
国際電話(こくさいでんわ)は、国と国との間で、有線又は無線によって連絡される電話のことです。1887年(明治20)に、フランスのパリとベルギーのブリュッセルの間において行われたのが最初とされ、1927年(昭和2)には、ロンドン~ニューヨーク間にも通じました。
日本では、1934年(昭和9)に東京~マニラ間の無線国際電話が日本初の国際電話として開通します。その後、インドネシア、アメリカをはじめ、世界各地に回線が設けられるにつれ利用回数は増加しましたが、太平洋戦争が始まり、激減しました。
戦後、1948年(昭和23)1月4日に、日米間の国際電話が開通し、1953年(昭和28)の国際電信電話(株)の設立以来、同社が事業を独占するようになります。1964年(昭和39)には、日本~アメリカ合衆国間で国際電信電話 (KDD) とAT&Tにより、太平洋横断海底ケーブルTPC-1が敷設され、日米の国際電話の接続が容易になりました。
1998年(平成10)に、「国際電信電話法」が廃止され、KDD以外の企業でも国際回線を保有することが可能となります。2000年(平成12)に国際ローミングサービス開始、2002年(平成14)に 国際IP電話サービス開始、2005年(平成17)にイリジウム(衛星コンステレーション)サービス開始とどんどん進化し、通信衛星や太平洋横断ケーブルの布設によって大量通話が可能となり、携帯電話からも通話可能のサービスが始まりました。
日本では、1934年(昭和9)に東京~マニラ間の無線国際電話が日本初の国際電話として開通します。その後、インドネシア、アメリカをはじめ、世界各地に回線が設けられるにつれ利用回数は増加しましたが、太平洋戦争が始まり、激減しました。
戦後、1948年(昭和23)1月4日に、日米間の国際電話が開通し、1953年(昭和28)の国際電信電話(株)の設立以来、同社が事業を独占するようになります。1964年(昭和39)には、日本~アメリカ合衆国間で国際電信電話 (KDD) とAT&Tにより、太平洋横断海底ケーブルTPC-1が敷設され、日米の国際電話の接続が容易になりました。
1998年(平成10)に、「国際電信電話法」が廃止され、KDD以外の企業でも国際回線を保有することが可能となります。2000年(平成12)に国際ローミングサービス開始、2002年(平成14)に 国際IP電話サービス開始、2005年(平成17)にイリジウム(衛星コンステレーション)サービス開始とどんどん進化し、通信衛星や太平洋横断ケーブルの布設によって大量通話が可能となり、携帯電話からも通話可能のサービスが始まりました。
〇日本の電信・電話関係略年表
・1854年(安政4) ペリー二度目の来航の折、幕府に献上した電信装置で1.6km間を送信したのが最初となる
・1869年(明治2) 横浜裁判所構内に電信機役所が設置され、横浜市内間の電報がスタートする
・1870年(明治3) 東京~横浜間で公衆電信線が架設され、電報がスタートする
・1873年(明治6) 青森~東京~長崎~世界へと電信網が拡大する
・1877年(明治10) 工部省が電話機を輸入して実験を行い、電話機の国産化に着手する
・1878年(明治11) 国産電話機を制作(ベル式電話1号機)する
・1883年(明治16) 音声通信の有用性に気づいた工部省電信局長石井忠亮が建議書を提出する
・1886年(明治19) 工学士志田林三郎が隅田川で、日本初の無線通信の実験を行なう
・1890年(明治23)12月16日 東京市内と横浜市内の間で日本初の電話事業が開始される
・1899年(明治32) 東京~大阪間で電話の長距離通話が始まり、全国の電話加入者数が1万人を超える
・1900年(明治33)9月11日 東京の新橋駅と上野駅に、街頭で初めて設置され「自働電話」と呼ばれた
・1900年(明治33)10月 最初の公衆電話ボックスが京橋(現在の東京都中央区)のたもとに建てられる
・1903年(明治36) 共電式公衆電話機の設置を開始する
・1904年(明治37) 日露戦争では3大式無線機が活躍、旗艦三笠から「皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ」と各艦へ打電される
・1923年(大正12) 関東大震災の復旧をきっかけに自動電話交換機採用が進展する
・1925年(大正14)10月1日 交換手不要のダイヤル自動方式採用で、「自働電話」が「公衆電話」と改称される
・1926年(大正15) 電話交換の自動化(ダイヤル化)がスタートする
・1934年(昭和9) 東京~マニラ間の無線国際電話が日本初の国際電話として開通する
・1940年(昭和15) 電話加入者数は100万人(当時人口は7,300万人)を越える
・1945年(昭和20) 太平洋戦争終結時には、電話加入者数は46万8千台にまで激減する
・1948年(昭和23)1月4日 日米間の国際電話が開通する
・1950年(昭和25) 4号自動式卓上電話機(黒電話)が登場する
・1951年(昭和26)12月 委託公衆電話が登場する
・1952年(昭和27) 自動電話交換機のステップ・バイ・ステップ交換機が登場する
・1953年(昭和28)1月 ボタン付き硬貨後納式の「青電話」の設置(4号自動式ボックス公衆電話機)が開始される
・1953年(昭和28)8月 「赤電話」(店頭公衆電話)が登場する
・1955年(昭和30) 自動電話交換機のクロスバ交換機、5号自動式ボックス公衆電話機(赤電話)が登場する
