
電話(でんわ)は、音声を電気的信号に変換し、有線または無線により離れた場所に伝送し、これを再び音声に戻すことで、相互に通話できるようにした通信方法です。1837年(天保8)に、アメリカ合衆国のチャールズ・ページが磁気による音声伝達原理を発見、1876年(明治9)に、アレクサンダー・グラハム・ベルが磁石式電話を発明して実用化されました。
日本では、明治時代前期の1877年(明治10)に工部省と宮内省との間19町32間(約2130m)に電線を架設し、日本で初めて電話を実用化、1878年(明治11) に警察電話が開通、1880年(明治13)には、鉄道電話が開通しています。1883年(明治16)に工部省電信局長石井忠亮、国営電話事業の必要性を強く訴え、建議書を政府に提出、1890年(明治23)に、「電話交換規則令」が発せられ、東京と横浜での電話業務開始にともない、初めて電話局内に「電話所」が設置され、1900年(明治33)9月11日に東京の新橋駅(中等待合室前)と上野駅(駅長室前)に1台ずつ、街頭にて初めて設置され「自働電話」と呼ばれました。
1926年(大正15)に、自動交換方式に対応したダイヤル式電話機が導入され、自動化(ダイヤル式)への移行が開始されます。1952年(昭和27)に日本電信電話公社が設立されて電話通信事業を独占し、1979年(昭和54)には、全国の電話自動化完了し、全国の電話でダイヤル即時通話ができるようになり、自動車電話サービスが開始されました。
1984年(昭和59)に第二電電、日本テレコム、日本高速通信(KDD)の民営3社が設立され、翌年には、電気通信事業の自由化が開始され、日本電電公社も民営化されて日本電信電話となります。1987年(昭和62)に日本初の携帯電話が発売されるようになり、現在では、広く携帯電話が普及するようになりました。
日本では、明治時代前期の1877年(明治10)に工部省と宮内省との間19町32間(約2130m)に電線を架設し、日本で初めて電話を実用化、1878年(明治11) に警察電話が開通、1880年(明治13)には、鉄道電話が開通しています。1883年(明治16)に工部省電信局長石井忠亮、国営電話事業の必要性を強く訴え、建議書を政府に提出、1890年(明治23)に、「電話交換規則令」が発せられ、東京と横浜での電話業務開始にともない、初めて電話局内に「電話所」が設置され、1900年(明治33)9月11日に東京の新橋駅(中等待合室前)と上野駅(駅長室前)に1台ずつ、街頭にて初めて設置され「自働電話」と呼ばれました。
1926年(大正15)に、自動交換方式に対応したダイヤル式電話機が導入され、自動化(ダイヤル式)への移行が開始されます。1952年(昭和27)に日本電信電話公社が設立されて電話通信事業を独占し、1979年(昭和54)には、全国の電話自動化完了し、全国の電話でダイヤル即時通話ができるようになり、自動車電話サービスが開始されました。
1984年(昭和59)に第二電電、日本テレコム、日本高速通信(KDD)の民営3社が設立され、翌年には、電気通信事業の自由化が開始され、日本電電公社も民営化されて日本電信電話となります。1987年(昭和62)に日本初の携帯電話が発売されるようになり、現在では、広く携帯電話が普及するようになりました。
〇電信・電話関係略年表
・1854年(安政4) ペリー二度目の来航の折、幕府に献上した電信装置で1.6km間を送信したのが最初となる
・1869年(明治2) 横浜裁判所構内に電信機役所が設置され、横浜市内間の電報がスタートする
・1870年(明治3) 東京~横浜間で公衆電信線が架設され、電報がスタートする
・1873年(明治6) 青森~東京~長崎~世界へと電信網が拡大する
・1877年(明治10) 工部省が電話機を輸入して実験を行い、電話機の国産化に着手する
・1878年(明治11) 国産電話機を制作(ベル式電話1号機)する
・1883年(明治16) 音声通信の有用性に気づいた工部省電信局長石井忠亮が建議書を提出する
・1886年(明治19) 工学士志田林三郎が隅田川で、日本初の無線通信の実験を行なう
・1890年(明治23) 東京市内と横浜市内の間で日本初の電話事業が開始される
・1899年(明治32) 東京~大阪間で電話の長距離通話が始まり、全国の電話加入者数が1万人を超える
