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 今日は、江戸時代前期の1648年(慶安元)に、日光杉並木街道の20万本の植樹が完了した日ですが、新暦では6月8日となります。
 日光杉並木街道(にっこうすぎなみきかいどう)は、五街道の一つ日光街道と例幣使街道、会津西街道の旧日光神領内(栃木県日光市周辺)にあたる部分、総延長35.41kmにおよぶ杉並木のことです。樹齢300年にもおよぶ杉の巨木が両側にびっしりと並び、昼間でも暗くなるような独特の空間を創出しました。
 江戸時代前期の徳川家康・秀忠・家光の3代に仕えた松平正綱が、日光東照宮創建とその遷宮記念に植樹したのが最初とされています。その後、3代将軍家光による日光東照宮大改修前後の1625年(寛永2)頃から約20年間に、熊野山の杉苗を植樹して日光東照宮に寄進しました。それを記念して、松平正綱の嫡男・正信が建立した杉並木寄進碑が4ヶ所に建てられています。
 これらは、1922年(大正11)に「日光杉並木街道 附 並木寄進碑」として国の史跡・天然記念物になり、さらに、1952年(昭和27)には、国の特別史跡、1954年(昭和29)には、特別天然記念物に指定されました。また、1986年(昭和61)に「日本の道100選」、1996年(平成8)に「歴史の道百選」にも選定されています。

〇日光杉並木関係略年表

・1625年(寛永2年) 松平正綱が、植樹に着手する
・1648年(慶安元年4月) 松平正綱が、徳川家康の三十三回忌に日光東照宮へ杉並木を寄進する
・1868年(慶応4年4月) 大鳥圭介(旧幕府)軍が野口十文字に陣をはり新政府軍の砲撃にあう
・1922年(大正11年)3月8日 「日光並木街道 附 並木寄進碑」として国の史跡に指定される
・1949年(昭和24年)12月26日 今市地震で十石坂より鹿沼寄りの並木が地すべりを起こす
・1952年(昭和27年)3月29日 国の特別史跡に指定される
・1954年(昭和29年)3月20日 国の天然記念物に指定、指定名称を「日光杉並木街道 附 並木寄進碑」に変更される
・1956年(昭和31年)10月31日 国の特別天然記念物に指定される
・1961年(昭和36年) 日光東照宮が杉並木台帳を作成、1万6500本の杉が登録される
・1975年(昭和50年) 保護用地(杉並木の両外側約20m)公有化事業始まる
・1977年(昭和52年) 日光杉並木街道保存管理計画策定する
・1986年(昭和61年)8月10日 「道の日」にちなみ、栃木県に対して建設大臣より「日本の道100選」の顕彰を受ける
・1992年(平成4年) 保存管理計画を改定する
・1996年(平成8年) 「歴史の道百選」に選定される
・1998年(平成10年) 中空ブロック工法による樹勢回復事業開始され、219m実施する
・2016年(平成28年)3月 杉の数1万2302本に減少する
・2017年(平成29年)3月21日 杉並木保護のため、国道121号(例幣使街道)旧道区間のうち、日光市明神-板橋区間(板橋バイパスに並行する区間の一部)が車両通行止めとされる
・2018年(平成30年)5月16日 杉並木保護のため、国道119号(日光街道)旧道区間のうち、日光市七本桜地内の一部区間が車両通行止めとされる
・2019年(令和元年)8月26日 栃木県は「日光杉並木街道保存活用計画」を策定する
・2025年(令和7年) 植樹400年を記念し、栃木県および日光市で展覧会等のイベントが行われる

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

723年(養老7)開墾地の3代までの私有を認める「三世一身法」が発布される(新暦5月25日)詳細
1616年(元和2)武将・江戸幕府初代将軍徳川家康の命日(新暦6月1日)詳細
1884年(明治17)学習院が宮内省所轄の官立学校となる詳細
1895年(明治28)日清戦争講和の為の「下関条約」(日清講和条約)が調印される詳細
桓武天皇奠都1100年記念事業の一環として、京都において、大日本武徳会が発足する詳細
1918年(大正7)「軍需工業動員法」が公布される詳細
1946年(昭和21)「日本国憲法」の原案となった、政府の「憲法改正草案」が発表される詳細
1952年(昭和27)鳥取大火(死者3名、負傷者3,966名、焼失5,228戸)が起きる詳細