ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

2026年02月

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 今日は、明治時代前期の1873年(明治5)に、東京~長崎の電信線が開通し、海外電信線と接続して東京・欧州間の国際電報が可能になった日ですが、新暦では3月25日となります。
 電報(でんぽう)は、公衆電気通信の一分野で、発信者の原文を電信で送り、先方で紙などに印刷して、受信者に配達する通信サービスです。外国では、1837年に、アメリカ合衆国のサミュエル・F.B.モースが、電気信号を電磁石の動きとして受信する電信機を発明して特許を得、1843年には、モースがアメリカ政府の援助を受け,ワシントンD.C.―ボルティモア間の通信実験に成功、1844年5月24日に、電信システムが実用化されました。
 日本では、1870年(明治2年12月25日)に、東京~横浜間で公衆電報の取扱いが開始されます。1871年(明治3)に、長崎~上海間、長崎~ウラジオストク間に国際電信が開通、1873年(明治5)には、東京~長崎間の国内電報が開始、大北電信会社とも接続され、逓信省による国際電報の託送が開始されました。
 以後、国内各地への電信線の敷設が急速に進められ、1908年(明治40)には、千葉県銚子に無線電信所が開業して船舶無線が始まります。しかし、20世紀後半以降、電話、ファクシミリ、携帯電話や電子メールの普及によって利用が限定されるようになり、今日では慶弔電報がその中心となりました。

〇日本の電報サービス関係略年表

・1870年1月26日(明治2年12月25日) 東京~横浜に電信線が開通し、電報の取扱いが始まる
・1871年(明治3) 大北電信会社(グレート・ノーザン・テレグラフ。デンマーク資本)による長崎~上海、長崎~ウラジオストク間の海底電信線敷設。欧亜陸上電信線経由で国際電報が開始される
・1873年(明治5) 東京~長崎間の国内電報が開始。大北電信会社とも接続され、逓信省による国際電報の託送が開始された。以後、国内各地への電信線の敷設が急速に進められた。
・1878年(明治10) 東京木挽町に電信中央局が開業したことにより、海外電報の取り扱いが開始。以後、本格的な電信利用が始まる
・1883年(明治15) 大北電信会社による呼子~釜山間の海底電信線敷設。同社に20年間の海外通信の独占権を与える
・1890年(明治22) 呼子~対馬間の海底電信線を大北電信会社から買収する
・1897年(明治29) 日本独自の大隅半島~基隆間海底電信線を敷設する
・1898年(明治30) 台湾から福建間の海底電信線を日本が買収。イースタン・テレグラフ・カンパニー社(大東電信会社、イギリス資本、後のケーブル・アンド・ワイヤレス社)のThe Red Routeにより接続される
・1904年(明治36)5月7日~1905年(明治37年)9月29日 読売新聞が、本紙直接購読者を対象に、電報料読者負担で重大事件の速報を電報で伝える「電報通信」サービスを行う
・1906年(明治38) 東京~小笠原~グアム間の海底電信線を敷設し、日本とアメリカがコマーシャル・パシフィックケーブル社(商業太平洋電線会社、アメリカ資本)のマニラ - グアム - サンフランシスコ線により接続される
・1908年(明治40) 千葉県銚子に無線電信所が開業して、無線電報サービスが開始される
・1911年(明治43) 対馬~釜山間の海底電信線を大北電信会社より買収する
・1914年(大正3) 第一次世界大戦による好景気で国内・外国電報の利用数が激増する
・1930年(昭和5) 写真電報サービスが開始される
・1934年(昭和9) 年賀電報サービスが開始される
・1936年(昭和11) 冠婚葬祭等の祝電・弔電用として慶弔電報サービスが開始される
・1943年(昭和18) 大東電信会社の運用権を買収、海底電信線を日本領海内で切断、大東電信の名称が国内から消える
・1946年(昭和21) 模写電報サービスを開始する
・1955年(昭和30) 大北電信会社の請求権解決取極(戦後賠償)。
・1969年(昭和41) 大北電信会社の独占権が喪失する
・1976年(昭和30) 至急電報(ウナ電)サービスが終了する
・1985年(昭和60) 夜間配達を19時から翌朝8時に受け付けた緊急定文電報のみに変更。
・1988年(昭和63) ひらがな電報サービスを開始する
・1991年(平成3)3月31日:受付時間を8時から22時までに変更する
・1994年(平成6) 漢字電報サービスを開始する
・2004年(平成16)4月1日 千代田電報配達所と中央電報配達所を合併し、日本一のマンモス配達所になる。
・2018年(平成30)1月1日 緊急定文電報を定文電報に名称変更し、受付時間を午前8時から午後7時に短縮、通常電報の受付時間も午後7時までに変更する
・2023年(令和5)1月10日 定文電報、無線電報、ファクシミリによる電報受付を終了する
・2023年(令和5)1月11日 料金体系を文字数単位料金から、ページ単位料金へ変更する

