
金閣寺(鹿苑寺)(きんかくじ)は、京都府京都市北区にある鹿苑寺の通称で、相国寺の山外塔頭寺院です。室町幕府3代将軍足利義満は別荘北山殿に金閣などの殿楼を造営しましたが、1408年(応永15)の義満の死後、遺言により夢窓疎石を勧請開山とし、禅宗の寺院とされました。
宗派は臨済宗相国寺派、本尊は聖観世音菩薩で、当時は金閣以外に紫雲殿、天上間、拱北楼、反橋、芳徳殿、天鏡閣、泉殿、護摩堂、懺法堂などが立ち並び、壮観を極めたものの、のちに紫雲殿、天鏡閣は南禅寺に、天上間は建仁寺に、懺法堂は等持寺に移転され、焼失や破壊された建物もあって衰退します。しかし、天正年間(1573~1592年)から再建が始まり、徐々に堂舎の修理、復興が行われ、昭和時代前期には、金閣、方丈(本堂)、不動堂、大書院、夕佳亭などがありました。
ところが、中心となる金閣は、1950年(昭和25)7月2日に放火によって焼失、現在のものは1955年(昭和30)に同じ様式で再建されたものです。金閣の前の庭は、室町時代初期に改修されましたが、池中の島の配置などに山荘時代の面影を残す名園で、1956年(昭和31)に国の特別史跡・特別名勝に指定されました。
そして、1994年(平成6)には、「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産(文化遺産)に登録されています。
宗派は臨済宗相国寺派、本尊は聖観世音菩薩で、当時は金閣以外に紫雲殿、天上間、拱北楼、反橋、芳徳殿、天鏡閣、泉殿、護摩堂、懺法堂などが立ち並び、壮観を極めたものの、のちに紫雲殿、天鏡閣は南禅寺に、天上間は建仁寺に、懺法堂は等持寺に移転され、焼失や破壊された建物もあって衰退します。しかし、天正年間(1573~1592年)から再建が始まり、徐々に堂舎の修理、復興が行われ、昭和時代前期には、金閣、方丈(本堂)、不動堂、大書院、夕佳亭などがありました。
ところが、中心となる金閣は、1950年(昭和25)7月2日に放火によって焼失、現在のものは1955年(昭和30)に同じ様式で再建されたものです。金閣の前の庭は、室町時代初期に改修されましたが、池中の島の配置などに山荘時代の面影を残す名園で、1956年(昭和31)に国の特別史跡・特別名勝に指定されました。
そして、1994年(平成6)には、「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産(文化遺産)に登録されています。
〇金閣寺(鹿苑寺)関係略年表
・1225年(元仁元) 藤原公経が西園寺を建立し、併せて山荘を営む
・1397年(応永4) 金閣寺の開祖である足利義満が河内国と交換に西園寺を譲り受け、改築と新築を行い(北山山荘)、当時は「北山殿」「北山第」などと呼ばれる
・1399年(応永6) 現在の金閣寺舎利殿が完成したと推定される
・1403年(応永10) 相国寺七重大塔が落雷により焼失すると、義満は当地に七重大塔(北山大塔)を再建。相国寺七重大塔と同程度の規模とされる。
・1408年(応永15) 義満が死亡すると、義持は北山第に住んでいた異母弟義嗣をその生母春日局の屋敷に移し、自らここに入る
・1409年(応永16) 北山第の一部を破却して三条坊門第に移る
・1416年(応永23) 七重大塔が落雷で再度焼失する
・1419年(応永26) 日野康子が死亡すると、舎利殿以外の寝殿等は解体され、南禅寺や建仁寺に寄贈される
・1420年(応永27) 北山第は足利義満の遺言により禅寺とされ、義満の法号「鹿苑院殿」から鹿苑寺と名付けられ、夢窓疎石を勧請開山(名目上の開山)とする
・1467~77年(応仁元~文明9) 応仁の乱で、西軍の陣となり建築物の多くが焼失する
・1485年(文明17) 足利義政が参詣した際の、義政と亀泉集証(『蔭涼軒日録』の筆者)のやりとりが記録される
・1573~92年(天正年間) 西笑承兌が中興し、主要な建物の再建開始される
・1649年(慶安2) 舎利殿が大修理される
・1894年(明治27) 庭園および金閣を一般に公開すると共に拝観料を徴収して寺収入を確保する
・1897年(明治30) 舎利殿(金閣)が「古社寺保存法」に基づき「特別保護建造物」に指定される
・1929年(昭和4)7月1日 「国宝保存法」施行に伴い(旧)国宝に指定される
・1904~06年(明治37~39) 解体修理が行われる 。
・1925年(大正14)10月8日 庭園が「史蹟名勝天然紀念物保存法」によりに史跡・名勝に指定される
・1935年(昭和10) 満洲国の皇帝である愛新覚羅溥儀が、国賓として来日した際、鹿苑寺を訪れる
・1950年(昭和25)7月2日 放火により国宝の舎利殿(金閣)と安置されていた仏像等を焼失する(金閣寺放火事件)
・1956年(昭和31)7月19日 庭園が「文化財保護法」により特別史跡・特別名勝に指定される
・1952年(昭和27) 舎利殿(金閣)の再建に着工する
・1955年(昭和30) 舎利殿(金閣)の再建が竣工し、創建当時の姿に復元される
・1986~7年(昭和61~62) 金閣の「昭和大修復」が行われる
・1997年(平成9) 茶室「夕佳亭」の解体修理がおこなわれる
・2005~7年(平成17~19) 方丈の解体修理も行われる
・1994年(平成6)12月 ユネスコ世界遺産(文化遺産)「古都京都の文化財」の構成要素のひとつとして登録される
・2003年(平成15) 茶室「常足亭」 にチタン屋根を用い、最新技術を伝統建築に融合させた代表例となる
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1882年(明治15) | 大隈重信らが立憲改進党を結成する | 詳細 |
| 1889年(明治22) | 静岡駅~浜松駅間(現在の東海道本線)が開業、長浜駅~大津駅間航路利用で新橋駅~神戸駅が繋がる | 詳細 |
| 1884年(明治31) | 柳ヶ瀬トンネル(全長1,352m)完成により長浜~敦賀の鉄道(敦賀線、後の北陸本線)が開業する | 詳細 |
| 1910年(明治43) | 輪島町の大火で、全焼1,055軒、半焼15軒の被害を出す | 詳細 |
| 1937年(昭和12) | 「朝日新聞」で永井荷風著『墨東綺譚』の連載が開始される | 詳細 |
| 1945年(昭和20) | 小説家田村俊子の命日 | 詳細 |
| 1956年(昭和31) | 日本道路公団が設立される | 詳細 |
| 2020年(平成32) | 物理化学者長倉三郎の命日 | 詳細 |
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