台(静岡県南伊豆町)初点灯1871年10月5日(旧暦:明治4年8月21日)
⑪佐多岬灯台(鹿児島県佐多町)初点灯1871年11月30日(旧暦:明治4年10月18日)
⑫六連島灯台(山口県下関市)初点灯1872年1月1日(旧暦:明治4年11月21日)
⑬部埼灯台(福岡県北九州市)初点灯1872年3月1日(旧暦:明治5年1月22日)
⑭友ヶ島灯台(和歌山県和歌山市)初点灯1872年8月1日(旧暦:明治5年6月27日)
⑮納沙布岬灯台(北海道根室市)初点灯1872年8月15日(旧暦:明治5年7月12日)
⑯和田岬灯台(兵庫県神戸市)初点灯1872年10月1日(旧暦:明治5年8月29日)
⑯天保山灯台(大阪府大阪市)初点灯1872年10月1日(旧暦:明治5年8月29日)
⑱鍋島灯台(香川県坂出市)初点灯1872年12月15日(旧暦:明治5年11月15日)
⑲安乗埼灯台(三重県阿児町)初点灯1873年(明治6)4月1日
⑳釣島灯台(愛媛県松山市)初点灯1873年(明治6)6月15日

〇「改税約書」(別名「江戸条約」)とは?

 1863年(文久3)長州藩がアメリカ、フランス、オランダの船を砲撃した下関事件に関連して、幕末の1866年(慶応2)5月に、アメリカ、イギリス、フランス、オランダの4ヶ国と「改税約書」が結ばれましたが、それが「江戸条約」とも呼ばれています。これは、輸入税に関する協約で、安政条約の5~35%の従価税を廃止し,従価5%を基準とする従量税とするもので,きわめて不利な関税率でした。
 その条約第11条「日本政府は外国交易の為め開きたる各港最寄船々の出入安全のため灯明台浮木瀬印木等を備ふへし」(灯明台規定)により、以下のの8ヶ所の灯台を建設することを約束します。これらを条約灯台とも呼び、日本で最初に建設された一群の洋式灯台でもありました。
 これらが順次建設されていったのですが、 1869年2月11日(旧暦:明治2年1月1日)に、日本で最初に点灯した洋式灯台が観音埼灯台です。

☆江戸条約により建設された灯台(条約灯台)一覧 

・観音埼灯台[神奈川県横須賀市]1869年2月11日(旧暦:明治2年1月1日) 
・野島埼灯台[千葉県南房総市]1870年1月19日(旧暦:明治2年12月18日) 
・樫野埼灯台[和歌山県串本町]1870年7月8日(旧暦:明治3年6月10日) 
・神子元島灯台[ 静岡県下田市]1871年1月1日(旧暦:明治3年11月11日)  
・剱埼灯台[神奈川県三浦市]1871年3月1日(旧暦:明治4年1月11日) 
・伊王島灯台[長崎県長崎市]1871年9月14日(旧暦:明治4年7月30日) 
・佐多岬灯台[鹿児島県南大隅町]1871年11月30日(旧暦:明治4年10月18日) 
・潮岬灯台[和歌山県串本町]1873年(明治6)9月15日 

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

646年(大化2)「改新の詔」が発布される(新暦1月22日)詳細
1041年(長久2)平安時代中期の公卿・歌人藤原公任の命日(新暦2月4日)詳細
1720年(享保5)第115代の天皇とされる桜町天皇の誕生日(新暦2月8日)詳細
1873年(明治6)「太陰暦ヲ廃シ太陽暦ヲ頒行ス」(改暦ノ布告)により、太陽暦が施行される詳細
1897年(明治30)尾崎紅葉著の『金色夜叉』が読売新聞で連載開始される詳細
1946年(昭和21)昭和天皇が「新日本建設に関する詔書」(人間宣言)で自己の神格を否定する詳細
1950年(昭和25)「年齢のとなえ方に関する法律」が施行され、年齢の表示を満年齢に一本化される詳細
1995年(平成7)「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定」によって、世界貿易機関(WTO)が発足する詳細
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 今日は、明治時代後期の1909年(明治42)に、日本初のループ線駅かつ日本唯一のループ線・スイッチバックを併せ持つ駅である大畑駅が開業した日です。
 大畑駅(おこばえき)は、熊本県人吉市大野町にある、九州旅客鉄道(JR九州)肥薩線の駅で、日本で唯一、ループ線の中にスイッチバックを併せ持っています。1909年(明治42)12月26日に、鹿児島本線所属駅として鉄道院が開設しましたが、1927年(昭和2)に、海岸ルート(川内本線)全通に伴い肥薩線所属に変更されました。
 1974年(昭和49)に貨物取扱、1984年(昭和59)に荷物扱いが廃止され、1986年(昭和61)には、電子閉塞装置導入により無人化されています。1987年(昭和62)に国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承し、2007年(平成19)には、駅と周辺の鉄道施設遺産、石造りの給水塔、および朝顔型噴水が南九州近代化産業遺産群の物資輸送関連遺産の1つとして選ばれました。

〇大畑駅関係略年表

・1909年(明治42)12月26日:鹿児島本線所属駅として鉄道院が開設する
・1927年(昭和2)10月17日:海岸ルート(川内本線)全通に伴い肥薩線所属に変更される
・1974年(昭和49)10月1日:貨物取扱が廃止される
・1984年(昭和59)2月1日:荷物扱いが廃止される
・1986年(昭和61)11月1日:電子閉塞装置導入により無人化される
・1987年(昭和62)4月1日:国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承する
・2007年(平成19)11月30日:大畑駅、周辺の鉄道施設遺産、石造りの給水塔、および朝顔型噴水が南九州近代化産業遺産群の物資輸送関連遺産の1つとして選ばれる
・2018年(平成30)9月8日:駅構内の旧保線詰所跡を改装したレストランが開業する

☆スイッチバックとは?

  山地を走る鉄道で、急勾配を緩和するための折り返し式の鉄道線路を列車がポイントを切りかえながらジグザグに上り下りをすることです。特に、山間地の急勾配個所を迂回なしで運転する場合や急勾配個所の途中に本線から分岐して水平又は緩勾配に停車場を設置し、再度急勾配の本線に戻る場合のものをいう場合多いとされています。

☆ループ線(るーぷせん)とは?

 山間部などの急勾配の地の線路を螺旋状に敷いて迂回するようにし、勾配を緩和した線路です。鉄道の創業期~太平洋戦争後まもなくまでは、スイッチバックと並んで勾配緩和として有効な方法として採用されました。代表例としては、上越線清水トンネルの前後にある水上側の湯檜曾第1、第2トンネル、湯沢側の松川トンネルですが、肥薩線大畑駅周辺のものも良く知られています。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

927年(延長5)律令政治の基本細則「延喜式」が完成し、藤原忠平によって奏進される(新暦928年1月21日)詳細
1159年(平治元)平治の乱が六条河原などで戦われたものの、平清盛側が勝利して終結する(新暦1160年2月5日)詳細
1265年(文永2)藤原為家らが第11勅撰和歌集である『続古今和歌集』を撰進する(新暦1266年2月2日)詳細
1841年(天保12)お雇い外国人であるイギリス人技師R・H・ブラントンの誕生日詳細
1887年(明治20)「保安条例」が公布・施行される詳細
1888年(明治21)小説家・劇作家・実業家菊池寛の誕生日詳細
1960年(昭和35)哲学者・倫理学者・文化史家・評論家和辻哲郎の命日詳細
2004年(平成16)詩人石垣りんの命日詳細
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