
今日は、平安時代前期の807年(大同2)に、斎部広成撰の『古語拾遺』が平城天皇に献上された日ですが、新暦では3月25日となります。
『古語拾遺(こごしゅうい)』は、古代の氏族である斎部(いんべ)氏の由緒を記した歴史書でした。漢文体の全1巻で、神代以降~奈良時代の天平年間 (729~749年) に至るまでの歴史を略述し、斎部氏の地位、功績が大きいことを力説して、平城天皇に献じた上表文の形式をとっています。
斎部(忌部)氏は、645年(大化元)の大化改新後、中臣(なかとみ)氏に押されて衰運にあったため、勢力回復を図って、斎部家伝来の記録をもとに記述され、誇張や付会、歪曲が少なからずあるとされてきました。しかし、『古事記』や『日本書紀』に見られない古伝説も含まれ、上代研究の貴重な文献となっています。
本書の内容は、伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)二神の国生みと、神々の誕生神話から起筆し、素戔嗚(すさのお)神の出生と天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の出現を明らかにし、天地開闢にあたって天の中枢にある根本的神格をもつ天御中主神をかかげて、忌部・中臣両氏を系譜的に位置付け、素戔嗚神の荒々しい行動によって、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に隠れた物語をとおし、忌部・中臣両氏の祖先たちの果たした役割を示しました。さらに、後半部分で、中臣氏の専権に対する憤りを述べて、祭祀の問題点11ヶ条を記しています。
伝本は、序、本文(神代古伝承・神武天皇以降の古伝承・古伝承に抜けた11ヶ条・御歳神祭祀の古伝承)、跋で構成され、後世になって、『古語拾遺』と称されるようになりました。
以下に、『古語拾遺』の序の部分だけ掲載しておきますので、ご参照下さい。
〇『古語拾遺』序
蓋聞:「上古之世、未有文字、貴賤老少、口相傳、前言往行、存而不忘。」書契以來、不好談古。浮華競興、還嗤舊老。遂使人歷世而彌新、事逐代而變改。顧問故實、靡識根源。國史、家牒、雖載其由、一二委曲、猶有所遺。愚臣不言、恐絕無傳。幸蒙召問、欲攎蓄憤。故錄舊說、敢以上聞、云爾。
<読み下し文>
蓋し聞く、「上古[1]の世、未だ文字有らず、貴賎老少[2]、口々に相傅し、前言徃行、忘れざりあらむ。」書契[3]以来、古きを談るを好まず。浮華[4]を興に競ひ、還つて舊老[5]を嗤ふ。人の使ふに世を歴ていよいよ新しきを遂ふ、事は代を逐ふに改め變はる。顧へりみて故實[6]を問ふに、靡かに根源を識ず。國史[7]家牒[8]は雖だ其の由を載せ、一二を委曲[9]するも、猶も遺すところ有り。愚臣が言はずば、恐く傳へること無く絶へなむ。幸に召問[10]を蒙ふむり、蓄憤[11]を攄べんと欲す。故に舊説を録し、敢へて上聞[12]もつて、云ふことしかり。
【注釈】
[1]上古:かみこ=大昔。上代。
[2]貴賎老少:きせんろうしょう=貴人も卑しい者も老人も子供も。
[3]書契:しょけい=文字で書きしるしたもの。また、文字。
[4]浮華:ふか=うわべは華やかで、実質の乏しいこと。
[5]舊老:きゅうろう=昔の事柄を知っているとしより。宿老。故老。古老。
[6]故實:こじつ=昔からの慣例。儀式、法令、軍陣、作法などの先例と、先例となるに足りる事例。
[7]國史:こくし=朝廷が編纂した歴史書。
[8]家牒:かちょう=家に伝わる記録。家の系図などを、順序立てて記した文書。
[9]委曲:いきょく=詳しく細かなこと。また、物事の詳しい事情。委細。詳細。
[10]召問:めしとう=貴人が呼び寄せて事情などをききただす。
[11]蓄憤:ちくふん=溜まった憤り。蓄積した憤慨。
[12]上聞:じょうぶん=主君に申しあげること。主君の耳に入れること。また、君主へのきこえ。上聴。
<現代語訳>
聞くところによると、「大昔にはまだ文字が無く、貴人も卑しい者も老人も子供も問わず口々に伝えていたが、その言った事や行った事や出来事を忘れはしないか。」と文字で書き記して以来、古きを語る事を好まなくなりました。うわべは華やかでも実質の乏しいことを競いあうようになり、還って昔の事柄を知っている年寄りをあざ笑っています。ついに世代を重ねて新しいことに従い、代が変わると変改してしまいました。かえりみて昔からの慣例を問うと、その根源が分からなくなりました。朝廷が編纂した歴史書や家に伝わる記録にこの由緒が掲載されていると言っても、一つや二つの詳細は、なおも漏れているものです。愚かな臣下でも言わなければ、恐らくは絶えてしまって伝わることもなくなります。幸いに(平城天皇に)召されて聞きただされましたので、蓄積して憤慨した思いを述べたいと思っています。それで、旧説を記録して、あえて天皇への上表文をもって、申し上げることになりました。
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