ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

2026年06月

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 今日は、昭和時代中期の1951年(昭和26)に、「文化財保護法」に基づいて、太平洋戦争後初の国宝に、中尊寺金色堂、法隆寺(金堂、五重塔他)などの38件の建造物が指定された日です。
 国宝(こくほう)は、重要文化財のうち、特に文化史的価値の高い建築物・美術工芸品・古文書などで、文部科学大臣が指定し、国が保護・管理するものです。日本の「文化財保護法」第27条第2項で、「文部科学大臣は、重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定することができる。」と規定されています。それによって、建造物、絵画、彫刻、工芸品、書跡・典籍、古文書、考古資料および歴史資料が、2026年(令和8)1月1日現在で、総数 1,149件指定されています。

<2026年1月1日付の国宝の指定件数>総数 1,149件
・建造物 233件(303棟)
・美術工芸品 916件
・絵画 167件
・彫刻 142件
・工芸品 254件
・書跡・典籍 236件
・古文書 63件
・考古資料 51件
・歴史資料 3件

〇「文化財保護法」(ぶんかざいほごほう)とは?

 昭和時代中期の1950年(昭和25)5月30日に公布、同年8月29日に施行され、時々の状況に合わせて何度か改正されていますが、「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」(第1条)を目的とした法律です。1949年(昭和24)1月26日の法隆寺金堂壁画焼失が契機となり、議員立法によって制定されました。
 それまでの、「国宝保存法」(1929年制定)、「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」(1933年制定)、「史蹟名勝天然記念物保存法」(1919年制定)などを吸収・廃止し、歴史上または学術上価値あるものは、土地や植物、動物などをも文化財として保護することにしたものです。保護の対象となる文化財は、(1)有形文化財(建造物・絵画・彫刻・工芸品・書跡・典籍・古文書・考古資料・歴史資料その他)、(2) 無形文化財(演劇・音楽・工芸技術その他)、(3) 民俗文化財(風俗慣習・民俗芸能に用いられる衣服、器具、家屋その他の物件)、(4) 記念物(遺跡・名勝地・動物・植物・地質鉱物など )、(5) 文化的景観(地域における人々の生活または生業および地域の風土により形成された景観地)、(6) 伝統的建造物群(周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造物群)となっています。
 これらの重要なものを重要文化財、史跡・名勝・天然記念物に指定し、特に価値の高いものは、国宝、重要無形民俗文化財、重要有形民俗文化財、特別史跡・特別名勝・特別天然記念物、重要文化的景観、重要伝統的建造物群保存地区の指定がなされました。重要文化財に関し、所有者・管理者への財政援助が規定され、また、現状変更の制限、修理の届出制、輸出の禁止、売渡しの際の申出制などの文化財保護のための規制も定められています。
 以下に、「文化財保護法」の一部を載せておきますのたで、ご参照下さい。

☆「文化財保護法」(抜粋)

第一章 総則

(この法律の目的)
第一条 この法律は、文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献することを目的とする。

(文化財の定義)
第二条 この法律で「文化財」とは、次に掲げるものをいう。
一 建造物、絵画、彫刻、工芸品、書跡、典籍、古文書その他の有形の文化的所産で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いもの(これらのものと一体をなしてその価値を形成している土地その他の物件を含む。)並びに考古資料及びその他の学術上価値の高い歴史資料(以下「有形文化財」という。)
二 演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所在で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いもの(以下「無形文化財」という。)
三 衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習、民俗芸能、民俗技術及びこれらに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの(以下「民俗文化財」という。)
四 貝づか、古墳、都城跡、城跡、旧宅その他の遺跡で我が国にとつて歴史上又は学術上価値の高いもの、庭園、橋梁、峡谷、海浜、山岳その他の名勝地で我が国にとつて芸術上又は観賞上価値の高いもの並びに動物(生息地、繁殖地及び渡来地を含む。)、植物(自生地を含む。)及び地質鉱物(特異な自然の現象の生じている土地を含む。)で我が国にとつて学術上価値の高いもの(以下「記念物」という。)
五 地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの(以下「文化的景観」という。)
六 周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造物群で価値の高いもの(以下「伝統的建造物群」という。)
2 この法律の規定(第二十七条から第二十九条まで、第三十七条、第五十五条第一項第四号、第百五十三条第一項第一号、第百六十五条、第百七十一条及び附則第三条の規定を除く。)中「重要文化財」には、国宝を含むものとする。
3 この法律の規定(第百九条、第百十条、第百十二条、第百二十二条、第百三十一条第一項第四号、第百五十三条第一項第七号及び第八号、第百六十五条並びに第百七十一条の規定を除く。)中「史跡名勝天然記念物」には、特別史跡名勝天然記念物を含むものとする。