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1272年(文永9)第88代の天皇とされる後嵯峨天皇の命日(新暦3月17日)詳細
1906年(明治39)大隈重信を会頭とし、島村抱月・坪内逍遙らが中心となり、文芸協会が結成される詳細
1928年(昭和3)国語学者・国語辞典『言海』の編纂者である大槻文彦の命日詳細
1946年(昭和21)「金融緊急措置令」(勅令第83号)が発布・施行される詳細
1948年(昭和23)小説家・直木賞作家藤原伊織の誕生日詳細
1955年(昭和30)小説家・評論家・随筆家坂口安吾の命日(安吾忌)詳細
1972年(昭和47)小説家平林たい子の命日詳細
2005年(平成17)愛知県常滑市に中部国際空港(愛称:セントレア)が開港する詳細
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 今日は、明治時代後期の1905年(明治38)に、郵便貯金に関して、旧「郵便貯金法」(明治38年法律第23号)が公布された日です。
 郵便貯金(ゆうびんちょきん)は、郵便事業者が行なう預貯金受け入れ事業です。1861年に英国で始まり、各国に広がり、日本では1875年(明治8)5月2日に創設されました。
 1890年(明治23)8月13日に「郵便貯金条例」が公布され、1905年(明治38)2月16日には、旧「郵便貯金法」(明治38年法律第23号)が公布(7月1日施行)されます。太平洋戦争後の1947年(昭和22)に新「郵便貯金法」が制定され、日本郵政公社の管轄下にあって、約2万の郵便局を活用して大衆零細預金を引き受けることとなりました。
 通常・積立・定額・定期の4種があり、利率は同種の銀行預金よりやや高く設定され、一個人当たりの預入限度は1,000万円とされ、その資金は財政投融資の原資として使用されます。しかし、2007(平成19)の郵政事業が民営化によってなくなり、ゆうちょ銀行に引き継がれることとなりました。
 尚、1875年(明治8)5月2日に、東京と横浜で郵便貯金の業務が開始されたことを記念して、1950年(昭和25)に郵政省が、5月2日を「郵便貯金の日」と制定しています。

