
坂本太郎(さかもと たろう)は、明治時代後期の1901年(明治34)10月7日に、静岡県浜名郡浜松町(現在の浜松市)において、小学校の教員だった父・坂本宗十郎、母・ちかの長男として生まれました。静岡県立浜松中学校、第八高等学校文科甲類を経て、1923年(大正12)に東京帝国大学文学部国史学科へ入学します。
1926年(大正15)に卒業し、臨時東山御文庫取調掛(~1927年)となり、翌年には、東京帝国大学大学院へ入学、東京帝国大学文学部副手(~1929年)ともなりました。1932年(昭和7)に東京帝国大学大学院を修了し、1935年(昭和10)には、東京帝国大学文学部助教授となります。
1936年(昭和11)に財団法人史学会評議員となり、1937年(昭和12)には、論文「大化の改新の研究」により、東京帝国大学から文学博士の学位を取得しました。太平洋戦争後の1945年(昭和20)に東京帝国大学文学部教授となり、国史学第二講座を担当、翌年には、國學院大學講師(~1962年)も兼任し、1949年(昭和24)には、史学会理事長(~1959年)ともなります。
1951年(昭和26)に東京大学史料編纂所所長(~1962年)を兼任し、厳密な史料批判にもとづいた実証主義の立場から日本古代史の研究を推進しました。1958年(昭和33)に日本学士院会員(死去まで)となり、東京大学評議員(~1962年)も務めます。
1962年(昭和37)に東京大学教授を定年退官して名誉教授となり、國學院大學教授となりました。1969年(昭和44)に日本歴史学会会長(死去まで)、1972年(昭和47)に文化功労者顕彰、1975年(昭和50)に国立歴史民俗博物館設立準備委員会委員長(~1981年)、1978年(昭和53)に文化財保護審議会会長(~1980年)と要職を歴任します。
1981年(昭和56)に国立歴史民俗博物館評議員会議議長(死去まで)、1982年(昭和57)に文化勲章受章、1983年(昭和58)には、國學院大學教授を退職し、國學院大學名誉教授となりましたが、1987年(昭和62)2月16日に、東京において、85歳で亡くなり、従三位・勲一等瑞宝章を追贈されました。
1926年(大正15)に卒業し、臨時東山御文庫取調掛(~1927年)となり、翌年には、東京帝国大学大学院へ入学、東京帝国大学文学部副手(~1929年)ともなりました。1932年(昭和7)に東京帝国大学大学院を修了し、1935年(昭和10)には、東京帝国大学文学部助教授となります。
1936年(昭和11)に財団法人史学会評議員となり、1937年(昭和12)には、論文「大化の改新の研究」により、東京帝国大学から文学博士の学位を取得しました。太平洋戦争後の1945年(昭和20)に東京帝国大学文学部教授となり、国史学第二講座を担当、翌年には、國學院大學講師(~1962年)も兼任し、1949年(昭和24)には、史学会理事長(~1959年)ともなります。
1951年(昭和26)に東京大学史料編纂所所長(~1962年)を兼任し、厳密な史料批判にもとづいた実証主義の立場から日本古代史の研究を推進しました。1958年(昭和33)に日本学士院会員(死去まで)となり、東京大学評議員(~1962年)も務めます。
1962年(昭和37)に東京大学教授を定年退官して名誉教授となり、國學院大學教授となりました。1969年(昭和44)に日本歴史学会会長(死去まで)、1972年(昭和47)に文化功労者顕彰、1975年(昭和50)に国立歴史民俗博物館設立準備委員会委員長(~1981年)、1978年(昭和53)に文化財保護審議会会長(~1980年)と要職を歴任します。
1981年(昭和56)に国立歴史民俗博物館評議員会議議長(死去まで)、1982年(昭和57)に文化勲章受章、1983年(昭和58)には、國學院大學教授を退職し、國學院大學名誉教授となりましたが、1987年(昭和62)2月16日に、東京において、85歳で亡くなり、従三位・勲一等瑞宝章を追贈されました。
〇坂本太郎の主要な著作
・『上代駅制の研究』(1928年)
・『大化改新の研究』(1938年)
・『日本古代史の基礎的研究』(1964年)
・『日本歴史の特性』(1967年)
☆坂本太郎関係略年表
・1901年(明治34)10月7日 静岡県浜名郡浜松町(現在の浜松市)において、小学校の教員だった父・坂本宗十郎、母・ちかの長男として生まれる
・1908年(明治41) 元城尋常高等小学校へ入学する
・1914年(大正3) 元城尋常高等小学校を卒業し、静岡県立浜松中学校へ入学する
・1919年(大正8) 静岡県立浜松中学校を卒業し、第八高等学校文科甲類へ入学するも、病気により休学する
・1920年(大正9) 第八高等学校へ復学する
・1923年(大正12) 第八高等学校文科甲類を卒業し、東京帝国大学文学部国史学科へ入学する
・1926年(大正15) 東京帝国大学文学部国史学科を卒業し、臨時東山御文庫取調掛(~1927年)となる
・1927年(昭和2) 東京帝国大学大学院へ入学、東京帝国大学文学部副手(~1929年)、財団法人聖徳太子奉賛会研究給費生(~1929年)となる