(政府及び地方公共団体の任務)
第三条 政府及び地方公共団体は、文化財がわが国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことのできないものであり、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもつてこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない。

(国民、所有者等の心構)
第四条 一般国民は、政府及び地方公共団体がこの法律の目的を達成するために行う措置に誠実に協力しなければならない。
2 文化財の所有者その他の関係者は、文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し、これを公共のために大切に保存するとともに、できるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない。
3 政府及び地方公共団体は、この法律の執行に当つて関係者の所有権その他の財産権を尊重しなければならない。

 以下略

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1488年(長享2)加賀一向宗門徒が対立していた守護富樫政親を攻めて自刃(長享一揆)させる(新暦7月17日)詳細
1767年(明和4)読本・合巻作者滝沢馬琴の誕生日(新暦7月4日)詳細
1853年(嘉永6)久里浜で浦賀奉行がペリーとが会見し、米大統領からの「フェルモアの国書」を受領する(新暦7月14日)詳細
1896年(明治29)「山縣・ロバノフ協定」(朝鮮問題に関する日露間議定書)が締結される詳細
1923年(大正12)小説家有島武郎の命日(武郎忌)詳細
1938年(昭和13)文部省「集団的勤労作業実施に関する通牒」により集団勤労作業が始まり、学徒勤労動員の魁となる詳細
1947年(昭和22)「朝日新聞」で石坂洋次郎著の小説『青い山脈』の連載が開始される詳細
1952年(昭和27)「日本国とインドとの間の平和条約」(通称:日印平和条約)が調印される詳細
1995年(平成7)衆議院で「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議(戦後50年決議)」が採択される詳細
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 今日は、昭和時代中期の1947年(昭和22)に、府中競馬場で3年ぶりに、東京優駿(日本ダービー)が復活した日です。
 東京優駿(とうきょうゆうしゅん)は、イギリスのダービーにならって創設されたサラブレッド系の4歳(現3歳)馬のレースで、日本ダービーとも呼ばれてきました。日本競馬界の父といわれる安田伊左衛門が創設し、最初は目黒競馬場の芝2,400mの「東京優駿大競走」として、4歳(現3歳)牡馬・牝馬限定のレースとされます。
 その後、第3回より会場を現在の東京競馬場 (府中)に変更し、1938年(昭和13)に名称を「東京優駿競走」と変え、1945年、1946年は太平洋戦争のために中止されました。戦後復活し、1948年(昭和23)名称を「優駿競走」と変え、1950年(昭和25)に「東京優駿競走」に名称変更とともに「日本ダービー」の副称が付されるようになります。
 1964年(昭和39)より「東京優駿(日本ダービー)」となって現在に至りました。尚、「皐月賞」、「菊花賞」とともに“三冠競走”と呼ばれるようになり、クラシックレースの一つで、中央競馬の重賞競走(GI)とされています。