・1955年(昭和30) 10円硬貨前納式の「青電話」の設置が開始される
・1957年(昭和32) 近畿日本鉄道の特急2250系に日本初の列車公衆電話が設置される
・1959年(昭和34) 特殊簡易公衆電話(ピンク電話)が登場する
・1962年(昭和37) 600形電話機が登場する
・1964年(昭和39) 日本~アメリカ合衆国間で国際電信電話 (KDD) とAT&Tにより、太平洋横断海底ケーブルTPC-1が敷設される
・1965年(昭和40) 県庁所在地相互間のみのダイヤル化が完成する
・1965年(昭和40) 東海道新幹線で列車公衆電話サービスが開始される
・1968年(昭和43) ダイヤル市外通話可能な10円硬貨前納式の大型青電話の設置が開始される
・1969年(昭和44) 600P電話機によるプッシュホンサービスが開始される
・1970年(昭和45) 押しボタン式電話機にプッシュホンの愛称が用いられるようになり、キャッチホンサービスが開始され、電電公社でテレビ会議サービスの商用実験が始まる
・1971年(昭和46) 電話機のホワイト、グレー、グリーンの3色カラー化が始まる
・1972年(昭和47)12月 100円硬貨にも対応した「黄電話」の設置が開始される
・1973年(昭和48) 電話ファックスサービスが開始される
・1975年(昭和50) 国際ダイヤル通話が開始される
・1975年(昭和50) プッシュ式黄電話の設置が開始される
・1976年(昭和51) 電電公社(現NTT)が至急電報の取り扱いを終了する
・1978年(昭和53) 電話機の申し込み即取り付けが実現する
・1979年(昭和54) 小笠原諸島を含む全国のダイヤル即時通話が完成、東京23区内で自動車に取り付けて走りながら通話可能な電話サービス(自動車電話)が始まる
・1982年(昭和57) 自動電話交換機のデジタル交換機が登場する
・1982年(昭和57)12月 磁気カード式公衆電話(磁気テレホンカード使用可)の設置が開始される
・1984年(昭和59) テレビ会議システムのサービスが開始される
・1985年(昭和60) 人が持ち運べるショルダーフォンが登場する
・1986年(昭和61) 航空機公衆電話サービスが開始される
・1987年(昭和62) コードレス電話機の販売自由化が始まる
・1993年(平成5) 公衆電話の通話料金が大幅に値上げされる
・1995年(平成7)3月 公衆電話のカード化が完了し、青電話、赤電話、黄電話が姿を消す
・1995年(平成7) PHSサービスが開始される
・1998年(平成10) 「国際電信電話法」が廃止され、KDD以外の企業でも国際回線を保有することが可能となる
・1999年(平成11)3月 ICカード対応公衆電話の設置が開始される
・2000年(平成12) 国際ローミングサービスが開始される
・2001年(平成13) ソフトバンク、ブロードバンド電話事業「BB Phone」発表する
・2002年(平成14) 総務省がIP電話に専用番号「050」を設定、多数のIP電話サービスプロバイダが出現し、国際IP電話サービスも開始される
・2002年(平成14)11月 新規機種の開発の停止
・2003年(平成15) プロバイダ間の提携が活発化、各社がIP電話と固定電話や携帯電話との接続サービスを開始する
・2004年(平成16) 東西NTT、「0AB~J」番号を利用したIP電話「ひかり電話」を開始する
・2005年(平成17) 磁気テレホンカード式公衆電話の新機種DMC-8Aが出される
・2005年(平成17) イリジウム(衛星コンステレーション)サービスが開始される
・2006年(平成18)3月31日 ICカード対応公衆電話のすべてのサービス終了する
・2006年(平成18) コードレス電話のデジタル化が始まる
・2007年(平成19) 電報為替(かわせ)が廃止になる
・2012年(平成24)6月29日 NTT東西が公式サイトにて全国の公衆電話の設置場所を公開する
・2016年(平成28年) DMC-8A公衆電話後継機種MC-D8のサービスが開始される
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1877年(明治10) | 地租軽減運動としての一揆頻発により、税率を地価の3%から2.5%に引き下げる | 詳細 | |||||
| 1882年(明治15) | 「陸海軍軍人ニ賜ハリタル勅諭」(軍人勅諭)が発布される | 詳細 | |||||
| 1888年(明治21) | 三井財閥、藤田伝三郎などの出資により、山陽鉄道会社(現在の山陽本線)が設立される | 詳細 | |||||
| 1898年(明治31) | 船舶工学者山県昌夫の誕生日 | 詳細 | |||||
| 1912年(明治45) | 公家・政治家・伯爵東久世通禧の命日 | 詳細 | |||||
| 1922年(大正11) | 小説家山田風太郎の誕生日 | 詳細 | |||||
| 1946年(昭和21) | GHQが「超国家主義団体の解体の指令」(SCAPIN-548)を出す | 詳細 | |||||
| GHQが「公務従事ニ適シナイ者ノ公職カラノ除去ニ関スル件」(SCAPIN-550)を出す | 詳細 | ||||||
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