〇郵便貯金関係略年表

・1875年(明治8)5月2日 東京と横浜で郵便貯金業務が開始される(郵便貯金事業創業)
・1885年(明治18)12月22日 逓信省が発足する
・1890年(明治23)8月13日 「郵便貯金条例」が公布される
・1905年(明治38)2月16日 旧「郵便貯金法」(明治38年法律第23号)が公布(7月1日施行)される
・1908年(明治41)2月 郵便貯金現在高1億円を達成する
・1941年(昭和16)10月 定額郵便貯金が創設される
・1941年(昭和16)12月 2年積立郵便貯金創設される
・1942年(昭和17)5月 郵便貯金現在高100億円を達成する
・1943年(昭和18)11月1日 逓信省廃止、通信院が発足する
・1945年(昭和20)5月19日 通信院廃止、逓信院が発足する
・1946年(昭和21)7月1日 逓信院廃止、逓信省が再発足する
・1947年(昭和22)11月30日 新「郵便貯金法」(昭和22年法律第144号)が公布(12月1日施行)される
・1949年(昭和24)6月1日 逓信省廃止、郵政省が発足する
・1949年(昭和24)9月 郵便貯金現在高1,000億円を達成する
・1960年(昭和35)6月 郵便貯金現在高1兆円を達成する
・1961年(昭和36)10月 1年定期郵便貯金が創設される
・1972年(昭和47)1月 住宅積立郵便貯金が創設される
・1972年(昭和47)6月 郵便貯金現在高10兆円を達成する
・1973年(昭和48)1月 預金者貸付制度が創設される
・1976年(昭和51)1月 財形定額郵便貯金が創設される
・1978年(昭和53)4月 6ヶ月定期郵便貯金が創設される
・1978年(昭和53)7月17日 進学積立郵便貯金が創設される
・1978年(昭和53)8月1日 郵便貯金オンラインシステムが稼働する
・1979年(昭和54)12月 郵便貯金現在高50兆円を達成する
・1980年(昭和55)2月 郵便貯金自動支払機(CD)の設置が開始される
・1980年(昭和55)3月 通常貯金への給与預入制度が開始される
・1981年(昭和56)3月23日 郵便貯金自動預払機(ATM)の設置が開始される
・1981年(昭和56)6月 担保定額郵便貯金の創設による総合通帳サービスが開始される
・1982年(昭和57)4月 愛育定額郵便貯金が創設される
・1982年(昭和57)4月6月 通常貯金からの自動払込み制度が創設される
・1982年(昭和57)10月 財形年金定額郵便貯金が創設される
・1983年(昭和58)7月1日 通常貯金への自動払出預入(自動受取り)制度が創設される
・1984年(昭和59)3月 郵便貯金オンラインシステムの全国ネットワークが完成する
・1984年(昭和59)7月 郵便貯金共用カードが創設される
・1984年(昭和59)10月 オート定額郵便貯金(自動積立定額郵便貯金)が創設される
・1985年(昭和60)12月28日 郵便貯金現在高100兆円を達成する
・1987年(昭和62)3月 1年・3年積立郵便貯金が創設される
・1987年(昭和62)6月 郵便貯金資金の自主運用が開始される
・1988年(昭和63)4月 財形住宅定額郵便貯金が創設される
・1988年(昭和63)11月 国債定額郵便貯金が創設される
・1989年(平成元)6月 市場金利連動型定期郵便貯金(MMC)が創設される
・1989年(平成元)8月 通常貯金に同一記号番号の振替口座を付随させる(送金機能付)新総合通帳サービスが開始される
・1991年(平成3)1月 国際ボランティア貯金が創設される
・1991年(平成3)9月 進学積立郵便貯金を教育積立郵便貯金へ制度改組される
・1991年(平成3)11月 自由金利型定期郵便貯金(ニュー定期郵便貯金)が創設される
・1992年(平成4)6月 通常貯蓄郵便貯金が創設される
・1993年(平成5)4月 オート定期郵便貯金(自動積立定期郵便貯金)が創設される
・1993年(平成5)5月 国債定期郵便貯金の創設、通常貯金への国家公務員給与預入制度が創設される
・1993年(平成5)6月 1ヶ月定期郵便貯金の創設、市場金利連動型定期郵便貯金(MMC)が廃止される
・1993年(平成5)10月 通常郵便貯金と通常貯蓄郵便貯金のスウィングサービスが創設される
・1994年(平成6)10月 4年定期郵便貯金が創設される
・1996年(平成8)9月 介護郵便貯金が創設される
・1997年(平成9)5月 定期受取型定額郵便貯金の創設、愛育定額郵便貯金が廃止される
・1998年(平成10)5月 満期一括受取型定期郵便貯金が創設される
・2001年(平成13)1月6日 郵政省が廃止され、総務省郵政事業庁が発足する
・2001年(平成13)4月1日 郵便貯金資金の全額自主運用開始する
・2002年(平成14)3月1日 ニュー福祉定期郵便貯金が創設される
・2003年(平成15)4月1日 郵政事業庁廃止、日本郵政公社が発足する
・2005年(平成17)4月3日 定期受取型定額郵便貯金・国債定額郵便貯金・国債定期郵便貯金が廃止される
・2007年(平成19)10月1日 郵政民営化、郵便貯金法・日本郵政公社廃止。郵便貯金として預けられた定期性の貯金については、独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構に移管、流動性の貯金については、株式会社ゆうちょ銀行に移管される
・2017年(平成29)9月30日 郵便貯金・簡易生命保険管理機構に移管されていた郵便貯金すべての満期が到来する

