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 鎌倉時代の1253年(建長5)に、鎌倉幕府第5代執権北條時頼が建長寺を創建し、落慶法要が行われた日ですが、新暦では12月24日となります。
 建長寺(けんちょうじ)は、神奈川県鎌倉市山ノ内にある臨済宗建長寺派の大本山で、鎌倉幕府第5代執権北条時頼を開基として、1251年(建長3)から造営が始められ、1253年(建長5)に落慶法要が行われました。
 山号は巨福山で、小袋(こぶくろ)坂の刑場跡で地蔵堂のあった場所に建てられたことに由来し、本尊は地蔵菩薩となっています。中国南宋より来朝した大覚禅師蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)のために建てられた禅寺で、日本最初の本格的な宋朝風純粋禅の道場として、中国の径山万寿寺(きんざんまんじゆじ)を模した左右対称の伽藍配置となりました。
 その後、1293年(正応6)に発生した鎌倉大地震により建造物の大半が倒壊、炎上します。その再建のために、元から来日した一山一寧を第十世に任じて担当させたものの、続いて1315年(正和4)に火災に見舞われました。
 その造営費用を調達するため、幕府公認で元へ貿易船(寺社造営料唐船)が、1325年(正中2)に派遣されましたが、「建長寺船」と呼ばれています。
 1341年(興国2/暦応4)に鎌倉五山の第一となり、1386年(元中3/至徳3)に京都・鎌倉の五山を定めたとき天竜寺とともに第一とされました。しかし、1416年(応永23)などのたびたびの火災で創建当初の建物を失います。
 江戸時代には、徳川家の援助で総門・山門(国指定重要文化財)などが新築され、仏殿・唐門(いずれも国指定重要文化財)などが移築されましたが、1923年(大正12)の関東大震災でも大きな被害を受けました。
 現在、梵鐘(国宝)、『蘭渓道隆像』1幅(国宝)、『大覚禅師墨跡』(国宝)、『十六羅漢図』(国指定重要文化財)、『釈迦三尊像図』(国指定重要文化財)、『木造北条時頼像』(国指定重要文化財)などのほか彫刻、古文書を多数所蔵し、境内は「建長寺境内」として国の史跡に指定、庭園は国指定名勝となっています。