〇東京優駿 (日本ダービー)の優勝馬一覧

・第1回(1932年4月24日)ワカタカ 牡 騎手:函館孫作
・第2回(1933年4月23日)カブトヤマ 牡 騎手:大久保房松
・第3回(1934年4月22日)フレーモア 牡 騎手:大久保亀治
・第4回(1935年4月29日)ガヴアナー 牡 騎手:井川為男
・第5回(1936年4月29日)トクマサ 牡 騎手:伊藤正四郎
・第6回(1937年4月29日)ヒサトモ 牝 騎手:中島時一
・第7回(1938年5月29日)スゲヌマ 牡 騎手:中村広
・第8回(1939年5月28日)クモハタ 牡 騎手:阿部正太郎
・第9回(1940年6月2日)イエリユウ 牡 騎手:末吉清
・第10回(1941年5月18日)セントライト 牡 騎手:小西喜蔵
・第11回(1942年5月24日)ミナミホマレ 牡 騎手:佐藤邦雄
・第12回(1943年6月6日)クリフジ 牝 騎手:前田長吉
・第13回(1944年6月18日)カイソウ 牡 騎手:橋本輝雄
・第14回(1947年6月8日)マツミドリ 牡 騎手:田中康三
・第15回(1948年6月6日)ミハルオー 牡 騎手:新屋幸吉
・第16回(1949年6月5日)タチカゼ 牡 騎手:近藤武夫
・第17回(1950年6月11日)クモノハナ 牡 騎手:橋本輝雄
・第18回(1951年6月3日)トキノミノル 牡 騎手:岩下密政
・第19回(1952年5月25日)クリノハナ 牡 騎手:八木沢勝美
・第20回(1953年5月24日)ボストニアン 牡 騎手:蛯名武五郎
・第21回(1954年5月23日)ゴールデンウエーブ 牡 騎手:岩下密政
・第22回(1955年5月29日)オートキツ 牡 騎手:二本柳俊夫
・第23回(1956年6月3日)ハクチカラ 牡 騎手:保田隆芳
・第24回(1957年5月26日)ヒカルメイジ 牡 騎手:蛯名武五郎
・第25回(1958年5月25日)ダイゴホマレ 牡 騎手:伊藤竹男
・第26回(1959年5月24日)コマツヒカリ 牡 騎手:古山良司
・第27回(1960年5月29日)コダマ 牡 騎手:栗田勝
・第28回(1961年5月28日)ハクシヨウ 牡 騎手:保田隆芳
・第29回(1962年5月27日)フエアーウイン 牡 騎手:高橋英夫
・第30回(1963年5月26日)メイズイ 牡 騎手:森安重勝
・第31回(1964年5月31日)シンザン 牡 騎手:栗田勝
・第32回(1965年5月30日)キーストン 牡 騎手:山本正司
・第33回(1966年5月29日)テイトオー 牡 騎手:清水久雄
・第34回(1967年5月14日)アサデンコウ 牡 騎手:増沢末夫
・第35回(1968年7月7日)タニノハローモア 牡 騎手:宮本悳
・第36回(1969年5月25日)ダイシンボルガード 牡 騎手:大崎昭一
・第37回(1970年5月24日)タニノムーティエ 牡 騎手:安田伊佐夫
・第38回(1971年6月13日)ヒカルイマイ 牡 騎手:田島良保
・第39回(1972年7月9日)ロングエース 牡 騎手:武邦彦
・第40回(1973年5月27日)タケホープ 牡 騎手:嶋田功
・第41回(1974年5月26日)コーネルランサー 牡 騎手:中島啓之
・第42回(1975年5月25日)カブラヤオー 牡 騎手:菅原泰夫
・第43回(1976年5月30日)クライムカイザー 牡 騎手:加賀武見
・第44回(1977年5月29日)ラッキールーラ 牡 騎手:伊藤正徳
・第45回(1978年5月28日)サクラショウリ 牡 騎手:小島太
・第46回(1979年5月27日)カツラノハイセイコ 牡 騎手:松本善登
・第47回(1980年5月25日)オペックホース 牡 騎手:郷原洋行
