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 今日は、江戸時代中期の1720年(享保5)に、江戸幕府が江戸町火消を「いろは47組」に再編成した日ですが、新暦では9月9日となります。
 町火消(まちびけし)は、武家の消防組織に対し、町人が自治的に設けた消防組織です。1658年(万治元)に、江戸の中橋から京橋までの23町が人足を常雇いしたのに始まり、1715年(正徳5)には、町民や人足が町ごとに火事場に駆けつけた店火消が設置されたのが前身となりました。
 1717年(享保2)に大岡忠相が南町奉行となると、翌年には、儒学者荻生徂徠の意見も取り入れ、火消組合の組織化を目的として、江戸に「町火消設置令」が出され、1720年(享保5)には、町奉行大岡忠相の答申に基づき、「いろは47組」など約1万人の消防組を編成、町の費用で江戸の消防にあたらせ、全域で恒常的な組織が確立します。1730年(享保15)に、「いろは47組」を一番組から十番組まで10の大組に分け、大纏を与えて統括し、より多くの火消人足を火事場に集められるように改編しました。
 1738年(元文3)には、大組のうち、組名称が悪いとして四番組が五番組に、七番組が六番組に吸収合併され、大組は8組となります。町火消は、毎年正月の1月4日に、各組の町内で梯子乗りや木遣り歌を披露する初出(はつで)を行なうようになりました。
 担当区域は、主として町家に限られましたが、その後、武家屋敷の消火にも進出し、特に、1844年(弘化元)の江戸城本丸の火災には、大活躍をします。

〇町火消関係略年表

・1658年(万治元) 江戸の中橋から京橋までの23町が人足を常雇いする(町火消の始まり)
・1715年(正徳5) 町民や人足が町ごとに火事場に駆けつけた店火消が設置される
・1717年(享保2)  が南町奉行となる
・1718年(享保3) 儒学者荻生徂徠の意見も取り入れ、火消組合の組織化を目的として、江戸に「町火消設置令」が出される
・1720年(享保5) 町奉行大岡忠相の答申に基づき、「いろは47組」など約1万人の消防組を編成、町の費用で江戸の消防にあたらせ、全域で恒常的な組織が確立する
・1730年(享保15) 「いろは47組」を一番組から十番組まで10の大組に分け、大纏を与えて統括し、より多くの火消人足を火事場に集められるように改編する
・1738年(元文3) 大組のうち、組名称が悪いとして四番組が五番組に、七番組が六番組に吸収合併され、大組は8組となる
・1844年(弘化元) 江戸城本丸の火災に大活躍する

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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