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

935年(承平5)紀貫之が土佐から京に帰着し、『土佐日記』の旅を終える(新暦3月23日)詳細
1190年(文治6)武士・僧侶・歌人西行の命日(新暦3月31日)詳細
1666年(寛文6)儒学者・思想家・文献学者荻生徂徠の誕生日(新暦3月21日)詳細
1884年(明治17)日本画家・能書家安田靫彦の誕生日詳細
1948年(昭和23)「当用漢字音訓表」と「当用漢字別表」が公布され、881字がいわゆる「教育漢字」とされる詳細
1978年(昭和43)中国の北京で、「日中長期貿易取り決め」に調印する詳細
1987年(昭和62)歴史学者・文学博士坂本太郎の命日詳細
2006年(平成18)兵庫県神戸市に神戸空港(愛称:マリンエア)が開港する詳細
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 今日は、昭和時代後期の1981年(昭和56)に、日本劇場が閉館し、日劇ダンシングチーム (NDT) が解散した日です。
 日本劇場(にほんげきじょう)は、東京都千代田区有楽町にあった大規模な劇場で、日劇(にちげき)の通称で親しまれました。1929年(昭和4)2月に日本映画劇場株式会社が設立され、大川平三郎,根津嘉一郎,小林一三ら財界人の出資で、ニューヨークのロキシー劇場を模したショー、レビューのための劇場として建設されます。
 1933年(昭和8)12月24日に開館し、開場披露式が挙行されましたが、屈曲した外壁、広大な舞台、アールデコ調の内装など、当時としては斬新かつ画期的な建築要素をふんだんに取り入れられました。劇場内には、間口14.5mの大舞台があり、客席は3層で、2,614席あり、当時としては、東洋一の大劇場として知られます。
 しかし、経営不振により、1935年(昭和10)12月には、日本映画劇場株式会社が株式会社東京宝塚劇場に吸収合併されました。1936年(昭和11)に日劇ダンシングチーム(初期の名称は東宝ダンシングチーム)が結成され、公演が始まります。
 映画、古川緑波や榎本健一の一座ら人気劇団の公演なども行い、東宝系のトップ劇場として注目されました。戦時中に、一時レビュー公演が中止されたものの、戦後の1945年(昭和20)に再開し、ジャズやロカビリーなどの音楽ショーと映画の併映で人気を集めます。
 しかし、レビュー人気の低下(1977年終了)と都心再開発計画の実施により、1981年(昭和56)2月15日をもって閉館し、解体されました。尚、1984年(昭和59)10月6日に、跡地に、有楽町センタービル(有楽町マリオン)がオープンしています。

〇日本劇場関係略年表

・1929年(昭和4)2月 日本映画劇場株式会社が設立され、直ちに着工するが、途中資金不足のため工事が停滞する
・1933年(昭和8)4月 会社創立委員長で大株主である大川平三郎の資金注入により工事が再開される
・1933年(昭和8)12月24日 東京都千代田区有楽町に開館し、開場披露式が盛大に挙行される
・1934年(昭和9)1月 「日本劇場」として開場披露式が挙行される
・1935年(昭和10)12月 日本映画劇場株式会社が株式会社東京宝塚劇場に吸収合併される
・1936年(昭和11)1月13日 日劇ダンシングチーム(初期の名称は東宝ダンシングチーム)が結成される
・1936年(昭和11)6月 日劇ダンシングチームの公演が始まる
・1938年(昭和13)8月、来日した「ヒトラーユーゲント」の代表者30名のための歓迎公演が行われる
・1941年(昭和16)11月8日 日劇小劇場、洋画劇場として開場、独ウファ「南の誘惑」を上映する
・1942年(昭和17)4月1日 戦時統制により設立された社団法人『映画配給社』により「紅系一番館」に指定される
・1943年(昭和18)7月8日 演劇を主体とした映画併映の演劇興行に転向する
・1944年(昭和19)3月1日、政府によって、日劇ダンシングチームの公演停止命令が出される
・1945年(昭和20)12月 日劇ダンシングチームとして公演再開する
・1952年(昭和27)3月17日 日劇ミュージックホールが開業する
・1953年(昭和28)12月 「NHK紅白歌合戦」が開催される
・1955年(昭和30)2月10日 地下1階に映画館「丸の内東宝劇場」を開業する
・1955年(昭和30)8月12日 日劇ニュース劇場が新装開場する
・1958年(昭和33)2月8日 「日劇ウエスタンカーニバル」が初開催される
・1960年(昭和35)12月 「NHK紅白歌合戦」が開催される
・1962年(昭和37)4月20日 日劇ニュース劇場が日劇文化劇場と名称を変更する
・1977年(昭和52)2月12日 地下中一階のサロン「あるびよん」から出火し、床を焼いただけで済んだものの、3000人が避難する騒ぎとなる
・1977年(昭和52)4月24日 日劇ダンシングチームのレヴュー公演が終了する
・1977年(昭和52)8月 「日劇ウエスタンカーニバル」が第57回をもって幕を閉じる
・1978年(昭和53) 「年末ジャンボ宝くじ」の抽せん会の会場としても使用される
・1979年(昭和54) 「年末ジャンボ宝くじ」の抽せん会の会場としても使用される
・1981年(昭和56)2月15日 地区再開発計画のため閉館する
・1984年(昭和59)10月6日 跡地に、有楽町センタービル(有楽町マリオン)がオープンする