・第48回(1981年5月31日)カツトップエース 牡 騎手:大崎昭一
・第49回(1982年5月30日)バンブーアトラス 牡 騎手:岩元市三
・第50回(1983年5月29日)ミスターシービー 牡 騎手:吉永正人
・第51回(1984年5月27日)シンボリルドルフ 牡 騎手:岡部幸雄
・第52回(1985年5月26日)シリウスシンボリ 牡 騎手:加藤和宏
・第53回(1986年5月25日)ダイナガリバー 牡 騎手:増沢末夫
・第54回(1987年5月31日)メリーナイス 牡 騎手:根本康広
・第55回(1988年5月29日)サクラチヨノオー 牡 騎手:小島太
・第56回(1989年5月28日)ウィナーズサークル 牡 騎手:郷原洋行
・第57回(1990年5月27日)アイネスフウジン 牡 騎手:中野栄治
・第58回(1991年5月26日)トウカイテイオー 牡 騎手:安田隆行
・第59回(1992年5月31日)ミホノブルボン 牡 騎手:小島貞博
・第60回(1993年5月30日)ウイニングチケット 牡 騎手:柴田政人
・第61回(1994年5月29日)ナリタブライアン 牡 騎手:南井克巳
・第62回(1995年5月28日)タヤスツヨシ 牡 騎手:小島貞博
・第63回(1996年6月2日)フサイチコンコルド 牡 騎手:藤田伸二
・第64回(1997年6月1日)サニーブライアン 牡 騎手:大西直宏
・第65回(1998年6月7日)スペシャルウィーク 牡 騎手:武豊
・第66回(1999年6月6日)アドマイヤベガ 牡 騎手:武豊
・第67回(2000年5月28日)アグネスフライト 牡 騎手:河内洋
・第68回(2001年5月27日)ジャングルポケット 牡 騎手:角田晃一
・第69回(2002年5月26日)タニノギムレット 牡 騎手:武豊
・第70回(2003年6月1日)ネオユニヴァース 牡 騎手:M.デムーロ
・第71回(2004年5月30日)キングカメハメハ 牡 騎手:安藤勝己
・第72回(2005年5月29日)ディープインパクト 牡 騎手:武豊
・第73回(2006年5月28日)メイショウサムソン 牡 騎手:石橋守
・第74回(2007年5月27日)ウオッカ 牝 騎手:四位洋文
・第75回(2008年6月1日)ディープスカイ 牡 騎手:四位洋文
・第76回(2009年5月31日)ロジユニヴァース 牡 騎手:横山典弘
・第77回(2010年5月30日)エイシンフラッシュ 牡 騎手:内田博幸
・第78回(2011年5月29日)オルフェーヴル 牡 騎手:池添謙一
・第79回(2012年5月27日)ディープブリランテ 牡 騎手:岩田康誠
・第80回(2013年5月26日)キズナ 牡 騎手:武豊
・第81回(2014年6月1日)ワンアンドオンリー 牡 騎手:横山典弘
・第82回(2015年5月31日)ドゥラメンテ 牡 騎手:M.デムーロ
・第83回(2016年5月29日)マカヒキ 牡 騎手:川田将雅
・第84回(2017年5月28日)レイデオロ 牡 騎手:C.ルメール
・第85回(2018年5月27日)ワグネリアン 牡 騎手:福永祐一
・第86回(2019年5月26日)ロジャーバローズ 牡 騎手:浜中俊
・第87回(2020年5月31日)コントレイル 牡 騎手:福永祐一
・第88回(2021年5月30日)シャフリヤール 牡 騎手:福永祐一
・第89回(2022年5月29日)ドウデュース 牡3 騎手:武豊
・第90回(2023年5月28日)タスティエーラ 牡 騎手:D.レーン
・第91回(2024年5月26日)ダノンデサイル 牡 騎手:横山典弘
・第92回(2025年6月1日)クロワデュノール 牡 騎手:北村友一
・第93回(2026年5月31日)ロブチェン 牡 騎手:松山弘平 杉山晴紀