・1904年(明治37) 日露戦争では3大式無線機が活躍、旗艦三笠から「皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ」と各艦へ打電される
・1923年(大正12) 関東大震災の復旧をきっかけに自動電話交換機採用が進展する
・1926年(大正15) 電話交換の自動化(ダイヤル化)がスタートする
・1940年(昭和15) 電話加入者数は100万人(当時人口は7,300万人)を越える
・1945年(昭和20) 太平洋戦争終結時には、電話加入者数は46万8千台にまで激減する
・1950年(昭和25) 4号自動式卓上電話機(黒電話)が登場する
・1952年(昭和27) 自動電話交換機のステップ・バイ・ステップ交換機が登場する
・1953年(昭和28) 4号自動式ボックス公衆電話機(青電話)が登場する
・1959年(昭和34) 特殊簡易公衆電話(ピンク電話)が登場する
・1955年(昭和30) 自動電話交換機のクロスバ交換機、5号自動式ボックス公衆電話機(赤電話)が登場する
・1962年(昭和37) 600形電話機が登場する
・1965年(昭和40) 県庁所在地相互間のみのダイヤル化が完成する
・1969年(昭和44) 600P電話機によるプッシュホンサービスが開始される
・1970年(昭和45) 押しボタン式電話機にプッシュホンの愛称が用いられるようになり、キャッチホンサービスが開始され、電電公社でテレビ会議サービスの商用実験が始まる
・1971年(昭和46) 電話機のホワイト、グレー、グリーンの3色カラー化が始まる
・1973年(昭和48) 電話ファックスサービスが開始される
・1975年(昭和50) 国際ダイヤル通話が開始される
・1976年(昭和51) 電電公社(現NTT)が至急電報の取り扱いを終了する
・1978年(昭和53) 電話機の申し込み即取り付けが実現する
・1979年(昭和54) 小笠原諸島を含む全国のダイヤル即時通話が完成、東京23区内で自動車に取り付けて走りながら通話可能な電話サービス(自動車電話)が始まる
・1982年(昭和57) 自動電話交換機のデジタル交換機が登場する
・1984年(昭和59) テレビ会議システムのサービスが開始される
・1985年(昭和60) 人が持ち運べるショルダーフォンが登場する
・1987年(昭和62) コードレス電話機の販売自由化が始まる
・1995年(平成7) PHSサービスが開始される
・2001年(平成13) ソフトバンク、ブロードバンド電話事業「BB Phone」発表する
・2002年(平成14) 総務省がIP電話に専用番号「050」を設定、多数のIP電話サービスプロバイダ出現する
・2003年(平成15) プロバイダ間の提携が活発化、各社がIP電話と固定電話や携帯電話との接続サービスを開始する
・2004年(平成16) 東西NTT、「0AB~J」番号を利用したIP電話「ひかり電話」を開始する
・2006年(平成18) コードレス電話のデジタル化が始まる
・2007年(平成19) 電報為替(かわせ)が廃止になる
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1184年(寿永3) | 琵琶湖畔の粟津の戦いで源義仲(木曽義仲)が討ち死にする(新暦3月4日) | 詳細 | |||||
| 1869年(明治2) | 薩摩・長州・土佐・肥前の4藩主が版籍奉還を上奏する(新暦3月2日) | 詳細 | |||||
| 明治政府が街道の関所を廃止する(新暦3月2日) | 詳細 | ||||||
| 1885年(明治18) | 俳人尾崎放哉の誕生日 | 詳細 | |||||
| 1925年(大正14) | 「日ソ基本条約」が締結され、日ソ間に国交が樹立される | 詳細 | |||||
| 1943年(昭和18) | 東条英機内閣によって、「生産増強勤労緊急対策要綱」が閣議決定される | 詳細 | |||||
| 1958年(昭和33) | 「日本・インドシナ平和条約」が調印(発効は同年4月15日)される | 詳細 | |||||
| 1979年(昭和54) | 奈良県奈良市の茶畑から『古事記』編者・太安麻呂の墓と墓誌が発見される | 詳細 | |||||
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