
アジア太平洋協議会(あじあたいへいようきょうぎかい)は、昭和時代後期の1966年(昭和41)6月に、ソウルで開催されたアジア太平洋閣僚会議で設けられた地域協力機関で、略称はASPACです。韓国の朴正煕大統領の提唱で、日本・韓国・中華民国・フィリピン・南ベトナム・タイ・マレーシア・オーストラリア・ニュージーランドの9か国が参加し、ラオスはオブザーバー参加しました。
毎年1回会議を開き、政治、経済、社会、文化などの分野での協調の増進、共同事業の実施などを目的とします。しかし、1971年(昭和46)のニクソン・ショック、翌年の中華人民共和国の国際連合加盟、世界的なベトナム反戦運動の巻き起こりによって参加諸国の足並みが乱れ、1973年(昭和48)に開催予定の第8回会議は延期され、事実上解体しました。
毎年1回会議を開き、政治、経済、社会、文化などの分野での協調の増進、共同事業の実施などを目的とします。しかし、1971年(昭和46)のニクソン・ショック、翌年の中華人民共和国の国際連合加盟、世界的なベトナム反戦運動の巻き起こりによって参加諸国の足並みが乱れ、1973年(昭和48)に開催予定の第8回会議は延期され、事実上解体しました。
〇アジア太平洋協議会(ASPAC)関係略年表
・1966年(昭和41)6月14日 ソウルで開催されたアジア太平洋閣僚会議で設置が決まる
・1969年(昭和44) 静岡県伊東市で第4回閣僚会議が開幕し、経済協力やベトナム戦争、中国、北朝鮮問題などについて話し合われる
・1971年(昭和46) ニクソン・ショックが起きる
・1972年(昭和47) 中華人民共和国の国際連合加盟問題で意見が対立する
・1973年(昭和48) 開催予定の第8回会議は延期され、事実上解体する
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1571年(元亀2) | 戦国武将・大名毛利元就の命日(新暦7月6日) | 詳細 |
| 1831年(天保2) | 第121代の天皇とされる孝明天皇の誕生日(新暦7月22日) | 詳細 |
| 1899年(明治32) | 小説家川端康成の誕生日 | 詳細 |
| 1910年(明治43) | 柳田国男著の『遠野物語』(聚精堂)初版350部が刊行される | 詳細 |
| 1920年(大正9) | 北炭夕張炭鉱(北上坑)で爆発事故があり、死者・行方不明者209人を出す | 詳細 |
| 1940年(昭和15) | 東京の隅田川河口の築地六丁目と勝どき一丁目を結ぶ、双葉跳開橋である勝鬨橋が完成する | 詳細 |
| 1949年(昭和24) | 映画倫理機構の前身となる映画倫理規定管理委員会(旧映倫)が発足する | 詳細 |
| 1966年(昭和41) | 「結社の自由及び団結権の保護に関する条約(ILO87号条約)」が日本において発効する | 詳細 |
| 1992年(平成4) | 「環境と開発に関する国際連合会議」が「環境と開発に関するリオ宣言」などを採択して閉幕する | 詳細 |
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