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 今日は、平成時代の2015年(平成27)に、「公職選挙法」改正案が可決成立し、日本の選挙権年齢が20歳以上から18歳以上へと引き下げられた日(翌年6月19日施行)です。
 日本の選挙権(にほんのせんきょけん)は、明治時代前期の1889年(明治22)、「衆議院議員選挙法」に始まりましたが、選挙権は、①日本臣民の男子で年齢満25歳以上、②選挙人名簿調製の期日より前満1年以上その府県内に本籍を定め居住し引き続き居住している、③選挙人名簿調製の期日より前満1年以上その府県内において直接国税15円以上を納め引き続き納めている、という要件がある制限瀬選挙となりました。その後納税資格は、1900年(明治33)の改正で直接国税10円以上、1919年(大正8)の改正で直接国税3円以上となり、徐々に選挙権も拡大されていきます。
 大正デモクラシーの中、普通選挙運動が高揚し、第50帝国議会(1924年12月~1925年3月)で、1925年(大正14)1月22日に加藤高明首相による「普通選挙法提案理由」演説が行われ、いろいろと議論された上、3月2日に衆議院で修正可決、3月26日に貴族院で修正可決され、「衆議院議員選挙法」改正(通称:普通選挙法)が公布されました。これによって、満25歳以上の男子はすべて有権者となり、同30歳以上の男子に被選挙権が与えられましたが、「貧困ニ因リ生活ノ為公私ノ救助ヲ受ケ又ハ扶助ヲ受クル者」「一定ノ住居ヲ有セサル者」などの最下層民衆や「華族ノ戸主」および現役軍人などには与えられず、また植民地の人民も除外され、また、選挙運動には全面的規制がなされます。
 その結果、有権者数は1920年(大正9年)5月現在で307万人程度(人口に対し約5.5%)であったものが、改正後の1928年(昭和3年)3月には1,240万人(人口に対し20.1%)へと4倍に拡大されました。これに基づいて、1928年(昭和3年)2月20日に第16回衆議院選挙が実施され、立憲政友会が218議席、立憲民政党が216議席を得ましたが、無産政党も8議席(社会民衆党4議席、労働農民党2議席、日本労農党1議席、九州民憲党1議席)を獲得します。尚、地方議会についても、1926年(大正15)6月の府県制、市制、町村制の改正により、ほぼ同様の普通選挙制が採用され、満25歳以上の男子はすべて有権者となりました。
 しかし、当時の女性には参政権はなく、女性は「普選より婦選へ」をスローガンに婦人参政権を要求して運動を展開したものの、それが実現するのは、太平洋戦争後の1945年(昭和20)12月の改正「衆議院議員選挙法」成立によってで、翌年4月戦後最初の総選挙より、20歳以上の男女に選挙権が与えられてからとなります。その後、平成時代の2015年(平成27)に、「公職選挙法」改正案が可決成立し、選挙権年齢が20歳以上から18歳以上へと引き下げ(翌年6月19日施行)られました。

〇衆議院選挙の選挙権の推移

<1889年(明治22)>
「衆議院議員選挙法」制定当初、次の資格を満たす者とされる
 ①日本臣民の男子で年齢満25歳以上
 ②選挙人名簿調製の期日より前満1年以上その府県内に本籍を定め居住し引き続き居住している
 ③選挙人名簿調製の期日より前満1年以上その府県内において直接国税15円以上を納め引き続き納めている

<1900年(明治33)>
改正「衆議院議員選挙法」により、次の資格を満たす者となる
 ①帝国臣民たる男子で年齢満25歳以上
 ②選挙人名簿調製の期日より前満1年以上その選挙区内に住居を有し引き続き有する
 ③選挙人名簿調製の期日より前満1年以上地租10円以上又は満2年以上地租以外の直接国税10円以上若しくは地租とその他の直接国税とを通して10円以上を納め引き続き納めている

<1919年(大正8)> 
改正「衆議院議員選挙法」により、次の資格を満たす者となる
 直接国税3円以上納付の満25歳以上の男子に改められる

<1925年(大正14)> 
改正「衆議院議員選挙法」(通称:普通選挙法)により、次の資格を満たす者となる
 納税資格が撤廃され、満25歳以上の男子となる

<1945年(昭和20)>
改正「衆議院議員選挙法」により、次の資格を満たす者となる
 満20歳以上の男女となる(選挙権が拡大され、婦人参政権が認められる)

<2015年(平成27)>
「公職選挙法等の一部を改正する法律」により、次の資格を満たす者となる
 満18年以上の男女となる(18歳選挙権の実現)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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1857年(安政4)江戸幕末の老中・備後福山藩主阿部正弘の命日(新暦8月6日)詳細
1869年(明治2)薩長土肥4藩が願い出た版籍奉還を許可し、藩主を知藩事に任命(新暦7月25日)詳細
「公卿諸侯ノ稱ヲ廢シ改テ華族ト稱ス」(明治2年6月17日太政官達)が出される(新暦7月25日)詳細
1945年(昭和20)鹿児島大空襲で約11,600戸が被災、被災人口66,134人に及び、死者2,316人、負傷者3,500人が出る詳細
1959年(昭和34)首都高速道路公団が設立される詳細
1960年(昭和35)東京の新聞社7社が安保問題で「暴力を排し議会主議を守れ」とアピールする七社共同声明を出す詳細
1980年(昭和55)釧路湿原が日本で初めて「ラムサール条約」の登録湿地になる詳細
1994年(平成6)「国連砂漠化対処条約」がフランスのパリで、採択される(砂漠化および干ばつと闘う国際デー)詳細