・1929年(昭和4) 筑波侯爵家研究部調査事務(~1945年)となり、国史大系編纂刊行業務専任となる
・1932年(昭和7) 東京帝国大学大学院満期退学する
・1935年(昭和10) 東京帝国大学文学部助教授となる
・1936年(昭和11) 財団法人史学会評議員となる
・1937年(昭和12) 論文「大化の改新の研究」により、東京帝国大学から文学博士の学位を取得する
・1938年(昭和13) 史料編纂官、日本文化大観編纂嘱託、神武天皇聖蹟調査委員会委員となる
・1941年(昭和16) 浜松市史編纂顧問、「舒明天皇の御事蹟」を昭和天皇に進講、帝室制度史編纂委嘱、肇国聖蹟調査委員会委員となる
・1942年(昭和17) 國學院大學講師(~1944年)、昭和17年度中師範学校教科書編纂委員となる
・1943年(昭和18) 史学会常務理事となる
・1944年(昭和19) 広島文理科大学講師、文部省国史編修官(~1946年)となる
・1945年(昭和20) 東京帝国大学文学部教授、国史学第二講座を担当する
・1946年(昭和21) 國學院大學講師(~1962年)、昭和21年勅令第193号の2の規定により、適格と判定される
・1947年(昭和22) 昭和22年勅令第1号第7条第1項の規定により、適格と判定され、財団法人聖徳太子奉賛会理事(死去まで)となる
・1948年(昭和23) 東洋大学兼任教授(~1965年)となり、「元正天皇の御事蹟」を昭和天皇に進講する
・1949年(昭和24) 宮内庁書陵部委員、駒澤大学講師(~1950年)、史学会理事長(~1959年)となる
・1950年(昭和25) 大学設置審議会臨時委員(~1960年)、文化財専門審議会専門委員(~1970年)となる
・1951年(昭和26) 東京大学史料編纂所所長(~1962年)、信濃史料編纂委員(~1969年)、史料館評議会評議員(~1967年)、陽明文庫評議員(死去まで)となる
・1952年(昭和27) 大分県史料刊行会監修委員となる
・1953年(昭和28) 東京国立博物館評議員会評議員となる
・1954年(昭和29) 「孝徳天皇の御事蹟」を昭和天皇に進講する
・1957年(昭和32) 浜松市史編纂顧問、日本学術会議歴史学研究連絡委員会委員、正倉院評議会(正倉院懇談会)会員(死去まで)となる
・1958年(昭和33) 日本学士院会員(死去まで)、東京大学評議員(~1962年)、大学設置審議会臨時委員となる
・1959年(昭和34) 平城宮調査委員会委員(死去まで)となる
・1960年(昭和35) 浩宮徳仁親王浴湯の儀読書役、教材等調査研究会委員となる
・1961年(昭和36) 法隆寺文化財保存協議会協議員(死去まで)、ユネスコ東アジア文化研究センター運営委員、北海道史編集審議会顧問(~1966年)となる
・1962年(昭和37) 国際教育情報センター委員(~1969年)、東京大学教授定年退官し、國學院大學教授、学習院大学講師(~1972年)、東京大学名誉教授となる
・1963年(昭和38) 名古屋大学文学部講師(集中講義)となる
・1964年(昭和39) 中央大学講師(~1972年)となる
・1965年(昭和40) 国史大辞典編集委員会代表、礼宮文仁親王浴湯の儀読書役となる
・1966年(昭和41) 熊本大学講師(~1967年)、藤原宮調査指導委員(死去まで)となる
・1967年(昭和42) 講書始講師(題名は「日本書紀の歴史的意義」)、歴史博物館設立準備懇談会座長(~1970年)となる
・1969年(昭和44) 紀宮清子内親王浴湯の儀読書役奉仕、日本歴史学会会長(死去まで)となる
・1970年(昭和45) 文化財保護審議会委員(~1980年)となる
・1971年(昭和46) 国立歴史民俗博物館基本構想委員会委員長(~1975年)となり、秋の叙勲で勲二等瑞宝章を受章する
・1972年(昭和47) 文化功労者顕彰を受ける
・1975年(昭和50) 国立歴史民俗博物館設立準備委員会委員長(~1981年)となる
・1978年(昭和53) 文化財保護審議会会長を委嘱(~1980年)される
・1981年(昭和56) 国立歴史民俗博物館評議員会議議長(死去まで)となる
・1982年(昭和57) 文化勲章を受章する
・1983年(昭和58) 國學院大學教授を退職し、國學院大學名誉教授となる
・1987年(昭和62)2月16日 東京において、85歳で亡くなり、従三位・勲一等瑞宝章を追贈される
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
| 1190年(文治6) | 武士・僧侶・歌人西行の命日(新暦3月31日) | 詳細 |
| 1666年(寛文6) | 儒学者・思想家・文献学者荻生徂徠の誕生日(新暦3月21日) | 詳細 |
| 1884年(明治17) | 日本画家・能書家安田靫彦の誕生日 | 詳細 |
| 1948年(昭和23) | 「当用漢字音訓表」と「当用漢字別表」が公布され、881字がいわゆる「教育漢字」とされる | 詳細 |
| 2006年(平成18) | 兵庫県神戸市に神戸空港(愛称:マリンエア)が開港する | 詳細 |