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

708年(和銅元)元明天皇が平城京造営の詔を布告する(新暦3月11日)詳細
1105年(長治2)後三年の役戦没者を弔う為、藤原清衡が平泉に最初院多宝寺(現在の中尊寺)を建立する(新暦3月3日)詳細
1239年(延応元)僧侶・時宗の開祖一遍の誕生日(新暦3月21日)詳細
1858年(安政5)水産増殖研究家・十和田湖開発の先駆者和井内貞行の誕生日(新暦3月29日)詳細
1872年(明治5)明治新政府が「地所永代売買ヲ許ス」を発布、「田畑永代売買禁止令」を廃止する(新暦3月23日)詳細
1877年(明治10)薩摩軍の一番隊が鹿児島を出発し、西南戦争(西南の役)が始まる詳細
1930年(昭和5)野呂栄太郎著『日本資本主義発達史』が鉄塔書院より刊行される詳細
1938年(昭和13)実業家で「電力王」とも呼ばれた福沢桃介の命日詳細
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 今日は、大正時代の1920年(大正9)に、東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)が、初めて開催された日です。
 箱根駅伝(はこねえきでん)は、東京~箱根間の往復約200kmを大学別に各10人の走者でリレーを行う駅伝競走で、正式名称は東京箱根間往復大学駅伝競走と言います。関東地方で開催される大学駅伝競技会の一つで、主催は関東学生陸上競技連盟、共催は読売新聞社とされてきました。
 大正時代の1920年(大正9)に、報知新聞社によって開始されましたが、1941年(昭和16)、1942年(昭和17)および1944年(昭和19)~1946年(昭和21)までは、戦争による中止があったものの、1947年(昭和22)に復活し、1956年(昭和31)に、1月2日に往路、3日に復路の開催に変更されて、今日まで続いています。関東学生陸上競技連盟に加盟する1都7県の学校に出場資格があり、新春のスポーツ行事として人気が高くなりました。

