
能登島大橋(のとじまおおはし)は、石川県七尾市石崎町と同市能登島半浦町を結ぶため、七尾湾に架橋されたプレストレスト・コンクリート橋の道路橋です。全長は1,050m、全線2車線で総幅員は9.4m、橋最上部と海面との高さは24mとなっていて、歩道も付設されてきました。
1966年(昭和41)に、能登島町架橋建設期成同盟会が結成されると対岸の七尾市も巻き込み七尾・能登島架橋建設連絡協議会を結成、翌年には、七尾・能登島架橋建設促進期成同盟会へと発展します。1970年(昭和45)に石川県議会で請願が採択され、1975年(昭和50)から石川県による調査が本格的に開始、1977年(昭和52)に交付金が国予算に計上されました。
1978年(昭和53)3月13日に建設事業に着手、1979年(昭和54)10月26日に一般有料道路「能登島大橋有料道路」が着工、4年余の歳月を経て、1982年(昭和57)4月3日 に、石川県道路公社が管理する一般有料道路として、供用開始しています。1998年(平成10)7月1日に無料開放されましたが、2007年(平成19)3月28日の能登半島地震、2024年(令和6)1月1日の能登半島地震により、それぞれ長期間全面通行止めとなったものの、再開しました。
1966年(昭和41)に、能登島町架橋建設期成同盟会が結成されると対岸の七尾市も巻き込み七尾・能登島架橋建設連絡協議会を結成、翌年には、七尾・能登島架橋建設促進期成同盟会へと発展します。1970年(昭和45)に石川県議会で請願が採択され、1975年(昭和50)から石川県による調査が本格的に開始、1977年(昭和52)に交付金が国予算に計上されました。
1978年(昭和53)3月13日に建設事業に着手、1979年(昭和54)10月26日に一般有料道路「能登島大橋有料道路」が着工、4年余の歳月を経て、1982年(昭和57)4月3日 に、石川県道路公社が管理する一般有料道路として、供用開始しています。1998年(平成10)7月1日に無料開放されましたが、2007年(平成19)3月28日の能登半島地震、2024年(令和6)1月1日の能登半島地震により、それぞれ長期間全面通行止めとなったものの、再開しました。
〇能登島大橋関係略年表
・1966年(昭和41) - 能登島町架橋建設期成同盟会が結成されると対岸の七尾市も巻き込み七尾・能登島架橋建設連絡協議会を結成する
・1967年(昭和42) - 七尾・能登島架橋建設促進期成同盟会へと発展する
・1970年(昭和45)12月 - 石川県議会で請願が採択される
・1975年(昭和50) - 石川県による調査が本格的に開始される
・1977年(昭和52) - 交付金が国予算に計上される
・1978年(昭和53)3月13日 - 建設事業に着手する
・1979年(昭和54)10月26日 - 一般有料道路「能登島大橋有料道路」が着工する
・1982年(昭和57)4月3日 - 石川県道路公社が管理する一般有料道路として、供用開始する
・1998年(平成10)7月1日 - 無料開放される
・2007年(平成19)3月28日 - 能登半島地震により全面通行止となる
・2007年(平成19)4月2日 - 通行止が解除される
・2024年(令和6)1月1日 - 能登半島地震により全面通行止めとなる
・2024年(令和6)1月2日 - 片側交互通行で通行が再開される
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 604年(推古天皇12) | 聖徳太子(厩戸皇子)が「十七条憲法」を制定する(新暦5月6日) | 詳細 |
| 1673年(寛文13) | 日本黄檗宗の開祖隠元隆琦の命日(新暦5月19日) | 詳細 |
| 1881年(明治14) | 洋画家児島虎次郎の誕生日 | 詳細 |
| 1897年(明治30) | 柏崎明治30年大火(日野屋火事)で、1,230戸が焼失する | 詳細 |
| 1919年(大正8) | 総合雑誌「改造」が創刊される | 詳細 |
| 1951年(昭和26) | 「宗教法人法」(昭和26年法律第126号)が公布・施行される | 詳細 |
| 1961年(昭和36) | NHKの連続テレビ小説が放送開始(第1作目は『娘と私』)される | 詳細 |