
品川台場(しながわだいば)は、江戸時代後期に、江戸幕府が江戸湾防備のため品川沖に建設した砲台で、「御台場」とも呼ばれています。1853年(嘉永6年6月3日)のペリー来航を契機に、江川太郎左衛門の献策により11ヶ所に設置を予定し、1年4ヵ月の間に5ヶ所が完成しました。
西洋の軍事技術を応用しながら、伝統的石積技術を用いた、日本最初の大規模海上構造物です。台場は、要塞の一種で、海岸や河岸に築かれるものが多かったものの、幕末明治維新期に起きた戊辰戦争や西南戦争においては、海岸線に限らず、峠・高台・交通の要衝に築かれてきました。
品川台場は、日本の技術水準の高さを示す貴重な土木遺産であり、幕末の国際関係を知る上で重要なものとして、1926年(大正15)に、国の史跡に指定されて、第三、第六台場だけが残されています。この内、第三台場は、台場公園として開放されていて、内側の平坦な窪地には、陣屋、弾薬庫跡などが残されてきました。
尚、2017年(平成29)には、続日本100名城(124番)に「品川台場」として選定されています。
西洋の軍事技術を応用しながら、伝統的石積技術を用いた、日本最初の大規模海上構造物です。台場は、要塞の一種で、海岸や河岸に築かれるものが多かったものの、幕末明治維新期に起きた戊辰戦争や西南戦争においては、海岸線に限らず、峠・高台・交通の要衝に築かれてきました。
品川台場は、日本の技術水準の高さを示す貴重な土木遺産であり、幕末の国際関係を知る上で重要なものとして、1926年(大正15)に、国の史跡に指定されて、第三、第六台場だけが残されています。この内、第三台場は、台場公園として開放されていて、内側の平坦な窪地には、陣屋、弾薬庫跡などが残されてきました。
尚、2017年(平成29)には、続日本100名城(124番)に「品川台場」として選定されています。
〇品川台場関係略年表(明治5年以前の日付は旧暦です)
・1853年(嘉永6年6月3日):アメリカ合衆国のマシュー・ペリー艦隊が第13代アメリカ合衆国大統領のミラード・フィルモアによる日本開国の任務の為、来航して幕府に開国要求を迫る
・1853年(嘉永6年8月28日):黒船から江戸湾を防衛するために、品川沖に沿岸砲台(品川台場)の築城を開始する
・1854年(嘉永7):ペリーが2度目の来航をするまでに砲台の一部は完成し、品川台場(品海砲台)と呼ばれる
・1875年(明治8):海上の7つの台場が陸軍省の所管となる。明治中期には東京湾要塞の建設が始まったこともあって台場の重要性が減り、以後徐々に払い下げられることとなる
・1878年(明治11):芝区の成立に伴い、海上の7つの台場(第一 ~第七台場)は芝区に所属し、それぞれ東京府芝区大字品川沖1 - 7番地となる。大正の初めまでに町名の品川沖は品海砲台に変更となる
・1912年(大正元):第四台場が民間人に払い下げられ、造船所となる
・1915年(大正4):第三台場・第六台場が東京市に払い下げられ、史跡公園として整備されることになる
・1917年(大正6):第一台場が民間人に払い下げられる
・1926年(大正15):第三、第六台場だけが国の史跡に指定される
・1928年(昭和3):第三台場が東京市により整備され、台場公園として市民に開放される
・1934年(昭和9):第二台場・第五台場が東京市に払い下げられる
・1939年(昭和14):第四台場が新しく完成した埋立地(品川区天王洲町・現在の品川区東品川)に埋没して消滅する
・1941年(昭和16):東京港が開港する。
・1947年(昭和22)3月15日:芝区・麻布区・赤坂区が合併して港区が成立し、台場地区は東京都港区芝品海砲台となる
・1955年(昭和30):品川区と地続きになっていた旧第四台場の土地が、港区より品川区に割譲される
・1957年(昭和32):8つの台場のうち唯一陸上に造られた御殿山下台場が撤去され、跡地に品川区立台場小学校が開校する
・1961年(昭和36):東京港の開港に伴い船舶が増加したため、航路を塞ぐ形で浮かぶ第二台場が撤去される
・1962年(昭和37):第五台場が新しく完成した埋立地(港区品川埠頭・現在の港区港南)に埋没して消滅する
・1963年(昭和38):第一台場が新しく完成した埋立地(港区品川埠頭・現在の港区港南)に埋没して消滅する
・1965年(昭和40):第七台場が撤去される。これにより、現存する第三台場と第六台場以外のすべての台場が消滅する。なお、第七台場は最初から未完成のまま海面下に水没した状態で残されていた
・1965年(昭和40)3月1日:台場地区に住居表示が実施され、港区芝品海砲台(第三・第六台場)が町名変更により港南五丁目となる
・1974年(昭和49)6月:品川区東八潮に船の科学館が開館する。お台場で最初の大規模建築物である
・1975年(昭和50)12月1日:13号地海浜公園(後のお台場海浜公園)、13号地緑道公園(後の東八潮緑道公園、青海緑道公園)が開園する
・1976年(昭和51)8月12日:首都高速湾岸線の大井 - 13号地(当時)間の開通により、東京港トンネルが供用開始される
・1978年(昭和53)7月16日~1979年(昭和54年)1月15日:船の科学館周辺で宇宙科学博覧会の第一期が開催される
・1979年(昭和54)3月24日~9月2日:宇宙科学博覧会の第二期が開催される
・1979年(昭和54):東京港の海底を掘削した際の残土により埋立が進められ、13号埋立地が完成する
・1995年(平成7):世界都市博覧会の中止が決定される。また、企業の進出や移転のキャンセルが相次ぎ、13号地は空き地だらけとなったため、発展に暗雲が垂れ込めた。11月1日、ゆりかもめの新橋駅 - 有明駅間が開業する
・1996年(平成8):臨海副都心開発により新たに港区台場が13号地北部に成立する。これに伴い、第三台場・第六台場が港区港南五丁目から港区台場一丁目に変更される
・1997年(平成9):フジテレビの本社が新宿区河田町からFCGビルに移転、同局のテレビドラマ『踊る大捜査線』の舞台になったり、FCGビルが観光地となるなど、お台場の知名度が上がる
・2007年(平成19):首都高速湾岸線の13号地出入口が臨海副都心出入口に改称される
・2007年(平成19):乃村工藝社本社ビルと台場ガーデンシティビルの竣工をもって港区台場の開発が完了する
・2013年(平成25):青海・台場クロスウォークの供用が開始される
・2017年(平成29):続日本100名城(124番)に「品川台場」として選定される
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
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