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 今日は、昭和時代前期の1927年(昭和2)に、岩波書店から「岩波文庫」(初回23点)が創刊された日です。
 「岩波文庫(いわなみぶんこ)」は、岩波書店がドイツのレクラム文庫を範とし、世界の文芸、学術の全分野における古典的価値をもつ書を並製廉価版のA6判で刊行したものでした。100ページ当りを星印(★)で表示し、当時は(★)一つ20銭という安さで、学生・知識層の圧倒的な支持を得て、大いに一般民衆に普及します。
 文庫本巻末に掲載された「読書子に寄す」―岩波文庫発刊に際して―では、当時の教養・啓蒙主義のもとで、知識を一般民衆に普及させるために刊行したという趣旨と共に、ドイツのレクラム文庫を範としていることなどが書かれていますが、起草者は三木清とされ、当時の社長であった岩波茂雄の名とされました。書目を厳選して真に古典的価値のある名著を収録、翻訳はすべて原典からの直接訳、省略なしの完全版を宣伝文句としています。
 続いて、社会科学関係に特色をもつ『改造文庫』(1929年)、文芸書中心の『春陽堂文庫』(1931年)、『新潮文庫』(1933年)などが発刊され、第1次文庫ブームが起きました。現在では、創刊以来の「岩波文庫」の刊行点数は6,000点以上になっています。

<岩波文庫の6つの分類>
・黄(日本古典文学)
・緑(日本近現代文学)
・赤(外国文学)
・青(日本思想・東洋思想・仏教・歴史・地理・音楽・美術・哲学・教育・宗教・自然科学)
・白(法律・政治・経済・社会)
・別冊

〇「読書子に寄す」(文庫本巻末に掲載)

――岩波文庫発刊に際して――

岩波茂雄

 真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。近時大量生産予約出版の流行を見る。その広告宣伝の狂態はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する全集がその編集に万全の用意をなしたるか。千古の典籍の翻訳企図に敬虔の態度を欠かざりしか。さらに分売を許さず読者を繋縛して数十冊を強うるがごとき、はたしてその揚言する学芸解放のゆえんなりや。吾人は天下の名士の声に和してこれを推挙するに躊躇するものである。このときにあたって、岩波書店は自己の責務のいよいよ重大なるを思い、従来の方針の徹底を期するため、すでに十数年以前より志して来た計画を慎重審議この際断然実行することにした。吾人は範をかのレクラム文庫にとり、古今東西にわたって文芸・哲学・社会科学・自然科学等種類のいかんを問わず、いやしくも万人の必読すべき真に古典的価値ある書をきわめて簡易なる形式において逐次刊行し、あらゆる人間に須要なる生活向上の資料、生活批判の原理を提供せんと欲する。この文庫は予約出版の方法を排したるがゆえに、読者は自己の欲する時に自己の欲する書物を各個に自由に選択することができる。携帯に便にして価格の低きを最主とするがゆえに、外観を顧みざるも内容に至っては厳選最も力を尽くし、従来の岩波出版物の特色をますます発揮せしめようとする。この計画たるや世間の一時の投機的なるものと異なり、永遠の事業として吾人は微力を傾倒し、あらゆる犠牲を忍んで今後永久に継続発展せしめ、もって文庫の使命を遺憾なく果たさしめることを期する。芸術を愛し知識を求むる士の自ら進んでこの挙に参加し、希望と忠言とを寄せられることは吾人の熱望するところである。その性質上経済的には最も困難多きこの事業にあえて当たらんとする吾人の志を諒として、その達成のため世の読書子とのうるわしき共同を期待する。

   昭和二年七月

〇岩波文庫の第1回刊行(23点)一覧 1927年(昭和2)7月10日刊

・夏目漱石『こゝろ』
・プラトン/久保勉・阿部次郎譯『プラトン ソクラテスの辯明・クリトン』
・イマヌエル・カント/波多野精一・宮本和吉譯『實踐理性批判』
・島崎藤村自選『藤村詩抄』
・樋口一葉『にごりえ・たけくらべ』
・トルストイ/米川正夫譯『戦争と平和(一)』
・幸田露伴『五重塔』
・正岡子規『病牀六尺』
・ストリン トベルク/小宮豐隆譯『父』
・倉田百三『出家とその弟子』
・チェーホフ/米川正夫譯『櫻の園』
・武者小路実篤『幸福者』
・國木田獨歩(国木田独歩)『號外 他六篇』
・ポアンカレ/田辺元譯『科學の價値』
・リッケルト/山内得立譯『認識の対象』
・小林一茶/荻原井泉水校訂『おらが春・我春集』
・北村透谷/島崎藤村編『北村透谷集』
・レッシング/大庭米治郎譯『賢人ナータン』
・トルストイ/米川正夫譯『闇の力』
・正岡子規『仰臥漫録』
・チェーホフ/米川正夫譯『伯父ワーニャ』
・トルストイ/米川正夫譯『生ける屍』
・ストリン トベルク/茅野蕭々譯『令嬢ユリェ』

<その後の刊行>

・稗田阿禮/太安萬侶/幸田成友校訂『古事記』1927年(昭和2)年8月1日刊
・松尾芭蕉/伊藤松宇校訂『芭蕉七部集』1927年(昭和2)年8月1日刊
・ヴェデキント/野上豊一郎譯『春の目ざめ』1927年(昭和2)年8月1日刊
・近松門左衛門/和田萬吉校訂『曾我會稽山・心中天の網島』1927年(昭和2)年8月1日刊
・アダム・スミス/気賀勘重譯『國富論(上)』1927年(昭和2)年8月10日刊  
・ポアンカレ/吉田洋一譯『科学と方法』1927年(昭和2)年9月5日刊
・佐佐木信綱編『新訓 萬葉集(上)』1927年(昭和2)年9月5日刊

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1947年(昭和22)静岡県静岡市の登呂遺跡で総合的な発掘調査が始まる詳細
1948年(昭和23)温泉法」が制定・公布される詳細
1993年(平成5)小説家井伏鱒二の命日 詳細