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 今日は、昭和時代前期の1943年(昭和18)に、「国内必勝勤労対策」が閣議決定され、17職種の男子就業禁止で女子が動員されることとなった日です。
 「国内必勝勤労対策」(こくないひっしょうきんろうたいせい)は、昭和時代前期の太平洋戦争下、日本の労働力不足を解消するために、1943年(昭和18)9月23日に、東条英機内閣による閣議決定です。販売店員、出改札係、車掌、理髪師など17職種で男性の就業が禁止され、25歳未満の女性が「女子挺身隊」として動員されることになりました。
 それまで、これらの職業で永年働いていた男子労働者は、勤労動員署のいわれるままに、多くは工場の職工として徴用されることとなります。

<男子就業禁止とされた17職種>

・事務補助者
・現金出納係
・小使給仕受付係
・物品販売業の店員売子
・行商呼売
・外交員注文取
・集金人
・電話交換手
・出改札係
・車掌、踏切り手
・昇降機運転係
・番頭客引
・給仕人
・理髪師、髪結、美容師
・携帯品預り係
・案内係
・下足番

〇女子挺身隊(じょしていしんたい)とは?

 太平洋戦争下で、日本政府が軍需工場の労働力不足を補うために創設した女子勤労動員組織です。1943年(昭和18)9月に、国内態勢強化方策が閣議決定されたのを受け、まず14~25歳の未婚・無職・不在学の女子を居住地で女子挺身隊に組織することになりました。
 翌年3月から強制的になり、6月からは12歳にまで引き下げられます。その法令上の措置として、1944年(昭和19)8月23日に公布・施行されたのが「女子挺身隊勤労令」で、「学徒勤労令」と同じ日の公布・施行でした。同令により、1年間の勤労動員が義務づけられ、違反者には「国家総動員法」により、1年以下の懲役または1,000円以下の罰金が科せられるようになって、14歳から40歳までの女性が軍需工場などの戦争遂行体制に動員されました。
 しかし、戦局が悪化したため本土決戦に備え、1945年(昭和20年)3月6日に公布・施行された「国民勤労動員令」に、労務関係の他の4勅令(国民徴用令、労務調整令、学校卒業者使用制限令、国民勤労報国協力令)と共に、一本化されて廃止されています。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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1557年(天正5)手取川の戦いで、上杉謙信軍が織田信長軍に大勝する(新暦11月3日)詳細
1790年(寛政2)前句付点者柄井川柳の命日(新暦10月30日)詳細
1832年(天保3)儒学者・詩人頼山陽の命日詳細
1871年(明治4)思想家・社会運動家幸徳秋水の誕生日(新暦11月5日)詳細
1884年(明治17)自由民権運動激化事件の一つ、加波山事件が起きる詳細
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1950年(昭和25)松竹より、大庭秀雄監督の映画『長崎の鐘』(原作:永井隆)が封切られる詳細