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1799年(寛政11)絵師長沢蘆雪の命日(新暦7月10日)詳細
1876年(明治9)「道路ノ等級ヲ廃シ国道県道里道ヲ定ム」で、全国の道路を国道・県道・里道に分け、1~3等に級別する詳細
1920年(大正9)写真家秋山庄太郎の誕生日詳細
1942年(昭和17)逓信省によって戦時郵便貯金切手(通称:弾丸切手)の発行が開始される詳細
1945年(昭和20)御前会議採択の「今後採るべき戦争指導の基本大綱」で本土決戦方針を決定する詳細
1954年(昭和29)全面改正された、新「警察法」が公布(施行は7月1日)される詳細
1976年(昭和51)日本政府が「核拡散防止条約(正式名:核兵器の不拡散に関する条約)」の批准書を寄託する詳細
1982年(昭和57)ロッキード事件裁判で東京地裁が元運輸相・橋本登美三郎、元運輸政務次官・佐藤孝行に有罪判決を下す詳細
1985年(昭和60)大鳴門橋が開通する(大鳴門橋開通記念日)詳細
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 今日は、明治時代前期の1887年(明治20)に、官営模範工場である長崎造船所が、三菱財閥に払い下げられた日です。
 長崎造船所(ながさきぞうせんしょ)は、明治時代前期に、造船と船舶の修理、製鉄などを担った、明治政府の代表的官営工場の一つでした。1855年(安政2)江戸幕府が鎔鉄所の設置を決定し、1857年(安政4)に、オランダ人技師の指導で建設着手した長崎鎔鉄所に始まります。
 1860年(万延元)12月に、上棟式にあわせて、長崎製鉄所と改称し、1861年(文久元)4月に完成しました。1871年(明治4)4月に、工部省の所管となり、長崎造船所と改称されたものの、翌年10月には長崎製作所と改められ、船舶諸機械の製造修理にあたります。
 1874年(明治7)にドックの再建に入り、1879年(明治12)に、当時としては国内最大のドックとして竣工しました。翌年には、イギリス人の指導をえて鉄船の建造を行いましたが、1882年(明治15)頃から経営不振となり、1883年(明治16)9月に、組織改編により長崎造船局と改称されます。
 1884年(明治17)7月に、官営工場の民間委託経営を進める政府は、長崎造船局を郵便汽船三菱会社に貸与することを決め、長崎造船所として三菱の経営となりました。1887年(明治20)に、官業の貸与されているものは借用者に払い下げられることになり、6月7日に三菱社に払い下げられ三菱長崎造船所となります。

