
戦争犯罪人追及人民大会(せんそうはんざいにんついきゅうじんみんたいかい)は、昭和時代前期の太平洋戦争敗戦後、1945年(昭和20)12月8日に、再建途上にあった日本本共産党を中心に全国的に開催された大衆集会です。東京、大阪、名古屋他各地で戦争犯罪人追求の大衆闘争を推進するために開催されました。
東京では、日本共産党や労農・文化団体等6団体が結集して「人民解放連盟」という団体をつくり、共同主催のもとに神田共立講堂で開かれます。会場は5,000人を超す参加者であふれ、戦争犯罪人追及の論議が展開され、席上、日本共産党の志賀義雄氏から、「もし天皇制の存続を許すならば以前にまさる悪質な軍国主義が再興し、日本人民大衆は今日以上はるかに戦慄すべき状態に陥るであろう。次代の若い大衆諸君のためにも天皇制の打倒はわれわれの責任であり、義務でもある。又残存特高勢力および司法検察当局のしぶとい反動勢力の暗躍および軍国主義勢力の地下運動を徹底的に絶滅し、粉砕せねばならぬ」(アカハタ再刊第六号より)という要旨の挨拶がありました。また、政界や産業・経済界、文壇、言論・報道界、出版界,教育界など各界の戦争犯罪人1,571名をリストアップした「戦争犯罪人名簿」(第1次)を発表しています。
以下に、当時の日本共産党が発表した「戦争犯罪人追及決議文」を掲載しておきますので、ご参照下さい。
東京では、日本共産党や労農・文化団体等6団体が結集して「人民解放連盟」という団体をつくり、共同主催のもとに神田共立講堂で開かれます。会場は5,000人を超す参加者であふれ、戦争犯罪人追及の論議が展開され、席上、日本共産党の志賀義雄氏から、「もし天皇制の存続を許すならば以前にまさる悪質な軍国主義が再興し、日本人民大衆は今日以上はるかに戦慄すべき状態に陥るであろう。次代の若い大衆諸君のためにも天皇制の打倒はわれわれの責任であり、義務でもある。又残存特高勢力および司法検察当局のしぶとい反動勢力の暗躍および軍国主義勢力の地下運動を徹底的に絶滅し、粉砕せねばならぬ」(アカハタ再刊第六号より)という要旨の挨拶がありました。また、政界や産業・経済界、文壇、言論・報道界、出版界,教育界など各界の戦争犯罪人1,571名をリストアップした「戦争犯罪人名簿」(第1次)を発表しています。
以下に、当時の日本共産党が発表した「戦争犯罪人追及決議文」を掲載しておきますので、ご参照下さい。
〇戦争犯罪人追及決議文
日本の人民大衆をして彼の恐るべき強盗侵略戦争に駆り立てゝ惨虐極まる犠牲の血を流さしめたる犯罪人に対する厳重処罰は日本勤労民衆の総意が切に希望する所であり且又、吾が日本共産党がポツダム宣言の精神に立脚し不断に強調しつゝある所である。天皇制支配機構に於ける一切の指導的分子即ち天皇を始め重臣、軍閥、行政司法の官僚、財閥戦争協力地主、貴族院衆議院議員、反動団体のゴロツキ等が犯罪的侵略戦争の指導者、組織者であることは全く疑いなき事実である。今回梨本宮、平沼を始め五十九名に対する連合軍最高司令部の逮捕命令は戦争犯罪人の牙城に対する鉄鎚として全日本の人民大衆に深い感銘を与える所である。吾が党第四回全国大会は連合軍の今回の措置を全面的に支持すると共に今日尚日本の政治経済機構に深く巣喰つている多数の戦争犯罪人に対する厳正処断が日本の民主化のための根本前提として急速になされることを茲に熱望して止まないものである。
右決議す
一九四五年十二月三日
日本共産党第四回全国大会
代表者日本共産党中央委員
神山 茂夫
黒木 重徳
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
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| 1945年(昭和20) | GHQが「救済並福祉計画ノ件」(SCAPIN-404)を指令する | 詳細 |
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