〇箱根駅伝の歴代総合優勝校一覧

・第1回(1920年)総合優勝東京高等師範学校
・第2回(1921年)総合優勝明治大学
・第3回(1922年)総合優勝早稲田大学
・第4回(1923年)総合優勝早稲田大学
・第5回(1924年)総合優勝明治大学
・第6回(1925年)総合優勝明治大学
・第7回(1926年)総合優勝中央大学
・第8回(1927年)総合優勝早稲田大学
・第9回(1928年)総合優勝明治大学
・第10回(1929年)総合優勝明治大学
・第11回(1930年)総合優勝早稲田大学
・第12回(1931年)総合優勝早稲田大学
・第13回(1932年)総合優勝慶應義塾大学
・第14回(1933年)総合優勝早稲田大学
・第15回(1934年)総合優勝早稲田大学
・第16回(1935年)総合優勝日本大学
・第17回(1936年)総合優勝日本大学
・第18回(1937年)総合優勝日本大学
・第19回(1938年)総合優勝日本大学
・第20回(1939年)総合優勝専修大学
・第21回(1940年)総合優勝日本大学
・第22回(1943年)総合優勝日本大学
・第23回(1947年)総合優勝明治大学
・第24回(1948年)総合優勝中央大学
・第25回(1949年)総合優勝明治大学
・第26回(1950年)総合優勝中央大学
・第27回(1951年)総合優勝中央大学
・第28回(1952年)総合優勝早稲田大学
・第29回(1953年)総合優勝中央大学
・第30回(1954年)総合優勝早稲田大学
・第31回(1955年)総合優勝中央大学
・第32回(1956年)総合優勝中央大学
・第33回(1957年)総合優勝日本大学
・第34回(1958年)総合優勝日本大学
・第35回(1959年)総合優勝中央大学
・第36回(1960年)総合優勝中央大学
・第37回(1961年)総合優勝中央大学
・第38回(1962年)総合優勝中央大学
・第39回(1963年)総合優勝中央大学
・第40回(1964年)総合優勝中央大学
・第41回(1965年)総合優勝日本大学
・第42回(1966年)総合優勝順天堂大学
・第43回(1967年)総合優勝日本大学
・第44回(1968年)総合優勝日本大学
・第45回(1969年)総合優勝日本体育大学
・第46回(1970年)総合優勝日本体育大学
・第47回(1971年)総合優勝日本体育大学
・第48回(1972年)総合優勝日本体育大学
・第49回(1973年)総合優勝日本体育大学
・第50回(1974年)総合優勝日本大学
・第51回(1975年)総合優勝大東文化大学
・第52回(1976年)総合優勝大東文化大学
・第53回(1977年)総合優勝日本体育大学
・第54回(1978年)総合優勝日本体育大学
・第55回(1979年)総合優勝順天堂大学
・第56回(1980年)総合優勝日本体育大学
・第57回(1981年)総合優勝順天堂大学
・第58回(1982年)総合優勝順天堂大学
・第59回(1983年)総合優勝日本体育大学
・第60回(1984年)総合優勝早稲田大学
・第61回(1985年)総合優勝早稲田大学
・第62回(1986年)総合優勝順天堂大学
・第63回(1987年)総合優勝順天堂大学
・第64回(1988年)総合優勝順天堂大学
・第65回(1989年)総合優勝順天堂大学
・第66回(1990年)総合優勝大東文化大学
・第67回(1991年)総合優勝大東文化大学
・第68回(1992年)総合優勝山梨学院大学
・第69回(1993年)総合優勝早稲田大学
・第70回(1994年)総合優勝山梨学院大学
・第71回(1995年)総合優勝山梨学院大学
・第72回(1996年)総合優勝中央大学
・第73回(1997年)総合優勝神奈川大学
・第74回(1998年)総合優勝神奈川大学
・第75回(1999年)総合優勝順天堂大学
・第76回(2000年)総合優勝駒澤大学
・第77回(2001年)総合優勝順天堂大学
・第78回(2002年)総合優勝駒澤大学
・第79回(2003年)総合優勝駒澤大学
・第80回(2004年)総合優勝駒澤大学
・第81回(2005年)総合優勝駒澤大学
・第82回(2006年)総合優勝亜細亜大学
・第83回(2007年)総合優勝順天堂大学
・第84回(2008年)総合優勝駒澤大学
・第85回(2009年)総合優勝東洋大学
・第86回(2010年)総合優勝東洋大学
・第87回(2011年)総合優勝早稲田大学
・第88回(2012年)総合優勝東洋大学
・第89回(2013年)総合優勝日本体育大学
・第90回(2014年)総合優勝東洋大学
・第91回(2015年)総合優勝青山学院大学
・第92回(2016年)総合優勝青山学院大学
・第93回(2017年)総合優勝青山学院大学
・第94回(2018年)総合優勝青山学院大学
・第95回(2019年)総合優勝東海大学
・第96回(2020年)総合優勝青山学院大学
・第97回(2021年)総合優勝駒澤大学
・第98回(2022年)総合優勝青山学院大学
・第99回(2023年)総合優勝駒澤大学
・第100回(2024年)総合優勝青山学院大学
・第101回(2025年)総合優勝青山学院大学
・第102回(2026年)総合優勝青山学院大学