〇官営模範工場(かんえいもはんこうじょう)とは?

 明治時代前期の資本主義成立の過程で、殖産興業を推進する明治政府が設立した、民間の模範となる産業の工場や鉱山のことです。旧幕府や諸藩所管の洋式の工場・鉱山などを官収して、それを基礎に官営工業を発足させ、率先して欧米の新産業を移植し新技術を導入しました。
 それは、軍事工業(兵器廠)、製鉄、造船、鉱山(官営鉱山)、鉄道、製糸・紡績等に及び資本主義の発達に大きな役割を果たします。しかし、多くのところで経営がうまくいかず、欠損を累積させました。このため、政府は1880年(明治13)「工場払下概則」を布達するとともに、翌年、農商務省の設置を図り、官営事業の整理、縮小の方針をとったのです。
 その結果、一部は農商務省に移管されたものの、1880年代中頃以降、順次民間に払い下げられました。

☆官営模範工場一覧

・高島炭鉱(長崎県長崎市)設立:1873年、払下げ:1874年<後藤象二郎>55万円
・広島紡績所(広島県広島市)設立:1882年、払下げ:1882年<広島綿糸紡績>12,570円
・油戸炭鉱(山形県鶴岡市)設立:1879年、払下げ:1874年<三菱財閥>27,943円
・中小坂鉄山(群馬県下仁田町)設立:1878年、払下げ:1884年<坂本弥八>28,575円 
・摂綿篤製造所(東京都江東区)設立:1873年、払下げ:1884年<浅野総一郎>61,741円
・深川白煉化石(東京都江東区)設立:1873年、払下げ:1884年<西村勝三>12,121円
・小坂銀山(秋田県小坂町)設立:1869年、払下げ:1874年<久原庄三郎>273,659円
・梨本村不熔白煉化石製造所(静岡県河津町)設立:1873年、払下げ:1874年<稲葉来蔵>101円
・深川セメント製造所(東京都江東区)設立:1873年、払下げ:1884年 浅野総一郎・西村勝二>61,742円
・院内銀山(秋田県湯沢市)設立:1871年、払下げ:1884年<古河市兵衛>108,977円
・阿仁銅山(秋田県北秋田市)設立:1875年、払下げ:1885年<古河市兵衛>337,766円
・品川硝子(東京都品川区)設立:1873年、払下げ:1885年<西村勝三他>79,950円
・大葛鉱山(秋田県大館市)設立:1873年、払下げ:1877年<阿部潜>117,142円
・札幌麦酒醸造所(北海道札幌市)設立:1876年、払下げ:1886年<大倉喜八郎>27,672円
・愛知紡績所(愛知県岡崎市)設立:1881年、払下げ:1886年<篠田直方  
・新町紡績所(群馬県高崎市)設立:1877年、払下げ:1887年<三井財閥>141,000円
・長崎造船所(長崎県長崎市)設立:1868年、払下げ:1887年<三菱財閥>459,000円
・兵庫造船所(兵庫県神戸市)設立:1869年、払下げ:1887年<川崎正蔵>188,029円
・千住製絨所(東京都荒川区)設立:1879年、払下げ:1888年<陸軍省へ>
・釜石鉄山(岩手県釜石市)設立:1874年、払下げ:1888年<田中長兵衛>12,600円
・三池炭鉱(福岡県大牟田市)設立:1873年、払下げ:1888年<佐々木八郎>4,590,439円
・三田農具製作所(東京都港区)設立:1880年、払下げ:1888年<子安峻他>33,795円
・播州葡萄園(兵庫県稲美町)設立:1880年、払下げ:1888年<前田正名>5,377円
・幌内炭鉱・鉄道(北海道三笠市)設立:1879年、払下げ:1889年<北海道炭礦鉄道>352,318円
・紋鼈製糖所(北海道伊達市)設立:1880年、払下げ:1890年<伊達邦成>994円
・富岡製糸場(群馬県富岡市)設立:1872年、払下げ:1893年<三井財閥>121,460円
・佐渡銀山(新潟県佐渡市)設立:1868年、払下げ:1896年<三菱財閥>2,560,926円
・生野銀山(兵庫県朝来市)設立:1868年、払下げ:1896年<三菱財閥>

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

760年(天平宝字4)聖武天皇の皇后・藤原不比等の娘光明皇后の命日(新暦7月27日)詳細
1866年(慶応2)江戸幕府艦隊真木清人の屋代島(周防大島)への砲撃により、第二次長州征討が開戦される詳細
1876年(明治9)お雇い外国人のドイツ人医学者E・von ベルツが初めて来日する詳細
1912年(明治45)日本画家奥田元宋の誕生日詳細
1924年(大正13)第二次護憲運動によって、清浦奎吾内閣が総辞職する詳細
1939年(昭和14)満蒙開拓青少年義勇軍の壮行会・大行進を明治神宮外苑競技場で開催される詳細
1945年(昭和20) 大阪周辺へB29:409機・P51:138機が来襲(第三次大阪大空襲)し、死者2,759人を出す詳細
1955年(昭和30) 第1回日本母親大会が開催される(母親大会記念日)詳細
日本が「関税および貿易に関する一般協定」(GATT)に加盟する詳細
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 今日は、昭和時代中期の1957年(昭和32)に、小河内ダムが起工以来19年目で湛水を開始し、奥多摩湖が誕生した日です。
 小河内ダム(おごうちだむ)は、東京都西多摩郡奥多摩町の多摩川上流にある、多目的(上水道、洪水調節、発電、灌漑)の重力式コンクリートダムです。大正時代の1926年(大正15)に、ダム建設候補地として調査が開始され、1932年(昭和7)に認可申請されました。
 1936年(昭和11)に事業認可され、1938年(昭和13)に着工、太平洋戦争による中断をはさみ、19年の歳月をかけて、1957年(昭和32)11月26日に完成します。高さ149m、基底幅131m、堤頂長 353m、頂標高は約530m、有効貯水量約1億9千万m3あり、下流4ヵ所に7万kWの発電所が作られました。
 この建設には、約200億円の経費がかかり、工事中に87名が犠牲となり、総数945世帯が移転を余儀なくされています。水没した旧小河内村は、石川達三の1937年(昭和12)発表の小説『日蔭の村』のモデルとなりました。
 このダムによってできた奥多摩湖の湖畔には、1万本の桜が植えられて桜の名所となり、ニジマス、ヤマメ、ハヤ釣りでも知られ、四季折々に楽しめる観光地となっています。ダムサイトには「奥多摩 水と緑のふれあい館」という資料館も出来ました。
 尚、1985年(昭和60)に近代水道百選、2006年(平成17)3月に、ダム湖百選に選定され、2018年(平成30)9月28日には、平成30年度土木学会選奨土木遺産に認定されています。

