
帝国ホテル(ていこくほてる)は、東京都千代田区内幸町にあるホテルで、日本を代表するホテルの一つとされてきました。1888年(明治21)に、井上馨の発議により、渋沢栄一と大倉喜八郎が有限責任東京ホテル会社を設立し、1890年(明治23)に木骨煉瓦造、3階建、客室数約60の帝国ホテルが落成し、11月20日に竣工式が行われます。
1893年(明治26)に帝国ホテル株式会社に改称し、1907年(明治40)には、株式会社メトロポールホテルと合併し、株式会社帝国ホテルとなりました。1920年(大正9)にアメリカ合衆国の建築家フランク・ロイド・ライトの設計による新館(ライト館)の工事に着工したものの、1922年(大正11)に本館が火災により焼失、翌年に完成した新館(ライト館)が本館となります。
1933年(昭和8)には、上高地帝国ホテルも開業しました。太平洋戦争後の1945年(昭和20)に連合軍の将官およびGHQ高官用宿舎として接収されたものの、1952年(昭和27)に自由営業が再開されます。
1953年(昭和28)に金井寛人が株式の多くを獲得して会長となり、1954年(昭和29)にライト館の裏手に客室数170の第一新館が完成、1958年(昭和33)には、その横に地上10階、地下5階、客室数450の第二新館が完成しました。1964年(昭和39)にライト館を取り壊し、その跡地に新たに鉄筋コンクリート造、地上17階、地下3階、客室数772の新本館を建設することが発表され、1967年(昭和42)にライト館が閉鎖され、翌年には取り壊し、一部を明治村に移築保存することとなります。
1970年(昭和45)に地上17階の新本館が完成しましたが、1977年(昭和52)の金井の死後、その全持ち株が国際興業に譲渡され、2007年(平成19)には、その大半が三井不動産に売却され、三井不動産が筆頭株主となりました。その間、1996年(平成8)に帝国ホテル大阪が開業、その後、2016年(平成27)には、地下1階-地上4階のインペリアルタワー(現帝国ホテルタワー)が完成しています。
1893年(明治26)に帝国ホテル株式会社に改称し、1907年(明治40)には、株式会社メトロポールホテルと合併し、株式会社帝国ホテルとなりました。1920年(大正9)にアメリカ合衆国の建築家フランク・ロイド・ライトの設計による新館(ライト館)の工事に着工したものの、1922年(大正11)に本館が火災により焼失、翌年に完成した新館(ライト館)が本館となります。
1933年(昭和8)には、上高地帝国ホテルも開業しました。太平洋戦争後の1945年(昭和20)に連合軍の将官およびGHQ高官用宿舎として接収されたものの、1952年(昭和27)に自由営業が再開されます。
1953年(昭和28)に金井寛人が株式の多くを獲得して会長となり、1954年(昭和29)にライト館の裏手に客室数170の第一新館が完成、1958年(昭和33)には、その横に地上10階、地下5階、客室数450の第二新館が完成しました。1964年(昭和39)にライト館を取り壊し、その跡地に新たに鉄筋コンクリート造、地上17階、地下3階、客室数772の新本館を建設することが発表され、1967年(昭和42)にライト館が閉鎖され、翌年には取り壊し、一部を明治村に移築保存することとなります。
1970年(昭和45)に地上17階の新本館が完成しましたが、1977年(昭和52)の金井の死後、その全持ち株が国際興業に譲渡され、2007年(平成19)には、その大半が三井不動産に売却され、三井不動産が筆頭株主となりました。その間、1996年(平成8)に帝国ホテル大阪が開業、その後、2016年(平成27)には、地下1階-地上4階のインペリアルタワー(現帝国ホテルタワー)が完成しています。
〇帝国ホテル関係略年表
・1886年(明治19) 東京の官庁集中計画が練られた際に、外国人の接遇所を兼ねた国を代表する大型ホテルの設計が組み込まれる
・1887年(明治20) 井上馨の発議により、渋沢栄一と大倉喜八郎が、有限責任東京ホテル会社を設立する
・1888年(明治21) 有限責任帝国ホテル会社とする
・1890年(明治23)11月3日 木骨煉瓦造、3階建、客室数約60の帝国ホテルが落成する
・1890年(明治23)11月20日 帝国ホテルの竣工式が行われる
・1893年(明治26) 「帝国ホテル株式会社」に改称する
・1907年(明治40) 「株式会社メトロポールホテル」と合併し「株式会社帝国ホテル」となる
・1909年(明治42) 渋沢 栄一が帝国ホテル取締役会長を辞任し、大倉喜八郎が取締役会長に就任する
・1910年(明治43) 宮内省御用に指定される
・1916年(大正5) 臨時株主総会で新ホテル建設を決議する
・1920年(大正9) アメリカ合衆国の建築家フランク・ロイド・ライトの設計による新館(ライト館)の工事に着工する
・1922年(大正11) 本館が火災により焼失する
・1923年(大正12)8月 フランク・ロイド・ライトによる新館(ライト館)が落成する
・1933年(昭和8)10月 上高地帝国ホテルが開業する
・1945年(昭和20)9月 連合軍の将官およびGHQ高官用宿舎として接収される
・1950年(昭和25)9月 政府登録ホテル第一号となる
・1952年(昭和27)4月 自由営業が再開される
・1953年(昭和28) 金井寛人が株式の多くを獲得して会長となる
・1954年(昭和29) ライト館の裏手(現在インペリアル・タワーが建っている敷地)に客室数170の第一新館が完成する
・1958年(昭和33) 第一新館の横に地上10階、地下5階、客室数450の第二新館が完成する
・1964年(昭和39) ライト館を取り壊し、その跡地に新たに鉄筋コンクリート造、地上17階、地下3階、客室数772の新本館を建設することが発表される
・1967年(昭和42) ライト館が閉鎖される
・1968年(昭和43) ライト館の取りこわしのため、一部を明治村に移築保存する
・1970年(昭和45) 地上17階の新本館が完成する
・1977年(昭和52) 金井の死後、その全持ち株が小佐野賢治の国際興業に譲渡される
・1996年(平成8) 帝国ホテル大阪が開業する
・2004年(平成16) 国際興業がサーベラスに買収される
・2007年(平成19)10月 国際興業保有帝国ホテル株式の大半が三井不動産に売却され、三井不動産が筆頭株主となる
・2016年(平成27) 地下1階-地上4階のインペリアルタワー(現帝国ホテルタワー)が完成する
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
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