
『竜馬がゆく』(りょうまがゆく)は、司馬遼太郎著により、幕末維新の志士坂本竜馬の生涯を描いた、長編歴史小説でした。1962年(昭和37)6月21日~1966年(昭和41)5月19日まで『サンケイ』新聞(現在の『産経新聞』)夕刊に連載され、1963~66年に文芸春秋新社から全5巻で刊行されています。
1974年(昭和49)に文春文庫創刊に伴い全8巻で刊行され、単行・文庫本ともに改版されました。薩長連合を成立させ、大政奉還へと時代の流れを導き、幕末維新を先導したとされる、土佐の脱藩志士、坂本龍馬(竜馬)の生涯を描いたものです。
1968年(昭和43)には、NHKの大河ドラマ(出演:北大路欣也、浅丘ルリ子ほか、脚本:水木洋子、音楽:間宮芳生)として放映されて人気を博し、民放各局でも何度かテレビドラマ化されました。
1974年(昭和49)に文春文庫創刊に伴い全8巻で刊行され、単行・文庫本ともに改版されました。薩長連合を成立させ、大政奉還へと時代の流れを導き、幕末維新を先導したとされる、土佐の脱藩志士、坂本龍馬(竜馬)の生涯を描いたものです。
1968年(昭和43)には、NHKの大河ドラマ(出演:北大路欣也、浅丘ルリ子ほか、脚本:水木洋子、音楽:間宮芳生)として放映されて人気を博し、民放各局でも何度かテレビドラマ化されました。
〇司馬遼太郎(しば りょうたろう)とは?
昭和時代から平成時代に活躍した小説家です。大正時代の1923年(大正12)8月7日に、大阪府大阪市浪速区神田町で薬局を経営する父・福田是定と母・直枝の次男として生まれましたが、本名は福田定一と言いました。
私立上宮中学校を経て、1942年(昭和17)に旧制大阪外国語学校(現在の大阪大学外国語学部)蒙古語学科に入学、1943年(昭和18)に学徒出陣で満州(現中国東北地方)に出征します。戦車隊の士官生活を経験し、戦後復員し、新日本新聞社を経て、1948年(昭和23)に産経新聞社へ入社し、文化部長、出版局次長を歴任しました。
一方、仕事のかたわら寺内大吉らと同人誌『近代説話』を創刊して小説を書き、1956年(昭和31)に懸賞応募の『ペルシャの幻術師』が講談倶楽部賞を受賞し、さらに『梟の城』 (1959年) で直木賞を受けます。1961年(昭和36)に、産経新聞社を退社して作家業に専念、『風神の門』などの忍者物から、次第に本格的歴史小説の分野に進み、『竜馬がゆく』(1962~66年)、『国盗り物語』(1965~66年)で菊池寛賞を受賞しました。
その後も、戦国、幕末、明治を舞台とする変革期の人間を、綿密な資料に基づく独自な歴史解釈で描き、『殉死』(1967年)で毎日芸術賞、『歴史を紀行する』(1968年)で文芸春秋読者賞、『世に棲む日日』(1969~70年)で吉川英治文学賞、『ひとびとの跫音』(1981年)で読売文学賞小説賞、『街道をゆく―南蛮のみちI』(1984年)で日本文学大賞、『韃靼疾風録』(1987年)で大仏次郎賞など数々の栄誉に輝きます。また、1981年(昭和56)には日本芸術院会員となり、1991年(平成3)に文化功労者、1993年(平成5)に文化勲章を受章しましたが、1996年(平成8)2月12日に、大阪において、72歳で亡くなりました。
尚、2001年(平成13)に大阪府東大阪市の旧居と隣接する「司馬遼太郎記念館」が公開されています。
私立上宮中学校を経て、1942年(昭和17)に旧制大阪外国語学校(現在の大阪大学外国語学部)蒙古語学科に入学、1943年(昭和18)に学徒出陣で満州(現中国東北地方)に出征します。戦車隊の士官生活を経験し、戦後復員し、新日本新聞社を経て、1948年(昭和23)に産経新聞社へ入社し、文化部長、出版局次長を歴任しました。
一方、仕事のかたわら寺内大吉らと同人誌『近代説話』を創刊して小説を書き、1956年(昭和31)に懸賞応募の『ペルシャの幻術師』が講談倶楽部賞を受賞し、さらに『梟の城』 (1959年) で直木賞を受けます。1961年(昭和36)に、産経新聞社を退社して作家業に専念、『風神の門』などの忍者物から、次第に本格的歴史小説の分野に進み、『竜馬がゆく』(1962~66年)、『国盗り物語』(1965~66年)で菊池寛賞を受賞しました。
その後も、戦国、幕末、明治を舞台とする変革期の人間を、綿密な資料に基づく独自な歴史解釈で描き、『殉死』(1967年)で毎日芸術賞、『歴史を紀行する』(1968年)で文芸春秋読者賞、『世に棲む日日』(1969~70年)で吉川英治文学賞、『ひとびとの跫音』(1981年)で読売文学賞小説賞、『街道をゆく―南蛮のみちI』(1984年)で日本文学大賞、『韃靼疾風録』(1987年)で大仏次郎賞など数々の栄誉に輝きます。また、1981年(昭和56)には日本芸術院会員となり、1991年(平成3)に文化功労者、1993年(平成5)に文化勲章を受章しましたが、1996年(平成8)2月12日に、大阪において、72歳で亡くなりました。
尚、2001年(平成13)に大阪府東大阪市の旧居と隣接する「司馬遼太郎記念館」が公開されています。
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 二十四節季 | 二十四節季の10番目夏至です | 詳細 |
| 1635年(寛永12) | 江戸幕府が改訂発布した「武家諸法度」(寛永令)で参勤交代の義務化等を命じる(新暦8月3日) | 詳細 |
| 1892年(明治25) | 「鉄道敷設法」公布される | 詳細 |
| 1949年(昭和24) | 川崎汽船青葉丸がデラ台風により大分県沖で転覆、死者・行方不明者141人を出す(青葉丸転覆事故) | 詳細 |
| 1951年(昭和26) | 教育科学文化機関(ユネスコ)が日本の加盟を承認する | 詳細 |
| 国際労働機関(ILO)が日本の再加盟を承認する | 詳細 |