〇小河内ダム関係略年表

・1926年(大正15) 東京市がダム建設候補地として調査を開始する
・1931年(昭和6) 小河内村が絶対反対を表明する
・1932年(昭和7) ダム建設の認可申請される
・1933年(昭和8) 東京府と神奈川県とで、水利紛争が起きる
・1936年(昭和11) 水利紛争が解決し、ダム建設の事業が認可される
・1937年(昭和12) 石川達三の小説『日蔭の村』のモデルとなる
・1938年(昭和13) ダム建設に着工する
・1957年(昭和32)6月6日 小河内ダムが湛水を開始し、奥多摩湖が誕生する
・1957年(昭和32)11月26日 小河内ダム完成する
・1975年(昭和50)12月1日 第2号取水設備を着工する
・1980年(昭和55)3月31日 第2号取水設備が竣工する
・1985年(昭和60) 近代水道百選に選定される
・2006年(平成17)3月 ダム湖百選に選定される
・2007年(平成18)11月14日 小河内ダム完成50周年記念式典を開催する
・2018年(平成30)9月28日 平成30年度土木学会選奨土木遺産に認定される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1885年(明治18)日本画家・俳人川端龍子の誕生日詳細
1912年(明治45)小説家新田次郎の誕生日詳細
書家青山杉雨の誕生日詳細
1915年(大正4)焼岳(長野県・岐阜県)の噴火により、泥流が梓川をせき止め、堰止湖である大正池を形成する詳細
1949年(昭和24)「土地改良法」公布され、土地改良事業が一本化される詳細
1952年(昭和27)文部省に中央教育審議会(中教審)が設置される詳細
1972年(昭和47)関東地方で大規模な光化学スモッグ被害が発生、埼玉県で約1,800人、東京都内で900人超が被害を訴える詳細
1979年(昭和54)日本が「国際人権規約」の批准を国会で承認する詳細
2019年(令和元)小説家・随筆家田辺聖子の命日詳細
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 今日は、昭和時代後期の1971年(昭和46)に、新宿副都心初の高層ビルとして、京王プラザホテル[新宿](当時は、日本一高い169mの超高層ビル)が開業した日です。
 京王プラザホテル[新宿](けいおうぷらざほてる・しんじゅく)は、東京都新宿区西新宿に位置する超高層ビル(47階・169m)のホテルです。1968年(昭和43年)11月に、京王帝都電鉄(現:京王電鉄)は「新宿副都心建設計画」に基づき、西新宿の東京都水道局淀橋浄水場跡地に造成された新都心6号地に超高層ホテルを建設することを発表し、翌年4月10日には、運営会社となる株式会社京王プラザホテルを設立しました。その後、ホテル建設に着手し、2年7か月の工期を経て、1971年(昭和46)6月5日に開業します。当時としては日本一の高さのビルとなり、1974年(昭和49)に、新宿住友ビル(52階・210.3m)に高さで抜かれるまでその地位にありました。1980年(昭和55)11月1日には、地上35階・地下3階の南館を開業しています。敷地面積1万 4500㎡、建築面積1万2579㎡、建物は本館が地上47階、地下3階、南館が地上34階、地下3階で、客室総数1,485室、収容人員 3,000名の大きなホテルでした。1993年(平成5)に、幕張プリンスホテル(現:アパホテル&リゾート東京ベイ幕張)の完成により、ホテルとしての高さ日本一の座も譲っています。尚、2022年(令和4)には、DOCOMOMO JAPAN選定の日本におけるモダン・ムーブメントの建築に認定されました。