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

741年(天平13)聖武天皇が「国分寺建立の詔」を出す(新暦3月5日)詳細
940年(天慶3)平将門が下野の豪族藤原秀郷と平貞盛らの軍勢により、猿島の北山で討たれる(新暦3月25日)詳細
1880年(明治13)太政官布達に基づき奈良公園が開設される詳細
1893年(明治26)洋画家・歌人・詩人・随筆家中川一政の誕生日詳細
1896年(明治29)日本画家徳岡神泉の誕生日詳細
1945年(昭和20)近衛文麿が昭和天皇に対して、上奏文(近衛上奏文)を出す詳細
1951年(昭和26)奄美大島日本復帰協議会(議長:泉芳朗)が結成される詳細
1967年(昭和42)小説家山本周五郎の命日詳細
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 今日は、昭和時代前期の太平洋戦争下、1943年(昭和18)に、日本野球連盟が「戦士の実施要綱」を作成して各クラブに通達し、選手は戦闘帽をかぶり、挙手の礼を行うこととし、野球用語をすべて日本語化することを決定した日です。
 「戦士の実施要綱」(せんしのじっしようこう)は、昭和時代前期の太平洋戦争下、1943年(昭和18)2月13日に、日本野球連盟が作成して各クラブに通達したものです。野球選手は戦闘帽をかぶり、挙手の礼を行うこととし、敵性語を使用しないようにし、野球用語をすべて日本語化することを決定したものでした。
 それに基づいて、同年3月2日に具体的な日本語名称が職業野球の理事会で決められました。

〇敵性語(てきせいご)とは?

 敵国の言葉のことですが、日中戦争~太平洋戦争中の日本では、英語が敵性語とみなされました。英語は、「軽佻浮薄」(気分が浮ついていて、行動が軽々しいという意味)であるとして、排斥が進みます。
 特に法的に規制された事実はありませんが、1940年(昭和15)3月28日に内務省が16人の芸人に芸名の改名を命令したり、9月頃から鉄道省によって駅構内の英語表記が撤廃され始めたり、10月31日に大蔵省専売局がタバコの改名を発表するなどして、英語名を使わない風潮が醸成されていきます。
 1941年(昭和16)12月の太平洋戦争突入後はその運動はより顕著なものとなり、「マスゴミ」や「大政翼賛会」などにより、自主的な規制運動も進みました。
 1943年(昭和18)2月には、英語の雑誌名が禁止されて改名されたり、同年に大日本体育会により英名スポーツの名称を和名に改称、3月2日に職業野球の理事会で英語をやめ、野球用語も全面日本語化することを決定して拍車がかかります。
 しかし、太平洋戦争後は、英語名が復活したものも多数ありました。

☆野球関係で改名された敵性語の例

・ベースボール→野球(やきゅう)
・ヒット→よし
・ホ-ムイン→生還(せいかん)
・ストライク→よし1本、正球
・ストライク ツー→よし2本
・ストライク スリー、ユー アー アウト→よし3本、それまで
・ボール→(だめ)1つ、悪球
・ファウル→だめ、圏外、もとえ
・アウト→ひけ、無為
・セーフ→よし、安全
・バッテリー 対打機関
・タイム→停止(ていし)
・バント→軽打(けいだ)
・スクイズ→疑投打生還
・スチールスクイズ→盗塁・奪走塁
・ボーク→疑投
・ホームラン→本塁打(ほんるいだ)
・ファウルグラウンド→圏外区域(けんがいくいき)
・フェアグラウンド→正打区域
・ホームチーム→迎戦組(げいせんぐみ)
・ビジターチーム→往戦組(おうせんぐみ)
・リーグ戦→連盟戦(れんめいせん)
・コーチ→助令(じょれい)
・マネージャー→秘書(ひしょ)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

797年(延暦16)六国史二番目の『続日本紀』が完成・奏上される(新暦3月15日)詳細
807年(大同2)斎部広成撰の『古語拾遺』が平城天皇に献上される(新暦3月25日)詳細
1875年(明治8)「平民苗字必称義務令」が出され国民に姓を名乗ることを義務附ける(苗字制定記念日)詳細
1900年(明治33)足尾鉱毒事件被害民二千余名が請願のため上京する途中、警官隊・憲兵と衝突した川俣事件が起きる詳細
1946年(昭和21)連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が「改正憲法草案(マッカーサー草案)」を日本側に手交する詳細
1989年(平成元)リクルート事件で、東京地検特捜部がリクルート前会長江副浩正ら4人を逮捕する詳細
2006年(平成18)財団法人日本城郭協会が「日本100名城」を発表する詳細
2008年(平成20)映画監督市川崑の命日詳細
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