〇京王プラザホテル[新宿]関係略年表

・1968年(昭和43)11月 京王帝都電鉄(現:京王電鉄)は「新宿副都心建設計画」に基づき、西新宿の東京都水道局淀橋浄水場跡地に造成された新都心6号地に超高層ホテルを建設することを発表
・1969年(昭和44)4月10日 運営会社となる株式会社京王プラザホテルを設立する
・1971年(昭和46)6月5日 京王プラザホテルとして開業する
・1974年(昭和49) 新宿住友ビルに高さで抜かれる
・1980年(昭和55)11月1日 地上35階・地下3階の南館を開業する
・1993年(平成5) 幕張プリンスホテル(現:アパホテル&リゾート東京ベイ幕張)の完成により、ホテルとしての高さ日本一の座を譲る
・2022年(令和4) DOCOMOMO JAPAN選定の日本におけるモダン・ムーブメントの建築に認定される

☆日本の超高層ビル高さ第1位の変遷

・ホテルニューオータニ本館(東京都千代田区)17階・73m[1964~1968年日本一の高いビル]
・霞が関ビルディング(東京都千代田区霞が関)36階建・147m[1968~1970年日本一の高いビル]
・世界貿易センタービルディング(東京都港区浜松町)40階建・162.59m[1970~1971年日本一の高いビル]
・京王プラザホテル(東京都新宿区西新宿)47階・169m[1971~1974年日本一の高いビル]
・新宿住友ビルディング(東京都新宿区西新宿)52階・210.3m[1974年日本一の高いビル]
・新宿三井ビルディング(東京都新宿区西新宿)55階・223.6m[1974~1978年日本一の高いビル]
・サンシャイン60(東京都豊島区)60階・239.7m[1978~1991年日本一の高いビル]
・東京都庁第一本庁舎(東京都新宿区)48階・243.4m[1991~1993年日本一の高いビル]
・横浜ランドマークタワー(神奈川県横浜市西区)70階・296.33m[1993年~2014年日本一高いビル]
・あべのハルカス(大阪市阿倍野区)60階・300m[2014~2023年日本一高いビル]
・麻布台ヒルズ森JPタワー(東京都港区)64階・325.40m[2023年~高さ日本一のビル]
 
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1206年(建永元)浄土宗の僧重源の命日(新暦7月12日)詳細
1886年(明治19)陶芸家・人間国宝富本憲吉の誕生日詳細
1945年(昭和20)兵庫県神戸市へ350機来襲し、神戸市垂水区~西宮市まで広範囲が爆撃(3回目の神戸大空襲)される詳細
1948年(昭和23)国立国会図書館が旧赤坂離宮(現在の迎賓館)を仮庁舎として正式に開館する詳細
1950年(昭和25)住宅金融公庫(現在の独立行政法人住宅金融支援機構)が設立される詳細
「首都建設法」(昭和25年法律第219号)が住民投票の結果により成立する詳細
1951年(昭和26)「相互銀行法」(昭和26年法律第199号)が公布・施行される詳細
1963年(昭和38)関西電力黒部川第四発電所ダム(黒部ダム)の完工式が行われる詳細
1972年(昭和47)国連人間環境会議が開始される(環境の日・国際環境デー)詳細
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